ⅩⅢ ウィロー
うまくギリシャ数字に変換できないです……。
「え? 校長、いくつですか? そもそも師匠っていくつなんですかね」
話を聞き終えたアイシェは、混乱してそんなことを尋ねた。エムレに頭をはたかれる。
「女性の年を尋ねるな」
「いや、エムレ。お前の言うことはおおむね正しいが、わたくしたちに対しては無用な気づかいじゃ。レイリですら、そろそろ齢百に届こう」
マジか! 戦争を経験しているような感じだったので、百歳近くても不思議ではないが……。
「ちなみにわたくしは三百をいくらか超えておる。正確な年齢は覚えておらんが、四百のほうが近かろうな」
「……」
アイシェはエムレと顔を見合わせた。『旧き友』は基本的に長寿だ。普通の人間の五倍近くは生きるという。正確なことはわからないが、二百歳を超えなければ寿命を迎えないという。
しかし、三百を超えて四百に近い年齢の『旧き友』は聞いたことがない。存在自体が稀なので、単純に知らないだけかもしれないが。
「自慢ではないが、わたくしの力は強い。そのあとを継げるような弟子は、結局、あの子しか現れなかったのじゃ」
アイシェも、もちろんエムレも、ロクサーヌが強い魔女であることはわかっていた。魔法を使わないと言っても、あふれ出るほどの魔力。セレンが惜しいと感じても不思議ではない。
「……力づくでは、無理なんですよね」
「できなくはない。が、あれ相手には不可能じゃ。本気で逃げられれば、今のわたくしには追うすべもなかろうよ」
そんなにか。アイシェはロクサーヌに魔法を学べないことを納得ずくだが、この校長にここまで言わせる彼女の魔法を見られないことは少し残念に思った。
話してみると、セレンの話は面白い。何しろ、過去三百年近い歴史と知識が詰まっているのだ。自分を学校から追い出した相手であるのに、ちょっと悔しい。
エムレが夕食の支度を始めたころ、ロクサーヌが戻ってきた。外にいる間にセレンを感知したようで、彼女にしてはめずらしく慌てた様子で駆け込んできた。
「セレン……!」
息を荒げる様子もなくロクサーヌは小さく叫んだ。セレンは「久しい、というほどでもないの」と軽く挨拶をした。
ロクサーヌはため息をついて「着替えてくるわ」とその場を後にした。とりあえず、セレンは追い出されなかったことで良しとしたようだ。おとなしくお茶を飲んでいる。戻ってきたロクサーヌに、セレンが尋ねた。
「無事子は生まれたかの」
「あ、ええ。そうね」
虚を突かれたようにロクサーヌは瞬き、うなずいた。勢いを削がれたようで、セレンの向かい側にすとんと腰かける。
「何しに来たの……」
「うむ。説得しに来た……と言いたいところじゃが、違う。少し、手伝ってもらいたいのじゃ」
「……内容によるわ。というか、また少し縮んだんじゃない?」
ロクサーヌがセレンを見て言った。確かに、六十年前は十代半ばほどに見えたセレンが、今では十代前半ほどにしか見えない。
「仕方があるまい。そうしなければ、体が維持できない」
「……」
ロクサーヌが沈黙をもって返した。アイシェとエムレは不安そうにセレンとロクサーヌを見比べる。
「話を戻すが」
「……ええ」
セレンは荷物の中から枯れた枝のようなものを取り出した。
「……ウィローね」
「うむ。学内にお前が植えたものじゃな」
「見事に枯れてるわね……何か魔法に失敗でもしたの?」
枯れ枝を持ち上げて軽く眺めながら、ロクサーヌは何気なく聞いた。アイシェは自分の通っていた学舎に大量に植えられていたウィローは、師匠が植えたものだったのか、と思っていた。
「いや、一夜にしてすべて枯れたのじゃ」
「……は?」
ロクサーヌが聞き返した。セレンはゆっくりと言う。
「ウィローが、一夜で、すべて枯れた」
「……冗談でしょう」
「……師匠が学校を離れたから、枯れちゃったとか……」
思わずアイシェは口をはさんだが、ロクサーヌに「ありえないわ」とすぐさま否定される。
「いくら『旧き友』とはいえ、いずれは死ぬわ。それ以降も守りが続くように魔法をかけてあったのよ」
ていうか、あのウィローの並木が守りだったというのは初耳である。
「わたくしたちもともに術式を組んだ。それが破られたということじゃ。レイリ、おぬしに見てほしいのじゃ」
卑怯だな、と思った。そういわれると、行き場に困っているアイシェを引き取ってしまうくらいにはお人好しなロクサーヌはうなずいてしまう。
ロクサーヌはじっとセレンを見つめて、「卑怯だわ」とつぶやいた。
「そういわれたら、行くしかないじゃないの」
「それが目的じゃ。できればすぐにでも来てほしいのじゃが」
「明日まで待って頂戴。店を閉めないと」
「薬屋か」
「……本職は貸本屋のつもりなのだけど、みんな、うちを薬屋として認識しているのよね……」
「うむ。わたくしが一般人でそう思うであろうな」
これに関してはアイシェもエムレもセレンに完全同意だった。
「……あの、とりあえず、夕飯にしません? 校長の分も作ったので」
「うむ。いただこう」
答えたのはセレンだった。このまま彼女は一泊するのだろうな、と思った。
△
「え、あなたたちも行くの?」
「店閉めるんだよな。なら、俺たちが行っても問題ないよな」
エムレがパンをちぎりながら言うと、ロクサーヌも「そうねえ」と眉を顰める。
「けど、アイシェは?」
いいの? とロクサーヌ。アイシェが学校を除籍になってから、一年もたっていない。セレンのことは理解できるが納得はできていないし、元学友たちが出戻りのアイシェを見てどう思うかなどたやすく想像できる。
けど。
「いいんです。勉強になりますし」
「……アイシェが納得しているのならいいけど」
それでも心配そうにロクサーヌはアイシェを見た。そんなロクサーヌに、エムレが言った。
「本人が行くって言ってんだから、行かせてやりゃあいいだろ。別にこいつにやましいことがあるわけじゃないんだし。追い出したのは校長の方だろ」
「……うむ。それを言われると痛い」
その時の最適解だったのだろうが、突っ込まれると痛いくらいには思っているらしい。セレンが微妙な表情で言った。いや、そもそもあまり表情の変化のない人だが。
「俺だって一緒にいるし。うわべだけ見てアイシェを馬鹿にしてくる奴らのことなんか、気にすることないんだ。師匠や俺は、アイシェがちゃんと魔術師だって知ってるし」
「……」
アイシェどころか、ロクサーヌも驚いたようにエムレを見た。セレンだけが落ち着いて煮込んだ肉を食べている。
「なんだよ!」
耐えきれなくなったのか、エムレが叫んだ。アイシェが「えっと」と口ごもる。
「……エムレがかばってくれるとは思わなくて」
「はあ!? 勘違いすんな!」
事実を述べているだけだ! と逆切れするエムレに、デザートまで平らげたセレンはぽつりとつぶやいた。
「若いのう……」
これには、基本的にセレンと意見のあわないロクサーヌも同意した。
「本当ねぇ」
「まぶしいのう」
「わかるわ」
「そこ、急に意気投合するな!」
エムレが怒鳴った。だが、年季の入った二人はひょうひょうとしていて、くあっと離れたところにいるラシードのあくびだけが聞こえた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
セレンは戦争の時点で300歳を超えているので、現在360歳以上400歳未満。ロクサーヌ(レイリ)は現在100歳ちょっと。