7話 突入
「よし。何とかクレイジー・ヒューマノイドを撃破できたね。彼がもし思考で動く人型じゃなくて本能で動く獣型じゃこうは行かなかったかもしれないし、上手くハマったって言うところかな」
そういって先程まで戦っていた相手についての感想を述べる。
「それにしても僕はこの『無限』に入ってからいつの間にか弱者である強みを殺してしまっていたんだね。おかげで傷は無いとは言え死にかけたし、ほんとしっかりしろよ僕。って感じかな。僕があそこで培ったものは強者に対する戦い方で、強者の戦い方じゃない。驕りはさっきの戦いで捨てておいて仕舞わないと目的を果たすことなく死んでしまうね」
彼は自分のあり方を再認識し目的を果たすためのあり方をすることをもう一度心に刻み込んだ。
そして、彼は姿を消して宙に浮かべていたナイフを腰袋に仕舞い壁から槍を引き抜くと、もげた頭部と残された胴体を『影部屋』に投げ込んで、適当な食料と水を取り出ししばらく体を休めて自分の体の調子を確かめて問題が無いことを確認すると、目的の大部屋に向けて歩を進め始めた。
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薄暗い通路を抜け目的の部屋に入ると、その部屋の光景に目を奪われた。
そこは部屋というよりも洞窟で、鍾乳洞であった。
高い天井からはツララのような鍾乳石が何十本とぶら下がっていて、それらの下には地面から突き出したような岩、石筍があったり、それらがつながってできた石柱などもあちらこちらに点在している。
石だけなら少し無骨に見えたかもれないものであるが、天井や石柱などのありとあらゆるところにには薄緑色に淡く光るコケが生えており、ぬらりと濡れた鍾乳石にによって輝いて見え、より一層幻想的な景色が広がっている。
その光景にしばらく彼は言葉を失い、ここが迷宮であることを忘れてしまっていた。
時を忘れて見入っていた彼は、迷宮を攻略すると崩れてしまうという性質を思い出してこの光景が崩れてしまうことに寂寥感を覚えたが、その感情に流されてこの『無限』の攻略を諦めるという選択肢は彼の脳内には存在していなかった。
そう割り切ってしまっている彼にとってもこの光景はまさに絶景で、ここが攻略する初めての迷宮でさえなければ攻略を諦めたかもしれないと思ってしまうほどにすばらしい光景だった。
その光景を眺めていると、ふと"探知"を使った時のこの部屋の内装を思い出す。
"探知"の結果ではこの部屋の内装の予想図はただ小部屋をそのまま大きくしただけの部屋で、決してこのような幻想的な光景が広がっていることは無かった。
その事実に彼の背中にゾッと冷たいものが走る。
もし彼の"探知"した結果が間違いではないのであれば、今目の前に広がっている光景は明らかに異常であり、彼はナニカの術中にすでに嵌ってしまっている可能性があるのではないか、と。
そして今のこの状況がどういうものなのかを確かめるために近くにあった石柱に向かって蹴りを放つ。
そして、驚愕する。
その石柱に蹴りを入れたはずが足には何の感触もなくすり抜けたことに。
急いで彼は周囲に"探知"をかけると、ここは以前"探知"で探ったとおりの部屋の構造をしていた。
つまりは、
「ナニカがこの部屋にいっ!?」
突然周囲に広がっていた幻想的な景色は消え、鍾乳石はおろか薄緑の光ですらも一切の痕跡を残さずに消えうせた。
まさに幻であったといわんばかりに。
彼は異常を把握したその瞬間、魔力を溜めていた『影箱』を開放、"探知"に全力を注いだ。
この意味の分からない状況においても彼が行っていた修行で得た経験は彼の生存を紙一重で肯定した。
見上げても天井なんてものは見えずただ黒一色にしか見えないそこに上級魔法を発動する際に要求されるほどの膨大な魔力が集まっているのが分かった。
どんな攻撃が来るか分からない彼は防げるかどうか分からない防壁を作る魔法を発動するより、その魔法が完成しきる前に攻撃を加えることによってその魔法を妨害しようと考え実行に移した。
「『岩雨』」
土魔法の中級魔法であり、広範囲にわたって攻撃できるその魔法を天井に向かって降らせると、膨大な魔力は霧散し、その場に滞留した魔力を使って防いだようだ。
彼は腰袋に仕舞っていたナイフをすべてその場にばら撒くと、開放した魔力を使ってそれぞれに付与していく。
ただ、『磁力の手』を発動すると魔力がバクバクと食われてしまうために魔力の付与に留めておく。
そして、姿の見えないナニカは天井にいまだ張り付いているようで下りてくる気配はないが、またもや膨大な魔力を練り上げている。
彼は"探知"を天井に集中的に向けることによって大体の形を理解することができた。
ナニカの大きさは全長は良く分からないがとても長く天井の約半分程度を占めているといえばいいだろうか、とぐろを巻いておりおそらく蛇に近い生物だと思われる。
その蛇は体の一部を天井に埋め込み、持ち前の筋力で自身の体を固定しているようで、落ちてくる気配がまるで無い。
彼は再び『岩雨』を天井に向かって放つが、一度見たことで威力がたいしたことが無いと見たのか膨大な魔力は霧散せず、そのまま魔法の構成を進める。
彼はこのままでは牽制にもならないと思い、周囲の魔力を集めて槍に魔力を流すと一段と強い輝きを放つ茶色の結晶を起点に魔法が発動する。
「『岩雨』」
先程の魔法と同じものではあるが、茶色の結晶を通じて発動することによって魔法の威力が倍近くに膨れ上がり、天井の魔物の体を叩きつける。
またもや蛇が集めた膨大な魔力が霧散し、次は防壁も張ることなくその豪雨にさらされ続けた。
明らかに威力が上がった攻撃に対して防壁を張らなかったということに彼は疑問を持ったが、その答えは天井にいる蛇の怒り狂ったような「SYAAAAAAAAAAA!!!」という鳴き声によって図らずも答えられたようだ。
蛇はその鳴き声を上げた後、ミシッミシッという音やバキバキ、ピキピキというような多種多様な音を立てて体を引き抜き、崩落した天井の一部とともに落下してきた。
そうして、やっと肉眼で捉えることができたその蛇は極彩色の鱗を身に纏った蛇で、口から時々顔を覗かせる赤い舌をチロチロと揺らし、我の休息を妨げるのは貴様か!といわんばかりにその爬虫類特有の目に憤怒を浮かべている。
その蛇を見て彼は、
「うわぁ、まさかの特級危険指定種だよ。しかも虹蛇ねぇ。どうしてこんな弱い魔物だらけの迷宮にこんな化け物がいるのだろうね。僕が目じゃないくらいに『無限』ってひどいやつじゃないか。長い迷路で消耗させて最後はこんな化け物で美味しく戴かれちゃうとかなんなのさ。ほんとに神様なんてどこにもいないね。もしいるんだとしたらこれ以上僕から何を奪おうってのさ。僕にはもう後は命くらいしか残っていないって言うのにそれさえも差し出せというのかな?」
彼の声には明らかに力が入っておらず、自らの人生を思って本気で神という存在に憎悪の感情すら見え隠れしている。
そんな状態の彼に対しても虹蛇は眠りを邪魔されたからという理由で襲い掛かり、むしろ眠りを妨げた彼が暗い表情をしていることに愉悦さえ覚えている。
虹蛇はそのまま彼に近づいてその巨体を使ってのしかかろうとしても力が入らないのかその場から動かないので、眠りを妨げたものには死をというようにそのままのしかかった。
その巨大な体は当然それなりの重量を持っており、その衝撃で床や土煙が舞い上がりって彼を完全に踏み潰せたのかどうかということには自分の体を知るがゆえに確信した。
虹蛇は土煙がやむまでまって死亡を確信することなく、再び目をつぶってこれからは我の眠りを妨げることがいないようにと最後にそう思うと寝てしまった。
そうして虹蛇が眠って5分ほど経ってやっと土煙が無くなったところで彼を最後に見た場所を見るとそこには誰もおらず、その巨体に轢かれてしまったのか遺体は疎か影さえもも残らないほど木っ端微塵になってしまったのかナニカの破片がそこらにあたりに広がっていた。