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Ⅻ 戦争

セレンの回想なので、セレン視点です。











「セレン!」


 呼び止めたのは銀髪を肩で切りそろえた美女だった。年のころは二十歳前後ほど。一方、呼び止められた方は現在と違い、わずかに年かさに見えた。と言っても、十代前半から半ばと言ったところだろう。戦場にいるには不釣り合いなほど幼い。

「セレン、ティメールを放棄するって、どういうこと!?」

「聞いての通りじゃ」

 追い付いてきた自分より年上に見える弟子に、セレンは冷静に言った。

「ティメールは、放棄する。あそこからの巻き返しは不可能じゃ。ただ、住民の避難が完了しておらぬ。撤収にはしばらくかかろうが、防衛ラインを下げて守備範囲を狭めることに合意した」

「合意したって……あそこには、まだ!」

 仲間がいる。軍に同行し、兵とともに戦っている。魔法使いである彼らは、撤退をするにしてもしんがりを務めることになるだろう。生きては戻るまいと、セレンにも分かっている。

 だが、今の防衛線は維持できない。下げるしかない。これが現在の最適解だ。


 彼女……レイリにもそれがわかっているはずだ。魔女にしては優しい彼女は、頭では理解できても、感情が追い付かないのだろう。


「わたくしにも分かっておるわ! それでも今はこれしか方法がない。わかっておるじゃろう!」

「……!」


 レイリは泣きそうに菫色の瞳をうるませた。優しい娘だ。戦場に連れてくるべきではなかったのだと思う。しかし、セレンには彼女ほどの魔法技能の持ち主は思い当たらなかった。よって、この魔法戦争の体をなしている戦場に、彼女を連れてくるしかなかった。セレン自身も優秀な魔女であるが、補佐役が欲しかったのだ。もしくは、セレンの代理を務めるものが。


「助けに行くことはまかりならぬ。今は戦力の温存が第一じゃ。おぬしは最大戦力の一つと心得よ」

「……わかっているわ」


 彼女はそう答えたが、翌朝には姿をくらましていた。ティメールの状況を見に行ったのだと、すぐにしれた。昼過ぎに彼女が戻ってきたからだ。夜中に出発し、半日かけて様子を見てきたのだ。セレンは命令違反を咎めずに尋ねた。

「ティメールはどうであった」

「……ティメールは、もう存在しなかった」

 ティメールは、すでに敵軍に占領されていた。戦闘が終わった直後だったのだろう。様子から見て、夜襲を受けたようだったそうだ。

 魔法使いの中でも屈指の力を持つレイリでも、大軍相手ではどうしようもない。一人で突っ込んで言っても、捕虜を助けることなどは不可能だ。よしんば拘束されている場所にたどり着けても、守りながら引くことは難しい。最も、セレンの同胞たちは拘束することの難しさから、とらえられたものから殺されていただろう。

 『旧き友ウィタ・アミカス』は不老長寿で強い魔力を持ち、死ににくいが、首を切られたり、心臓を突かれたりすれば死ぬ。ただ人にも殺せるのだ。

 様子を見てきたレイリにも分かっているだろう。命令違反ではあったが、実際に様子を見てきたレイリの意見をセレンは求めた。彼女は自分の師をにらみつつ、必要なことだ、と答える。

「私が到着したときには、ティメールは掃討戦に入っていました。幕も張られていたので、指揮所を移したんだと思います。……このまま、東進してくるのではないかと」

「勝っているのなら指揮も高かろうな。この戦力では勝ち抜けまい。防衛戦に徹しよう。中央からの指示は?」

「いまだ連絡はありません」

 セレンは考え込んだ。実は、彼女はすでにこの戦争は崩壊しているのではないかと思っている。特に、この国の中央政府は崩壊しているのではないだろうか。国の機関として成り立っていない気がする。

「……停戦、するのでしょうか」

「停戦の呼びかけに応じられるほど、機能が残っていればよいがな」

 そうでなければ、永遠に戦い続けなければならなくなる。それこそ、どちらかが全滅するまで。


 そもそも、『旧き友ウィタ・アミカス』には盟約がある。助けを求めるものに力を貸し、人々の争いに介入しない、というものだ。今回は敵方が禁忌に触れる魔法を持ち出してきたため、セレンたちも介入することとなった。セレンとレイリ、他に五名の『旧き友ウィタ・アミカス』を連れてきていたが、これだけで戦力過多といってもよかった。特に、セレンとレイリは戦闘慣れしていると言っていい。踏んできた場数が違う。まあ、レイリは『旧き友』としてはまだ新米なのだが。

 結局、進行してきた敵軍を押しとどめることはできず、数の暴力に負けた。そこに至り、セレンはついに決断した。


「レイリ。敵の『旧き友』を狩りに行くぞ」

「狩り……討ちに行くということ?」


 ひるんだようにレイリは言った。あれだけ人を殺しておいて、と思わないでもないが、そこでためらってしまうのがレイリだ。わかってはいるのだが、ため息が出る。

「レイリ。やらねば次にやられるのは我らだ」

「……わかってるわ」

 本当に、わかっているのだろう。そして、最終的には理性が勝つ。結局が合理性の塊なのだ。セレンが育てたせいかもしれないけど。

 覚悟さえ決まってしまえば、単純な戦闘力ではセレンよりレイリの方が上だ。セレンは十代半ばほどの少女に見える。体格も力もそれに見合って小柄だ。対してレイリはすらりと長身の十代後半ほどに見える女性。どちらも女性であることは、魔法でカバーできる。


 わかっていたことだが、敵に与した魔術師は多かった。七人のうち、二人が『旧き友』で、一人取り逃がした。

「追う!?」

「いや、逃げるのであれば追うな。お前の魔力も持たんだろう」

 ダメ押しとばかりに矢を放ったレイリは、セレンの言葉に立ち止った。その矢は目標にあたらなかった。レイリはセレンに駆け寄る。

「大丈夫?」

 肩で息をしているセレンに、レイリは心配そうに言った。彼女はまだ体力が残っている。魔力はつきそうだが。

「案ずるな。とにかく、戻るぞ」

 このところ、すでにセレンは、自分の寿命がつきかけていることに気づいていた。彼女の後を継ぐ者として、セレンはレイリを、と思っていた。彼女はセレンの最後の弟子になるが、一番魔女としての能力が高い。だから、戦争が終わり、彼女が魔女をやめると言い出した時には口論になった。


「何を馬鹿なことを! 『旧き友』である以上、魔術は避けて通れぬ! 特に、お前には才能がある!!」

「才能があることとしたいことがいつでも一致するわけではないわ。確かに、魔術を学ぶのは楽しかった。セレンにも感謝してる。けど、魔女の生き方は私には合わない……!」


 この優しい娘に、魔女の生き方はあわない。それはわかっていた。彼女を拾ったときからわかっていたことだった。

 それでも、セレンは彼女の魔術の才に目がくらんだのだ。彼女に生きづらい道を歩ませている自覚はある。

 セレンには時間がない。彼女の膨大な魔女の知識を受け継ぐ人間が欲しかった。

 結局、セレンはレイリをあきらめるほかなかった。すでにその時点で、レイリはセレンを上回る力を持っていた。彼女が本気で逃げれば、セレンに追うすべはない。


 六十年近くたち、現在は均衡状態だ。こうして顔を合わせることくらいはする。力づくで連れて行くのはあきらめた。説得しようにもセレンもレイリも折れない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


戦争は60年前。当時、セレンは15歳ほど、レイリ(ロクサーヌ)は18~19歳ほどに見えました。

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