83話 "大山脈"3
あと1話、過去編です
ルビンが言うことには"大山脈"で何かしらの異変が起きているとのことらしいが、その程度のことでビビッてボーダーから出ないという選択をするようであれば、そもそも故郷のセルファを離れずに"大森林"で修行を積んでいたことだろう。
ルートはもちろんそんな異変の存在を知っても行動を変えるつもりも無く、むしろ異変が襲ってきてくれれば自分の成長に繋がるのではないかと口にこそ出さないが、内心では心待ちにしているほどであった。
実際、ルートはルビンと一緒に食事を取った後、ボーダーでの宿探しを取りやめてすぐさま"大山脈"へと足を踏み入れ、"探知"を全力で発動して違和感をあぶりだすという作業に取り掛かっていた。
その結果分かったことはルビンの言うとおり、異変は魔物の数の減少という形で現れており、しかしその減った魔物の行方は知れず、魔物の強弱問わず極めて少なくなっていた。
ルートはその結果から、"大山脈"からボーダーへと向かう道中で抱いた違和感の正体はこれであるということを悟ると、今度は魔物の発生を見守るために適当な場所に拠点を構えて"探知"の発動範囲を最大に広げ始めた。
そうして"探知"を最大にして情報収集に徹底していたルートが得た答えは、
「魔物が発生していない?」
一般的に魔物はありとあらゆる場所に存在する魔素が何らかの原因で変質し生ずるとされており、極論を言ってしまえば『セルディア』のいかなる場所でも生まれる可能性がある。
しかしその生まれる場所というのにもある程度の法則性があると推測されており、その中の一つに魔素が多く存在している場所には魔物が発生しやすいというものがある。
その中でも極めて魔素が多く存在している場所を強力な魔物が発生したり、大量に魔物が住んでいる場所という意味で"大○○"や"魔の○○"といった呼び方をしている。
そんなわけで、この"大山脈"には魔物が発生してしかるべき土壌であるのにも関わらず発生していないという現状、すぐ隣に"大森林"を有するレストに長年住んでおり、その危険性については耳にたこが出来るほどに叩き込まれたセルファ家の子息として育てられたルートですら聞いたことの無い事態に、なんとなく面倒事が起こるとほとんど確信に近い何かがルートの頭をよぎった。
夏の暑い日差しのせいか、ルートの額に汗がじんわりと滲み流れていった。
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ルートは自分を成長させるために自ら虎穴に飛び込んだ訳だが、得られたのは虎子ではなく新たなる謎というなんともスッキリとしない成果だった訳だが、この程度の情報ならギルドも把握してるだろうということでわざわざ報告する気も無く、予兆も発見出来なかったため再び山篭りを再開しようというということでボーダーへと向かって歩き出した。
そうして3日ぶりに"大山脈"の麓にある森を抜け、ルートの目にボーダーの外壁が捉えられたのだが、その門の前では何やら蜂の巣をつついたような騒ぎが起こっており、興奮している戦闘者らしき者たちとそれを宥めて話を聞こうとする門番という構図が展開されていた。
時折こうして強力な魔物が出たとかで門の前で騒ぎ立てる戦闘者と門番のやり取りが広げられることは珍しく無く、ルートは魔物の1匹や2匹程度、"紫"ランクの戦闘者が出てこればすぐに鎮まるだろうと静かに進む気配のない興奮した連中が為す列の最後尾に並ぶ。
手持ち無沙汰なルートは暇潰しにでもなればいいなとその騒ぎの原因を探るべく、周りの者たちが悲鳴交じりに叫ぶが如く話している内容に耳を傾けると、
「もうこの街はおしまいだ!!」
「魔物共が……」
「そもそもアイツらがその場所を見つけなきゃよかったんじゃねぇのか!?」
「もうそんな話ではないでしょう!魔物の素材も仕入れました、すぐさま離れますよ!ボーダーを!!」
などと飛び交う言葉を纏めて想像すると、列の先頭で門番に食いかかっている戦闘者がおそらく魔物が大量に生息しているところを発見し、それを聞いた者たちがこうして騒ぎ立てているという状況といったところであろう。
ルートは列の最後尾に並びながら、心の底から待ち望んでいた窮地が現れてくれたということにひっそりと笑みを浮かべると一番先頭で騒いでいる戦闘者と門番のやり取りに意識を向けて話を聞き始めた。
「早く中へ入れろ!この情報は早く中の奴らに教えてやらなきゃなんねえんだ!」
「詳しい話は俺の上司が聞くからそれまでは待ってくれ」
「俺たちが嘘を付いているって言いてえのか!?」
「そうは言ってないが、正確じゃない情報は死ななくて良かった人間を殺してしまう結果に繋がる」
「だからそれで死ぬ人間よりも多い人間が死ぬハメになるっていってんだよ!」
「それを判断するのはお前や俺じゃなくて上の人間の仕事だ」
「そいつらが結論を出すまでどれくらい時間が掛かる!?俺たちが夥しい数の魔物の姿を見たのはこのボーダーからそう遠くない。俺たちの足で1時間も掛かんねえ場所にあるんだよ!早くしてくれ!場所が分かりやすいようにっていうことで仲間だって置いてきたんだ!」
「……そうか、急がせよう」
男は必死に門番に事の不味さを伝えるために魔物が大量にいる場所を激しく指差しながら訴えかけ、門番もその気迫に何か感じるものがあったのか、門番はそう言って隣にいた同僚に上司に急がせるように頼み、中へと伝言を急がせた。
その対応に戦闘者も少し落ち着いたのか、一言「……悪い、俺も冷静じゃなかった」というと口を塞いで、しかし胸の前で組んだ腕が何度も組み替えられ、足元からしきりに発生させられているザザッという音が彼の内心の焦りを何よりも物語っていた。
その妙に緊張感が漂う中、ルートは戦闘者と門番の会話に出てきた魔物のいる場所について情報を得たことですぐさま戦闘に移りたいという欲求が胸の内を焦がしそうなほどに燃え上がっているが、自分の個人的な感情でボーダーに住む人たちを危険に晒すというのは、元領主の子息としても一人の知性を持つ者としてもありえない。
それにわざわざそのリスクを負ってまで即座に行動を始める必要も無く、おそらく戦闘者がその魔物の群れと戦闘を始めるための作戦会議を始めた位にでもその集団がいる場所に強襲をかければいいという考えの下おとなしく、しかしそれでいてサーチアンドデストロイの決意を持って頭の中で作戦を立て始めた。
ルートが思考の海に沈み、周りにいる者達が不安が不安を呼んで場が混沌とし始めた頃、門の内側に止まった馬車から降りてきた恰幅のいい男性がこの状況を生み出した戦闘者へと近付いていくと、短く言葉を交わすと揃って馬車の中へと入ってゆく。
十分程度が経った頃、馬車の中で行われているであろう話し合いの結果がなかなか出ず、騒ぎを広められては困るという名目でボーダーへの立ち入りを禁止されている者たちが焦れ始め不満といった感情がピークに達するかという時、馬車の扉が勢いよく開き、その中から戦闘者が矢のような速さで飛び出してくると、門を取り囲むように位置していた者たちの包囲網を食い破り、先程自分が指差した方向へと向かって走り出していった。
その様子に呆気にとられていた者たちは近くに居るものと顔を見合わせて首を捻りあい何があったのか推測を立てていたが、その思考は同じ馬車に乗っていた恰幅のいい男が出てきたことによって遮られる。
そして静まり返った場で、その男は息を吸い込むと、
「ここに居るものに告ぐ!先程の戦闘者の男が話していた内容について緘口令を敷く!このボーダーの治安維持隊隊長であるこの私、フランツの名においてこれを破る者は厳罰に処す!以上だ!」
そう大声で宣言した。
それを聞いていた者たちは一瞬水が引いたかのように静まり返って静寂が辺りを包むが、堰が崩壊するように口々に叫び声やフランツを非難するような声が上がる。
その宣言は戦闘者の言葉を信じたことに等しく、つまりはボーダーに非常事態が訪れるということを意味しており、いくら緘口令を敷いて刑罰を与えると言ってもどこまで効果があるのかも微妙なところであるが、この反応を見ていると察しも付くというものである。
ルートはその非難の声を上げている面々を見て、これはボーダーの中に入ってしまえば面倒な騒ぎに巻き込まれることになるかもしれないと判断すると列を抜け、さっさと門のそばから離れると"探知"を発動して辺りに人影が無いかを確認すると『影部屋』を開いてその中に飛び込んで休憩を取ることにした。
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ルートは仮眠をとった後、手持ちの装備の手入れ、ポーションなどの備品の確認を済ませると、手に持った槍をギリッと音が鳴らすほど強く握りしめ、
「死を肌で感じられる、そんな戦場を待ってた。これなら僕も……」
そう呟くルートが浮かべる薄い笑みは狂気を湛えており、この状況を心底待ち望んでいたと言わんばかりであるが、その様子はどうしても死に急いでいるようにしか見えず、手が触れた瞬間にひび割れて壊れてしまいそうな程に脆いガラス細工のようにも見えた。
しかしそれを指摘するものは今は居らず、自身もその自覚がないからこそルートの足は『影部屋』を出てゆき、門の前で聞いた魔物が沢山いるという場所へと向かってゆく。
"探知"を発動し辺りの様子を探りながら鬱蒼とした森を進み、1歩1歩と目的地へと近付いてゆくのだが、やはりこの3日間で調べたとおり魔物の姿は見当たらず先ほどの戦闘者を疑うが、知覚範囲内に人型のようなシルエットの者が数十名おり、詳細な情報を得るために"探知"に集中する。
するとその内の一人がその男だと判明し、疑ったことはさておき、一先ずは信用しておこうと集中を切って再び足を進めてゆくと、
「!?」
ルートの知覚範囲に現れた洞穴に"探知"の手が伸びた瞬間、10m程度しかない横幅をピッチリと満たすように魔物が詰まっており、さらにその後にも最後尾が見えない程にズラッと並んでいた。
ルートは思わず"探知"の発動を切ると、動揺を取り繕うように引きつった笑みを浮かべ、
「思ったよりも数が多そうだけど、その分だけ強くなれそうな気がするよ」
誰に向かって言うわけでもない、自分自身に言い聞かせるように呟いたその言葉は滑稽なほどに頼りなく、木々と風が歌う枝葉のこすれる心地いい音ですらクスクスと笑っているように聞こえ、ルートは少し不愉快な気持ちにさせられた。
不愉快な気持ちを振り払うように少しペースを上げてその魔物が沢山いる洞窟へと誰にも気付かれないように気配を消して進み、ちょうど魔物達がいる洞窟の真上へと辿り着くと『影部屋』から白い槍を取り出して軽く型を流して体調によるズレを矯正する。
そして、
「ボーダーからの援軍の本隊は大体20分後くらいかな?それくらいの距離ならもう大丈夫だよね」
白い槍がルートの体内で練り上げられた茶色の魔力を帯び、それらが石突きに取り付けられた結晶を通り抜ける。
その度に魔力の色が茶色から黄色へと磨かれる様に変化してゆき、やがて白い槍が黄金色に輝いているように見える程に魔力の純度を高めると、
「行くよ!『崩落』!」
その槍を地面に突き立てた。
その瞬間、
━━━っ!
ルートに強烈な浮遊感が襲う。
音が音として認識出来ないほど混ざり合ったそれは収まるということを知らず、自らの存在を高らかに主張し、十分に役目を終えたとそれが消えると、急激に自分の存在を忘れるなと言わんばかりに濃密な鉄臭い匂いと、30cm先ですら確かに見えないほど空間にまとわりつくような土煙が台頭する。
そうして聴覚、嗅覚、視覚という感覚器官を蹂躙し尽くす方法を選んだルートはもちろん自分自身がそれに巻き込まれるなどというヘマを犯してはおらず、ひょっこりと広範囲にわたって散らばっている瓦礫の内の一つが作る影から頭を出してあたりを伺うと、
「さ、作戦通り……」
想定外を想定内という小さな見栄を張ってそう呟くと、全身を影から引っこ抜くと白色に戻った槍を手に持って、ニイッと口角を釣り上げ笑みの形にすると、
体をひねり一閃。
後ろから瓦礫を八艘飛びの如く飛び跳ねてきたカエル型の魔物を上下真っ二つに切り裂くと、その勢いのまま槍にへばりついた妙な粘着質の血を振り払って、
「復讐の為、糧になってもらうよ!!」
そう言って槍を片手に洞窟の奥へと向かって走り出した。




