79話 気持ち
大分と短いです。
強力な魔物が生息するという"大森林"の中層部あたりまでを平定した初代セルファ領主、ルートの曽祖父に当たる人物とその当時の仲間達。
その仲間の中には長命種族もおり、そのセルファ領の祖とも言える者たちは領都レストの一角に集まって今も尚生き続けており、その一角にルートとエリュがたどり着くと奇襲を受けた。
ルートはそれを速やかに迎撃、ダメ出しを食らいながらも何とかその襲撃者の体を貫くと、その襲撃者は氷の人形でもあり、ルートの過去に世話になったうちの1人でガー爺という愛称で親しまれている者であった。
そんなこんなで決着の付いたルートとガー爺、そしてエリュはガー爺の案内によって何処かへ連れて行かれようとしているのだが、
「結局どこに行くのさ、ガー爺」
「千紗のばば「ジュッ」アチッ!はあ、…千紗の奴の所だの」
ガー爺の言おうとした言葉を遮るように何処かから急激な勢いで伸びてきた光線がガー爺の頬の薄皮一枚をジッと焼き、一筋の軽度の火傷を負ったガー爺は表現を改めて紹介し直すことにした。
攻撃性を持ったその訂正方法にルートは懐かしそうな様子で苦笑いを浮かべ、エリュはもはや驚くのに疲れたのか引きつった笑みを顔に貼り付けていた。
「にしても千紗さん「シュン」……千紗姉ねえ」
ルートのその呼び方が気に入らなかったのか、再び姿を見せた鋭角に伸びてきた光線がルートの目の前の石畳に硬貨ほどの黒い穴を空け、ルートは大人しく相手が望むであろう呼び方で話を進めることにした。
「ルー坊も分かっておるだろう」
「もしかして?」
「ルー坊の予想通りであろう。全員集合だ」
「あえて聞くけどガー爺に話通したらお役ご免って言うわけには?」
「いくはず無かろう」
「…逃げたい」
そう呟くルートの頭の中にはこのレストに住んでいるご隠居連中の顔を思い出し、そしてそれぞれの特異性というかアクの強さといったものが駆け巡っており、確かに筋を通さずに出て行ったという負い目があるルート自身、出来ればこのまま何処かへ逃げてしまいたいという気持ちが鎌首をもたげていた。
そしてルートの気持ちや考え方を汲み取ることの出来るエリュは、その呟きに込められた本気の配分の多さからこれから起こりえる光景について想像を膨らませる。
その想像の先ではルートがまるでおもちゃのように物理的、また精神的にも徹底的に弄られ弄ばれ続けるという一種の狂気を感じさせられるような場面が広がっており、エリュはそれがどうにも当たって欲しくはないなと内心で願いながらも、それが叶うことがなさそうということも同時に悟ってしまっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「着いた」
「……着いちゃった」
「ここは?」
レンガ造りの大きな屋敷を目の前に三人はそういう反応を示していた。
一人は淡々と着いたという事実だけを述べ、また一人はなんとも言えない表情で苦々しい表情でおり、最後の一人は何か違和感を持ったようでそれを記憶の中にあるような景色と目の前に広がっている景色を比較すると、
「あっ、塀がない」
ある程度の大きさの家となると通常は防犯、プライベートの確保、はたまた自分の持つ土地の広さをアピールするという意味でも塀の高さには大小あれどほとんどそれは設置されている。
しかしそれが確保されていないというのはプライベートをさらけ出すことに関して何の感情も抱かない者、もしくは自己顕示欲の少ない者という評価になったりもする。
そこまで考えが至ったエリュはその建物の違和感を覚えたのであった。
そのエリュの言った言葉に対してルートは当然とばかりに、
「あはは、当然だよ。ご隠居たちは戦場私生活問わず100年近くの付き合いだからね。プライベートも何のことやら。常在戦場を常としている者達からすれば塀なんて邪魔以外の何物でもないし、そもそも土地の広さを誇示したいならここで稼いだお金を持って悠々自適に王都にでも居を構えた方が安心ってものだよ」
そうにこやかに言い、
「それに防犯なんてご隠居一人で過剰戦力だよ。はは、本当にね……」
どこか遠い目で渇いた笑いを漏らすルート。
「ほっほっほっ。まだまだ餓鬼共には負けんよ。むしろ勝てるようになってくれんと本当の意味での隠居は遠い先のことよ」
朗らかに笑ってそう言うガー爺の目には本当に自分たちに勝てる者が現れてくれるのを心待ちにしている、そしてそのものが現れるまでは自分たちが見守ろうとする慈愛の色が見えた。
そしてガー爺のその慈愛の目は何かを期待するような意味合いを込めてルートに注がれていた。
ルートはそのガー爺の目に少し居心地が悪そうに曖昧な笑みを返すと、
「まあ僕の話を聞いてからその目を向ける相手を選ぶ方がいいんじゃないかな」
遠回しに自分では答えることが出来ないと伝える。
ガー爺はそんな様子のルートの頭をポンポンと叩くと目の前の屋敷に向かって歩いていった。
ガー爺の歩いていく後ろ姿を目で追いながら自分の頭に手をおいて何かを悩むような期待に応えられそうにないということに悲しいような感情が入り乱れたなんとも言えない表情を浮かべるルート。
しばらくしても動こうとしないルートの背を押すエリュはその心のうちを読んだのか、後ろから強く背を押し、ズズズと靴と石畳が擦れるような音を立てて屋敷の方へと足を進めさせる。
そして背を押され屋敷の入口へと立ったルートへ、
「お帰りなさい、ルート」
鈴を転がすような声が掛けられる。
その声の主は開け放たれた扉の向こうにいる完全に目を閉じている長く黒い髪を背に流している和服姿の凛とした姿勢で立っている女性であった。
そしてその彼女は表情をピクリとも動かさずにルートに向かって、
「……久しぶり、千紗姉」
「元気がありませんね」
「それは……」
千紗の疑問に対して気まずそうに目もあわせずに答えに詰まるルートに、
「はあ。仕方がありませんね」
千紗がそう言ってルートに対して近づいてゆき、そして先ほどのガー爺と同じくらいの距離まで近づくと、そっとルートの肩に手を置いて、
「返事はしっかりとしなさい」
「痛たたたたたた!!」
千紗の手から容赦ない電撃がルートの体内に流れ込んで激しく暴れ周り激しい痛みをルートにもたらす。
ギャグ漫画なら肉を透過して骨が見えてしまっているくらいの電気を流し込まれ、プスプスと煙が出そうな程に焦がされたルートに、千紗は表情をピクリとも動かさずに、
「返事は?」
「はあはあはあ」
「……」
「痛たたたたた!!」
再び電気を流し込み、そして、
「返事は?」
「はあはあはあ」
「……」
「わあはいはい!!分かった!!分かったから止めて!」
「初めから返事をしておけば良いのです」
鉄面皮といっても過言でないほどに表情を変えずにそういう千紗にルートは内心で、
(相変わらず理不尽だよこの人!!ほんと有り得ない!それに千紗姉ってそんな年じゃ無いで)
そう悪態をついていると、
ピキッ
その音の発生源は千紗の額で、その彼女はルートの肩に置いていた手を離して大きく広げるとガシッとルートの頭を鷲掴みにして、
「理不尽ではないでしょう。……それに私の年がどうかしましたか?」
薄く笑みを浮かべて鷲掴みにした頭蓋骨からミシミシという音を出しながらそう尋ねる。
その問われたルートはその頭蓋骨に加えられた力になど気が付かず、ただただ顔を真っ青を通り越した白に近い色に変えると、
(ああ忘れてた。千紗姉の種族って"覚"とかいう心を読む特殊能力を持っているんだった。つまり僕の考えは筒抜け……ははっ終わった)
これから先に起こる結末に考えが至ると、
「あなたは女性の扱いについてもう少し学ぶべきでした。眠りなさい」
バリバリバリバリ!!
適当に書き殴ったような白い軌跡を描いた稲妻が降り落ち、紙を引き裂く音を最大限に増幅させたような雷鳴を轟かせながら天から落ちてきた落雷は彼女とルートごと呑み込み近くにいた者達の視界を眩ませる。
そして、
「まったく…5年も経つというのにデリカシーの一つも身に付けて来なかったのですね。反省なさい」
光の収まったその中心には無傷の千紗が完全に目を回して気絶しているルートの頭を鷲掴みにして非常に残念そうに溜息をついていた。
その彼女はルートの頭を持ち手に重さなど感じていない様子で、ズリズリと引き摺りながら呆気に取られているエリュの前まで歩いてゆくと、
「こんにちは。私は千紗と申します。あなたはこの子のお仲間かと思われますが如何でしょうか?」
腰を折ってエリュに挨拶をして、ルートの頭を持ち上げて見せる千紗に呆気に取られていたエリュは正気を取り戻すと、
「私はエリュと申します。ルートとは仲間でもありますし、今は目的に協力してくれている協力者でもありますし……同じ悩みを持つ者でもありますから、一言で纏められるような関係性ではありません」
エリュは上手く言葉に出来ないルートとの関係性を表現しようと試みるが、丁度自分たちの関係をピタリと表せるようなものは見当たらずあいまいな言葉になってしまった。
「そう。…恋人ではないの?」
「なっ!?ち、違います!!」
千紗のその恋人では無いのかという質問に対して、エリュは自分でも思っていた以上に過剰に反応してしまって顔を真っ赤に染めて語調こそ強く否定したものの、跳ね上がった激しい鼓動は元に戻る機会を見失いドクドクと血液を大量に全身にめぐらせて行く。
その反応に千紗は、
「そう。…ならあの子も安心するでしょう」
「あの子?」
「ええ、この子のお友達。私たちも前で無邪気に将来を誓い合った二人。ずっとルートと一緒に遊んでいた子のこと。あの子はこの子が出て行ってからもずっと思っていた。あ、失礼。これ以上はあなたに言っても仕方ないことでした」
「え……」
「いらっしゃい。この子の仲間だというなら歓迎します」
エリュは千紗の話に何か思うところがあるのか、話を切り上げられると無意識のうちにエリュの口から声が漏れ、ほんのわずかに千紗に向かって伸ばした手は、千紗が振り返ったことでその行方を知るものは彼女自身を除いて他におらず、千紗の言葉の仲間だというならという部分に小さなひっかかりを覚えた。
ほんの少し心がささくれ立っているエリュではあるが、そんな様子のエリュを他所に千紗はルートを引きずりながら屋敷の中へと入ってゆき、その後ろを追って屋敷の中へと入っていった。
後ろを付いてくるエリュのささくれ立っている心の中を自分の"覚"としての能力を使ってこっそりと覗いている千紗は先を歩きながら、手に持っているモノと化したルートを確かめながら、
(さて、このエリュという子にとってこの子の存在が今のところ大きなものだという事は分かった。それに悪しからず思っているということも。今のところ悪い子には見えないから応援してあげたいのですが、あの子がどう思うかは分かりません。にしてもこの子もエリュちゃんも私が読み取ることのできる浅いところまで歪んでしまっているという点に少し思うところが無いことは無いのですが…。何にせよこの子から"セルファ"という名が無くなったことで将来に関して私たちの出る幕は無くなってしまいました。出来ればこの子はもうあのような悲しい別れというものが訪れないように祈るしかありません。にしても…)
「……本当にお帰りなさい。ルート」
誰にも聞こえないほど小さく優しい声でそう呟いた千紗の目は薄く開かれ、その目は見る人や角度によって違う色に見える不思議な色をしていたが、今この瞬間だけは慈愛に満ちた包み込むような淡い水色に見えた。
話の都合上ここで区切ります。




