少子化対策特殊工作員、コードネームは「大阪のおばちゃん」
大阪のおばちゃん、
人は彼女のことをそう呼んでいた。
だが本当に彼女が大阪出身であるのかを
知る者は誰もいなかった。
そして彼女が日本政府所属の
秘密工作員であることなど
誰も知るはずがなかった……。
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日課であるスポーツセンター通い、
毎日午前中はそこに通うことにしているおばちゃん。
地元自治体が運営している
スポーツセンターで
一回三百円とお値段も非常にリーズナブル、
庶民的だと言えよう。
そこでおばちゃんが仲良くなった
年配女性の珠代さん、
おばちゃんよりも年配であるのだから、
おそらくは六十歳前後、
もう高齢者の域に達しようかというところか。
その一人息子が三十歳になっても未だ独身だと言う。
今日はいつものスポーツセンターの帰りに
珠代さんの家にお呼ばれしたおばちゃん。
もうそこは『大阪のおばちゃん』と呼ばれるだけあって、
コミュニケーション能力の塊で、親しみ易く、
誰の懐にもすぐに飛び込むことを得意としている。
「あ、おかあさん、
どうぞおかまいなくね
私もすぐにおいとましますから」
大概、
中年女性がそう言って早く帰ったためしがない、
女性というのは基本的には
お喋りが好きなものなのであろう。
「そんなこと言わずに
ゆっくりしていってよ」
そうやって甘やかすものだから
内容にどれだけ価値があるのか分からないお喋りが
何時間にも渡って繰り返されることになる。
それなりの世間話しが
それなりに展開された後、
しみじみとした口調で珠代さんは呟いた。
「……うちの息子もねえ、
もう三十歳だと言うのに、結婚もしないでねえ、
お相手もいないみたいだし……
どこかにいい人いないかしらねえ?」
「まぁ、それホンマなん?
それはお母さんも気になるわねえ
それならうちが息子さんに
いい人紹介してあげるわ」
「本当?」
「うちホンマ、そういうの得意でなぁ
ほら、昔近所に必ずおったでしょ?
世話焼きのおばはん
うちもあんな感じやさかい
みんなからお見合い婆あって言われてんのや
もう今まで百組近いカップルを
結婚させてきてるさかいな
おかあさんも大船に乗った気で
うちに任せてくれたらええわ」
そう言いながら
おばちゃんはカバンから眼鏡を取り出して掛け、
手元にあったスマホのアプリを起動させた。
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「コードネーム『大阪のおばちゃん』からの
支援要請を確認しました……
自律型人工知能AI『お見合い婆あ』
端末L8O8V8E8、
システムを起動します」
オペレーターがそう告げるとすぐさま
指揮官の氷山冴子から指示が出る。
「『大阪のおばちゃん』の位置情報から住所を特定、
眼鏡越しに送られて来る映像から
母親の顔画像照合、
息子である対象候補者の人物特定、急げっ」
ここは内閣府 超高度情報戦略部 婚姻支援室、
通称BBAのオペレーションルーム。
同様の案件が常に多数処理されている。
少子高齢化が著しく、
このままでは人口減少による国力低下、
国家滅亡の危機感を抱いた日本政府は
国家戦略としての婚姻支援、
子づくり支援策に本格的の乗り出した。
十数年の歳月を費やし、
超高性能自律型人工知能AI
『お見合い婆あ』を開発。
演算処理をスーパーコンピューターと負担させ、
日本人全員のパーソナルデータを食わせて、
男女の相性をマッチングするシミレーションを
長年に渡りひたすら繰り返して来た。
そしてようやく実戦の目途が立ち、
婚姻支援室『BBA』が創設されるに至る。
コードネーム『大阪のおばちゃん』は
『BBA』の秘密工作員であり、
現在、結婚相手が見つけられない男女を
極秘裏に支援するというのが彼女の任務である。
「対象候補者の人物特定出来ました」
「大山辰夫、三十歳、
公務員、〇〇大卒、
身長170cm、体重68㎏、
顔面偏差値51……」
人物照合のデータを確認する氷山冴子。
当然、日本国に登録されている
大山辰夫という人物の
全データが管理されているため、
精度としてはこの上なく高い。
「まぁ、極めて普通、というところだな……」
「現在、相手候補の女性、
検索ヒット数 513,689 件……」
「まだまだ、途方もない数だな……
大阪のおばちゃん、
有益情報を引き出してくれ……」
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「それで、
息子さんはどんな感じの方なん?」
「そうねぇ、
母親の私が言うのもなんだけど、
真面目でいい子なんだけどねぇ……」
大阪のおばちゃんが掛けた眼鏡には
超高性能小型カメラが仕込まれており、
撮られている映像と音声はすべて
オペレーションルームに送られ、
AI『お見合い婆あ』に
デートとしてインプットされて
検索結果の精度アップに反映、
フィードバックされる。
どんな細かい些細な情報でも
収集し続けてさえいれば、
相性マッチングの検索結果は
自ずと絞られて来ることになるのだ。
「そうだ、
今日たまたま仕事休みで家に居るから
ちょっと話し聞いてみてくれないかしら?」
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「対象者が家に居るのか!
これは、勝ったな」
オペレーションルームの冴子が
勝ちを確信する。
他者がどれだけ印象を語ろうが、
本人映像と音声に勝るものはない。
映像から本人の雰囲気、
声質や喋り方、言葉遣い、
仕草や挙動、家着のセンスに至るまで、
そうした細かい視覚情報のすべてが
データ化されて
『お見合い婆あ』にインプットされ、
最良の相性を検索して探し出すのだ。
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「すいません、
いつも母がお世話になってます……」
おばちゃんの前に現れた独身男性、
これまでの解析結果通りに
何もかもが偏差値51に相応しい。
オペレーションルームで分析、
解析されたデータ指数結果は
おばちゃんが掛けている眼鏡の
左側のレンズに投影されている。
もちろん周囲の人間からは
分からないように擬態されて。
「辰雄さんは
どんな女性が好みなん?」
世間一般の普通の会話を装って、
おばちゃんのデータ収集は続く。
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「検索ヒット数 10,541……
…… 1,826、…… 783、……」
対象者の女性の好みを
聞きはじめてからは
より一層絞り込みが加速している。
「さすが本人映像だな」
冴子の表情には余裕すら見られた。
「女性候補者数、
12人まで絞り込まれました、
いずれも相性マッチング率80%以上です」
「よし、大阪のおばちゃんに
画像データを転送しろっ!」
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「そうや、おばちゃん
誰かいい人が居たら紹介してぇって
言われてる女の子達から
写真預かってるんやけど、
ちょっと興味ない? 見てみない?」
「……え、いや」
戸惑っている対象者に、若干強引に
ガンガン切り込んで行くおばちゃん。
わざわざ立ち上がって
対象者の男性の横に行き、
スマホの画面を見せる。
おばちゃんは男の肩に
自然を装いながらそっと手を置く。
肝心なのはおばちゃんの手よりも
おばちゃんの服が対象に接触していることで、
服に仕込まれた測定機が
対象者のバイタルデータを収集しているのだ。
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「対象者の平常時の体温、心拍数、血圧、
バイタル数値の固定化に成功しました」
「さて、対象者は
どんな娘がお好みかな」
おばちゃんの眼鏡から
送られて来る映像を見つめる冴子。
対象者が見ている画像と同じ画像が
順番にモニターに映し出される。
「対象者の心拍数、体温に
微弱の変化が検知されました……
これは、五枚目の画像ですね」
「よしっ!
大阪のおばちゃんにサインを送れっ!」
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「あぁ、辰夫さんは
この娘がええんちゃうの?
自分、今ちょっと顔赤くなったで?」
「……え、いや」
そこには小麦色の肌で健康そうな
二十代女性の姿。
「この娘は、今日子ちゃんやな
おばちゃん、
今日子ちゃんのお母さんとも知り合いでなぁ
今日子ちゃんのお母さんにも
誰かいい男の人居たら
娘に紹介してえって言われてるんよ」
この辺りはおばちゃんも
送られて来たデータを基に適当なことを言う。
さすがにおばちゃんと言えど、
日本全国の適齢期の娘を知っている訳ではない。
「あんた、
こんな感じの娘が好きだったの?
ちょっと派手じゃないかしら?」
横に居た母親、
息子が反応した娘が気になったらしく、
おばちゃんのスマホ画像を覗き見て感想を漏らす。
小麦色の肌に
ちょっと濃い目のメイク。
母親はきっと、遊んでそう、
男目線でぶっちゃけて言えば
エロそうだと言いたかったのであろうが、
よそ様の娘さんを捕まえて
エロそうとは言えないので
遠回しにそう言ったのであろう。
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「ちっ、
早期段階での母親の介入は厄介だな……」
冴子は舌打ちする。
まだまだ、これからはじまるお見合いには
母親の意見によるところの影響は大きい。
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「おかあさん、なに言ってるんですか?
健康そうでよろしいじゃないですか
やっぱり人間、健康が第一ですわ
こんな健康的な子やったら、
きっとぎょうさん子供産んでくれますよ
日本も少子化や言うて
大変なことになってますし
おかさんも沢山の孫に囲まれたら、
きっと毎日楽しいに違いありませんよ……」
おばちゃんもそのことは十分に理解しているらしく、
母親へのフォローにも余念がない。
「……まぁ、そうかもしれんね
三十歳の息子の嫁に来てくれるだけでも
ありがたいと思わないといかんね」
おばちゃんの説得の甲斐あって
母親もそういうものかと思いだす。
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「さすが大阪のおばちゃん、
百戦錬磨の手練れだけのことはある」
遠く離れたオペレーションルームの
冴子もほっと胸をなでおろす。
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「おばちゃん、いい人居たら、
いつでもLINE連絡先教えていいよって
言われてるからな
一応LINEの連絡先教えとくな」
「そうは言っても、
いきなり会ったこともない女の人に、
LINEするっていうのも
気が引けるやろうから……
早々におばちゃん、お見合いの場、
セッティングしたるわ……
おかあさん、
いつ頃がよろしいですかね?」
ここまでくれば
まずは一安心というところだが、
まだ油断は出来ない。
鉄は熱いうちに打て、というのが
BBA秘密工作員の鉄則でもある。
何事もその気になっているうちに
多少強引にでも押し切らなくてはならない。
次の予定はその場で決める、
これは商談などでも原則とされている。
その場でお見合いの日取りを決めて、
グイグイ話を進めるおばちゃん。
後は日本政府ご自慢の
自律型人工知能AI『お見合い婆あ』が
導き出したマッチング率を信じるしかない。
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「ご苦労だったな、大阪のおばちゃん」
指揮官の氷山冴子に
報告に来たおばちゃん。
「女の子の方は、どうですか?」
当然、お見合いというのは
相手あっての話ではある。
「あちらの方は、
コードネーム『オバタリアン』が
担当している女性だったので、
順調に話が付いている
生活レベル、家柄レベル、環境レベル、
どちらも同じく等しいレベルで、
完璧だな、全く問題はない」
「それにしても、
今月これで三件目か、
まさしく破竹の勢いじゃないか」
「最近、また
老後のことが心配になって来てね
旦那の体調もあまりよくないし、
もっと稼がないとダメだと思ってんのよ」
「お前達の報酬は、
カップルを一組成功させるごとに、
老後の年金受取の際に
月五千円が追加給付される
十組で月五万円、
百組ともなると月五十万円ということになるな
それが一年で六百万円、
十年で六千万円、
それだけあれば十分だろ?」
「しつこいようだけど、
日本政府の財政が破綻したとしても、
それは必ず払ってもらえるんやろうね?」
「あぁ、保証しよう
カップルが成立して
夫婦となった者達には
税金として説明されるが、
からくりとしては
直接お前の口座に送金されるからな
政府の国家財源になる前に
お前達に金は送られる」
「いわば、お前達は
今の若者に先行投資をしているようなものだ
高齢者一人を支えるのに
現役の若者が二人で支える、
とかなんとか財務省の発表があるだろう
こらは、先に若者の役に立って、
それを老後に返してもらう、
そういう仕組みだし
むしろ一方的に支えられるより、
いいことなんじゃないかとあたしは思うがね」
「まぁ、あたしも
大阪のおばちゃんと呼ばれてぐらいやからね
お金にはうるさいですから
くれぐれも約束守ってくださいよ」
そして、おばちゃんは
今日もお見合い婆あとしての任務を果たす。
日本のため、若い二人のため、
そして何より自分の老後のために……。