84話 "大山脈"4
死屍累々、阿鼻叫喚。
細切れになった肉片が天地関係なく辺りに散乱し、視覚を劇的に刺激する地面が吸収しきれないほどの赤の表面が絶え間なく響いてくる振動のせいで波打ち、しかしそれ以外に動くものは無い。
一度見たら忘れられないであろうこの空間には、無残にもこうして骸を晒している魔物の執念か、数十体、数百体の体を流れていたそれらを限りなく濃縮したような匂いがこの空間の記憶を焼き付けるダメ押しになっており、それは向こう三日は確実に鼻が使い物にならなくするほどに強烈な匂いを放っていた。
そんな現世に地獄を作り上げた者はというと、
「……足りない、全然。もっと、もっとお!!」
全身のありとあらゆるところを魔物特有の青色の血で染め上げ、叫びながらも手に持った、この状況でも白を保ち続けている槍でルートに噛み付こうと飛び掛ってきた魔物を貫き、溢れ出る青で自分の体を更に塗り重ねながら次なる獲物に狙いを定めてその命を奪う。
ルートが危険を承知で、むしろ嬉々として餌にしている自分の命に対して奪った魔物の命の数はざっと数えて千と少し、"紫"相当の魔物も片手の指で足りる程度とはいえ含まれているということを考えれば戦果としては十二分に挙げていると言え、英雄として名が広がること間違いなしだろう。
現に世界最高峰の戦闘者連中が集まる場所の内の一つであるルートの故郷セルファ領でも、"紫"を含めた千体の魔物を一人で倒すことが出来れば他に功績を挙げなくても一ヶ月程度は注目の的になる。
それほどの功績をすでに挙げているルートなのだが、その行動を見ている限りいったん引くといった選択肢など存在していないかのように休憩を挟むことなく次の魔物へとその槍を突き立てる。
その姿は決して英雄と呼べるようなものではなく、餓えた獣のように歯茎をむき出しにして魔物に襲い掛かる姿はむしろ鬼と言われたほうが納得できる。
その鬼はというと次々と魔物の命を槍、土魔法、時には闇魔法を使って弱点を狙うといったこともせず、ただただ過剰な暴力を以ってその体を肉片へと変えて辺りへと撒き散らす。
その結果として出来上がるのが彼の後ろに広がっている死屍累々の光景で、それは必然的に相対している魔物たちはルートのコントロールも何も無いただの無秩序な暴力でも壊れてしまう程度の耐久力しか持たない、つまりは取るに足らない雑魚でしかないことを示していた。
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狂気の叫びをあげてから数十分後、魔物の討伐数を更に三桁単位で積み上げたルートはどういう訳かひっきりなしに襲い掛かってきた魔物たちが襲い掛かってこなくなったことで空白の時間と空間が生まれ、動きを止めて臨戦態勢でこちらの様子を伺っている魔物に何か策を弄してくるのか期待し、目を向ける。
魔物たちはその動きをやっと止めた圧倒的強者を前に、熱に浮かされたように高揚していた衝動はすっかりと消え失せ、台頭してきたのは自分という存在に刻まれた本能。
それが目の前の圧倒的強者をいくら警戒しても警戒しすぎるということは無いと激しく主張し、未だ高らかに突撃せよと主張する衝動をねじ伏せる。
ルートの窮地を求める退廃的思考と魔者たちの葛藤。
繊細なところで保っていた均衡を先に崩したのは、その衝動と本能の葛藤に訳が分からなくなって飛び出した策も何も無い一匹の蟷螂のような魔物で、その自身の持つ大きな鎌をルートに向かって振り下ろそうとするのだが、
「……ぬるい」
ルートの一閃がその自慢の鎌を切り落とし、信じたくないのか真っ白になっているその頭を返す一閃にて切り落とし、コロンと首が地面に転がる。
そして、
グシャアァ
「……死に物狂いで来てよ。今のまんまじゃ窮地なんて言えないから」
足元に転がってきた蟷螂の頭を失望感からか、脳が掛けていたリミッターを外した筋力を存分に発揮した力で踏み潰し、無表情で、そして魔物を見ているようで見ていない空虚な目で魔物たちを見遣ってそう一方的に宣言した。
先ほどまでの歯茎をむき出しにしていた状態が鬼というならば、今のルートは目の前にいる魔物たちの持つ力に失望し、命を刈り取る作業を繰り返すだけの機械のような状態であった。
割れたコップから水が溢れるのを瞬時に止めることが難しいように一度崩壊したものを止めることは難しく、それはこの魔物たちについても当てはまるものであったらしく、改めて見たルートの戦闘能力の凄まじさを目の当たりにしたことで頭の中で起こる葛藤など何処かへ行ったようで、ただ何かから逃れるように自身の持つ力を目の前の相手に向かって振るう。
この行動も思考停止と言ってしまえばそれまでだが、魔物たちの無意識が自分たちの後ろ、つまりはルートの目指すこの洞窟の最奥から漂ってくる強者の匂いとでもいうものを恐れ、後退という選択肢を与えない。
もちろん、強者の匂いというものは目の前にいるルートからも漂ってくるが、その奥にいるであろう存在が放つそれは丁寧に仕込まれた濃厚なビーフシチューのようにさまざまなものが溶け合い絡み合う深みのあるようなものであるのに対し、ルートが放つそれは作りたてのビーフシチューでまだまだ若く、同じ煮込み時間のときの味の優劣はどうであるかは分からないが現段階では何枚落ちる。
そのことも分かっているからこその特攻なのだが、命を奪うということが作業になってしまっているルートにとって、脅威というにはその魔物たちはいささか役不足であった。
ルートはその魔物たちを鎧袖一触といったようすで特に苦戦することも無く、ただひたすらにその命を刈り取っていく作業を続ける。
しかし、
「!?」
ルートの後方、つまりは入り口付近に残しておいた魔物の数が減り始め、更に人らしき反応が十人程度現れるようになりはじめているのが"探知"の網にひっかっかる。
これはボーダーの戦闘者、それもこの狭い洞窟の先遣隊として派遣されるということはそれなり以上に腕が立つ連中であるということは疑いようも無く、自分がやらかしてしまっているのも十分に自覚しているため、見つかって祭り上げられるというのも望むところではない。
従ってあらかじめ決めていた通りに、
「後は任せたよ」
信頼しているわけでもなく、ただ人を見れば襲い掛からなければならないという行動原理だけを見て精々一分一秒でも長く足止めできればいいなと身勝手にこの場を一方的に任せて魔物と魔物の間を駆け抜けて行き、洞窟の奥へと移動してゆく。
もちろん魔物たちは去って行くルートを追いかけようとするが、後ろにぎっしりと立ち並ぶ魔物たちに邪魔されて断念せざるを得ず、その体の動きを制限していた本能は危機が去った判断してなりを潜め、また何かに熱を浮かされるような衝動がその身を支配し、洞窟の入り口から聞こえてくる何かに対して牙を研ぎ、体を焦がす熱に浸りながら次の侵入者をジッと待っていた。
魔物たちと血みどろの空間を見たことで最大限に警戒したボーダーの戦闘者が相対し、戦闘が始まるのはこれから10分後の話であった。
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面倒事を避けるために普通なら逃げるという選択肢を選ぶところを、このルートはより洞窟の奥へと進む事で問題を先送りにする。
先ほどの場所から距離を稼ぎ、奥に進めば進むほど魔物のランクが高くなってゆくことで死の影がゆっくりと近付いてその首に手を掛けられる程の距離に近づいてきていることを肌で感じる。
「ハッ、ハハハ!!やれば出来るじゃん!そう!こういう危機を待っていた!!」
鎧袖一触では仕留められなくなってきた魔物達を前に、ルートは無表情の仮面を脱ぎ捨てて獰猛な笑みと叫び声を上げると消耗して半分程度しか残っていない茶色の魔力を全て解放するとそれを一つの形に収束させる。
その集まった魔力は宙に真円を描き、その線を詳しく見るとよく分からないミミズの這ったような字が連なっており、更にその真円に収まるような形で六芒星が描かれる。
そして、その魔法陣に黒色不透明の鈍い光が走り、禍々しく揺らめく。
「うん、これは間違いなく命の危機だよね。つまり条件は揃った。ハハッ、これを待っていた!!
『さあ歌おう、矮小たる人の身で神の加護を拒絶する愚者の詩を。代償に捧ぐは魂の寿命の残り全て、そして魂が消えるその感覚を最後に消え去る壮絶たる最後。それらを以てすべて力と為す"契約・残燈業火"』」
三桁単位の魂の輪廻に耐えることが出来るように与えられた五桁単位の魂の寿命、ルートの魂の残りの寿命は分からないが、膨大なそれらを精々二桁程しかない寿命に注ぎ込むといえばこの行為がどれほどの無茶を重ねた上に成り立っているのかということも分かるというものだ。
神の寵愛たる"祝福"に対して、これが人の業が生んだ"呪い"。
闇魔法を使えるというだけではそれを選ぶことすらままならない極点、それが"呪い"であり、人の尽きる事を知らない醜悪な欲望が絶対なる世界の理に新たに汚い字で書き加えた世界の新たな理である。
閑話休題。
燃え盛る炎に酸素を送り込んでより大きく燃え上がらせるように魂を急激に消費し続けることで膨大な魔力、そして身体能力の向上を果たしたルートは、
「……ははっ」
刻一刻と体の奥底から溢れてくる魔力に全能感を誇るでも無く、ただ自分の名前に込められた意味を不意に思い出し何とも言えない気持ちで一杯になっていた。
誰かを導く正"道"を歩みなさい。
誰かを支えられる"根"を張りなさい。
そんな意味を込められたこのルートという名前、それに恥じないように今まで生きてきたのだが、魂の寿命を消費して膨大な魔力を得るという明らかに正道から外れる言わば邪道を進むことになることに自分が今やったことは果たして正しいことであるのかという疑問が首をもたげる。
しかし、そんなルートの内心の葛藤など知らず、知っていたとしても構うはずもない魔物たちは先ほどの魔力の放出量に驚いたが、少しばかり強いだけの獲物であることに変わりはないと一斉に飛びかかる。
その先程まではルートに危機を感じさせていた魔物たちが全てを呑み込む波のように迫り来る。
それに対するルートの返答は、
「『岩雨』」
今この瞬間も増え続けている膨大な魔力を使って生み出した数えるのも馬鹿らしくなるほどの岩の礫がまるで一枚の壁のように立ちはだかり、ピクリと壁全体が揺れると我先にと岩の礫が飛び出す。
飛び出したそれらは急に現れた岩の壁に驚いて足を止めていた魔物達の体を貫き、抉りとり、全身を蜂の巣状に変化した骸を量産しながら進んでゆく。
ルートの視界を遮るように悠然と立っていた岩の壁が全て砲弾として消費され、遮るものが無くなったルートの目に映るその光景は、この洞窟に突入してから作り上げてきた血で染めた空間の更に上をゆくものであった。
そうして視界内に収まる魔物をすべて仕留めたルートは"呪い"を発動させる条件を満たすために窮地を求めたのだが、その方向の努力自体がセルファ家の皆が自分に求めていた理想像を他ならぬ自分の手で打ち壊している姿を幻視し、途端に自分の立ち位置を見失う。
しかしそんな感傷も唐突に背後から聞こえてきた爆発音に突き動かされるようにして拭い去られ、その音から逃げるようにしてまた洞窟の奥へと精神的な揺らぎを取り繕うこともしないまま進んでゆく。
途中で魔物が襲い掛かってきてその牙を突き立てようとするが、積み上げた三年間が反射的に身体能力が向上した体を動かしその首を刈り取る。
その落とした首に視線を向けることもなくルートは足を進め、その度に襲いかかってくる魔物を処理し続ける。
そして遂に、
『……侵入者とはな』
偉そうにサビの浮いた王冠などを被り、どこで調達してきたのか所々に穴が空いたマントを羽織った骸骨が、これまた朽ちかけの王座に肘をついてそう言う。
どういう訳か洞窟の最奥はアルヒオール王国の王城にある謁見の間のように非常に空間的にも開けた構造になっており、その偉そうな骸骨の左右に3人ずつの、元は豪華な服であっただろう今では穴あきの服を身にまとった骸骨が並ぶ。
そして一段下がったところには真ん中の赤黒いカーペットの挟むようにサビだらけの全身鎧を身に纏い、槍を手に持った兵士達が立っていた。
しかしルートはそれに気が付いていないようにカーペットの上をゆらゆらと身体を左右に動かしながら歩いてゆく。
『無礼者めが。おい誰かそ奴を止めろ。無礼である』
声帯どころか肉すらない無い癖をして人が使っている言葉を話す骸骨が左右に立ち並ぶ、これまた骸骨の兵士達に命を下す。
その命を受けた兵士達はギシギシとサビだらけ金属同士が擦れ合うけたたましい音を立てながらルートの下へと集り取り囲むと、手に持った妙に新しく統一感のない槍や剣をルートに向けて静止を試みる。
それでも止まらずに進み続けたルートも流石に自分の体に槍の穂先が軽く刺さったことで漸く意識が現実へと帰還を果たし、その刺さっているもの、次にそれを持っている者の確認、そして最後に自分を取り巻く状況を把握する。
しかしルート自身に足を動かしていた覚えは無く、それなのにいつの間にか最後に見た景色と状況が変わっていることにただ驚く。
『……やっと気が付いたかこの無礼者』
「……だれ?」
『ホホッ、聞いて驚け!この身はブランタイン帝国の14代皇帝「違う違う、僕は誰が言ったのかを聞いたんじゃなくて、どの骸骨が喋ってるのかを判断したかっただけ。身の上とかどうでもいいよ」……生意気な無礼者よ。いや生意気だからこそ無礼者なのかもしれぬな』
「だからどうでもいい。とりあえず骸骨が動いているということは魔物ということでいいね?」
『おのれ、聞いておらば先程から骸骨や魔物風情と同等にこの身を並べ立ておって!!聞いて驚け!この身は「長い。どうせリッチキングとかでしょ?」そうさそうとも!この身はリッチキングなり!』
どうやら偉そうなのは元々皇帝だったのとリッチキングなどという死者の王になったという二重の意味でのものらしい。
「で?」
『で?とは……。これだからこの身に宿る強大なる力も分からん小僧は……』
「……めんどくさ。もういいや『崩落』」
ルートは聞く気が失せたとばかりに膨大な魔力を槍に通すと石突きで地面を叩き、この広いホールの天井を崩落させて全てを圧倒的質量で押しつぶす。
ルートは予め崩落させる位置を決めておいて自分の場所には落ちないようにしておいたために無事なのだが、
『グググッ!!』
一発で仕留めるつもりで崩落させた土の塊はリッチキング、そしてその側近たちが魔法で鑑賞したことで拮抗する。
『き、貴様!!あくまで貴様は我らの前に立ち塞がるというのか!!魔物共を手駒としてこの世を平定するというこの崇高なる使命を!!』
「誰も頼んでないからね?それ。というか今の僕はちょっとばかりムシャクシャしててね?だから」
必死にリッチキングはルートに自分の目的を訴えかけるが、それに対してルートは冷たい言葉で返し、さらに言葉を区切って真顔でリッチキングたちを見ると、
「憂さ晴らしに付き合ってよ」
そう言って、
「『岩雨』」
岩の礫を必死に天井の崩落を抑えて身動きの取れないリッチキングたちに一切の慈悲なく撃ち込む。
その『岩雨』を食らい、1人2人と次々側近たちが全身の骨を砕かれ地面に倒れ伏してゆき、加速度的にリッチキングにかかる負担が増えてゆく中、リッチキングは力の全てを使ってそれを押し止め、
『き、貴様は何を以て我らの邪魔をする!?』
と問いかける。
それに対してルートは死者の王であるリッチキングがゾッとするほど澱んだ目で、
「復讐、それだけ。じゃあバイバイ」
ルートはそう言うと作り出した一つの大きな岩をリッチキングに向けて発射し、命中した次の瞬間、抑えるものが消え失せた天井が崩落し全てを覆い隠した。




