ⅩⅪ 師匠
突然最終話。
ロクサーヌは一人でセレンとテルミナスの遺体の処置を行った。『旧き友』には彼らなりの葬り方があるらしかった。テルミナスはともかく、セレンは丁重に弔われており、その墓石の周囲には花が咲き誇っていた。明らかにロクサーヌの魔法である。
翌日。落ち込んでいるかと思ったロクサーヌは壊れた学校の片づけの指揮を執っていた。彼女の怪力に頼らなくても、魔法を使えばがれきはどけられる。こういう時、魔法って便利。
「派手に壊したなぁ、お前。もうちょっとおしとやかにしろよ。せっかく美人なんだから」
「はあ?」
アイシェと並んで作業していたロクサーヌが、聞こえてきた声に怪訝な声を上げた。
「私にここまで破壊できる魔法は使えないわ」
「指示したのはお前だろ。やり口がいかにもだ」
すらりとした細身の男性だった。背丈はシナンと同じくらいだろうが、体格は彼のほうが細い。ロクサーヌを知っている口ぶりなので、『旧き友』かもしれない、と思った。
「失礼ね。というか、いまさら何をしに来たのよ」
「師の訃報を聞いたからな。落ち込んでいるんじゃないかと思って、見に来た」
ということは、この男性はセレンの弟子なのだ。セレンはロクサーヌが最後の弟子だ、と言っていたし、他にも弟子がいても不思議ではない。
などとアイシェが細かい塵を掃除しながら考えていると、ロクサーヌは突然男性の襟首をつかみ上げた。
「!? 師匠!」
男性より小柄なロクサーヌだが、あの怪力だ。そう思って声をかけたのだが、男性の方から手を挙げて止められた。
「見に来た、じゃないわよ、ふざけないで! 落ち込まないわけがないでしょ! 覚悟はしていても、目の前で逝かれたのよ、何しに来たのよほんとに!」
がくがくと男性を揺さぶり、わっと泣き出した。男性はロクサーヌを抱きしめると背中を叩いた。そこに至って、アイシェは男性が宮廷魔術師であることに気づいた。ローブに皇家の紋章がある。
「お前は一番セレンになついていたからなぁ」
声をかけていいものか、うろたえているアイシェに、男性はロクサーヌを抱きしめたまま言った。
「ああ、私はファルークだ。レイリの兄弟子にあたる」
「ああ。アイシェです。師匠の弟子をやっています」
と言ってから、師匠なら弟子なのは当たり前かと思ったが、まあいいか。通じたようなので。
「弟子、か。お人よしもここに極まれり、と言った感じだな」
優しく自分の頭を撫でていたファルークに、ロクサーヌは「うるさい」とファルークの顔面をつかんだ。ああ、このノリ、兄妹だ。兄妹弟子だから当然なのかもしれないが、それにしても仲がいい。
「というか、本当に何しに来たの? 本当に私の様子を見に来たというだけなら、そこの城壁から落とすわ」
「叩き落すの間違いだろ。いや、校長がいなくなっただろ。今後の方針を決める必要があると思ってな」
「……」
「ちなみにお前、校長やる気、ある?」
「ない。別に校長は『旧き友』である必要はないのでしょ。普通に教員の中から選べばいいわ」
いきなりロクサーヌが校長だ、と言われても、たいていの人は戸惑うのではないだろうか。昨日、教員たちに指示を出してから駆けつけてきたロクサーヌだが、説得が大変だったと思う。セレンの客分だったから教員たちも多少は折れたのだろうが、今は違う。セレンがいない。
「こういう時のために、実績は積んでおくべきだぞ」
「そういうのは六十年前の戦争で使い果たした」
本当に使い果たしていそうだ、と思ったアイシェは、最近ロクサーヌを理解できて来た気がする。
「……私も、師匠には校長にならないでほしいなぁ。まだ師匠について学びたいです」
思わず口をはさむと、ロクサーヌは驚いた表情で振り返った。
「……あなたもエムレも私を師匠と呼んでくれるけど、魔法を教えた覚えはないわ」
「でも、魔眼の扱い方は教えてくれましたし、結局、生活のすべてのことが魔法に通じてるんですよね。それに、これからは教えてくれますよね?」
「……ええ、そうね」
少しためらったようだが、ここまで来たらどれだけ魔法を使っても一緒、と思ったのだろう。うなずいた。兄弟子曰く、『当代一』と言われる魔法の使い手に学ぶことができるのはうれしい。
「……ま、強制はしないけどな。代わりに多めに薬を納品してくれ。助手もできたんだろう」
ファルークがアイシェを見る。弟子兼助手だったらしい。実は。
「まあいいけど……代わりって何? 私ファルークに何もしてもらった覚えないけど」
確かに!
「お前……昔から変なところだけ師範に似てるんだよな……」
「うるさいわね……でも、ありがと」
「ん」
ファルークはロクサーヌの頭を軽くたたくと、中の様子を見に行った。ロクサーヌががれき撤去作業に戻ってくる。
「兄妹弟子なんですよね。仲いいですねぇ」
「あなたとエムレも仲がいいじゃない。本当に兄妹みたいなものよ」
「あ、その感覚はちょっとわかりました」
手のかかる妹を見ているような感じだった。言わないけど。
「ってことは、一緒に学んだんですか? 戦争で一緒だったとか」
「私より二十くらい年上だから、年は近い方かしら。修業期間は被ってないけど。ファルークは戦争のときは王都にいたわね。一緒ではなかったわ」
「え、じゃあ、そんなにかかわりない?」
例えばエムレとシナンは同じロクサーヌの弟子だが、ほとんど接点がない。それと同じくらい、ロクサーヌとファルークの接点も見いだせないのだが。
「ああ、戦争の前は私も宮廷魔術師の一人だったもの。言ってなかったかしら」
「言ってません!」
片づけをしながら、こんな他愛ない話をする。聞けば結構教えてくれるものだ。ついでに尋ねた。
「結局、師匠って何歳なんですか?」
「えーっと、水晶革命の前の年に生まれたから、今年、百十三歳になるのかしら」
そうなんだ……。
△
「師匠。あのおっさん誰」
昼、顔をしかめたエムレがファルークを指さして言った。
「こら、人に指をささない。あの人は宮廷魔術師のファルーク。私の兄弟子よ。まあ、小うるさい親戚のおじさんくらいに思っておいて」
「流石に泣くぞ、レイリ」
笑いながら言うので、説得力がない。さすがにシナンは顔見知りらしく。
「相変わらずなんだな、ファルーク」
「シナン、お前も師に似て強情だな。お前がちょーっとうなずくだけで解決する話なんだぞ」
「柄じゃないだろ。ファルークがやった方がましなんじゃないか」
「ならお前が宮廷魔術師やるか?」
「師範にやらせろ」
「お断りよ」
だめだ。完全に膠着状態。状況的に、シナンが折れるしかない気がするけど。シナンなら教員としての知識もあるし、アイシェが知る限り十年は学校で教えているから信用もある。
「……柄じゃないんだがな……」
シナンがうなだれた。彼にしては珍しいが、一応、自分がやるしかないとは思っているようだ。年功序列的にも、彼がいいだろう。何しろ、これでシナンは八十歳は越えているので。
「……おい、レイリ。たまに様子見に来てやれよ」
「考慮しておくわ」
さすがに可哀そうになってきたのか、ファルークとロクサーヌがそんな会話をしていたが、ならそもそもロクサーヌが校長を引き受ければいいだけではないだろうか。うまくいかない気がするけど。
△
無事に学校から戻ってきたアイシェは、ロクサーヌにじっと目を……というか、魔眼を見つめられていた。
「うん。大丈夫ね」
ロクサーヌに太鼓判を押されて、アイシェはほっとした。魔眼返しを食らいかけたため、影響があるかと思ったのだが、ロクサーヌが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。
「よかった……」
「魔眼も落ち着いてきているわね。ちゃんとコントロールできてる。あなたがここに来たばかりのことは、いつ暴走するかしらと思ってたいけれど」
「……」
そんなこと思われていたんだ。というか、そんな状態だったなら言ってほしい。
「……言えよ。そういうことは」
「言ったら気にするでしょう。こういうのは、過剰に意識しないほうがいいのよ」
「お前はもう少し神経質になったほうがいいぞ」
「あなたはデリカシーをどこに落としてきたのかしら」
ファルークがわが家のようにくつろいで、ラシードの耳の後ろをかりかりとしていた。
「ていうか、ファルークさんはなんでここにいるんだよ」
突っ込んだのはエムレだ。それはアイシェも聞きたい。
「いいじゃないか。今どこに住んでいるのか気になっていたし」
「……」
ロクサーヌは外見が変わらないため、何年かごとに住処を変えているらしい。帝都には五年ほど前にやってきたらしかった。
変なものを見る目で兄弟子を一瞥したロクサーヌはため息をついた。
「薬は渡すから、それを持って宮廷に戻りなさいよ。陛下によろしく」
「お前の言う陛下がだれかわからんが、承知した」
ひねくれた返答をする兄弟子に、ロクサーヌは薬を持たせて言った。
「まあ、しばらく持つでしょう。はい、帰って」
「茶くらい出してもよくないか?」
「帰れ。つまみ出すわよ」
ロクサーヌなら本当にやりそうで、アイシェはエムレと顔を見合わせた。結局、ロクサーヌはファルークをたたき出した。
「いいんですか……?」
「いいのよ。あれくらいで怒るほど、狭量ではないわ」
アイシェのエムレへの対応が雑になってきているのと一緒か。信頼しているからこその対応だろう。
「……師匠、元気になってない?」
「まあ、もともと、魔法が戦いに向かないからって剣術を学ぶような人だからな……」
確かにそれもそうだ。
「アイシェ、ちょっと手伝って。エムレ、店番頼める?」
ロクサーヌの声がかかって、二人はうなずいた。日常が帰ってくる。はーい、と返事をしたアイシェはロクサーヌの元へ向かい、エムレは貸本屋の店番に向かった。貸本屋は続けるんだな……と思った。
Fin.
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
最終話です。何とか完結できてよかったです……お付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
たぶん、しばらくしたらロクサーヌは拠点を移します。エムレとアイシェは相変わらずロクサーヌと一緒にいます。いろいろ吹っ切れたロクサーヌは、アイシェに魔法を教えてくれると思うけど、正直魔法の系統は正反対です。
宮廷魔術師さんは、事態を収拾させるために出てきてもらいました。ロクサーヌでは納められないので。
ありがとうございました!