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Ⅲ 居場所










 朝、アイシェは目を覚ました。穏やかな目覚めだった。なんだかいい香りがする……と思ったところではっとした。あわてて身支度を整え、眼鏡をかけると、階下へ駆け降りた。


「おはようございます!」


 勢いよくリビングに駆け込むと、「うるさい!」との返答があった。アイシェは思わずむっとする。

「騒がしくしたのは申し訳ないですけど、怒鳴ることはないのでは?」

「うるさいな。静かには入ってこい。……おはよう」

 やっぱり口は悪いが、礼儀はちゃんとしている、と思った。そのことに毒気をそがれて、アイシェはキッチンに入った。


「手伝います」

「じゃあ、皿を出してくれ」


 エムレは遠慮なく頼んできた。昨日は、客だから、と何もさせてくれなかったのでまた断られるかと思ったのだが、ちょっと安心してしまった。

「そう言えば、ロクサーヌさんは?」

 お茶を入れながら尋ねる。エムレはしかめっ面のまま答えた。

「師匠なら外で結界を確認してる」

「……あれ? ロクサーヌさんって、魔法は使わないんじゃなかったでしたっけ?」

 そういう触れ込みだった気がするのだが。エムレは「ふん」と鼻を鳴らすと調理に戻った。話す気はないらしい。本人に聞けということか。

「おい」

「おい、じゃなくてアイシェです。なんですか」

「庭に師匠とラシードがいる。呼んできてくれ」

「わかりました」

 アイシェは言われたとおり庭に出た。ロクサーヌは庭で花壇に花を植えていた。その周囲をラシードがうろうろしている。

「ロクサーヌさん。ラシード。朝食ができました」

「あら、アイシェ。ええ。ありがとう」

 にっこり笑ってロクサーヌがおっとりと言った。水で手を洗い、ラシードの足をぬぐう。

「ところでアイシェ。おはよう。眠れたかしら」

「おはようございます……はい。おかげさまで」

 どんな魔法だったのだろう、時になるが、尋ねることはしなかった。ロクサーヌは「ならよかったわ」と優しく言った。


 朝食を終え、食後のお茶を飲んでいると、ロクサーヌはアイシェに話しかけた。

「アイシェ。話があるわ」

「あ、はい……」

 出て行け、と言われるのかと思えば、彼女はアイシェの眼鏡をはずし、まじまじとその瞳を見つめてきた。気恥ずかしいが、彼女はその奥にある魔眼を見ているのだろう。


 眼鏡は魔眼を封じる魔法道具の一つであるが、アイシェは魔眼をある程度コントロールできている。眼鏡なしでも暴走するようなことはない。

「恐怖と混沌の魔眼ね。これほど強力な魔眼にはめったにお目にかかれないわ」

「だ、大丈夫なのか」

「ええ。私やあなたには、そうそう魔眼は効かないわ」

 ロクサーヌがきっぱりと言い切った。微妙に腰の引けていたエムレも、その言葉に安心したようだ。


「確かにこれほど強力であれば、セレンは叩き出すかもしれないわね」


 はあ、とロクサーヌはため息をついた。セレンって誰だ、と聞ける雰囲気ではない。

「どういうことだ?」

 代わりにエムレがアイシェが何故退学になったのか、理由を聞いてくれた。

「危険だということよ。未熟な魔術師が多い、魔法学校内ではね」

「……なら、そう言えばいいのに……」

 アイシェが思わずつぶやくと、ロクサーヌは首をかしげて尋ねた。

「それで、アイシェは納得した?」

「えっ?」

「そう説明されて、納得した? 周りに危害を加えるから退学しなさい、なんて。行くところもないし、魔眼を狙われるかもしれないのに?」

 穏やかな口調できついことを言う。アイシェは黙り込む。納得、できないと思う。


「だから何も言わなかったのよ、セレンは。あの人の出す答えは、いつでも最適解だわ。人の思いをかんがみないけれど」

「……」


 思わず、アイシェはエムレと顔を見合わせてしまった。ロクサーヌの吐き捨てるような言葉が意外だったのだ。そして、思い出した。セレンと言うのは、魔法学校の校長の名だ。ロクサーヌは校長の知り合いなのだろう。


 年齢不詳の魔法学校の校長。長い時を生きる高名な魔女だというが、いつの時代から生きているのかは不明だ。魔法の世界は広いようで、狭い。二人が知り合いでもおかしくはない。


「アイシェ。私は魔女であることをやめたわ。それでもいいというのなら、ここに置くわ」


 アイシェははっとしてロクサーヌを見た。まっすぐに彼女のヴァイオレットの瞳を見つめたが、魔眼はピクリとも反応しなかった。

「……はい。ここに置いてください」

 お願いします、とアイシェは頭を下げた。彼女はわかっている。自分が自分一人で無事に生き抜くことなど不可能だと。誰かの庇護が必要だ。幼いころは神殿だったし、魔法学校に入学してからは、学校が彼女を守っていた。

 その学校を退学となった今、新たな庇護者が必要なのだ。


 ロクサーヌは魔法を使わないという。それでも、アイシェの庇護者としては十分だ。彼女の消し切れない魔力が、防波堤となる。

「わかったわ。これからよろしくね、アイシェ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 信じられない。ここに置いてもらえる。シナンの言った、「師匠は優しい」という言葉は嘘ではなかった。たぶん、エムレのこともこんな感じで引き取ったのではないだろうか。

「……師匠。甘やかしすぎるのもどうかと思うぞ」

「まあ、私が冷酷非道な人間だったら、七歳のあなたを家から放り出しているわね」

「……」

 エムレのツッコミに、ロクサーヌはそう返した。見かけによらず、シビアなことを言う人である。

「エムレ。一緒に住むのだから、仲よくするのよ。アイシェも、この子、ひねくれているけど悪い子ではないから」

「師匠」

「あ、大丈夫です。わかってます」

 エムレは不満そうだったが、アイシェの返答にロクサーヌは満足そうに微笑んだ。わかっている。エムレは言葉は悪いが、優しさが態度に出るタイプの少年だった。

「……師匠。アイシェの魔眼、どうにかしないといけないんじゃないの」

「ああ、そうね」

 居心地が悪くなったのか、エムレがそう言った。事実を指摘しているだけなので、ロクサーヌも「そうね」とうなずいた。

 しかし、ロクサーヌは魔法を使わない、と宣言している。どうするのだろう。


「古典的な方法になるけど……」


 ロクサーヌが取り出してきたのは化粧品だった。おそらく、魔女のハーブと呼ばれる薬草を使っているのだろう。これらが魔法ではない、と言い切ることはできない気がするが、普通の人間にもできるので、確かに魔法ではないのかもしれない。

 彼女は化粧品でアイシェの目の周りに文様を描いた。鏡で見ているとその複雑な文様はすっと肌に溶け込むように消えた。

「え、どうなってるの?」

「現代魔法では使わないものね。もともと、化粧には魔よけの意味があるから」

 はぐらかして教えてくれなかった。かなり古い魔法であるのは確かだが、魔眼も最古の魔法の一つである。確かに『効く』だろう。

「三日に一度くらい書き直さないといけないけれど」

「教えていただければ、自分でやります」

「……魔法は教えないつもりなのだけどね」

 ロクサーヌはそう言って微笑んだが、実際問題、そうも言っていられない。アイシェの魔眼は喫緊の問題なのだ。

「待て! だけどその前に、お前の生活必需品の買いだしだ!」

 エムレがラシードを捕まえたまま言った。本を持ってきて説明を始めようとしていたロクサーヌは目をしばたたかせ。

「それもそうね」

 と言った。アイシェがこの家で暮らすのであれば、確かに必要なことだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、アイシェさんは炎の魔女。


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