Ⅵ 討伐2
アイシェの言葉に、討伐隊の隊長は困ったような表情をした。明らかに民間人の子供、それも女の子を連れて行くのをためらうのはわかる。しかし、意外にもロクサーヌがアイシェを後押しした。
「隊長、よろしかったら連れて行ってあげてくださいませんか。彼女は魔術師です。自分の身は自分で護れるでしょう」
「……わかりました。先生がそういうのなら」
ロクサーヌは微笑み、エムレを振り返った。
「あなたも一緒に行きなさい。夕食は用意しておくわね」
しれっとそんなことを言って送り出された二人であるが、アイシェには意外だった。
「……行かせてくれないかと思った」
「別に、師匠は過保護なわけじゃないからな。俺だって普通に森とかに行かされるし」
「ふーん、そっか。ちょっと意外だっただけ」
優しげな雰囲気に騙されがちであるが、ロクサーヌは意外と放任主義だ。でも、本当に困ったらちゃんと助けてくれる。自分が魔法を教えないことに後ろめたさがあるのだろう、とエムレは言った。
確かに、アイシェが同行を希望したのも、魔術の訓練の一環のためだ。こうした経験も、アイシェの力になるだろう。
「思うんだが」
「何?」
「魔眼を使えばいいんじゃないか」
討伐隊についていきながらエムレに言われ、アイシェは唇を曲げた。
「……あたし、魔眼をほとんどコントロールできないの」
正直に言うと、エムレは「そうだろうな」とうなずいた。
「でなきゃ、学校を追い出されるわけねぇし」
「うっさい!」
アイシェは拳でエムレの腕をたたいたが、彼は小揺るぎもしなかった。アイシェも本気ではなかったが、本気で殴ったところで彼はびくともしないだろう。
「けど、相手はライカンスロープだ。別に暴走しようが、片づけられりゃあいんじゃねーの?」
エムレに当然と言えば当然のことを言われ、アイシェは眉をひそめる。
「だって、周りも巻き込んじゃうんだもの」
それほどまでにアイシェの魔眼は強力だった。そして、彼女のコントロール下に置かれていない。ロクサーヌが指摘したことは正しかったわけだ。
今は彼女のおまじないにも似た封じで押さえられているが、いつ暴走するかわからないし、一度使ってしまえばそのまま抑制できなくなるような気がした。
「……お前、本格的に魔術を習わないとまずいんじゃないか」
「だからそう言ってるでしょ!」
言いあっている間に、ライカンスロープに追いついたようだ。王都の外れの外れ、廃墟と化している小屋に、ライカンスロープはいた。
「アイシェ殿、魔術で援護を頼めるか」
「はい!」
討伐隊の隊長に言われ、アイシェはうなずいた。討伐隊と言えども、魔術を本格的に使える隊員はほとんどいないようだ。アイシェは魔術をいつでも発動できるように待機した。エムレはそんな彼女の護衛代わりである。
「討てー!」
号令で一気に隊員が襲いかかる。矢が放たれ、一機に周囲が騒がしくなった。
ロクサーヌ曰く、魔獣であれば魔法を使わなくても倒すことができる。なので、極論を言うと矢だけで倒すことだって不可能ではない。実際に、ナイフ一本でライカンスロープを倒した人がいるらしい。
討伐隊の練度が低いわけではないが、生命力の高い魔獣を殺すのはやはり難しい。そして、魔力の高さに惹かれたのか、傷ついたライカンスロープはアイシェに狙いを定めた。確かに、魔力の高い彼女を食らえば傷の治りも早かろう。
「炎よ、守れ!」
とにかく、アイシェはライカンスロープから距離を取ろうとする。魔術を使うにも、ある程度の距離と時間が必要だ。
「取り巻く鱗粉よ、彼のものを打倒せ」
アイシェの炎の魔術がライカンスロープを襲った。おおむね、夜の生き物は炎に弱い。つまり、炎を操るアイシェは、もともと魔獣討伐に向いているのだ。
ライカンスロープの咆哮のような悲鳴が響き渡る。留めとばかりに討伐隊が槍や剣で刺す。ちゃっかりエムレも混じっていた。
倒れ込んだライカンスロープを討伐隊が確認する。どうやら無事に倒せたようだ。
「ご協力、ありがとうございました」
隊長ににこやかに言われ、アイシェは「足を引っ張らなくてよかったです」と苦笑を浮かべた。
「しかし、エムレと言ったか。いい腕だ。うちに欲しいくらいだな」
隊長の誘いに、アイシェはエムレを横目で見上げた。
「せっかくの誘いですが、まだ師匠に学びたいことがあるので」
丁重に断った。アイシェはでしょうね、と苦笑する。隊長も行ってみただけのようで、そうか、とエムレの肩をたたいた。
「送っていこう」
「ありがとうございます」
多少の被害はあったが、貴重な経験をさせてくれた討伐隊に感謝である。
△
「ただいま」
「お帰りなさい」
戻ると、本当にロクサーヌは夕食を作っていた。
「迷惑はかけなかったかしら?」
ロクサーヌの問いに、アイシェとエムレは目を見合わせる。
「……たぶん」
大丈夫だと思う。ロクサーヌは深くは聞かず、「そう」と微笑んだ。
「怪我もないようね。まあ、大丈夫だろうとは思っていたけど」
ロクサーヌはそう言ってスープを出す。パンも焼きたてでおいしそうだ。
「なあ師匠。あのライカンスロープ、どこから入ってきたんだろう」
エムレが言った。確かに、アイシェたちの知るライカンスロープに比べてだいぶ身体能力が高かったが。
「……どうなのかしらね。ライカンスロープ……人狼は、昼間は人間の姿をしているし、いつの間にか紛れ込んだのかもしれないわね」
かなり適当だったが、ありえなくはない。ただ、人狼の生息地から王都は距離がある。良く見つからずに入ってこられたものだ。
「誰かが手引きしてるってことはないんですか」
アイシェがパンをちぎりながら言った。ロクサーヌはアイシェを見て、その頭を撫でた。
「思っていても、言うものではないわ。巻き込まれてしまうわよ」
そう言うのを解決するのも討伐隊の役目だから、と彼女は微笑んだ。丸投げする気満々だ。だが、ロクサーヌの言うとおり、下手に首を突っ込んで巻き込まれてしまえば、後ろ盾もない彼女らは困ることになる。
ロクサーヌは魔法を使わない。それで、助かっている部分もあるのだろうと、一緒に暮らすようになって思った。必要以上に踏み込まない。魔女ならば、難しかったかもしれないことだ。
「ああ、そうだわ。次のお店のお休みの日、森まで薬草を摘みに行くのだけど、一緒に行きましょう」
ピクニックね、とロクサーヌは微笑んだ。まあ、目的が危険な魔法薬用の薬草であることを差し引けばピクニックである。
「お弁当を用意しよう」
エムレが即答した。すでに彼は行く気満々だった。そりゃあ、ロクサーヌが行くと言えば彼はついていくだろう。アイシェも遅れてうなずいた。
「行きます。楽しみですね」
「そうね」
ニコリとロクサーヌが微笑む。何事もなければただのピクニックだ。何事もなければ、だ。
学校にいる時も魔法薬などの授業はあったが、ロクサーヌの方が実用的な薬を作っている。それが魔法薬であるかどうかは微妙なところだが……。
なんにせよ、ここでの暮らしが結構楽しいアイシェだった。
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