表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

Ⅴ 討伐










 貸本屋の店番をしていたアイシェは、あわてて入ってきたパン屋のおじさんに「いらっしゃいませー」と声をかけた。こんな朝早くから人が来るとは思わなかったのだ。


「ああ、新しい弟子のお嬢ちゃん。ロクサーヌはいるかい?」


 焦った様子でまくし立てたそのおじさんに、アイシェは目をしばたたかせると「お待ちください」と言って店の奥に声をかけた。


「エムレ! ロクサーヌさんいるー!?」


 薬を作っていたらいないかもしれない、と思い、エムレに声をかける。しばらくして、二人は一緒に出てきた。


「どうかしたの? あら、おはよう」


 出てきたロクサーヌはパン屋のおじさんに驚いたようだが、すぐに笑みを浮かべてあいさつをした。おじさんはやはりあわてた様子でロクサーヌの腕をつかんだ。

「ロクサーヌさん! 来てくれ!」

「え、ええっ?」

 ロクサーヌが引っ張られていく。


「ちょっと待て!」


 エムレがロクサーヌを追おうとして、店の出口でぽかんとしているアイシェを振り返った。

「店閉めて、お前も来い!」

「あ、うん!」

 あわてて店を閉めると、アイシェはロクサーヌたちを追って市場のあたりに向かった。先に到着していたエムレがアイシェを振り返る。

「呼んでおいてなんだが、お前、死体を見ても平気か?」

「え? うん」

 と言うわけで、アイシェが対面したのは大きく損傷したご遺体だった。この町の人らしい。ロクサーヌが検死のようなことをしているが、どうやら鋭い爪で引き裂かれ、牙に食いちぎられたようだ。


「……ライカンスロープ……」


 アイシェが小さくつぶやいた。ここは王都の外れだ。王都にはいくつか商店街や貴族街、住宅街があるが、その住宅街の端にあたる場所だった。と言っても、森があるような場所ではなく、ライカンスロープが出るにはやはり疑問しかない。

「誰か、姿を見たものはいないの?」

 ロクサーヌが問うが、野次馬たちは首を左右に振った。この中には目撃者はいないらしい。

「……この時間まで見つからなかったんだ。目撃者がいなくても不思議じゃない」

 エムレがロクサーヌに言った。彼女は、「そうね」とうなずきながらも言う。

「確かに、これだけの傷なら悲鳴をあげたでしょうに、誰も気づかなかったのなら周囲に誰もいなかったのでしょうね。それか、一緒にいたものも殺されるなりして連れて行かれたか、家の中に隠れて震えているか……」

「……単純に即死だったとか」

 アイシェも意見してみたが、ロクサーヌは肩をすくめる。

「傷の具合からして、即死はないわね。かなりもがき苦しんで死んだはずだわ」

「……」

 その美しい顔であっさりと恐ろしいことを言われ、アイシェはちょっと引いた。


「間もなく、王宮から魔獣討伐隊が来るでしょう。今夜は警備してくれるはずよ。まあ、できるだけみんな、外に出ない方がいいわね」


 そのロクサーヌの言葉通り、昼過ぎには討伐隊が到着した。その様子を貸本屋の窓から眺めながら、アイシェは同じく店番をしているエムレに尋ねた。

「今朝、なんで師匠が呼ばれたの?」

 別に警察でもないのに、とアイシェが不思議がると、エムレは彼女の隣から窓の外を眺めながら言った。

「師匠は魔物にも詳しいからな。魔女をやめたっていっても、あの人はやっぱり魔女なんだよ」

「うん……何となくわかる」

 かつて、人と魔法がもっと共存していた時、魔術師や魔法使いは人の近くで暮らしていた。人々は、聡明な彼らに知恵を借りに訪れたという。おそらく、そんな状態なのだ。

「……ライカンスロープ、見つかるといいね」

「お前はせいぜい食われないように気を付けるんだな」

 ふん、と憎まれ口をたたき、エムレは窓の側を離れた。振り返ったアイシェは、そんな彼に向かって思いっきり舌を突き出した。


 それから二日間、何の事件もなかった。もちろん、人々はいつ襲われるかとピリピリしているが、それはそれ。表面的には何事もなかった。

 最初の事件から三日目の夕暮れ時である。ロクサーヌの家である貸本屋の存外近くから悲鳴が上がり、アイシェは店を飛び出した。と言っても、玄関から外に出ただけである。もう店を閉める準備をしていたくらいの時間。赤い夕陽に染まる中、明らかに人間ではないシルエットが見えた。


「セット!」


 女性が襲われそうになっているのを見て、アイシェはとっさに魔法弾を打ち出した。直撃はしなかったが、興味は引けたようだ。金に光る吊り上った目がこちらを向いた。その顔は狼に似ている。人狼、もしくはライカンスロープ。

 ライカンスロープが吠える。アイシェは呪文をつむぐ。

「その空は赤を抱く。形なきものよ、姿を現せ!」

 地を這うように炎がライカンスロープを襲った。獣に部類されるので、炎は苦手だろうと踏んだのだ。ライカンスロープはひるんだようだが、それでもアイシェに向かって襲い掛かってきた。

 アイシェが魔法を展開するより早く、追ってきたエムレが滑り込み、剣を振るった。

「アイシェ、援護!」

「うん!」

 エムレがライカンスロープの攻撃をいなすように剣を振るう。アイシェはライカンスロープの逃げ道をふさぐように火魔法を放つ。


「お二人とも、どきなさい!」


 男性の声が聞こえるとほぼ同時に、アイシェはエムレに抱えられて道の端に連れて行かれた。どうやら、魔獣討伐隊が到着したらしい。

「二人とも、大丈夫ね!?」

 少し遅れてロクサーヌが駆け寄ってきた。二人が「うん」とうなずいたのを見ると、ロクサーヌは二人の頭を撫で、最初に襲われていた女性の元へ向かった。ライカンスロープの側を駆け抜けていったのだが、ロクサーヌはひるみもしなかった。アイシェとエムレも顔を見合わせ、師の後を追う。

 ロクサーヌは女性の怪我の具合を見ていた。幸い、ライカンスロープに本格的に襲われる前にアイシェが介入したので、転んで擦りむいたくらいだった。


「あ、待て!」


 顔を上げると、ライカンスロープが飛び上がって逃げていくところだった。アイシェが魔法を放つ前に、ロクサーヌが近くの討伐隊員から弓矢を奪った。

「ちょっと借りるわね」

 そう言うと、ロクサーヌは弓に矢をつがえ、ライカンスロープに向かって放った。直撃はしなかったが、足には当たった。それでも、ライカンスロープは逃げることを選択したらしい。

「……動く的に当てるとは。いい腕です」

「どうも。あ、これ、ありがとう」

「いえ……」

 突然、美女に弓矢の腕を披露され、討伐隊も困惑気味である。討伐隊の隊長だけは楽しそうにしているけど。

「師匠、弓うまいですね」

 驚きすぎてアイシェはそんな事を言った。魔法は使っていなかったが、この腕があれば普通の狩りくらいはできそうだ。


「年だけは食ってるから」


 と、また周囲を困らせるようなことを言う。彼女は、どこからどう見ても二十代半ばほどにしか見えない。


「隊長、どうしましょう? 追いますか?」


 討伐隊の一人が困惑気味に指示を仰いだ。確かに、ロクサーヌが足を傷つけたので、追いつくことはできる気がする。

「しかし……夜明けを待ってからの方がいい気も……」

 別の隊員も意見する。確かに、もう日が暮れている。闇の中ライカンスロープを探すのは大変だが。

「いいえ。追うべきでしょう。ライカンスロープは人狼です。昼間は、人の姿をしています。あなた方、人間を狩れますか?」

 ロクサーヌの問いに、アイシェは自分を除籍処分とした魔法学校の校長を思い出した。やはり、校長とロクサーヌは知り合いなのだろう。言うことが似ている。と、思った。


 ロクサーヌは、校長はその時の最適解を出す、と言った。ただし、人の思いはかんがみない、とも。


 ならロクサーヌは? とも思う。おそらく、彼女の発言は、この場での最適解なのだと思う。いや、違うのか? 最適解は日が昇ってから、動きの鈍い人間の状態の時に狩ることなのか? よくわからなくなってきた。

 いや、やはり、今仕留めてしまうことが正しいのだと思う。朝まで待っていたら、いらぬ犠牲が出るかもしれない。

 ロクサーヌ曰く、魔法学校校長は合理的な判断のできる人だが、ロクサーヌ自身もそうだ。自分で気づいているのかいないのかわからないが。

「私も同意見だ。全員、準備しろ。数人は残って住民を守れ」

「はい!」

 討伐隊があわただしく準備を始める。アイシェははい、と手をあげた。

「私も連れて行ってください!」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


エムレはそこそこ強い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ