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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

番から狂って死ねと言われました

作者: 伊藤@


 黒豹の獣人メリーナには夢があった、頼りになる番の旦那様と結婚して、可愛い子供達を産み育て、やがて孫や子供達と年老いた旦那様に看取られ根の国へ渡る、この世界の獣人の女の子であれば誰でも願う夢。


 自分がその夢を果たせなくなるなんて思ってもみなかった。



 ◇◇◇◇



「この娘達の中に我の番がいるだと?」

「御意、水晶はここを指し示しましたぞ」

「我の竜鱗には変化はないぞ?」

「それに関してはなんとも」


 背は2メートルはあるだろう、こめかみから頬にはキラキラとした鱗、涼しい目元にすっと通った鼻筋に意志の強そうな眉、そして私達を軽蔑しきっている目。


 偉そうな竜人と年輩の竜人、物々しい護衛、村長や自分達の親がいる場から、少し離れた所にこの村の娘達が集められている。


「え、なにあの竜人?」

「しー!どうやら身分が高い竜人らしいよ」

「初めて見たけど、感じ悪くない?」

「やんごとなきなんちゃらとか長が言ってたけど」

「番探しにって今の季節じゃ無理じゃない?」

「だよねー恋の季節じゃないんだから、わかんないのにね」

「獣人の事全然知らないんじゃないの?」

「あーそんな匂いだしてるよねー」


 村の娘達がひそひそと囁きあう。

 その中でメリーナだけは、顔が熱くて真っ赤になり胸は高鳴り目はトロンと竜人を見つめている。


 私の番だ、やっと会えた愛しい人!


 恋の季節を誰よりも過ごし、もう立派ないき遅れになってしまったのは、あの竜人と出会う為だったのだとメリーナはわかった。

 フラフラと誘われるように竜人の傍に立ち、匂いに浮かれたまま話しかける。


「あの……」


 竜人はメリーナに冷たい目をむける。


「なんだ、この娘は?身分が低い獣人風情が我に話し掛けるな」


 その場の空気が固まる。


「え?」


 メリーナは混乱した、彼に凄まじく惹かれる匂いで自分はおかしくなっているのに、何故彼は冷たい態度と侮辱する言葉を言うのだろう。


 番なのに、番なのに、愛しい番なのに。


「不愉快だ、帰るぞラルフ」

「畏まりました、我が君」

「あ、あの!」


 メリーナがもう一度声をかけた瞬間、竜人の右手が一瞬で竜化し巨大な竜のかぎ爪でメリーナを切り裂いた。


「ギャッアアアアアアア!!」

「話し掛けるなと言ったぞ」


 竜化した爪には毒がついており、切り裂かれた皮膚はグズグスに壊死してゆく、激痛にのたうち回るメリーナは混乱の中に意識が遠くなり、そんなメリーナに竜人は怒鳴った。


「おまえ達の誰かが我の番だとしても我は番にはならぬ!勝手に狂って死んでしまえ!」

 

 あまりの言葉といきなりの凶行に呆然としていた獣人達も、我にかえりこの惨状に悲鳴をあげた。

 護衛や村長は治癒師を呼びに走り、数人の娘がメリーナに駆け寄るがメリーナは既に虫の息だった。


 私は死ぬの?


 それがメリーナの最期だった。




 ◇◇◇◇


「!」


 ドクドクと心臓が痛い、夢だと気がつく。


 またあの夢。


 時計を見ると朝の5時。

 汗が張り付いて気持ち悪い、理奈はシャワーを浴びた。

 子供の頃から何度も見る夢にうんざりしている、夜にうなされるせいで旅行にも行けなかった。

 あまり人との付き合いが上手くないので、夜にうなされている自分を人には見せたくない。


 今日は休みだし買い物でもいこうかな。

 シャワーを浴びながら今日の買い物リストを考える。


 高校を卒業してそこそこの会社に就職出来た。

 あれから10年、明日私は夢の中と同じ年齢になる。


 お祝いのメールなんてない。

 今まで彼氏なんて出来た事もない。

 友達も高校を卒業して疎遠になった。

 親は私が高校を卒業するのを待って離婚した。

 父も母も再婚して新しい家族と幸せに暮らしている。


 私は独立した、きっとこの先も独り。

 お金もそこそこ貯まったし、今年はペット可アパートに引っ越したいと思ってる、独りは寂しいけど誰にも振り回されることもない、それがとても幸せだ。


 シャワーでスッキリしたのに、ソファに横になってスマホを見てるとうとうとしてくる。

 瞼がゆっくりと閉じられる。

 

 その時、強烈な浮遊感と強烈な光が自分を包む。


「えっ!」


 一瞬なのか永遠なのか、目を開けるとそこは草原。

 理奈は覚えている、風の匂い、草の音、2つの太陽の熱さ、樹々の温かさ。ここは夢の中の……アルンヘイル私の故郷。


 いや、まさか、そんな。


 何が起こっているのかわからないけど、夢の世界が現実にあるとしたら、いつも見ていたあれは前世の記憶?


 夢の中だと、この草原を抜けると集落がある。

 本当にあったら、どうしよう。

 ここが日本じゃなかったら、私どうなるんだろう、足が震える。


 でも、全てが懐かしい。


 部屋で裸足でくつろいでいたのにスニーカーを履いていた、この分でいけばもう少しで草原を抜けるはず。




 草原を抜けたそこには、真っ黒な焦土が広がっていた。


 焼けただれた大地、黒くて禍々しい瘴気。

 呆然としていると、声をかけられた。


「あんた、人間かい?!驚いた」

「うわっ!」

「あぁごめん驚かしたね」

「あなたは…」


 年嵩の女兵士が立っている、見たところ熊の獣人だ。


「見ての通り兵士さ、ここの警護にあたってるんだよ」

「警護?」

「あたしはサザナ、もしかして落ち人かい?」

「落ち…人、私落ち人になっちゃったんだ」

「取り敢えずこっちきな、詳しく聞かないと」

「はい」


 見上げる程の逞しいサザナさんの頭には、ちょこんと熊の耳がありピコピコと動いている。

 

「あそこは昔、次元の歪みがおきた場所なんだよ」


 大きな丸太小屋に案内されて、優しい甘さの蜂蜜茶を頂きながらサザナさんの話を聞いた。


「次元の歪み?」

「昔の話さ、獣人の娘が竜人に殺された時、娘の呪いで次元が開いちまってさ」

「…呪い」

「それを竜人が閉じたんだけど完全に閉じきれなくて歪みになっちまったんだと」


 え?頭が真っ白になる。


 あれは実際に起きた事で、あの竜に殺された私が呪った?そんな力を持っていたの私が?


 そして、私は死んでも悪者にされてる事実に感情が凍りつく。


「それからは歪みからあんたみたいな落ち人がたまに紛れ込んで来るようになったんだよ」


 呆然としているとサザナさんが心配してくれた。


「あんた、大丈夫かい?顔真っ青だよ、知らない世界に来ちまって可哀想にねぇ」

「わ、私これからどうなるんでしょう」

「心配しなくても大丈夫だよ、まず街のギルドに行ってもらうよ。今は落ち人を保護する法律があるからね!落ち着いたら身の振り方を決めるといいさ」

「はい…あの」

「どうしたね?」

「む、村人はどうなったんでしょうか?」

「ああ、村人は次元が開いた時に全員死んだらしいよ」


 衝撃が体を貫く。

 私が死んだ後、村人を全て道連れにしたってこと?


「大変だ、あんた泣いてるのかい!今日はもう休みな」

「あ、ふ、すみません」

「いいんだよ、そこの部屋で休みな」


 ごめんなさい、ごめんなさい、村の皆ごめんなさい、もう誰もいない、父も母も兄弟姉妹も幼馴染も。

 これを知らしめる為に私を呼び戻したのですか?アルンヘイルの神よ!


 私の問いに神が応える訳もなく、私はそのまま街に住むことになった。 




 □□□□


「理奈ちゃん!」

「こんにちは、佐藤さん」


 街のギルドに来て驚いたのは落ち人が意外と多い事だった。佐藤さんも落ち人だ。悪い人では無いんだろうけど、距離感が近くて苦手だ。


「これ、良かったら一緒に行かない?」


 手にはチケットが2枚。


「すみません、勉強したいのでちょっと行けそうにないです」

「そっかぁ、なら今日の昼ご飯一緒に食べようよ!」

「サトウすまんな、今日リナは俺とペアで森に行く」

「ちぇ、ガルフかよ、仕方ないな今日は諦めるね!またね理奈ちゃん」


 無理です、佐藤さんごめんなさい。


「リナ顔に出てる」

「…あ、はい」

「嫌ならハッキリ言ったらどうだ?」

「言ったんですけど…」

「まあ、時間だ行くぞ」


 見上げるとガルフさんがムスッとしていた。

 背の高いエルフ族だ、長くて綺麗な銀髪をみつ編みにして背中に流している。


 私は落ち人保護制度を利用して職業訓練を受けていて、ガルフさんはギルドから紹介された人だ。

 訓練期間は半年間、薬草の知識をメインに錬金術を教えてもらっている。


 最初に適性検査を受けてみたら、特にこれといった適性無し。

 生活していく上であったら便利かなと思い錬金と薬草の知識を勉強している。これが思ったよりも中々大変だった。


「リナそれは毒草だ」

「リナそれは葉っぱだけ採集するんだ」

「リナ虫を怖がっていたら日が暮れるぞ」


 そう、勉強してるけど、なんせ量が多すぎて覚えきれず、致命的なのは虫が大嫌いってこと。

 まだ期間は5ヶ月とあるからゆっくり覚えていけば良いとガルフさんは言ってくるけど、いつまでもガルフさんが居てくれるわけでもないから。本当焦る。


 日も暮れて、今日の成果をギルドと一緒に報告しに来たら何やらギルドが物々しい雰囲気だ。警備兵士や騎士まで建物の外に立っていた。


「何かあったんですかね」

「さあ、これと言って聞いてないが」


 ガルフさんも困惑ぎみ。

 そこに、ギルドマスターが駆け寄ってきた。


「あ、帰ってきたリナちゃん!ガルフ!」

「どうしたギルドマスター?」

「大変だよ!竜人が来てるんだよ」

「は?竜人だと?」


 竜人?!聞いた途端にあの瞬間が甦る。


「リナちゃん?!」

「おい!どうした!!」


 ガクガクと体が震え呼吸が苦しい。

 ひゅっと喉が鳴り、冷や汗が溢れる。


 嫌だ!殺される!助けて助けて!死にたくない!

 視界が霞む涙が溢れて体が動かない。


「リナ!!おいっしっかりしろ!」


 焦るガルフさんの声が遠くに聞こえる。

 私は意識を手放した。



□□□□



 知らない部屋のベッドに寝ていた。


「目が覚めたか?」


 恐ろしい声が聞こえた、夢の中で私を拒絶したあの竜人の声だ。ベッドの横に座っている、怖くて見ることすら出来無い。体の芯から震えが起こる。


「落ち人と聞いた、リナと言うそうだな」


 ギシリと椅子から立ち上がる。


「リナ怖がらないで欲しい、我の番よ」


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、猫撫で声をだしてすり寄る竜人に私の中で何かがぶち切れた。

 私の手を握ろうと触れる寸前、竜人の手を叩き落とした。


「触らないで…獣人殺しのくせに」

「なに?!」


 真正面から睨みつけると、こめかみから頬にはキラキラとした鱗、涼しい目元にすっと通った鼻筋に意志の強そうな眉、傲慢な目も寸分も夢と変わらない。

 吐き気がする。

 

「何人その手で殺してきたの?」

「なんの話をしている?」

「あなたなんかとは番わない」

「何を戯けた事を」

「気持ち悪い竜人のくせに!私と番なんて笑わせるわ!」

「貴様!!我を愚弄するのか!」

「殺したらいいわ!その毒の爪でまた引き裂けばいい!!」


 凄まじい殺気が私に向かってきた、そうよ、番と言いながら少しでも従わなければ、殺す勢いで殺気を向ける。これが竜人なんだ。


「殿下!何をされているのです!」

「サルマン、番が生意気だぞ?」


 知らない年配の男が部屋に飛び込んできた。


「殿下おやめ下さい!相手は落ち人、番の絆を感じません!」

「なんだと?愛しいと思うのは我だけなのか?」

「その通りにございます!」

「…忌々しい、その落ち人を城へ連れてゆけ」

「嫌よ」

「なんだと?」

「嫌って言ったの、聞こえた?」

「構わん連れていけ!!」


 私は竜人の城へ無理やり連れてこられ無理やり番にさせられた。

 体は好き勝手にされても心は全く動かない。

 あの竜人が私を好き勝手にすればする程、私の心は遠くに離れてゆく。


「リナ、リナ!なぜ何も言わない!」

「…」

「何か食べるのだ!このままでは死んでしまう!」


 侍女が無理に食べさせても直ぐに吐いてしまう、お腹が空いても竜人のご飯はとにかく血生臭く受け付けない。私は窓の外をぼんやり見て時間を消費している。


 数日後にあの年配の男が部屋に訪れた。


「番様、どうかお聞き下さい、番様の伴侶であるあの方は、この国の次期皇帝でございます。

 このままでは国が世界が荒れてしまいます。

 どうか、どうか心穏やかにして殿下を受け入れて頂けないでしょうか?」


 じっと年配の男を見ると見覚えがある、確かずっと昔に会った事が、そうだ私が殺された時にいた側近だ。


「あの時いたわね」

「は?」

「あなた達が、この国が、この世界がどうなろうと、どうでもいいわ」

「そ、そんな!」

「1つ教えて欲しいのだけど」

「なんなりと!」


 覚えていたら、少しでも憐れみがあれば。


「昔、豹の獣人の里にいかなかった?」

「…なにぶん公務で飛び回ってますので」

「そう、覚えていないのならもういいわ、下がって」


 私の里や私の事など頭の片隅にも無いのだ。

 笑いがこみ上げる。

 なんて軽い命、きっと私のような目に遭ったのは沢山いるはず、竜人である彼等にとって竜人以外の命など心の片隅にも残らないのだ。


 もう日の感覚もなく意識が途切れてきた頃、何か口に生臭く熱いものが垂らされ無理やり飲まされた。

 久々に意識が戻ると横に竜人がいた。

 予感がする、きっと次に意識が無くなった時、私はこの世からいなくなれる。


 なら最期に恨み言でも言ってやるか。

 掠れた音が喉からでた。


「おまえ達の誰かが我の番だとしても、…我は番にはならぬ。勝手に狂って死んでしまえ」

 

 あは、あははははははは!死ね!死んでしまえ!

 どこにそんな大きな声が?と思うくらいの大声で笑ってやった。


 目を見開いて私を見る竜人。

 最高だ!とても気分が良い。

 あぁ、本当に気分が良い、…そして、さようならだ。


 そうして私の意識は無くなった。


「リナ!リナ!目を開けてくれっ!」

「殿下落ち着いて下さいませ!」

「黙れ!我の血を与えれば元に戻ると言ったではないか!」


 サイドボードを怒りに任せ叩き割る。

 リナはとうとう根の国へ渡ろうとしている。

 半狂乱になりリナにすがりつく。


「先程の言葉はなんだ?何故あんな酷い事を言えるのだ!リナ頼む逝かないでくれ!」

「殿下あの言葉は…もしや…」

「あの言葉が何だというのだ!」

「その筈はございません!」

「何だと言っている!!」


 年配の側近は、喉を鳴らして呻いた。


「番様は昔殺した獣人の事をご存じです、殿下があの時仰った言葉でございました!」


 竜人の動きが止まった。

 ギラギラした目で振り返る。


「そう言えば、最初に会った時も獣人をどうとか言っていたな、獣人に特別な想いでもあるのか?リナは」


 その時、花がぽとりと落ちるように理奈は根の国に渡っていってしまった。


「リナ!リナ!嘘だろう?そんな!」


 根の国へ渡るリナの魂の色。

 なんて事だろう、自身の爪で斬り殺したあの獣人と同じ色。





「うわああああああああああ!」






□□□□




 今に伝わる話がある、番を2度殺した竜人の話だ。


 古来より傲慢で残虐な竜人達の中でも、最も残虐な竜人がいた。

 その竜人は己の番を殺したという、しかも1度ならず2度までも。

 1度目は番を斬り殺し、やっと転生を果たした番を2度目は弱るがままに衰弱死させたという、この愚かな竜人は気が狂い、この世の全てを破壊しつくそうとしたが、力を合わせた者達により討たれたそうだ。


 それより竜人は、この世で最も忌み嫌われるようになったんだと。







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