ⅩⅤ ラミャ
「ちょっと、あなた、出戻りのくせに図々しいんだけど」
朝食のパンを食堂でほおばっていたアイシェは、顔を上げて声をかけてきた少女を見上げた。三人でつるんでいるこの少女にはとても見覚えがある。もともと、アイシェの同級生だった。
勝手知ったるとばかりに学内をうろついていた自覚のあるアイシェは、パンを飲み込んでから口を開いた。
「別に迷惑かけてないし、あなたに関係なくない?」
こちらもかなり気の強いことを言った。基本的に、アイシェは気が強いのだ。声をかけてきた少女はあからさまに顔をしかめる。
「目障りだって言ってるのよ。追い出されたくせに、のこのこやってきて!」
そうよ、とほか二人の少女も同意の声を上げる。面倒くさい。気に食わないのなら、放っておけばいいのだ。そう思って、アイシェは無視することに決めた。
「ちょっと! 何か言いなさいよ!」
「……目障りなら声をかけなきゃいいじゃない。私はちゃんと許可をもらって滞在してるの。先生方がいいって言っているのに、あなたがだめだという権利はある? ないわよね。何か言いたいことがあるなら、私じゃなくて先生にいなさいよ。私にはどうしようもないんだから」
「っ! 調子にのらないでって言ってるでしょ!」
怒鳴った少女だが、すぐにこちらを見下すような表情になった。
「あんたの師匠、魔女なのに魔法を使わないんですって? そんな相手に師事するなんて、この学校に入学できたのも何かの間違いなんじゃないの」
正直かなりいらっとしていたが、アイシェは水を飲んで気持ちを落ち着かせると言った。
「好きなように言えばいいわ。私は今の状況に満足しているもの」
「この……っ!」
相手にされないことに憤慨した少女が叫びだしそうになったが、生徒の方からさすがに止められた。
「ラナ、いい加減にしろ。部外者に学校の恥をさらす気か」
「恥!? 私が恥ですって!?」
「恥だろう。騒ぐな。アイシェが言っていることは正しい。お前が勝手に騒いでいるだけだ」
容赦がない。容赦ないが、アイシェが言うよりも格段に効いた。ラナは何か言いたそうに二人をにらんだが、取り巻きの少女二人に「行くわよ!」と叫び、食堂から出て言った。アイシェは助けてくれた少年を見上げる。
「ありがとう」
「いや、騒がしかったからな」
しれっとして彼は言った。こういうクールなところがある学友だった。
「学校ができて最近は少ないけど、昔は弟子入りして魔法を学ぶのは普通のことだった。俺はむしろ、お前がうらやましいけどな」
「……」
魔法を教わっているわけではないアイシェは、何と答えていいかわからなかった。
「おい、お前、なにしてるんだ」
「あ、おはようエムレ」
アイシェはエムレを見て挨拶をしたのだが、エムレは顔をしかめた。
「師匠は? ていうか、誰だよこいつ」
「えっと、私の元学友。師匠ならシナン先生と話し合い中だよ。だから出てきた」
「シナンさんと?」
エムレが眉を顰める。学友の方は「アイシェの兄弟子だっけ?」とエムレを見ている。若干、エムレの方が背が高かった。
「うん。ツンデレだから、そんなんでも優しいよ」
「どういう意味だコラ!」
「いたたた」
頭をぐりぐりされてアイシェは苦情を上げるが、言うほどにはいたくなかった。学友はあきれた様子で「仲いいな」と言った。
「ま、俺は授業あるから行くわ。困ったことがあったらまた声をかけてくれ。できる範囲で協力するから」
淡々とそう言うと、彼は授業に向かっていった。エムレが不審げに「なんなんだ?」と眉を顰める。
「別に。助けてくれたの。彼自身はあんまりこだわりがないみたい。師匠に師事できてうらやましいって言われたもん」
「……そうなのか……」
勢いを削がれたようなエムレを見るに、どうやら彼は、アイシェが絡まれていると思って、助けてくれようとしたようだ。アイシェは笑ってエムレに行った。
「優しいよね、エムレは」
「だからさっきから何なんだよ……」
エムレも朝食をとり始めた。生徒たちは授業が始まるので大半が出て行った。ほぼ貸し切り状態でのんびりしていると、ロクサーヌがやってきた。
「二人とも、ここにいたのね。準備できたけど、見に来る?」
「行く」
異口同音にアイシェとエムレは答えた。ロクサーヌは苦笑し、昨日の川のほとりまで二人を連れて行く。
「うむ。勉強熱心でよいことじゃ」
セレンがしたり顔でうなずくのを睥睨しロクサーヌはシナンに言った。
「どう? うまくつながりそう?」
「何とかな。というか、師範がやってくれれば一瞬でつながると思うんだが」
「ううーん。どうかしら。しばらく魔法を使っていないもの」
感を覚えていないかもね、とロクサーヌはうそぶく。アイシェは目を細め、枯れたウィローのあたりに魔方陣が張り巡らされているのを見た。
「本当はウィローを撤去してからのほうがいいんだけど、時間がかかるから」
「焼き払えば?」
「一つの方法ね。でも、今は大地の魔力が枯れているから、ウィローを焼き払ってしまうと、いろんな意味で荒野になってしまうわね」
魔力が本当の意味で枯れはてる、ということか。それは確かによろしくない。魔界の境界的に。今は、レイラインを引っ張ってきて、無理やり魔力を大地に通しているところなのだろう。すごい技術であるが、絵面は地味だ。
「またウィローだけでは不安じゃな」
「では、ユウも植えましょう。あと、柊も。多少の守りに役立つでしょう」
「……感謝する。わたくしはどうしても魔界と相性が悪いのじゃ」
セレンが首を左右に振った。ロクサーヌが「そうでしょうね」とうなずく。
「そもそも、学校を作っていい場所でもないと思うし」
「ごもっともじゃな」
思考は似ているし、仲が悪いわけではない。ロクサーヌがセレンに反発するのは、反抗期みたいなものなのではないだろうか、と最近のアイシェは思う。
「すまないがそこの二人。俺ばかりにやらせないで手伝ってくれると嬉しいんだが」
至極冷静にシナンがそう言った時だ。
空気が揺れた。魔力が揺れた。
「ラミャ……」
つぶやいたのは誰だろう。その大きな生き物……竜を見て、アイシェは目を見開いた。鋭い爪に水かき、派手な色のうろこ。何より、頭が五つある。大きさはさほどではないが、まがまがしい気配がする。
「アイシェ!」
ロクサーヌが叫んだ。気づくと、アイシェはエムレに抱えられていた。先ほどまでアイシェがいたあたりに、竜がいる。攻撃を受けそうになったようだ。いくら強力な魔法を行使する魔術師であっても、アイシェは戦闘には不慣れだった。
「また面白いものが出てきたの」
セレンが杖を構えたまま言った。ロクサーヌが尋ねる。
「どうする、セレン」
「お前なら倒せるのではないか」
「剣を持っていないし、ラミャを単独で倒せるほど人間やめてないわ」
「わたくしたちを人間のくくりに入れてしまっていいのかわからぬがな」
ロクサーヌが弓に矢をつがえた。エムレとシナンが剣を抜く。が。
「シナンはそのまま作業を続けるのじゃ! わたくしたちで片付ける!」
「……わかった」
少し心配そうにしながらも、シナンは作業に戻る。彼をそのままにしてはまずいと思ったのだろうか。ラミャがシナンに狙いを定めた。その瞬間、ロクサーヌが連続して矢を放った。セレンの杖が地面に打ち付けられる。地面を伝った雷撃がラミャを襲った。
「お前の相手はこちらじゃ」
なんだろう。あそこだけ戦闘力が突き抜けている気がする。
「……これ、俺たちいらなくね?」
エムレのつぶやきに、アイシェは「同感」と返す。
「でも、とりあえず下してくれると嬉しい……」
アイシェはまだエムレに抱えられたままだった。
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