ⅩⅨ 師弟
「先手必勝じゃ」
そう言ったセレンは、学校の周りに多数の罠を仕掛けた。これが先手なのかはわからないが、防備が固まる前に攻め込んでくるんじゃないか、とはアイシェも思った。
「基本的に、戦は迎え撃つ側が有利じゃ」
戦争経験者であるセレンの指揮の元、攻撃態勢が整えられる。アイシェはエムレとともに『旧き友』の迎撃に連れていかれることになった。
「別にかまいませんけど……なんで私?」
ほかにも炎の魔法を使う生徒はいるし、何なら教師もいる。セレンは「うむ」とうなずいた。
「お前の業火が欲しいのじゃ。浄化の炎はいらぬ。レイリの魔法で十分じゃ」
どこかで聞いたようなことを言われ、アイシェは頬を引きつらせる。
「なんか……校長と師匠って、やっぱり師弟ですよね。言うことが似てる」
「うむ。そうか」
セレンは嬉しそうに、だがどこか悲しそうにうなずいた。
「そのまま素直に育つのじゃぞ」
「え、はい」
外見十歳ちょっとの少女に言われると、ちょっと複雑だ。いや、相手は四世紀近く生きている魔女ではあるのだが。
この時、別の罠の様子を見に行っていたロクサーヌは、アイシェの側にいなかった。エムレと一緒だし、何よりセレンがともにいるため、少し外しても大丈夫だと判断したのだろう。アイシェもそう思った。
突然、セレンが「む」と顔をしかめて周囲を見渡した。ついでエムレがアイシェの腕を引っ張った。
「アイシェ!」
「わっ!」
力強く引っ張られ、アイシェはエムレに激突する勢いでぶつかった。抱き留められたので転がることはなかったが、引っ張られた腕がいた。衝撃に閉じていた目を開くと、セレンの腹に鉈のようなものが貫通していた。
「……は?」
声が漏れたのは自分の口からか。セレンは体をよろめかせたが、自分の足で立っていた。
「エムレ! そちらに行ったぞ!」
「はい!」
アイシェを離し、エムレが素早く剣を抜く。攻撃をなんとかはじいた。アイシェも魔眼でにらみつけるが。
「痛っ!」
目に鋭い痛みを感じ、目を閉じた。ふん、と笑う気配がする。
「対策をとらないと思ったのか。お前のような小娘にしてやられるわけがないだろう」
言っていることが前後で矛盾している。しているが、実際に効かなかったので何とも言えない。
「一度下手を打っているのに、よく言ったものじゃ。『境界の者』などと名乗る不逞の輩が、よくもわたくしの城に侵入したな」
今いろいろと罠を設置しているが、それ以外にもセレンが施した守護用の魔法がかかっている。簡単に突破できるとは思えないのだ。
だが……テルミナス、境界の者、か。おそらく、境界石からとっているのだろうが、これは神の名だ。異邦の神の名であるので、かなりふてぶてしいし、不敬だし、セレンの言う通り不逞な輩だ。
だが、その名から納得がいった。彼は境界を支配するのだ。だから、城の守りを超えてきた。超えてきて、音もなくセレンの腹に鉈を突き入れたのだ。転移とは違うようだが、なかなか厄介だ。
魔眼が効かないのであれば、と眼鏡をかけなおしたが、魔眼が引かない。うずく、とかではなく完全に熱を持っている。暴走する前兆だ。
「アイシェ」
エムレが気づかわし気な視線を向けてくるのが分かるが、暴走しそうだとわかっているのに顔を上げられなかった。
「アイシェ……落ち着くのじゃ」
テルミナスとにらみ合っているセレンがアイシェに言い聞かせるように言った。その言葉に、アイシェはロクサーヌの言葉を思い出した。
『あなたは魔眼に支配されているのではない。あなたが魔眼を支配しているの。魔眼に振り回されてはならない。いつだって、主導権はあなたが握っているのよ』
そうだ。アイシェの魔眼はアイシェのものだ。アイシェが魔眼を支配している。大丈夫。魔眼を抑制できる。
荒い息をつきながらアイシェは顔を上げる。と。
セレンの頭を飛び越えて魔法が飛んできた。ロクサーヌだ。本人が言う通り、その攻撃魔法はそれほどの威力はない。その後、ロクサーヌはテルミナスをまわし蹴りの要領で蹴り飛ばした。というか、アイシェがロクサーヌの姿を認識できたのは、テルミナスを蹴り飛ばして着地したあたりでだ。なので、今の説明はほぼ予想である。だが、おおむねそのようなことが起こったのではないか、と思われる。
「セレン、生きてる?」
「……何とかな。もう少し早く来ればよいものを」
「先生たちに城の防御の指示を出していたのよ。どこかの誰かがここで死にかけてるから」
「と、言うことは、外から魔獣が襲ってきているのか」
「魔獣というよりはモンスターね」
ということは、退路がない。そのモンスターを何とかしなければ、逃げられないし、この学校内にいる限り、テルミナスが追ってくる。
ロクサーヌが指示を出してきたのなら、モンスターの方は先生と生徒たちが何とかしてくれるだろう。なら、残されたアイシェとエムレ、セレン、ロクサーヌはテルミナスを何とかしなければならない。
「アイシェ、セレンの傷の手当てを。エムレ、私に合わせて」
「了解」
アイシェとエムレが飛び出す。エムレはロクサーヌとともにテルミナスの魔法をいなしながら駆け込んでいく。アイシェは膝をついたセレンに駆け寄った。
「校長!」
「わたくしはよい……どのみち、長くはないのじゃ」
「だとしても、見捨てる理由にはなりません!」
アイシェは治癒魔法が得意なわけではないが、だてに半年以上ロクサーヌのもとにいたわけではない。医療の知識はそれなりにある。と思う。
とりあえず止血を行う。いくら『旧き友』と言えど、セレンはかなり小柄だ。すぐに失血死してしまう可能性がある。ぽっかり穴が開いた腹の傷は閉じた。治りがかなり早い。怪我よりも、失血量のほうが問題のような気がした。
杖を支えにセレンが立ち上がる。アイシェも彼女に気を配りながら立ち上がった。セレンはロクサーヌたちを探すように視線を動かした。音は少し離れたところから聞こえる。
「援護に入るぞ」
「はい」
セレンとともに駆けつけ、魔法で支援を行う。エムレとロクサーヌに当てないように、と緊張していると。
「大丈夫じゃ。あちらがよける」
「……」
そう言われて火炎魔法を投げつけたら、確かに二人ともよけてくれたけど。
「相変わらず野蛮な女だ!」
テルミナスが叫ぶ。呪術も飛んでくるが、大半はセレンが魔法で防いでいた。防ぎきれなければ、ロクサーヌが剣で払っている。どういう仕組みなの。
「余計なお世話よ!」
ロクサーヌが剣を振り下ろす。それをテルミナスはおのれの能力で受ける。一瞬、ロクサーヌが顔をゆがめたのが見えた。呪術による怪我が痛むのだろうか。それも一瞬で、ロクサーヌは足を振り上げ、テルミナスを蹴りつける。すかさずエムレが横に剣を振る。風が巻き起こり廊下の壁を一部壊した。さらにロクサーヌの神速の突き。目にもとまらぬ、とはこういうことを言うのだろう。
同化しているという悪魔のほうが呪術関連の力を持っているのだろうか。呪術があまり出てこない。まあ、境界を越えてくるのも面倒だけど!
ロクサーヌとセレンがうまく誘導しているのだろう。気づけば、戦場は修練場に移っていた。ここなら十分な広さがある。
セレンが杖を、ロクサーヌが切っ先を床にたたきつけた。二人が編み上げた複雑な魔法陣がテルミナスを拘束した。封印魔法陣だ。
「罠か」
「おぬし、ちょっと単純すぎるのではないか」
息を荒げながらセレンが言った。その額には脂汗が浮かんでおり、最初に貫かれた腹の傷が相当に深かったのだろうと思わせた。
「さて、おぬし。どうされたい? この不届きものよ」
「……」
これ、完全に怒っているな、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アイシェの魔眼初披露。大して活躍できてないけど。人間相手ならかなり強力です。