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黄昏の精霊たち  作者: 松谷若草色
精霊の出奔と出会い
10/17

ノアとエレオノール_広がる世界④

 タリオ村の滞在はエレオノールにとって楽しいものだった。もともと、食べるのが特別に好きというわけではない。ただこのところ、新たな食との出会いにいちいち感動があるためすっかり食生活を満喫する喜びを覚えてしまった。 

 夕飯時。

 宿の一階の食堂は常連客でにぎわって活気に満ちている。

 きっと顔見知りばかりなのだろう、皆一様に女将のソフィアと親し気に言葉を交わしている。 

 その一隅でテーブルについて、ノアと二人で食事をした。

 エレオノールは、静かに感動していた。

 何しろ用意も片付けもない。ただ席についておしゃべりをしているだけで料理が運ばれてくるのだ。

 

 ――すごいな。

 

 女将さんと娘二人、それから年端も行かぬ子どもたちが、食堂の中でくるくると働きまわっていた。

 「何か手伝ったほうがいいんじゃないか」

 ノアにたずねる。

 「いや、いいんだ。今日はゆっくりとさせてもらおう」

 そういうものかな。まるで貴人のようじゃないか。

 あ、いや、ノアはこの村では貴人扱いのようだが……

 カウンターのむこうでは――主人だろうか――男性が腕をふるって料理をしている。

 一家総出でやっているんだろう。

 座って待っていると、ソフィアが食事を運んできてくれた。

 「女将さん、これはなんですか」

 ソフィアをつかまえてエレオノールはたずねた。またもや見たことがないものが登場した。

 エレオノールが指したのは、皿の中の一風変わった得体の知れないもの。

 「ああ、それは羊の腸詰(ちょうづめ)だよ、初めてかい」

 「腸詰?」

 なんでも、冬の間に飼っておくことが出来ない家畜を潰して保存食にするらしい。

 「ミンチを塩と香辛料と香草で味付けして、腸に詰めて燻製にするんだ」

 説明しながら、空になった杯にエールをつぎ足してくれた。

 「そうすると保つのか――」

 なんだかすごい料理だな。

 「ん、そういうことだね。保存が効くってんで商売目的にも作るんだ。腸詰が買えるようになってからは、結構重宝しているよ。まとめて買っても保つからね」

 商売目的でものを作るのか。そういう生活もあるんだな。

 

 ――ノアと一緒になんか作って売ったら面白いかな。


 目の前のこんがりと焼き色がついた腸詰は、熱い鉄板の上で脂のはじける音をさせている。

 ――ピリピリピリ

 食欲をそそる。鉄板はまだ熱いから気をつけろと女将に注意された。

 ノアの仕草を見て、食べ方を真似することにしよう。まずフォークでおさえて、ナイフで切って――おそるおそる口に運ぶ。


 「おいひ(し)い!!」


 思わず声を出していた。顔がほころぶ。まず食感。あくまで弾力がある。しかし中身がひき肉であるため、あっさりとかみ切れる。塩気と肉の滋味がしみこんだ脂が、口の中でトロリと溶けるのがたまらない。腸詰のいぶされた香りと、香草の香りが鼻孔を抜けていく。そして、あとを引くビリっとした香辛料の刺激。

 「なんだこりゃ、すごい」旨すぎる。

 「俺も好きなんだ」

 ノアも舌鼓を打って、エールの入った杯をあおった。湯屋で飲んだエールよりこの宿のものの方が濃厚で、柑橘類のような香りづけがされている。

 「なあこのエールは、さっきのと違っていい匂いがするな」

 「ああ、造り手によって味が変わるんだ」

 ああそうか、酒だものな。杯をあおり、こってりとした脂をおし流す。ふくよかな香りで口の中がしまり、また腸詰を味わおう、という気持ちになる。

 「さっきのチーズといいこの腸詰といい、エールといい、なんだここは。楽園だな」

 いうとノアはハハハと笑う。

 「これと一緒に食べてもうまいぞ」

 チコリのサラダにフォークを立ててノアが言う。

 「その苦いやつ…」先ほど、試しに口に運んでみたが、特有の苦みがあった。

 「腸詰の脂と合わせて食うんだ」

 「なるほど」

 ノアの言う通り、腸詰と一緒に口に運んでみる。

 「――ほんとだ。あうな」

 「だろ」

 言いながら、ノアも頬張っている。

 合間に口に運ぶじゃがいもを練ったものもうまい。クリーミーな口当たりで、自然な甘みと塩気がクセになる。


 ――うふふふふふ


 「なんだエル、どうした」

 可笑しくなって笑えてきた。

 「あのな。百年以上生きているのに、いきなり初めて食べるものばかりに囲まれてな……しかもみんなうまいから」

 なんと言えばいいのだろう。

 ノアは「そうだな」と言ってほほえんで、エールの杯をあおった。

 「新しいことって、いっぱいあるんだな!!」

 ノアは珍しくエレオノールの瞳をじっと見つめた。

 「ああ、本当にな」


 


 

 

 洗面所で歯を磨き終えて部屋に入ると、ノアが親密な距離にきた。おでこ同士がくっつく。

 「ん、なんだ。どうした」

 「新しいことっていっぱいあるな」

 ノアは、どうやらさっきわたしが言ったことを真似ている。

 「うん」

 「俺も五百を超えてこういう気持ちが味わえるとは思わなかった」

 思わずふふふと笑う。

 「いつだって――」

 ノアの真っ黒な瞳に吸いこまれそうになる。

 「何が起きるか分からない」

 そう返事すると、そのまま大きなベッドに押し倒された。


・・・


 二人がタリオに滞在を始めた翌日の朝。

 「エル、朝食を食べてから散歩しないか」

 ノアは快活な調子で部屋の窓を開けて、わたしをそう誘った。

 「うう」と寝ぼけながらそれに応える。ノアはエレオノールより、たいてい寝起きがいい。起き抜けでぼおっとしてる間に、ノアはてきぱきと服を着て洗面まで済ませている。

 とはいえ、エレオノールももちろん散歩には興味がある。タリオの村をもっとよく見てみたい。寒くて布団から出られない。何も身につけていないからなおさらだ。なにしろ昨日はなかなか眠らせてもらえなかった。甘いけだるさが胎の中に残っている。ノアはよく平気だな。

 「エル、眠れたか」

 おかげさまで――昨晩は、気を失うように眠ってしまった。

 「よく眠れた。あのまま一度も起きなかった」

 そう応えて大きく伸びをする。ノアはそうか、とつぶやいてベッドに腰かけた。ギシリと揺れてノアの体重が波になって全身に伝わってきた。掛布からはい出て、夜気にさらされて冷え切った下着をしぶしぶ身につけていく。ノアはその様子を優しい表情で見ていた。 

 食堂は香ばしい香りが充満していた。パンのやける甘い香りだ。

 「おはよう、よく眠れたかい」ソフィアが笑顔で迎えてくれた。

 「おはよう。よく眠れたよ」

 ノアに習って食器をソフィアから受け取る。カウンターに置いてある焼きたてのパンと、スープをよそってテーブルについた。

 「へー、なんかアルブのパンとちょっと違うな」

 「どうちがうんだ」とノア。

 パンをちぎって口に入れると、やや酸味があってクセになりそうだ。アルブのパンと違い、ふっくらとしている。ノアにそう説明する。

 「じゃあ、おそらくアルブのパンは発酵していなんだな」

 と言っていた。

 ベーコンと菜花のスープには、チーズが入っていた。チーズは熱すると、とろけて伸びるのは面白かった。パンに乗せて食べてもおいしい。

 さっと朝食を済ませて二人でさっそく散歩に出かけた。 

 「うー、冷えるな」

 白い息を吐きながら、片手をノアのポケットに突っ込んで暖をとる。二人で散歩していると、朝から市の準備をしているのが見られた。中央広場の大掛かりなテントの建材を運んでいる若者たち。井戸周辺になにやら備品を備え付けている旦那衆。露店まで備品や商品を運ぶ女衆。村の中はまさにこれから市が始まるんだという雰囲気がある。

 それらを眺めていると、なにやらノアが串に刺さったお菓子をいつの間にか買ってくれた。

 「俺、それ結構好きなんだ」

 一本差し出しながら、自分の分も確保している。

 「ノア……表情があまり変わらないから分からなかったが、結構はしゃいでいるな」

 「ん?そりゃあそうだろ」

 こともなげに言う。なんかかわいいところがあるんだよな。

 そんなことを考えていると徒党を組んだ子供たちが元気よく横を走り去っていった。

 「お姉ちゃんおはよう」

 そのうちの一人、昨日湯屋で声をかけてきた子供が唐突に振り返って、エレオノールに手を振ってきた。

 「おはよう!」

 応えると嬉しそうな顔をして走り去っていった。かわいい。胸のうちに温かいものを感じながら、ノアにもらった菓子をかじってみると甘酸っぱくて結構おいしかった。

 村の外に続々と隊商(キャラバン)が到着し始めているのが見えた。当然、市に出店する連中だろう。見た感じ、出店期間の滞在の準備をしている。火を起こしたり、テントを張っている様子が村の中から見えたので、エレオノールは興味がわいた。

 「あれは市に参加する者たちか」

 ノアにたずねると、そうだという。ちょっと見物したいと申し出て村の外まで歩いていく。

 村の入り口付近の井戸は、馬連れでにぎわっている。きっと遠方から馬で荷車を引いてきたのだろう。

 馬が男たちに水を世話されて、しきりにねぎらわれている。馬と一緒になって水を飲むものや、何かを馬に食べさせるものもいて、こちらが見ているのに気づくと「おはよう」と気さくに挨拶してきた。

 手を振ってこたえた。

 「この者たちはどこから来るんだ」

 「そうだな――ここから港町のハーベナまでを湖水地方という。湖と丘が連続して連なっていて、水運で村がつながっている。その村々から集ってきている連中だな。すくなくとも南方大陸(サザンメイア)からはきてないだろうな。もちろん俺の知るかぎりは、だが」

 ふーんと相槌を打ちながら、キャラバンを遠巻きに見ていた。朝も早いというのにテントの準備だけじゃなく、出店の準備もしているようだ。村の中と外とを荷車を引いてしきりに行ったり来たりしている。小さな馬車ごと村の中に入っていく者もあった。

 「こういう景色はアルブの生活の中にもあるのか」

 ノアがたずねてくる。

 「ん?まあな」

 アルブ三十六氏族は、一堂に会する交流会を数年に一度開催している。開催氏族(ホスト)は毎回持ち回りで担当して、他の氏族の代表団を迎えていた。その時の光景に似ている、とエレオノールは思っていた。

 エレオノールは雷公カンナとして毎回出席していた。各氏族が出席者に贈り物を用意していたから、目の前の光景は他氏族の到着時の様子とかぶる景色だ。

 エレオノールは交流会に参加するために、故郷(マナハトウ)の川を渡り、森の道を何週間もかけて歩いたのを思い出していた。


 出店者たちはこちらに愛想よくふるまうわけでもなく、それぞれ煙草を吸ったり、干し肉をかじったりしながら何の気なしに声をかけてきた

 「おはよう」

 「はやいね」

 「珍しい髪の色だね」

 「今年はどうだい」

 「冷えるね」

 やはり、特有の距離の近さを感じる。それがエレオノールには印象的に映った。じっくりと見て回ると、それなりに広い村だ。ノアがいろいろと説明してくれた。肉屋、小間物屋、食料品店、服飾品店、大工、食事処、鋳掛屋……

 「ははあ……みんな色々なことを生業にしているんだな」

 「ああ。生業と言えば、だいたいどの家も村の外で畑をしている」

 村のはずれまで来るとため池があり、ベンチがおいてあった。

 「この池が生活水だ、井戸水もあるがな」

 うーん、面白い。やはりアルブの狩猟採集生活とは違う。そのまま二人で宿に戻って、ソフィアにお茶をもらってからもう一度外に出て市の準備を見物した。

 午前中を通してあれよあれよという間にタリオの村に出店のテントが広がっていった。

 昼ともなると目抜き通りいっぱいに色とりどりのテントと露天商が広がっていた。

 「すごいな」

 「そうだな」

 聞いていたとおり、まるで祭りのようだ。ところどころで再会を喜ぶ声も聞こえる。きっと年に一度の再会なのだろう。エレオノールは店も気になったが、それよりも村人やここに集った人びとの様子を見ていた。

 やはり一番に目に飛び込んでくるのは華やかな若い娘たちだった。みななめらかな毛皮の外套を羽織っているが、その下はすらりと伸びやかな足のラインが見えるズボンをはいたり、美しく仕立てられた生地のワンピースを身にまとっていたり。なにかと可愛らしくて彼女の目を引いた。

 履いているものも実に多種多様で目移りする。モコモコとした毛皮のブーツや、すらっとした皮のブーツ……装飾の有無や素材の良し悪しなんかにも目がいってしまう。

 エレオノールは装飾が少なく、素材の良いものが欲しいと思った。

 娘たちはみな美しく化粧をして、わが世の春と言わんばかりに同年代同士でくっついて歩いている。それをニヤニヤ眺める同年代の男の子たちをからかったり、熱っぽい視線を送ったり――

 なんかいいなあ。

 そう思って手をつないだノアの方を見やると、そんなエレオノールの様子をじっとうかがっていた。

 そして「青春だな」と一言。

 「ああ」青春だ。

 わたしが雷公カンナとして過ごしている間に通り過ぎて行った青春。自分と同年代で他の氏族に嫁いでいった子や、嫁を迎えた者たちのことをエレオノールは考えた。

 とはいえわたしもまだ若い方だし、なにより今はノアという伴侶がいるのだ。

 そう思うと、急に腹の底から妙な優越感がわいてきた。考えているうちに嬉しくなってきて、ノアの腕に、自分の腕を絡ませた。みるとノアもなんだか嬉しそうにしている。足取り軽く、弾むように歩いた。

 

 ノアが中央広場のテントの中に入っていく。ひっきりなしに人が出入りしており、そこはかとなくあわただしい。様子を見ていると、このテントにあらゆる情報が集まっているようだった。実に様々なことが報告されている。


 隊商テントの留守を見はからって物盗りに入ろうとした一団が、見張りといさかいになっている――

 馬車の駐車場所が悪く搬出入ができない――

 テントが村の建物の出入り口を封鎖しているからどうにかしてくれ――

 徴租(ちょうそ)で納めることが出来る物品リストが知りたい――


 泣いている子どもは迷子だというし、落し物も届けられている。

 「目まぐるしいな」率直な意見が口をついて出た。

 「まあな、人が集まれば色んなことが起きる」

 ここが指令塔になっているようだ。

 「あれが村長のイェルハルドだ」

 ノアの指さした先には、先ほどから様々な報告を受けていた壮年の男がいた。彼の金髪は若干薄くなり、顔にはしわが刻まれている。しかし明るい表情で、指示の速さや口調から全体的には闊達な印象を受ける。

 「この村の長か」

 「ああ、昨日金髪の美しい娘が挨拶にきただろう」

 「ウルリーカといったか」

 「そう、その父親だ。父と娘と二人暮らしをしている」

 見ていると、ようやくイェルハルドはひとしきり報告をさばききったようだった。そのタイミングを見計らってノアが声をかけて近づく。

 「イェルハルド、今年もこの時期がきたな」

 「ノアさん!!昨日から来ていたそうだね」

 破願した村長に大仰に出迎えられ、ノアは笑顔で「ああ」と答える。

 「娘から聞いだよ!」と満面の笑みでいってから「おほん」と咳ばらいをした。

 「ご成婚おめでとうございます」

 「ああ、ありがとう」

 ノアははにかんで応えて、改めてわたしを紹介した。

 「妻のエレオノールだ。以後、よろしく頼む」

 「エレオノール・ロームと申します」

 膝を折って挨拶をする。

 「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。この村の村長をあずかってるイェルハルド・シュルデンと申します。いやあ、聞いた通り。本当に美しい人だね。ソフィアからも聞いたけれどノアさんと同様長命の種族だとか」

 「ええ、はい」

 するとイェルハルドはいたずらっぽい表情になって小声になる。

 「ということは、わたしよりも年が上とか……」

 「はい、おそらくは」

 大げさに額に手を当てて「妙な感じだぁ」とおどけた。何と返せばいいか分からない。ふふふと笑うと、イェルハルドはいやあすみませんと謝って、真面目な顔つきになった。

 「いや、宿屋のソフィアとも話したんだけど。お二人の滞在に合わせて披露宴を開催せねばなんねえって」

 「ああ、そのことなんだがな。そんなに気を遣ってもらうことはないんだぞ」

 ノアがいうと、イェルハルドは慌てていやいやいやと否定する。

 「そんなつもりじゃないんだ。市でてんやわんやしているし、気を遣おうにも大したことはできねえんです。ほんのささやかなもんだから……」

 そういってみせてから、すぐに考えこんだ顔つきになる。

 「全戸招待するから、はささやかってわけじゃねえか……」

 「「全戸」」

 二人の声が揃った。

 「ん、ああ。ノアさんはこの村の者みんなにとって特別な(かだ)だから」

 「おいおい、宴の仕出しなんか誰がどんな負担をするんだ。そこまでやってもらうなら、俺からも出さねばいかんだろう」

 「なあに言ってんだ。これ以上世話になれるわけねえ。今年もミカルのところにナトロンが届いてるっけ」

 ナトロンとはノアがガラス細工に使用する原料だと言っていたな。

 んんん……

 何やらノアがうなっている。

 「そこまで言うなら、これ以上断るのは野暮だな」

 ノアは眉をひそめて「あんまり無茶しないでくれよ、市のあとなんだから」というにとどめた。

 「なあにテントが張ってあるんだから、かえってちょうどいいんだべ」

 イェルハルドは笑ってそう言った。



 中央広場のテントを出て、再び市の中を二人で巡る。

 滞在二日目にして顔見知りの者が何人もできていたが、皆お客さんの対応に忙しいのが一目で分かる。目が合うと微笑みかけてくれるが、真剣に交渉している者もいて、安易に声をかけて邪魔してはいけないと分かる。

 「すごいな。村が総出で祝ってくれるのか」

 「俺もこの百年でずいぶん徳を積んでいたらしい。そんなつもりなかったんだがな」

 ノアは感慨深げにつぶやいていた。


 市は盛況に見える。あちらこちらで交渉の声が聞こえてくる。

 子どもは子ども同士で徒党を組んで、小遣いを握りしめてうろついている。いったい何を買うんだろうと思って眺めていると、干した果物や菓子をじっくりと吟味していて微笑ましかった。

 商売人どおしの交渉も盛んにおこなわれている。

 どうやら出店テントは村の外にまで続いているようだった。衣類はもちろん、生活雑貨、装飾品、布、革、保存食品、酒……ノアが言うには、わざわざ展示しないだけで鉱物や建材の取引なんかもあるらしい。


 目移りしてしまう。


 エレオノールの目には小物入れやカバン、服飾品や装飾品がつぎつぎと飛び込んでくる。もちろんこの市にはほかにも色々なものがあるのだが――

 「わー」

 気に入った革小物の店の前で歓声を上げてしまった。

 見てもいいかどうか、とノアの目をうかがう。ノアは逆に興味津々な様子で見返してきた。

 「エルも、女の子だな」

 「ん?わたしは生まれた時から女の子だぞ」

 ただ、あんまり女の子でいたことがないだけだ、というのは言わずにおく。

 「見ていい?」

 「ああ」

 「気に入ったのがあったら買ってくれる?」

 「ああ」

 「やったー、大好き」

 ノアに抱きついてから、目の前の魅力的な小物に視線をうつす。革でできたポシェットや指輪を吟味して、装備時の付帯効果について店主にたずねた。耐属性や抗毒性など、アルブ産の装備品と比較する。もしかして革じゃなく、鉱物をつかった小物は使ったものならどうだろう……

 服飾品との組み合わせも考えたい……


 とにかく愛する人になにか買ってもらえるというのは、とろけるような気分だった。

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