共に歩めたなら
サラッとお読み下さい。誤字脱字報告ありがとうございます!!
こんな貧民街のゴミ屑な場所でも私達は必死に生きている。子供である私達は物乞いだと蔑まれても、誰かの食べ掛けでも、ゴミ同然の食べ物だって何でも食べる。それでも飢えは消えない。毎日、飢えで死んでいく子を見ていくことしか出来ない。
私が今日も惨めに物乞いをしながら灰色な街を眺めていると、私と同じ孤児が林檎を一つ盗み、大人達から暴力を振るわれていた。孤児は呻き声もあげずに静かに泣いていた。その内、貴族のお坊ちゃんだろうか……綺麗な白髪が光に輝き、赤い瞳で蹲る孤児を美しい顔を歪ませて、私を苛立たせる言葉を放つ。
「卑しい孤児が物を盗むなど、性根まで腐っているのか?知っているか、お前のやった事は犯罪だ。普通なら牢屋行きなのを私達は見逃しているのに」
私は走り出し、蹲るボロボロの孤児の前に立つ。周りには目を血走らせた大人と、貴族のお坊ちゃん。それでも私は立ち向かった。
「お前らは何もしらないくせに!!知っていても正義を正当化してるだけだ!!毎日、腹をすかせて明日には死ぬかもしれない私達を正義だなんて言葉で支配欲を満たしているだけだ!!お前達が正義なら私を殴れ!!殺せ!!それがお前らの正義なんだろう!?」
「生意気なクソ餓鬼め!!」
「貴族様になんてことを!!」
「どこまでも卑しい餓鬼め!!」
私は蹲る孤児に多い被さり、暴力から守る様に強く抱きしめた。周りの大人達は私を殴り、蹴り、私の髪を掴み、棒で顔や頭を殴り付ける。ぼやける視界には顔を真っ青にした貴族のお坊ちゃんが映り叫んでいる。
「やめろ!!これ以上はやめろ!!」
私はそれでも挑発する様に嗤ってお坊ちゃんに叫ぶ。
「これがお前らの正義なんだろ!?力も何も持っていない死にかけの子供を痛めつけるのが正義なんだろ!?笑えよ!!嗤ってみせろよ!!」
「黙れ餓鬼が!!」
周りの大人達は怒った様に更に私を痛ぶり続ける。騒ぎを聞きつけた兵士達が大人達を抑え始めるが、私はそれでも叫んだ。
「……本当の善悪なんてものは曖昧なのに!!生きるために必死な私達は悪なのか!?生きている事自体が罪なのか!?身分……人間の命は皆平等だというのに、貴族や王族の命が優先される!!権力を持つ者は弱者を虐げ生きている!!こんな世界が本当に正しいのか!?」
「っ!!誰か医者を呼べ!!これでは死んでしまう!!」
護衛に守られている貴族のお坊ちゃんは泣きそうな顔をしながら、私と私の腕の中にいる孤児の手当てをしろと叫んだ。私は意識が朦朧とする中、体に鞭を打って孤児の手を引き、騒ぎの中をすり抜ける様に貧民街へと逃げた。
「ごめん、ごめんなさい……。僕が林檎を盗んだせいで……」
「気にしないで。……私が騒ぎを大きくしてごめんね」
私は痛みと空腹で限界な体を引きずり、迷路の様な路地裏へと体を預けて気を失った。どのくらい経ったのか私は空腹と体の痛みと寒さで目を覚ました。雨粒が針の様に痛い。動く気力なんてもう何処にも残ってやしない。それでも生きようとする私は愚かなのだろうか。飢えがマシになるよう、泥水を啜っていると誰かが私を抱き上げ、雨水では無い水をゆっくりと飲ませてくる。虚ろな目で見上げると、私達を卑しいと蔑んだ貴族のお坊ちゃんだった。そんなお坊ちゃんが綺麗な布で泥だらけで、傷だらけの私を包んで背中に背負った。
何のつもりだ。また大勢の前で私を貶めて暴力を与えるつもりなのか。
「……ころ……せ」
「お前は城に連れて行く。私の従者にする……だから……生きろ」
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「このお嬢さん、酷い状態ですよ。極度の栄養失調と両腕、肋骨が数本、左足も折れています。頭や顔もこんな惨い……打ち所が悪ければその場で死んでいたでしょう。しかし、油断はしてはいけません……しっかりと栄養をつけないといつ死んでもおかしくはありません。そもそも、こんな弱った体でどこまで生きられるかも……」
「生かせ!!何としてでも生かせ!!頼む……此奴を助けてくれ……」
「……畏まりました、アルデン王太子殿下。ですが保証は出来ません……このお嬢さんの生きたいという気持ち次第です」
「……おい、聞こえるか。生きろ……生きてくれ」
王太子殿下?この腐った国の王太子殿下?私達をゴミ同然としか見ていない王族か……だからこいつは広場であんな事を言ったのか……。本当に私は運が悪い。こんな奴に生きろと言われるなんて。
それからというもの、医者であるお爺さんが置いていった薬をアルデンは毎日決まった時間に来ては私に飲ませてくる。苦くて吐き出してまっても何度も根気よく飲ませる。食事も粥という味のあまりしないものを自らの手で食べさせてくる。
熱を出す私の側で、寝ずにずっと私の様子を一々確認してくる。慣れていないのか、びしゃびしゃな布を額に乗せてきた時は、私を殺す気なのかと思った。慌てたメイドの女の人達がアルデンを止めた程だ。
そんな日々が続き、人の手を借りれば私は起き上がる位になった。本当に私はしぶとい。
私の体をオーブリーというメイドが清めている時、アルデンはノックもせずに入って来たが、私の裸を見ると目を見開き、顔が赤くなったと思ったら真っ青になる。それもそうだろう、私の体はアザだらけで赤黒く、綺麗な場所なんてない。顔の腫れだって引いていない。そんなアルデンに私は決して目を逸らさず声を掛ける。
「……どうして『卑しい孤児』を助けた?」
「……お前が叫んだ言葉に横っ面を殴られた気分だった。周りに殴られ、もう一人の孤児を庇い傷ついていくお前が……」
「哀れだったか!?惨めに見えたか!?ふざけるな!!私を助けたって毎日、毎日、毎日、皆んなが飢えて!!凍えて!!苦しんで死んでいくんだよ!!嗤ってみせろよ!!お前が言った言葉は消えないんだよ!!」
「……っ!!……また来る……悪かった」
何故か私はボロボロと泣きじゃくり、歯を食いしばる。そんな私をオーブリーは何も言わずに優しく抱きしめた。
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顔の腫れも引き少しずつ動けるようになったある日、アルデンとそっくりなおじさんが私を訪ねて来た。私の世話をしてくれるメイド達が一斉に頭を下げたが私は頭を下げなかった。私達をゴミ扱いするような人間に頭を下げる必要がないと思ったからだ。
「其方が例の孤児か。……不甲斐ない王ですまない。だが、感謝する」
「……感謝?」
「ああ、我が息子は慈悲の心を知らなかった。誰かの為を思い、考えて動く様な人間では無かった。周りがそれを助長させて傲慢になり、其方と出逢わなかったら息子は愚王となるところだった」
「……王様。感謝するなら貧民街の人達を助けてよ……もう人が死ぬところを見たくない……」
「ああ、既に毎日炊き出しをしている。職が無い者には仕事の斡旋、子供達は今建設中の二つ目の孤児院を建設し、出来上がるまでは神殿に住う事になった」
「……なんで、もっと早く……」
「すまない……貴族達を説得出来ずにいた全て私の責だ。アルデンが必死に呼びかけ、やっと……。だから、アルデンでは無く無力な私を恨んでくれ」
「……ひっく……うあ……うああああ!!ありがどう゛……あ……ありがどう゛ごさいま……す……」
私は生まれて初めて誰かに本当の意味で頭を下げた。物乞いのためじゃ無い、本当に心から感謝を込めて。
「礼なら、アルデンに言ってくれ。毎日の様に貴族達に必死になって説得したのだから。今は体を休めなさい。そうだ、名前を聞いていなかったな」
「……孤児の私に名前などありません」
「ふむ……ならば私が決めようか」
「待ってください父上!!この者の名前は私が!!……でも、本人が嫌なら父上が……」
またアルデンが転がり込む様に部屋に入って来た。本当に危なっかしい王子様だ。
「どうだろうか、アルデンがここまで言っているが其方はどうしたい?」
「……アルデン王太子殿下、私に名前をつけてください」
アルデンは性格さえ歪んでなければ本当に天使の様に笑う。
「フリージア、フリージアだ。もしかして気に食わないか?」
「いいえ、ありがとうございます……。この名前を大事にしたいと思います」
ぐしゃぐしゃな泣き顔で私はアンデルに微笑んだ。
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あれから十年も経ってしまった。今夜はアルデン殿下の二十三歳の誕生祭だ。城ではキラキラと輝く舞踏会が開かれている。私はあの日からアルデン殿下の従者として教育をされた。王様からしたら、毛色の変わったアルデンの友達としか思ってないだろう。
令嬢達はこぞってアルデン殿下に群がるが、アルデンは華麗にスルーしている。
「あら、アルデン殿下の従者じゃないですか。孤児が従者を名乗るなんて烏滸がましい」
公爵令嬢のカーラー様は扇で口元を隠し、蔑む様に取り巻きの令嬢と一緒になってクスクスと嗤う。私はそれを嘲笑い笑みを浮かべ、仄暗い目で令嬢達を睨みつける。
「な、なんですの?」
令嬢達が私から一歩離れると、アルデン殿下がすぐ側まで来ていた。アルデン殿下は私の手を取り、ダンスを始める。
城の皆がアルデンが変わったと口を揃えて言う。勉強嫌いだったのに寝る間も惜しんで勉強したり、剣の稽古も真面目にする様になったと、好き嫌いせずに食事をする様になった。何より優しくなったらしい。特に私にはまるで婚約者の様に接する。……辞めて欲しい、勘違いをしては駄目。アルデンは未来の国王、私は孤児上がりの従者。アルデンには釣書がたくさん来ているのを知っている。その中から妃を選ぶのだろう……この胸の痛みに気付きたくなかった。だけど、何故今まで婚約者がいなかったのか不思議だ。
でも、あと少しだけ、少しだけ一緒にいる夢を見させて欲しい。
「フリージア、どうした?悩み事か?」
「いいえ……そろそろ潮時かと考えていただけです」
もう十分、育み与えてもらった。愛の花は咲き知ってしまった。残された時はもう僅かだ。ダンスが終わり、アンデルに連れられバルコニーに出る。夜空を見上げ、輝く星を数えてみても終わりなんて見えない。
「フリージア、絶対に離さないからな」
「……アルデン殿下?急にどうしましたか」
「俺から離れる気でいるだろう。お前はいつもそうだ。いつも肝心な所で私と線を引いて突き放す。もう分かっているだろう……私はこの先もフリージアと共に歩みたい」
「……無理ですよ。私は孤児なのに、殿下の従者である事自体あり得ないのに」
「私はフリージア以外と共にある気は無い」
「周りが許さないでしょう?私も嫌というくらい貴族達を見てきましたから」
「知っているだろう?私は我が儘なんだ。お前が側にいるなら妃も側室も要らない」
アルデンの言葉に思わず笑ってしまう。今の私をアルデンが作り出して、今の私はここに立ってる。だったらもういっそのこと飛び込んでみようか。例え愚かと言われても、信じてみたい。疑うなんて嫌で、でもアルデンが離れていったら私はどうなる?
好きと言えたなら、全部飲み込んでそれでも好きを願えたら、私の全てに……その意味はあるだろう。
「アルデン殿下……知ってます?私だって我が儘なんですよ。貴方を他の女性と共用したくない位には」
アルデンは私の言葉に嬉しそうに笑う。きっとこの先辛い思いをするだろう、傷つく事もあるだろう。
でも、貴方と一緒なら怖くない。
ありがとうございました