68話 復讐
ルートの身に『変身』の後遺症があることを確認し、エリュの心象世界を抜け出した二人はホルン侯爵と再び邂逅を果していたのだが、ホルン侯爵の憎悪からきた叫びの内容にその場がざわめきに包まれていた。
そのざわめきにはルートが取った手段には強引なところもあったことは認めつつも、十分にホルン侯爵の因果応報だと判断した貴族の嘲笑といったようにホルン侯爵の叫びの内容は恨みが生んだ妄言だと取った者たちのざわめきのほかには、
「…先ほどの言葉なのだが」
「…うむ。あれは妄言と捉えるには少々あの少年は過激すぎる」
「…ここで?」
「…後顧の憂いを断つ、ということだ」
先ほどの言葉について真剣に考えた結果、ルートを危険視している貴族同士の会話などがざわめきの一部に存在していた。
そういった会話をしているのは確かにこの王国の今後を憂う愛国者もいたのだが、残念なことに多くの者たちは自分が薄暗いことをしていたり、過去にセルファ領にちょっかいをかけた経験のある者たちであった。
そういうこともあって室内に妙な気配が流れ始めたところで、床に倒れているホルン侯爵はこの流れならと、
「そうです!そやつは危険分子、ここで逃してはいけません!!今動かない者は大切なものを失ってから嘆くおつもりですか?!それではこの者に刃は届かない!!そのことが何よりもこの私が証明でしょう!!後悔したくないのであればここで今すぐそやつを殺すべきだ!!それともあなた方はその今目の前にいる国難を容認するおつもりですか?!この国に愛は無いのですか?!」
ルートを殺すことを正当化するための文句を並べ立てる。
最初の危険分子ということであくどいことをしていた者たちは密かに心を決め、ルートを危険視している者たちは大切なものを失ってしまう前に殺すべきだという意見に心が揺らぎ、最後の愛国心を大義名分という名の言い訳を柱に心を決める。
そして密かに自分の護衛や帯びている武器に手を伸ばし、ルートに対して攻撃を加えようとしたところで、
ドゴン!!
何かが破壊されたような大きな音が室内に響く。
室内にいた者たちはその音に驚いてその音の発生源を見ると、自分たちが本心から、または建前として主君と仰ぐ王が自分の前にある机に拳を突き入れて穴を空けているという光景が目に入ってきた。
王は自分の拳を机から引っこ抜いて立ち上がると、
「…罪人の戯言をよもや本気にしたか?」
本能が理解するほどまでに王の風格というものを纏った王が平坦な声で、ゆっくりとそう言った。
その声にルートを害そうと少しでも考えていた者たちは背筋が凍るような思いをし、実際に武器を抜いていた者たちはその武器を取り落とす。
それは今のホルン侯爵をも冷静にさせることが出来るほどのものだったらしく、ホルン侯爵は一気に冷静になると今の自分が置かれている状況や家族がいなくなってしまったという現実に打ちひしがれ始めた。
そして、
「失望させるな。さもなくば主らに害をなすのはルートではなく余であるぞ」
王は一切の慈悲も見当たらない冷たい目を向けてそう言った。
その王に本気を感じたルートに武器を向けようとしていた者たちはすぐさま右膝を突いて頭を垂れるという臣下の礼を取る。
そして静かになった室内に、
「『朱月』は?」
先ほどの王の言葉に気圧されることの無かったルートがそう声を上げる。
それに対しては王の隣で座っていた宰相が、
「丁度出るところじゃ。混ざるか?」
現状を説明する。
その宰相に、
「もちろん出ますよ。条件は生きた状態で幹部数人と頭領確保でよろしいですね?」
「かまわん。できるだけ被害は出さないようにお願いしたい」
「私としてもそれは本意ではありませんので。それでは失礼」
ルートはそう言うと、腰の引けている自分たちを取り囲む者たちを一瞬だけ威圧して自分の進みたい道を空けさせて、床に倒されているホルン侯爵の前まで歩いていく。
ホルン侯爵を取り囲んでいた者たちは近づいてくるルートの顔を見て「ヒイッ!」と声を上げると、一気にホルン侯爵から距離を取った。
ルートは床に倒れこんだままのホルン侯爵の目の前で屈み、その綺麗な茶髪をグッと掴んで顔を持ち上げると、
「お前が散々下に見ていた民以下の罪人という立場に堕ちることが出来ておめでとう。精々短い人生を送ってね。出来るだけ苦しんで後悔して嘆いてただ謝罪の言葉を声がかれるまで、いや声がかれてもなお言い続けろ。それじゃあ、その存在が消えるまで苦しんでね」
そう言ってホルン侯爵の目の前で恐怖を刻み込むように暴力的なまでに荒れ狂う禍々しい魔力をもう片方の手に顕現させると、ルートは小さく、
「"呪え"」
そう呟いて、その手を顔面に打ち込む。
殴られたホルン侯爵は一瞬体が浮き、そして床に多大な衝撃とともに着陸すると、ザザザーっと音を立てて床を滑ってそのまま壁に大きな音を立てて衝突することでその勢いが止まり、歯が何本か折れて、完全にのびていた。
ルートはそれを一瞥すると、一瞬で興味が無くなったのか視線を外して扉に向かって歩き出した。
その後ろをエリュが追いかけようと走り出し、その途中で立ち止まって上に向けた手のひらから光の玉を出すと、ホルン侯爵の元までたどり着くとはじけて消えた。
それを行ったエリュはその場で貴族たちの方を見ると、
「特殊な光魔法を掛けました。効果は深夜6から10時までの間ならば体の傷が癒えるというものです。欠損までは直りませんが、槍で体を貫いた程度では死にませんので。処分はそれ以外の時間にやってください。感謝の言葉はいりませんが、その男の私の目的の言葉なら欲しいのでぜひとも有効活用してくださいね」
そういい残すと、エリュは扉を開いて出て行ったルートの後ろを追いかけて同じく扉を開いて出ていった。
疾風怒濤の展開が相次ぎ、室内にいた者たちの多くが呆気に取られているうちに話が一方的に終わらせられていたのだが、その中でもその空気に呑まれることの無かった宰相が伝令のために最初からそばに控えさせていた者に、前もって決まっていた序列三位までの騎士団と冒険者に開戦の指示を出すと、
「『朱月』の壊滅こそがあの子の復讐の最終段階。成ればよいとは思うが、なんともやり切れんのお」
誰にも聞かれることのない小さな声でそう呟いた。
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『朱月』の討伐に出るということになったルートとなぜかそれに付いてきたエリュが隣り合って歩き、王城の外を目指しているところで、
「…ありがとうね。ほんとに助かったよ」
「ううん、たいしたことない」
ルートがエリュにお礼を述べた。
というのも、ルートがホルン侯爵に対して最後に発動したものは正真正銘の"呪い"であり、蛇蝎のごとく嫌われている闇魔法の代表例といっても過言ではない。
それを使えるということが知られてしまっては、ルートとしても今後の行動に影響してくるため、隠し通せるものであれば隠し通しておきたいものであった。
しかし、ルートとしても自分の復讐相手を簡単に許すわけにもいかず、なるべく苦しんで死んで貰うためには"呪い"で永遠といやな記憶を何度も投影したり、自分の部下に裏切られて死んでしまうという悪夢を見せたりとしたわけである。
そのルートが闇魔法使いだという発見を遅らせる、または発見されないようにと、先ほどのエリュの心象世界で確認した"祝福"と"呪い"の相克を用いてその闇魔法の痕跡をエリュの与える"擬似祝福"によって隠してくれたということに対してルートはエリュに対してお礼を言ったのであった。
そして、
「で、どこまで付いて来る訳?」
「不都合?」
「いや、そういう訳じゃないけど。エリュは関係無くない?」
「関係はないけど、ここでルートを手伝っておけば恩を感じてくれるでしょ?」
「そんな打算ありきって認められちゃったらね?」
「でも手伝わないとは言わないでしょ?」
「…まあね」
こんな会話の結果、エリュはルートに付いてくることになり、
「実際助かるよ。じゃあエリュは僕が潰した幹部や頭領を回復させてほしい。正直自分を抑えられる自信が無いからね」
「分かった」
ルートはエリュに自分が暴れた結果、宰相との約束を果たすことが出来なくなってはいけないということで光魔法による回復を頼み、彼女もそれを了承する。
そしてルートは入り組んだ道を歩いてゆき、人通りの少なくなってきた薄暗い一本道を歩いて、柘榴石が持っていた『朱月』の本拠地の近くまで辿り着くと、
「君たち、ちょっといいかな?」
城下町を歩く人たちと同じような格好をした女性が前から小さく手を挙げて話しかけてくる。
それに対してルートは、
「何かな?」
王城での貴族っぽさを残した口調ではなく、普段のルートの口調で応対する。
するとその女性はルート達に近寄ってくると小さな声で、
「君たちこの先に行くつもり?」
そう尋ねてきた。
勿論そのつもりでこの場にいるルート達はそれぞれ頷く。
するとその女性は、
「今はやめといた方がいいわ。どうもさっきから兵士がウロウロしているのよ。もしかしたら何かあるのかもしれないわ。この先に目的地がないなら少し時間が掛かってもいいから遠回りした方がいいわ」
そう言ってルート達に警告を送る。
ルートはその警告に対して、
「残念だけど僕の目的地はその先なんだよね」
その反応を見た女性は一瞬小さく顔を歪めてルートに体を寄せると、自分の体とルートの体の隙間に何かを持った手を挟み込んでルートに見せつける。
そして、
「いい、よく聞いて。私はこの通り"青"の戦闘者。この先で大規模な戦いが起こることになるから離れておきなさい」
彼女はそう忠告した。
それに対してルートは笑顔で、
「そこが目的地だからね」
とそう言って笑った。
そのルートの言葉に彼女はすぐさま距離を取って懐の短剣を引き抜いてその切っ先を向けると、
「…あなた『朱月』の仲間?」
ルートはその彼女の警戒に自分の言葉が不適切だったかと判断すると、エリュの着ている軍服に付いているバッジを外して投げ渡し、
「誤解させたかな?僕はそういう者だよ。まあその紋章には見覚えが無いかもだけ「セルファ家!?ということは君はもしかして!?」…うん?」
彼女はその投げ渡されたバッジに描かれている紋章を見てそんな喜色を表した声を上げ、ルートは彼女が何かを知っているような反応をしたことに対して疑問を持つ。
すると彼女が手に持った短剣を懐に仕舞い、ルートに頭を下げると、
「ほんとうに、ほんとうにご無事で何よりです。ルート様。」
そう言った。
目の前の彼女の事を知らないルートは、彼女の反応を疑問に思い、
「どうして僕の名前を知っているのかな?」
そう問いかける。
ルートの疑問に対して彼女は、
「当然です。私はセルファ領の出身ですから。セルファ家の皆様の名前を忘れるはずがありません!」
「そんな事ないと思うけどなあ」
「…忘れるわけがありませんよ。絶対に」
彼女は小さく強い意志を込めた声でそう言った。
ルートは彼女が何を思ってそう言っているのかは皆目見当がつかないが、それでもその言葉に込められた意志を慮ると、
「それじゃあ、僕らセルファ家にとって家族の一員であると言えるあなたには久し振りと言わせてもらおうかな?」
冗談めかしてそう言うと彼女は、
「お久し振りです!」
そう笑顔で返してくれた。
そしてルートは真剣な顔をすると、
「僕は今は訳あってセルファを名乗っているけど、ここにはただの戦闘者として来ているからそういうつもりでお願いね」
そう告げた。
その言葉を受けた彼女は頷いてルートに近寄ると受け取ったバッジをルートの手のひらにしっかりと渡して、
「無茶だけはしないでくださいね。みんな待っています」
ルートの手を自分の手で覆ってそう言った。
ルートは彼女の心配するような言葉に喜びはしたが、セルファ家のことを思ってくれている目の前の彼女、ひいてはセルファ領に住む人々が自分が復讐に狂っているということを知ればきっと、そう考えてルートは自分の愛しているセルファ領に帰ることに対して少し臆病になった。
しかしルートはその胸の内を明かすことなく、表情を取り繕うと、
「きっと帰るよ。それじゃあ僕たちは行くね」
そう言った笑いかけてその場を離れる選択をする。
彼女はその言葉を聞いて、
「ええ、がんばってください!」
その応援を背中に受けてルートは『朱月』の本拠地へと歩を進めていく。
そのルートの背中をエリュは追いかけ、
「…ルートとその家族が愛した者たちでしょ。その者たちを信じるのもあなたの仕事じゃないの?」
自分の熱をルートに伝えるように肩を並べて、その隣を歩幅を合わせて歩いていく。
そのエリュの行動に彼女なりの優しさが込められているのを感じ取ると、
「…ありがとうね」
隣を歩いているエリュだけに聞こえるような声の大きさでそう告げると、その感謝の言葉に対しての行動なのか自分の肩がルートのそれと触れ合うほどまでに近寄って歩いてゆく。
ルートは触れ合った肩から彼女の暖かさが流れ込んできているのを感じると、少し口元に笑みを浮かべながら残りの道のりを歩いていった。
次はルートが完全に感情のままに暴れまわります。




