82話 "大山脈"2
投稿を土曜の朝方にしようかななどと考えています。
とりあえず次話は金曜20時に投稿します。
その次の話は土曜の朝型にしようかな?
ルートがセルファ領から抜け出し、ボーダーに来てから3年。
ルートの過ごしてきた日常は同世代の戦闘者と比べてもより一段と血なまぐさく、俗世離れしていた。
血なまぐさいというのはルートの生活スタイルが原因であり、ルートは最短で三日に一回だけボーダーに帰ってきて色々と準備をするという生活を三年間も続けたことがあげられ、ボーダーにいるとき以外は"大山脈"で夜を明かすという生活を続けていたからである。
確かに戦闘者の中にもこの"大山脈"で夜を明かす者もいないではないが、それは当然パーティー単位で行動しているという前提があってのもので、ルートのようにソロでこのいつ魔物が襲ってるかも分からない中で夜を明かすことの出来る能力を持ったものは数少なく、ボーダーにいる戦闘者という条件でフィルターにかけたとすれば片手の指で足りる程度の人数しかいない。
このように半世捨て人といった生活を続けているせいで、市井の噂話はもちろん、大通りを一往復しただけで10回以上も耳に入るであろう会話の内容すらルートの頭に入ることなく、具体的には"神の寵児"として全世界に名が知れ渡っているエリュの失踪というビックニュースが世界中を騒がせている。
そんな中でも変わらずルートは"大山脈"に入って魔物を仕留め、また仕留めかけられという生と死の境界で揺ら揺らとゆれるやじろべえのような正気を疑われるような行動ばかりしていた。
というのもこのときのルートの頭の中には家族を殺した連中に対しての澱んだ醜い復讐心とそれを遂げるために必要な力が中々手に入らないという焦りで一杯一杯になっており、自分には関係ない話題を許容するだけの余裕はもはや無かった。
そんな3年間で積もり積もった焦りがルートをより危険な場所へと誘い、ついに"紫"ランクの戦闘者がパーティーを組んでようやく安定するという現在人々の手が入った"大山脈"のうち、極めて上位に位置する危険地帯へと足を進めさせていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……」
壁に背を預け、愛用の白い槍を抱いて片足を三角座りのような形で、もう一方を胡座をかくような形で周囲に警戒しながらいつでも行動に移せるような体勢で眠っているルート。
度重なる魔物の襲撃を受け、辿り着いたこの体勢は慣れていない初めの方こそ起きる度に体が軋むような感覚を覚え、襲撃があっても即座に体を動かすことが出来なかったものだが、今では、
「!」
グラァァア!!
叫び声と共に石の壁を切り裂き迫ってくる不可視の風の刃を魔力を纏わせた槍で全てを撃ち落とす程度のことは出来るようになっていた。
ルートはそれを撃ち落とした後、流れるように槍を操って石突きを地面に突き立てると、
「『変形』『岩雨』」
自分の周りを取り囲むように設置していた石の壁を一瞬のうちにバラバラにして、丁度ソフトボール大に形を変えるとそれらをようやく姿の見えた翠色をした虎のような魔物に向けて局地的に降り注ぐ雨のように絶え間無く射出する。
当然ながら虎もそれを黙って見ているはずもなく身の周りを渦巻く風を展開したり、俊敏な動きでそれらを避けようと足掻いたりといろいろと避けようと行動しているのだが、さすがに数百にも及ぶ数の石の礫を無傷で潜り抜けることができなかったようで、『岩雨』が体を蹂躙し、風通しが良くなってい絶命していた。
そうして虎が地面に倒れ伏したことで戦闘状態から開放されたルートは息をついてわずかに激しくなっていた呼吸を整えると、その虎の死骸に近づきセルファ領に居たころから使っていた愛用のナイフを取り出してその刃を滑らせ、心臓の近くにある魔石を回収すると残った部分をそのままにその場から立ち去る。
小石があちらこちらに散らばり、身を隠す場所も無い茶色の傾いた地面を歩きながらルートはこの三年で上達せざるを得なかった"探知"を使って辺りの状況を探る。
三年前とは違って魔力の放出も魔物を刺激しない程度に絞った状態で行使が可能となったことで利便性があがったそれが伝えてくる情報によれば、周囲に魔物の姿は無く、また人影もないという状況であるということが分かり、ルートは目的の方角、ボーダーへと続く道へと足を進めていった。
度々"探知"を発動しては敵の位置などを探りながらそれなりの速度で山を降り、ルートの活動していた場所とボーダーとの中間地点辺りで夜を明かして、日が天辺を通り過ぎ、少々角度が付き始めた位の時間にたどり着いたボーダー。
そのボーダーへと入るために検査を待つ間、ルートは自分が歩いてきた経路で感じたわずかな違和感について考えを巡らせていた。
さて、ルートの活動していた場所は"大山脈"の中でもそこそこの標高の場所であり、現在このボーダーに"黒"が居ないということでほとんど最前線といっても過言ではない場所である。
その場所にたどり着くためには魔物が蔓延り、いつ襲ってくるかも分からない緊張感の中で一晩明かさなければたどり着けないような位置にあるということでルートの他にわざわざ訪れる戦闘者も少ない。
またその場所へと向かうような実力があるのであれば、もっと換金率の高い魔物が生息する違う方角にある場所へと行けばよく、正直に言って腕を磨く目的以外でその方向へと手を伸ばす必要が無い。
結局何が言いたいのかというと、ルートの進んできた経路にはほとんどが誰も通らず、魔物がわんさか居ても問題が無いどころか居て当然の場所であるはずなのだが、なぜかその経路の生息しているはずの魔物、ルートが三日前に見つけて放置していた魔物の住処にも魔物が生息しているような反応が無かった事が妙に気になった。
実際、ルートがいまや習慣的に訪れている場所は、ルートが手を広げるまではまるで破棄された庭園に咲いていた花や草木が制限無く根を伸ばして芽吹くように、多種多様な魔物がわんさかと生息していた。
それがルートの手によって片付けられて以来、辺りに現れる魔物の数は一定数であったのだが、それがきれいさっぱり片付けられているという状況を不思議に思っていた。
考えてもせん無きことに思考を巡らせていたが、そうしているうちに順番が回ってきたルートは二枚目のギルドカードを出して身分を証明するとボーダーへと入る。
街の様子は特にいつもと変わらず、強いていえば街を行き交う馬車の数が多いくらいであり、何か新しい店が出来るとすればおかしなことでも無かった。
街ゆく者たちの間を縫うように進み、一応蓄えがあるとはいっても何処からも支援のアテなど無く、資金を調達するためギルドで懐から取り出している風に装って『影部屋』から売却用、名が売れたり面倒事を避けるために"水"ランクが狩って来れそうな魔物の魔石を売り払って対価として金を受け取ってギルドを出てゆく。
ひとまず資金を調達したルートは先程言われた"水"ランクへの昇格試験を受けるができるという言葉に迷いながら露店や商会を冷やかし、保存の効きそうな食材や調味料といった類のものを購入してゆき、見せかけの大きく軽いバックに仕舞ってゆく。
そうして必需品を買い求め、とりあえず何か食べようということで周りをキョロキョロと見ながら歩いていると、
「おっ坊主。久しぶり」
「はあ……。久しぶり、筋肉ダルマ」
前から軽く手を挙げてやって来たのは頭の肌色が眩しいルビン。
その彼のご大層な挨拶にルートは息をひとつ吐き出すと同じように言葉を返す。
「へえ、坊主も3年程度じゃ変わるはずないな」
「変わってたまるもんか、そっちもね」
「違いない」
ルビンはそう言って小さく笑う。
そして徐にルートに近寄るとガッチリとした筋肉で太くなった、ルートの細い体などへし折れそうな腕を肩に手を回すと、
「久しぶりに会ったんだ、メシでもどうだ?」
「んー、良いよ。今日はゆっくりするつもりだったから」
「よし!そうと決まれば俺の行きつけに連れてってやる」
「任せるよ」
「おうよ!」
ルビンはそう言うと暑苦しい笑みを浮かべると肩を組んだまま上機嫌な様子で歩き出す。
ルートはそのルビンの遠慮の無い行動、しかしされている側としては裏表がないルビンの行動には、三年にも及ぶ生きるか死ぬかの生活に身を置いてきたことで人の道から外れてしまった感性を少し忘れさせてくれるようで口にこそ出さないが感謝はしていた。
とは言え、
「暑い!そして周りの視線が痛い!離して!僕が連れ去られているようにしか見えないって言われてるから!」
「ハッハッハッハ!」
「聞いて!?」
ルートの格好は普通の街ゆく人たちと同じような特徴がないのが特徴といった装いで、それに対してルビンは戦闘者然とした大きな斧を背負ってギラギラと鈍い光を放つ紫色の鎧を身にまとっていたため、ルートとルビンが肩を組んでいる光景は傍から見ると、戦闘者に絡まれた一般人の図である。
そのため、街ゆく人たちはチラチラとこちらの様子を伺ってそばにいた人たちとこそこそと内緒話を始め、その内容が山篭りで研ぎ澄まされたルートの耳に届き、その事についてルビンに話を振るのだが、どうにも大きく口を開けて笑っているルビンの耳には入らないようでルートは悲鳴に近いような声でルビンに抗議していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んじゃ食おうぜ!」
両手を大きく広げる芝居がかった様子でそう言うルビンを前にルートは言葉を失っていた。
というのも4人ほど座れる円形のテーブルいっぱいに置かれた料理の数の多さに驚き、更に店員に追加で料理を注文しているルビンに対して驚いたためである。
そんなルートの驚きなど気にする素振りもなく、ルビンは待ち切れないとばかりにフォークとスプーンを手に持つと、近くにあったサイコロステーキをフォークでかき集め、それらを掬うようにスプーンに多くの肉片を乗せると一口でそれを口に収め、モキュモキュと咀嚼し始める。
ルートはそうやって食べるものじゃないから!と心の中でツッコミを入れるが、ルビンの幸せそうに肉を噛み締めている様子を見てまあいいかと近くにあったローストビーフの様なものに手を伸ばした。
そうしてテーブルの上に乗っていた料理の数々、更には追加で注文した料理の数々をぺろりと平らげたルビンと、程々に美味しく料理をいただいたルートは店員か運んできた水を飲んで一息ついていた。
「ほんと、どこにあの量が入ったのさ」
「知らん!入ったら入った!」
「はあ、聞いたのが間違いだった」
「ハッハッハッ!!……所でお前最近どこで活動してるんだ?ギルドでも見かけないが」
「まあギルドには魔石を換金しに行っているだけだからね。普段は"大山脈"の浅い所で生活しているよ」
「はっ?お前何してんの?仲間がいんのか?」
「いやいないけど」
「死にたいのか?」
「そんなはずないでしょ、少しは頭を使ったらどう?筋肉ダルマ」
「坊主の言う通りなら信じられないが?」
ルビンは心配になったのかルートの顔を伺うが、彼の顔には揺るぎのない決意と深い負の感情が宿っていることを見て取ると、ルートを止める言葉を言おうと開いていた口を閉じて下を向いた。
それに対して、
「僕は止まらない。けどその気持ちは嬉しいよ」
そう言って笑って見せるルートだが、ルビンはその顔が見ていられないのか顔を背け、なんとも言えない微妙な空気が流れる。
その空気を取り払うようにルートがとりあえず思いついた言葉を口に出して、
「そ、そういうそっちはどうなのさ」
「お、俺はギルドの依頼を中心に活動してる。ほら見てみろ!」
ルビンは少し首のあたりから覗いていた金属の鎖に手を掛けるとそれを一気に引っ張り出してルートに差し出してみせる。
ルビンが取り出したのは商魂たくましいギルドが売り出しているネックレスのように首から提げるタイプのケースに収められたギルドカードで、それは海を思わせる青色に輝く、今は使っていないルートの一枚目のギルドカードと同じ色のそれだった。
それを見るとルートは素直に、
「へえ"青"。頭まで筋肉かと思えば少しは脳みそも詰まってるみたいだね」
「お前は素直に認めるってことが出来ないのか!?」
「……」
「黙るなよそこで!」
ルートの話の転換が意外と功を奏したのか、空気が重くなる前の気楽な空気が戻ってくる。
またルートも同じく自分の懐に手を突っ込むと『影部屋』を展開してギルドカードを手に取ると、さも懐に仕舞っていましたというように取り出して少し減った水が入っているコップが二つだけ存在しているテーブルの上にそれを投げるように置く。
それを見たルビンは、
「お前ほんとにギルドに金だけ受け取りにいってんのな。俺の予想じゃお前も"青"くらいの実力はあると読んでいたんだが」
「買いかぶりすぎだよ。僕にはこの色がお似合いだよ」
「はっ、言ってろ坊主」
「うるさいなあ筋肉ダルマ」
鼻を鳴らしてそういうルビンに同じように挑発じみた言葉で返すルート。
心休まるという訳では無いが、いつも通りのやりとりに何となく居心地の良さを覚えながらルートは一気に水を飲み終え、ギルドカードを手に取ると、
「じゃあ僕は帰るよ」
「ああそうか。じゃあな。あ、もういっぱい水を貰えるか?」
ルビンはまだ店に残るようで、ルートはテーブルに自分の食事代を置いて席を立ち店の入口へと向かって歩く。
そして扉に手をかけた瞬間、
「あ、そうだルート」
そう声を掛けてくるのに対してルートは無言で振り返ると、
「最近の"大山脈"は妙だってのがギルドの見解だ。知らないだろうから一応伝えておくぜ。まあそう言ってもお前は止まらんだろがな」
「ははっ、まあね。何はともあれルビンも気をつけなよ」
「言われるまでもない」
そう言ってお互いに手を振り合うとルートは店を出て行った。




