秋空の紅葉の下で
今回はミヤザワコウスケさんとテーマを決めて書いた作品です。この度のテーマは「秋」、キーワードに「中央芝生」でした。ミヤザワさんとは文体もストーリー構成も全く違うのですが、お互い小説家を目指して一緒に切磋琢磨していこう!という話から出来た企画です。応援していただけると幸いです!
ミヤザワコウスケさんの作品URL
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建物の形がカタカナのロ、もしくは、漢字では口の形をした高校があった。その真ん中の空洞部分には綺麗に整備された芝生と大きな広葉樹が一本そびえている。さぞ学生の憩いの場になりそうなその中央芝生は学生立ち入り禁止とされており、時々見かけるのは芝生を整備しているお爺さんか、ちょうど今そこの女生徒のように、秋になると広葉樹から落ちる枯れ葉の掃除を任された生徒ぐらいだった。
放課後に各クラスに日替わりで任される掃除当番が中央芝生のいる光景は秋によく見かける景色ではあったが異様な事が二つあった。
クラスで任される落ち葉掃除は少なくとも五人くらいの班で行われるはずなのだが、そこには女生徒一人だけの姿しかない事だ。メガネを掛けた少女が孤独に一人、一本の木の横に立っている。
見るだけでは分からないだろうが、もっと言えば彼女は元々掃除当番ですらなかった。派手な女グループに押し付けられたのであった。典型的なイジメ。掃除を押し付けられるなんて序の口といえる程のイジメを彼女は受けているのだが、彼女がどんな辱めを受け、泥を舐め、反吐を吐くような事をされているか、その詳細までは今この光景の説明には不要だ。ただ、この彼女一人だけが中央にいるという異様な光景が彼女へのイジメの延長線にあるものだと分かるだけでいい。
そして異様な事がもう一つ。彼女が手に持っているのは大きな竹箒でもなく集めた枯葉を入れたゴミ袋でもない。一本の丈夫そうなロープ。落ち葉を掃除するのに必要ないであろうロープを握りしめている。
放課後に一人、思い詰めた様な顔をしている。彼女がどんな日々を送っているのかを知っていれば間違いなく彼女がこれから何をしようとしているのかは一目でわかるだろう状況であった。
身長の低い彼女にも届く程の距離にある少し太い枝に手をかけた。
しかし手を掛けた時、後ろで窓が開く音を聞いて枝から手を離して振り返った。
振り返ったそこには男生徒が窓枠に手を掛けて乗り越えようとしていた。しかし、動きが鈍い。乗り越えようとするが、窓枠まで足が上がり切らない。仕方ないので身をさらに乗り出してまで彼は乗り越えようとしている。
彼女はそんな彼を不思議に見ている。
――誰?
彼女は目の前の鈍くさい彼を知らない、否、見覚えはある気がするが話した事は一度もなかった。
――何をしているのだろう?
と彼女はズレた感想を持つ。思い詰めた表情の生徒がロープを持って立っていれば、何事かと思うに決まっている。
しかし、彼女は孤独であり、生徒はもちろん先生さえも彼女に関わろうとはしない。もちろんイジメられる時以外の話だが。そんな彼女はやっと窓枠を超えた彼が自分に用があるなんて微塵も思わないのだ。そんな思考回路は彼女の中にはもう存在していないのだった。
「やあ、君も自殺?」
手を上げた彼はその快活な笑みとは裏腹に物騒な言葉を発している。
彼女は彼女で急に大きな独り言を言う目の前の男生徒が自分に向かって話しかけたのだと理解するのに、これがまた時間を要する。
「ん?自殺するんだろ?」
男生徒の笑顔は崩れない。表情と言葉の不一致が不気味にも感じられる。
「えっ」
やっと彼女は自分に話しかけられている事に気づく。
「俺も実は自殺しようと思っていたんだよねえ」
固まる彼女を横目に流し男生徒は太い木の幹に触れる。木に触れている逆の手には青色のビニール紐を巻いた束を握っていた。
彼女は目の前の彼が何をしたいか分からない。そんな薄いビニール紐で首を吊って自殺が出来るわけがない。そもそも男生徒が自殺するような心持ちのようにも見えない。
――ああ、そうか……この人もか
なんて事はない、なんの意味もない。彼もまた私を、ただからかって楽しんでいるだけだ。そう彼女が納得した時、彼女は胃から何かが込み上げてくる気持ち悪さを感じる。彼女にとっては、もう幾度と感じた不快感だ。
「どうした、腹が痛いのか?先にトイレに行っとくか?」
「…………」
彼女の痛みがさらに増した。本当にトイレへ行く振りして帰ってしまおうかと彼女も思ったが、今日を逃せば機会がどれほど遠のくというのだろうか。
結局、彼女はそこの男子が飽きて帰るのを待つ事に決めた。
しかし、女生徒が決めた一方で男生徒は
「何?行かねえの?じゃあ、ちょっと座れよ。お互い最後の談話でもしようぜ」
と木の幹に寄り掛かって座った。
全く退く気がない男生徒のマイペースさに、何だか女生徒の毒気もほんの少し抜かれてしまう。
「あれ?汚れるから嫌?芝だから気にならなくないか?」
彼女は混乱し始めていた。こんな事は初めてだったからだ。彼女のこんな事とは彼が自分と会話をしようとしている事だ。いつものイジメは一方的に詰られ嬲られるだけであり、会話が成立する事はなかった。もっと言えば、彼女がイジメられてからは、周りで見てるだけの人も先生とも会話なんてしていない。この学校には彼女が会話できる場所なんてなかった。
しかしだ。このふざけた見知らぬ男が求めたのは会話だった。
ただ、女生徒が驚いているようだが、実際は最初から男子は会話をしようとしているだけなのだ。まあ、男生徒の態度を見れば無理からぬ事ではあるかもしれないが。ヘラヘラした態度は彼女に決して良い印象は与えていない。
だが彼は彼なりに友好を彼女に示そうとしており、彼は彼なりに表に出てない部分があるのだ。思い悩むのが彼女だけが特権という訳ではない。
混乱した頭で考えたが彼女は遂に座った。
「さあ、落ち着いた」
女子と男子が二人、一本の木に背に座っている様子は傍から見ればロマンチックな恋愛漫画のワンシーンにも見えるが、女子の方の顔はそんなロマンの欠片もないような表情をしている。
「自殺しようと思った動機は?」
面接をするかのように口調で暗鬱な質問をする男生徒。
「…………」
女生徒は無言でそれに答える。「言わなきゃわからないの」という意味を込めて。と言っても、そんな強い気持ちを持って彼女は無視したわけではない。元来、彼女は気が弱い。そのせいでイジメが酷くなっているのだ。彼女にもっと強い意志があればイジメがそもそもなかったかもしれない。だから、彼女の無視は戸惑いからきているだけであって反抗の意思を持った行動ではない。
「あれ?無視?」
その言葉に彼女の体が小さく震える。横にいる男生徒を怒らせたと思ったからだ。この反応をした相手は彼女に大体は暴力を加えていた。
「んーじゃあ、質問を変えよう」
しかし、彼が彼女を殴る事はない。彼にとってはそれが当たり前で普通の事なのだが、彼女にとっては彼が普通ではない。目的がわからない彼の行動に彼女の混乱は益々酷くなっていた。
「どうしてここで自殺しようと思ったんだ?」
どうしてか。その質問に対して彼女には明確な理由があった。しかし、彼女はそれを言ってもいいものか迷った。言えば自殺をしようとした事が明らかになる。いや、何を言っている。すでに目の前の彼にバレている。彼女はもうすでに失敗しているのだ。
――いや、まだ……
彼のこの茶番に乗れば彼も帰るかもしれない、そう彼女は考える。
「教室から見るこの木の紅葉が好きだからよ」
近くに落ちていた落ち葉を拾い上げる。
「私は秋が一番美しいって思うの。夕日とか紅葉とか赤のイメージが強いでしょ?私は赤色が好きなの。だから赤の多いこの季節が綺麗に見える。毎年、秋になると燃えるように真っ赤なこの木をいつも見つめていたわ。去年、今日と同じように掃除をするために初めてここにきた時、紅葉したこの木と夕日で赤く照らされた空を見上げた景色の美しさに感動したの。打ち震えるってこういう事なんだって思ったわ。その時にこの場所を私の死に場所にしたいって、私もこの景色の一部になりたい、どうせ死ぬなら美しい場所で死にたいって、赤の綺麗なこの季節に死にたいって、そう思ったからよ」
「秋が綺麗ね……」
少し不満そうに相槌を打つ。自殺しようとしている相手を前にそんなリアクションを取る彼は頭ネジが外れている。
「あなたは?」
「へ?」
「あなたも自殺するんでしょ?理由とか教えてよ」
彼女にとって久しぶりの会話である。男の頭のネジが外れているとしたら、彼女は周りにネジを抜かれてしまっている。さっきまで警戒していた目の前の男生徒を自分の話を聞いてくれる存在と認識した途端に信用してしまっていた。多少この状況が楽しくなっている。
ただ話の内容も場の様相も楽しさは一つも感じさせない。
「そうだな……それじゃあ、俺は……秋が嫌いだからかな」
今適当に考え、こじつけたような理由だ。男生徒が自殺するなんて嘘だと彼女は感じ取っている。そもそも、最初から彼が本気だなんて思ってかけらも思っていない彼女ではあったのだが。
しかし、それでもいい。もう少し話がしたいと彼女は思ってしまうのだ。たとえ心で嘲られているとしても。
「秋ってつまんないんだよね。だって何にもないじゃん?中途半端だし。暑すぎず寒すぎず。天候は似てるけど春はまだ出会いだの何だのあるし、桜が綺麗だろ?君が綺麗って言った夕日だって秋じゃなくたって赤くて綺麗だろ?別に秋の特別なものじゃない。運動の秋、読書の秋、色んな秋があるけど、それも同じ、秋だけが特別じゃない。夏みたいに暑いから海に飛び込んだり、冬みたいに雪が積ったりもしねえ。君が好きだって言った紅葉だって俺にはただの枯葉にしか見えない。落ち葉の掃除が邪魔くさい位にしか思えない。まあ、とにかく退屈なんだよ秋は。だから自殺する。秋に飽き飽きってね」
彼女が話した倍はありそうな理由と冗談じゃないほど寒い一言が最後に付された。
「ふふふっ」
彼女が笑った。彼のオヤジギャグに対してではなく。
「あなた、やっぱり自殺する気ないでしょ?」
そんな事は彼女自身ずっと分かっていたはずなのに、彼女は敢えてそれを言葉にする。
「あなたの自殺する理由はあまりに前向き過ぎるわ。秋が退屈だからって、じゃあそれ以外の季節は楽しいって事よ。退屈なのは人生の内4分の1だけで、残りの4分の3が楽しいなんて、そんな人生とても素晴らしいじゃない。そんな人は自殺なんてしないわ。本当に自殺する人はそんな幸せじゃない」
静かで穏やかな話し方だがその言葉の裏にはどれほど彼女の苦しみや憎しみがあるのだろうか。
「どうだろうな。でも君こそ本気で自殺する気はないだろ?」
どうしたら彼女を見て、彼女の手の中に握られているロープを見て彼はそんな事を言えるのか。目の前で楽しそうに彼女が少し笑ったからか。いや、彼もさっきの彼女の言葉の裏が読めない鈍感な人間ではない。
むしろ普通の人よりも彼は敏感に人の気持ちを感じる事ができた。この中央芝生にいる彼女を見つけた時、いつも暗い顔をしている彼女の今日の思いつめた顔がどれだけ深刻な事態を表しているのか理解したのも彼だけである。
しかし、それでも彼は本気で自殺するつもりはないと考えた。
「何でそう思うの?」
男生徒に怒る訳でもなく何故そう思ったかの疑問を彼女は問う。
「だって、見つけてくださいって言わんばかりだろ?こんな校舎のド真ん中で。四方八方どこからでもここが見えるんだぜ?いくら人が少なくなった放課後だからって、こんな所で自殺たって成功するわけがない。実際、俺に見られている。この場所で死にたいからって未遂に終わる可能性が高いこの場所で自殺はしない。それも死ぬまでに時間が掛かって、目立つ首吊り自殺じゃなおさらな。だから君は自殺する所を止めて欲しかったか、死なない程度で助けてもらおうって思っていたんじゃないか?」
「探偵みたいねあなた……」
驚いた表情をする女生徒
「……そうね、この場所を選んだのはあなたの言うとおりよ……私がどれだけ、自殺する程追い詰められているって事を周囲に分かってもらいたかったのよ……ただ一つ、あなた間違っているわ。別に私は自殺するつもりがない訳じゃない。目論みが外れて気付いてもらえずにそのまま死んだとしても私は構わないもの」
「それも知ってる」
答えを言われてから知っていたなんて通じる訳がない。言っている事が矛盾する男生徒に呆れ顔を見せる女生徒に彼は
「だから俺は最初から一緒に自殺するって言ってたんだよ」
彼は手に持っていた青いビニール紐を掲げる。
「意味がわからないわ?」
「君がここで自殺するなら俺も一緒に自殺する。それが未遂になろうと本当に死のうと俺は君と一緒に首を吊りにきたんだよ」
もっと意味が分からないと言う顔をする彼女
「なんであなたがそんな事をするの?」
「悔しいからだよ」
「?」
もはや彼女の目の前にいるのは意味不明な生物である。言葉が本当に通じているのかついに彼女は怪しみだした時
「ずっと俺には正義の心があると思ってたんだよ。間違った事は許せないし、弱い者がいたら助けてやれるって、イジメなんてあったら迷わずイジメられてる奴の味方になって助ける人間だと思ってた……でも無理だった。君がイジメに会っている所を見ても助けに行けなかった。怖くて足が震えて。見ないふりして逃げ出した。その時、思ったんだよ。俺ってこんなもんかって。女の子一人手を差し伸べられないゴミクズだって、自分の大きさを知ってからもう夢も語れない。卑小な自分にはもう何かを成す自信がなくなっていた。そしたら今日、君がロープを持ってここにいた。死ぬ気はないのかもしれないけど、そこまで追い詰められるまで、俺は結局、何も出来なかったのかって思ったら悔しくて、君が首を吊るなら、俺も一緒に首を吊ってしまおうって、教室に置いてあったこの紐を持ってここに来たんだよ」
男生徒が急に話始めた胸の内。それを聞いた彼女の目にはもう意味不明な生物は映っていない。
ハッキリとした敵だけが映る。
「何よそれ?」
怒りを抑えて声が震える。しかし、この怒りを彼に向けるのは間違っている事を彼女は分かっている。イジメを周りで見てるだけで止めない人も悪いとは彼女は思ってない。しかし、それでも
「なら、邪魔しないでよ。あなたがどう思ったかなんて私は知らない。助けられなかった事を悔やむなら、一人で悔やんで。あなたの勝手に私を巻き込むな!!」
彼女は叫ぶ。そして恥じる。イジメっ子には何も言い返せない自分が何故、この学校で一番優しくしてくれている人物に対して声を荒げているのかと。
「うん、俺は自分勝手だ」
彼女が男生徒の顔を見る。彼女は羞恥からか涙を浮かべた。
「だから、君が首を吊るっていうなら俺もここで首を吊る。だけど、もし辞めるなら……今度こそ俺に君を守らせて欲しい。今度こそ俺の正義を通すために、俺の勝手を通すために」
何をどう彼を信用すればいいのだろう。彼女は思う。名前もまだ知らない、今日初めて話した男子の事をどうして信じる事が出来るだろうか。
しかし、それでも
「本当にいいの?」
初めて自分に味方すると言う人がいた。彼女が抱く疑念の壁なんて脆く瓦解する。
「いいも何も俺が勝手にするだけだ。迷惑でも俺はやるぜ」
「――っ!」
彼女の顔には浮かべるだけだった涙が溢れ出していた。
「じゃあ首を吊るのは無しでいいな?」
女生徒は泣きじゃくり返事が出来ない変りに数回頷く。
「そっ、ならまず君と落ち葉の掃除から一緒に始めるかな。ほら見ろよこの落ち葉の量、やっぱり、秋なんて碌でもねえだろ?」
見ろよと言われても女生徒は涙を拭っていてそれどころではない。
「まあでも、確かにここは悪くないな」
男生徒は箒をとりに木から少し離れたところで上を見上げて言う。
秋の暖かな赤色が二人を包み込んでいた
読んでいただきありがとうございした!
それではまた!