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ⅩⅦ 花の魔女











 襲ってきたのは、『旧き友ウィタ・アミカス』の男だった。セレンとロクサーヌが六十年前の大戦時に取り逃がした男だ。


「まさか悪魔と同化しておるとは思わなんだ」


 というのがセレンの言葉だ。六十年前は、一応まだ生身の人間だったらしい。そう、『旧き友』だって、基本は人間なのだ。

 セレンとシナンの容態を見た後、アイシェの魔眼の処置も行ったロクサーヌは、おもむろにセレンに言った。

「セレン、杖を貸してくれない?」

「うん? うむ」

「ありがとう」

 セレンの杖を手に取ったロクサーヌは、枯れはてたウィローの並木の前に立った。

「師匠?」

 シナンに手を貸していたエムレが不思議そうにロクサーヌを見る。ざわり、と空気が動いた気がした。


『風の声、空の色、水のせせらぎ』


 古い言葉だ。広がる魔力に気をとられたアイシェに、セレンが言った。

「レイリの調律魔法じゃ。見ものじゃぞ」

「魔法……」

 ついに、ロクサーヌは信念を曲げたようだ。かたくなに半世紀以上魔法を使わなかったのに。曲げざるを得ない状況だ、ということか。先ほどの『旧き友』はそれほどに強かったのか。

『刮目せよ、花の園。命の息吹が大地を満たす』

 ふわりと、そんなはずがないのに花の香りがした気がした。目の間を花弁が流れていく気すらした。ざあっと吹いた風に目を閉じ、それから目を開いたアイシェはその目を見開いた。

「わ……っ!」

 思わず、感嘆の声が漏れた。


 次々と、木々が緑になっていく。荒れ果てた地に、花が咲く。それがロクサーヌを中心に広がっていく。まさに命の息吹。彼女は地属性の力を持つのだろう。ならば、あの怪力にも納得できる。なぜかよくわからないが、地属性の魔術師は、異様に体が丈夫なのだ。

 無意識に息をのみ、アイシェは、自分が息をするのを忘れるほど見入っていたことに気づいた。花を咲かせた魔法は徐々に収束していき、終わった。それでも緑と花は残っている。戦闘の影響で少し乱れた姿ではあるものの、銀髪のロクサーヌが花の中に立っていると、なかなかに幻想的だ。

「すごい……」

「これが、『花の魔女フロース』の魔法……」

 駆けつけてきた学校の先生や一部の学生たちからも感嘆の声が漏れる。アイシェは、自分のことではないのにちょっと誇らしくなる。見たか、これが私の師匠だ。

 この状況で人々を感動させ、さらには境界の守りを一息に回復させたロクサーヌだが、彼女はその場に頽れた。アイシェをエムレがとっさに駆け出す。


「師匠!」

「大丈夫か!?」


 苦し気に息をしていた彼女は、急にせき込むと吐血した。え、とアイシェが固まる。

「いきなり魔法を使ったからか……?」

「そうではなかろう。レイリ、どこをやられた」

 遅れて駆けつけてきたセレンにこたえようとしたのだろう。口を開いたが、声の代わりにげほっ、と血が零れた。

「師匠ぉ……」

「そんな声を出さずとも、これくらいで死にはせん」

 セレン、めちゃくちゃドライだ。そうこうしている間に、話せないことを悟ったロクサーヌは、自分の服の左袖を破いた。そこには獣の嚙み痕のような傷口があった。

「ラミャじゃな。つかんで投げたときか」

 アイシェは師の怪力を思い出して遠い目になる。何というか、あれは、すごかった……。

「師匠は大丈夫なんですか」

 エムレがセレンに尋ねる。尋ねられたセレンは杖を拾いながら「問題ない」と答える。


「壊死の呪いじゃ。放っておけば腐り落ちるが、レイリは生命を司る魔力持つ。拮抗しているがゆえに、この程度で済んでおる」


 拮抗していた力同士が、ロクサーヌが魔法で魔力を放出したために均衡を保てなくなったのだと思われる。セレンがロクサーヌの左腕の傷口に魔法を施した。

「ひとまず、呪いは抑えたが、あの男を倒さない限りは解除できぬだろう」

「あのラミャが使い魔だったってことですか」

 アイシェの問いに、「遠からずじゃな」とセレンが答える。

「使役しておるのは間違いなかろう。本来、竜の類など使役できるものではないが……もともと毒性のある生き物じゃ。そこに、魔法を上乗せすれば、呪いにすることなどたやすい」

 うかつじゃぞ、とセレンは杖でロクサーヌの頭を叩いた。そのまま何度か叩く。

「毒が効かぬからと言って、過信するでない。おぬし、それでかつて死ぬかけたのを忘れたか」

「げほっ……忘れてないわ。詰めが甘かったと思うしね。もっと早く、戦っている間に私に魔法を使う覚悟ができていれば、取り逃がさなかったかもしれないし」

「そうじゃな。だが、それは結果論にすぎぬな。今あるのは取り逃がしたという現実出会って、もしも、ではない」

「……わかってるわよ。あなたの言ってることって、正しいんだけど、納得できないのよ」

 ロクサーヌがふらりと立ち上がる。うん、なんか微妙にかみ合ってないと思った。

「し、師匠」

 アイシェが呼びかけると、血を吐いたからか若干青い顔でロクサーヌは微笑んだ。

「大丈夫よ。あなたたちを帰してあげたいけど、あなたたちだけで放り出すのもねぇ」

「あ、それは怖いからやめてほしいです」

「前から思っていたけど、アイシェ、結構はっきりものを言うわよね」

 そう突っ込みを入れた後、ロクサーヌはまたせき込んだ。気管にたまっていた血を吐き出した。


「師範が調律魔法を使うなら、俺が体を張る必要はなかったのではないか……?」


 途中でエムレに放り出され、別の先生に支えられているシナンが苦言を呈した。ロクサーヌはしれっとしたものだ。

「私の魔法も、応急処置に過ぎないわ。あなたがレイラインをつなげてくれたから使えた魔法であって、そうでなかったら私は今頃枯れはてているわね」

「師範、そういう物言いが校長に似ていると言われるんだぞ」

「……」

 今、本気でいやそうな顔をした。

















「結論。やつはもう一度襲ってくると思われる。弱体化したわたくし、六十年前と今回痛手を負わされているレイリ、魔眼を持つアイシェ。これだけそろっていれば、多少危険があろうと襲ってくると考えられる」


 セレンやロクサーヌと同列に並べられていることが納得できないアイシェの心情は置いておき、先生や学生たちに関しては、魔獣を放つことでどうにかなる。それを予想していたからこそ、ロクサーヌはあの魔界との境をどうにかする必要があったのだ。

「半世紀以上魔法を使っていない私とセレンでは勝てる気がしないのだけど……ファルークは?」

「奴なら宮廷を動けぬ。万が一、皇室に何かあったらことじゃ」

「それは……そうよね」

「というわけで、現状の戦力で何とかするしかない。以上じゃ。頑張れレイリ」

「私か……」

 額に手をやり、ロクサーヌが顔をしかめる。

「やっぱり、六十年前に討てなかったのが痛いわね」

「しかし、能力的には、今がお前の最盛期のはずじゃ」

「魔法を使い続けていればねぇ」

「だが、お前には必要な時間だったのだろう。多かれ少なかれ、あの戦争はわたくしたちを傷つけた」

 それが肉体か、精神かはわらかないけど。

「『旧き友』の一生は長い。これから多くの出会いと別れを経験する。お前は、それを繰り返すには優しすぎたのじゃ。距離を置いて、見つめなおす時間が必要だったのであろ」

「……どうしたの。急に優しいわね」

「わたくしはいつでも優しい」

「そうね……」

 ついにロクサーヌの反抗期も終わりを告げたらしい。エムレとともに所在なさげにしていたアイシェは、急に呼びかけられて驚いた。

「さて。アイシェにも協力してもらう故、覚悟せよ」

「……えっ」


 最適解ってこういうことか? と今更思った。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


『花の魔女』というと、某スマホゲームF〇Oの『花の魔術師』さんを思い出します。まあ、私はゲームをしていないんですけど……彼の「アヴァロンから歩いてきた」あたりが好きです。

ちなみに、『花の魔女』ロクサーヌが前の話で使っていた剣はシナンのものです。ロクサーヌにとってはちょっと長いので、使いづらかったと思われます。


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