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Ⅳ 人狼











 アイシェがロクサーヌのもとで暮らしはじめてから、二週間ほどが経った。口の悪いエムレとは日々喧嘩をしているが、嫌われているわけではないし、仲が悪いわけではないと思う。

 ロクサーヌは、宣言通り魔法について教えることはなかった。それでも、アイシェの魔眼をどうにかしなければならないことには変わりない。彼女は、魔法を使うのをやめたが、魔法に関する蔵書を廃棄したわけではなかった。もしかしたら、エムレが魔力持ちなので彼のために用意したのかもしれないが。


 それらの本を読みながら、アイシェは魔眼のコントロールについて勉強中である。

 一方、ロクサーヌの副業(本人によると、こちらが本業なのだが)貸本屋もそこそこ繁盛していた。専門書から娯楽小説まで幅広く置かれており、毎日に十冊程度の貸し出しがある。貸出期間は十日で、値段は貸しだされる本による。専門書などの高価な本は、貸しだされたきり返しに来ないこともあるのだが、貸出期間から十日が過ぎると本に描かれた魔法陣が金切り声をあげるので、たいていの者は返しに来るのだそうだ。

 ここに及んで、魔法を使わないって、どこまでが魔法なのだろう? と思うアイシェだった。


 しかし、ロクサーヌの収入の多くはこの貸本屋ではない。アイシェがこちらを『副業』と呼ぶのはそこら辺が理由だ。ちなみに、エムレはロクサーヌの娯楽だと思って付き合っているのだそうだ。

 ロクサーヌの主な収入源は、薬であった。もちろん、変な薬ではなく、普通の薬だ。風邪薬や頭痛薬などの普通のものから、体を温める薬や気分が明るくなる薬など、魔女の薬草の知識をフル活用している。これらは魔法薬ではあるが、実際に魔法を使っているわけではないので、魔法には入らないと思う。ただ、同じ薬草を使っても、魔力のない人には作れないのだが。


 アイシェはロクサーヌの薬づくりを手伝うようにしていた。魔法薬の知識は役立つからだ。さすがに彼女は見識が深く、そして、手伝いを喜ばれた。

「エムレはなんというか、あまりこういう作業が得意ではないのよね」

「え、でも、お料理おいしかったですよ」

 正直、アイシェよりうまかった。悔しい。

「料理と調剤は違うらしいわ。あの子は幼少のころバンシーに育てられていたから、それも影響しているのかもしれないわね」

 西の島国アルビオンでは、バンシーは家事妖精の一種に数えられる。その影響を受けているのなら、納得できる話では、ある。


 ロクサーヌの家は、王都の中心街から少し外れたところにある。どちらかと言うと、住宅街であるが、市に買い物に行くのに便利だ。アイシェは一人で出歩くなと言われているので、買い物に行くときは必ずエムレかロクサーヌが一緒である。最初にアイシェの日用品を買いに出た時に、ロクサーヌが『預かることになった』と説明していたので、みんなはアイシェのことを心優しい魔女が預かる少女だと知っていた。

「おい。ボーっとするな。置いて行くぞ」

「うん」

 口では置いて行く、などと言いながら待っていてくれるエムレ。腹の立つこともあるが、慣れてくれば問題ない。今日も、アイシェはエムレと買い物に来ていた。市に出て、食材など必要なものを見て回る。

 早くしろなどと言いながらも、エムレはアイシェの好みを聞いてくれる。彼女が孤児院のあとは魔法学校で育ち、あまり料理を知らないことに気付くと、いろいろな食べ物を出してくれるようになった。何となく、胃袋をつかまれている気がする。


 ロクサーヌは各地を転々としているようだが、王都に来てしばらくたつらしく、エムレは市場の人たちと顔見知りだった。そして、彼ら彼女らはアイシェを連れ立っている彼を見て微笑ましげに言う。


「エムレ君の恋人? 可愛いねぇ」


 似ていないし、年回り的にも勘違いされても仕方がない。そのたびにエムレもアイシェもそろって嫌そうな顔をするのだが、市場の陽気な人たちは笑い飛ばすだけだ。いや、アイシェはエムレのことを嫌いではないけど。


「師匠の新しい弟子だ」

「あ、弟子って認めてくれるのね」


 客分だったときは敬語で話していたが、今ではもうずいぶん砕けた態度で接するようになってしまった。ロクサーヌは魔法を教えないというが、アイシェの気持ちとしては彼女の弟子だった。自称だったのが、エムレには弟子と言ってもらえた。

「勘違いするな。対外用だ」

 釘を刺されたけど。つれない彼だが、屋台でお菓子を買ってくれた。食べ物で釣れると思われているような気がするが、くれるというのでありがたくいただいた。

 ふと、アイシェは人だかりを見つけた。人々が集まり、何かを話しているようだが……。

「あ、ねえ、エムレ」

「お前、食べるかしゃべるかどっちかにしろ」

 注意が飛んだので、ひとまず口の中のものを飲みこんでから再び口を開いた。


「あれ、自然現象でついた傷じゃないよね?」


 石造りの店の壁にどう考えても自然にも人間にもつけられそうにない傷跡がついていた。まるで鋭い爪で切り裂いたような傷が三本並んでいる。まあ、大きさや深さを考えれば爪でもないような気がするが……。

「……そうだな。魔獣の一種だと思う……あの鋭さなら、人狼ウェアウルフかもしれないな」

「ウェ……何?」

 飛び出した言葉はペルシス語ではなかった。バンシーに育てられた経験があるためか、たまにエムレからアルビオン語が飛び出すのである。

「ああ……この辺りではライカンスロープと言うのだったか。人狼のことだ」

「人狼……狼男と言うことよね」

 確かに、学校で習った限りだと、人狼なら爪も鋭いしあの壁の傷をつけられそうだ。

「でも、位置が……」

「高いな」

「……」

 アイシェもエムレも同じところを気にしたようだった。人狼と言えども、人間より多少大きいくらいの背丈しかないはずだ。しかし、傷があるのは壁の屋根の近く。いくら人狼でも届かないだろう。

「……あとで師匠に聞いてみよう」

「そうだね」

 アイシェはうなずくと、エムレに「荷物持つよ」と言った。買った物を、彼はすべて持っているのだ。さすがに悪い。


「じゃあ、鞄を持ってくれ」

「わかった」


 お金の入っている鞄を預けてくれるくらいには、エムレもアイシェのことを信用してくれているようだ。
















「あら、ライカンスロープ? この辺りでは珍しいわね」


 夕食時、買い物に出た時に弟子二人が遭遇したものを聞いて、ロクサーヌはそう感想を述べた。彼女の言い方を聞くと、多く出る地域に住んでいたことがあるようだ。

「そこまではっきりしているのなら、騎士団が何とかすると思うけど、二人とも、外に出るときは気を付けるのよ」

 遭遇したときに遠慮はいらないわ、とロクサーヌ。エムレは「もとよりそのつもりだ」ときっぱりとうなずいた。住民に被害が出ているのなら考えなければならないが、まだそこまでの事態に発展していないとロクサーヌは考えたのだろう。

 しかし、翌日にはそんな悠長なことを言っていられなくなった。


 被害者が現れたのである。













ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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