001
マオの父親が去って行った夜、マオにせがまれて次の日から特訓をすることになったのだが――
朝ごはんを食べ終えて広場でマオと二人きり。
横に立つマオはなぜか不安そうにしている。
「マオ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
「そもそも訓練って言っても……」
「な、なによ……」
「魔力は残ってるのか?」
「うっ……」
「うん?」
気まずそうに目を逸らすマオに屈んで目線を合わせる。
「おい、まさかお前……」
「ちょ、ちょっとだけなら……残ってるわよ……多分……」
「多分?」
「あ、あんたと戦って全部使い果たしたのよ! なんか悪い!?」
「え、それじゃ訓練もなにもできないじゃないか……」
「そ、それは……」
武闘派じゃないのに魔力なしとは……。
「魔力がないなら話にならん、城に――」
「ま、待ってよ!」
「なっ……なんだっ……」
正面からしがみ付かれ、首にマオの腕が巻かれ。
「ちょ……女の子がそんな恰好で抱きついてくるな……」
「だって……て……もん……」
「なんだ?」
俯いて頬を染めるマオだが――少女に悪魔コスで抱きつかれていると思うと、誰か来ないか不安になる……。
「……もん」
「だからなんて――」
「もう! だから! いっつもいっつも構ってくれないんだもん!」
「……え?」
「うぅ……」
顔を真っ赤にして涙目になるマオ。
「構ってほしかったのか?」
「だってフウとかライばっかり……私だってたまには……」
そうだったのか……。そう言われるとあまり構ってやってなかったな……。父親とも再会できたのに一瞬だったしな……。
「――ひゃうっ……お、お尻触らないでよ!」
「抱っこされるのは嫌か?」
「い、いや……じゃないけど……」
「なら、肩車してみるか?」
「かた、ぐるま?」
「えっとだな――」
一度マオを下ろしてしゃがみ――
「ほら、肩を跨いでみろ……」
「そ、そんなことできないわよ!」
「恥ずかしいのか?」
「は、恥ずかしくないし!」
「なら早く……」
「うぅ……分かったわよ……」
首の裏が柔らかいものに挟まれた。
「こ、こう?」
「よし、んじゃ持ち上げるからな、バランス崩すなよ」
「あわっ! あわわ!」
「――ちょ、前が見えない……」
頭全体がマオに包まれて前が――ちょっといい匂いがする……。
「ほら、まっすぐ立ったから巻き付くな……」
「わ、分かってるわよ!」
マオに頭を押さえられ歩いてみる。
「わぁ……」
「どうだ?」
「魔力があった時はこのくらいだった!」
「そ、そうか……」
そう言われると俺が肩車する意味があまりないな……。
「ね、ねえ……」
「ん? どうした?」
「その、走ったり飛んだり……してほしい……」
「お、それくらい喜んで」
広場を走り回り、飛んだり跳ねたりと……。
……。俺はなにをしているのか……。
「わーい! あはっ……あははっ!」
楽しそうだからいいか。
「ゼクス! 次はあっち、に……」
マオが言葉を詰まらせた。
「どうした?」
「あっちに誰かいるわよ?」
「あ……あぁ……そんな……」
「ゼクス、どうしたのよ」
遠くでも分かるその見慣れた姿は……あの姿は……。
瞼を閉じた瞬間――
「やぁ、久しぶりだね、ゼクス君♪」
目の前にそれはテレポートしていた。黒髪、眼鏡の執事……。
「セ、セバスチャン……」
「おいおい、そんな嫌そうな顔をしないでくれよ♪ 久しぶりの再会じゃないか♪ 喜び合おう♪」
「セ、セバス……なに?」
「セバスチャンとお呼びくださいませ、魔王の娘さん♪」
「セバスチャン?」
「はい、そうです♪」
にこやかにマオに笑顔を向けるセバスチャンだが、その奥に隠れた鬼を忘れはしない……。
少し後ずさりしながら距離をとる。
「なんでセバスチャンがここに居るんだよ……」
「王様がうるさくてねー、元魔王を呼び出してあげたのに『お前が行った方が早いではないか!』だってさ~、参っちゃうよねーほんと♪ あ、そうだそうだ。元魔王とは戦ったのかい?」
「いや、娘が無事だと知ってまたどっか行ったぞ」
「そっかー、残念だねー♪」
笑顔のまま会話を続けてくるセバスチャン。長年、こいつを見てきたが腹の内が見えたことがない。
「敵なの味方なの?」
「おー♪ お嬢さん、良い質問だね♪ 王様よりも冴えてるよ♪」
「ふ、ふんっ、当然よっ!」
「ふふっ♪ 可愛らしいお嬢さんだ♪」
「おい、本当になにしに来たんだよ……」
「うーんとね~……」
顎に手を添えて悩む素振りを見せるが、セバスチャンがこうしている時は大体ふざけている時が多い……。
「遊びにきた♪」
にっこり笑顔を向けられるが、この数日の間でもっとも俺をバカにした笑顔だった。
「お嬢さんはちょっとお城に戻ってもらおうかな♪」
「おい、なにをする気――」
パチンと指を鳴らした瞬間、マオの重みがなくなった。
「よし♪ これで話ができるかな♪」




