65話 ルート対エリュ
ルートがホルン侯爵の心を折りにかかり、鉄壁かと思われた笑顔を崩すことに成功すると、ホルン侯爵が絶望を知り、その結果、ホルン侯爵が自分の身が破滅するのも厭わずルートの命を狙うものの、あえなく失敗。
そうして最終兵器として投入されたエリュとルートは自分たちが本気で戦えば王都が大変なことになってしまうということを知っているからこそ場所を移すことにし、エリュとルートは王城から光に包まれてその姿が消えた。
ルートとエリュの姿が現れたのは、
「へえ。"祝福"ってこんなことまで出来るんだね」
そう言うルートが見ている景色はというと、見渡す限りの赤、黄、青の色とりどりの花畑、金色の空、そうして銀色に輝く川とこの世のものとは思えない光景で、ルートはその光景に大体の予想は付いていた。
そう言うルートに隣にいるエリュは、
「これが私に与えられた"祝福"の内の一つ、心象を投影した世界を構成する。本来人には過ぎたものよ。本当は使いたくなかったんだけどね、ルートを相手にするというならこれ位はしておかないと」
「そうだね。少なくとも僕たちが全力で戦えば地形が変わることは間違いないからね」
「あはは。間違いない」
二人は顔を見合わせてひとしきり笑うと、エリュが真剣な顔をしてルートを見ると、
「本当に引いてくれる気はない?私は出来ることならルートとは戦いたくはないんだけど」
「それは僕もだね。あれは僕の仇、エリュも同じだよね?目の前に目的がいるんだよ?何としてでも果したいでしょう?」
「そうね。それじゃあ仕方ないということね」
「仕方ないよ」
最後の交渉が決裂、お互いに何も言わずにそれぞれ離れた場所に移動すると、ルートは槍を、エリュは杖をそれぞれ構えて、
「ルート・セルファ。とってもその服似合っているよ」
「エリュテイア・ユースト。その服似合っているわ」
ルートは軍服姿で、エリュはホルン侯爵の同伴者として彼女の髪の色と同じ翡翠色のドレス姿でいたということでお互いがお互いに本心から相手の姿を褒め、最後にその言葉が嬉しかったのか同じく笑顔を浮かべて、次の瞬間、
「「はぁああ!!」」
一瞬で距離を詰めた二人が中間位置で激突。
お互いの武器が甲高い音を響かせ、激しく火花を散らせ、目まぐるしく入れ替わる息をつく間もない当たれば痛い程度では済まされない威力の武器をお互いにぶつけ合う攻防に二人の頬は自然と釣り上がる。
そうして何十合とお互いの武器を衝突させたところで大きく武器を振りかぶると、
ギンッ!!
ひときわ大きい音を立てて、お互いが相手の攻撃の威力を利用して大きく距離を取る。
そして、
「"身体強化"!!」
「『超活性化』」
二人は自身の身体能力を上昇させる魔法を使うと、
「「ぉぉおおおお!!」」
一般人が見ていたとすれば、どちらも動いているようには見えないままで、突然響いた先ほどの衝突音とは比べ物にならないほどのものと衝突によって生まれた風が周りの花々を横倒しにしていることだけは認識できただろう。
しかし、当然の事ながら二人はお互いの攻撃も見えているし、フェイントを織り交ぜるだけの余裕も十分に持っており、頭、顎、胸、腕、足と全ての部分に対して攻撃を加え、それを受け流しながら次の攻撃を放つ。
ルートの放つ突きに対してエリュが払いで応え、大きく槍を弾き飛ばしたところでコンパクトにまとめた最速の突きを放つが、ルートは弾かれた槍の勢いに逆らうこと無く加速しながら体ごと回転し回避するとその勢いのままエリュに叩きつける。
お互い長物の武器を使っているだけあって広い攻撃範囲を持っており、お互いは取り回しが辛くなるように攻撃範囲を削ってゆくということを目的として攻撃を加えてゆき、それを分かっているからこそ最大限に自分の攻撃範囲を守るように高速で移動して相手の攻撃を躱してゆく。
数十に及ぶ攻防を繰り返し、少しずつ攻撃範囲を削ってきたことで露出した部分に赤い一筋の切り傷や打撲痕といったかすり傷が目立つようになってきた。
二人はそろそろ仕切りなおしということでお互いに距離を取ると、少し上がった呼吸を整える。
ルートは素早く腰袋から一番効果が低いポーションを服用して痣を消しながらも相手の様子を伺うと、エリュの体に刻まれている切り傷は自然と血が止まり、更には傷口がジュクジュクと周りの皮膚が蠢くようにその傷口を覆って消える。
それを見てルートは厄介な"祝福"を貰っているとその特性に対して苦笑いをしていると、エリュは非常に複雑そうな顔で、
「やっぱりこれって気持ちが悪いでしょ?これが私の1番嫌いな"祝福"。これが私にどうしようもなく普通の人とは違うことを知らしめるの。傷の治りが人の数十、数百倍早いっていう私を死なない様にする神の愛とやらが私を一番苦しめるの。本当に皮肉よね」
自分の体を見ながらそう言うエリュにルートは何も声を掛けることが出来ず、
「もし神がいるなら私がこうならないようにする事は出来なかったのかな?」
エリュは自分の心象風景を映し出した世界の金色の空を睨みつける。
そして、
「私には死が許されていない。ナイフで心臓を貫こうとしても、頭を吹き飛ばそうと、絶食をしても、窒息しても絶対に死ねない。本当に歪んだ愛の形だよね。死にたい程苦しい思いをしても絶対に死ねない。これって"呪い"と何が違うの?」
ルートはまるで迷子の子供のような顔をしてルートを見つめるエリュに、
「…それって大切なこと?僕達の目の前にあるのは目的を果たすか果たさないかの二つに一つでしょ?自分の境遇について考えるのはすべてを終わらせてからじっくりと考えればいいんじゃないの?」
そうあっけらかんと言ったルートにエリュはあっけにとられたような表情になると、
「…はあ、それって思考停止じゃない?」
「確かにね。けど、僕はそんなことは気にしない。だからそんなことを考えて感傷的になっている君に僕は負けないよ?」
ルートはそう告げると、無尽蔵な魔力や濃厚な殺気を放出し、ジャケットの内側にある腰袋から次々と短剣を取り出すと、
「『磁力の手』」
ルートの短剣を50本ほど浮かべ、ジャケットを脱いでそこら辺に放り投げる。
それに対してエリュは、
「はあ、なんだか馬鹿らしくなってきたかもしれない。今は目の前のあなたを倒すことだけ考えればいい」
そう言うと、エリュも全開の魔力と殺気を解放し、
「『異常活性化』」
エリュの体が白い半透明の激しく燃える炎のような光に身を包まれる。
するとエリュの体の至るところから所々出血し始め、そして次々と再生してゆく。
自分の体を犠牲に爆発的な身体能力を得る光魔法を使う者にとっては最後の切り札、それをエリュは自分の"祝福"と組み合わせることによって強引に発動し続ける狂気の魔法。
エリュの体にはもちろんの事ながら痛覚が存在しており、その魔法を発動するということは、皮膚が裂け、筋肉がちぎれる痛みも感じる。
その痛みに耐えながらエリュは悠然と微笑んで、ルートを見る。
そして、
ドガッ!!
一瞬で移動したエリュがもはや人外の領域まで達した膂力を以て、何とか体と杖の間に槍を挟み込んで直撃を防いだルートを軽々と吹き飛ばした。
ルートは咄嗟に飛んだことによって衝撃を逃すことが出来たが、それでもなお防いだ槍を持つ手がジンと痺れる。
気を抜いてはいなかったものの反応できない速度で動くエリュに一層警戒心を強め、注意深く一挙手一投足を注意深く観察する。
次々とルートには認識できない速度で攻撃を加えてくるエリュの攻撃を何とか今まで培ってきた経験で凌ぎ、何とかエリュの動きについていけるように目を慣らす。
そして防戦一方からルートはカウンターを狙う形で攻撃をする回数が増えていくものの、それでもルートの与えた傷よりも与えられた攻撃の回数のほうが多く、次第に攻撃が服を裂いていく回数も増えていった。
このままでは自分が押し切られると考えると、周りに浮かんでいる短剣を『貫き通すもの』で射出するのではなく、ルートを中心に回る衛星のようにぐるぐると人が通れる隙間を作らないように工夫して回転させる。
それを見たエリュはさすがにこれに飛び込むことは出来ないと考えると、魔力を練り上げ、
「『氷雨』」
ルートに向かって射出、絶え間なく放つ完全に物量でそのルートの周りを回転する短剣の軌道を逸らし、あわよくば破壊を試みる。
そうしていくつもの氷の礫が短剣と衝突して砕け、はたまた短剣の衛星を越えてその奥のルートに向かって飛来する。
そうしてルートは僅かに稼いだ時間で槍の結晶に魔力を流して増幅させると、
「『土人形』」
無尽蔵な魔力にものを言わせた数百にも及ぶ『土人形』を作り出しそれをエリュにぶつける。
もちろんルートもその程度で倒せるわけがないことも分かっており、精々30秒ほど持てばいいと割り切ると魔力を体内で練り上げて増幅させる。
エリュはそのルートの完全な物量作戦に対して、
「『氷人形』」
エリュも同じく物量作戦で応える。
綺麗に二分された土と氷の戦士たちの陣営が、
「行きなさい!」
エリュの指示によって氷の戦士が突撃する形で開戦する。
動の氷の戦士に対して静の土の戦士がどっしりと構えて相手を待ち、氷の戦士の衝突を受け止めるとその後ろにいた土の戦士が動きを止めた氷の戦士を、両手を組み合わせた拳を振り下ろすダブルスレッジハンマーで砕く。
また、受け止めることの出来なかった土の戦士は氷の戦士のタックルによって体を砕かれてしまう。
そうして次第に混戦になり始めた戦場を見ながらエリュは注意深くルートの姿を探していると、
グサッ
エリュの腹から勢いよく赤い血に染まった槍が生える。
腹に刺さっている異物のせいで激痛が走り素早く辺りを見渡すもののどれもおらず、しかしエリュの本能がその場に留まることが危険だと判断して咄嗟に飛び退く。
エリュが一瞬前まで居た位置には地面から土の槍が勢い良く飛び出し、避け切れなかったエリュのドレスの一部を裂く。
エリュは警戒していたのにも関わらず自分の索敵に引っかかることなく腹を貫いたことに対して驚きながら、強引に腹の槍を抜いて捨て辺りを見渡す。
すると全包囲からいつか見た『貫き通すもの』で加速された短剣が迫り、エリュは至近の1本を杖で払い落とし、それ以外を『異常活性化』で最大限に強化された身体能力を以て避ける。
エリュは飛来する短剣を全ての避け切ったところで再び周囲を警戒して、ルートの追撃を待つが何も起こらず自分の周りをキョロキョロとあちらこちらに視線をやっていると、
「捕まえた」
何かが腕にまとわりついた感覚とともにルートの声が目の前から聞こえてきた。
警戒していた筈なのにすぐ目の前にルートがいるという状況にエリュは驚いて一瞬体を強ばらせる。
その隙をもちろんルートが逃がす訳もなく足を掛けて状態を押すことによって転ばせ、受け身を取ろうとするのを阻止して地面に押し倒し、練り上げていた魔力を『泥沼』として発動し、彼女の体が倒れる地点を泥沼状の地面に変える。
バチャリと背中から倒れ込むエリュの体が顔と一部を残して9割程度埋まった所で『泥沼』を解除して通常の地面に戻し。ついでに魔力を込めて頑丈にし、エリュの出ている顔だけがかろうじて動くという状態になるまで拘束する。
そしてルートは何とか出ようともがいているエリュを見ながら柏手を一つ打つと、先程までは全く見えなかった石の柱が3本、それぞれが上から見ると頂点になるような正三角形状に並んでいた。
その柱と柱の間には透明なテグスのような糸が足首の高さに張られており、それは腰袋に常に入っていたものの内の一つである透明な糸であった。
その透明の糸は強靭な耐久力を持っており、エリュの『異常活性化』でぶつかったとしてもそれを突破することは叶わない。
しかしその糸の耐久力がエリュと同じ速度で移動しているものであれば、その物体を切り裂くほどの耐久力を持っていると考えれば、エリュが如何に強化されているのかというものも良く分かる。
そうしてルートはエリュを拘束した上に更に周囲を糸と柱で囲ったところで、
「どうする?」
端的にそう尋ねる。
それに対してエリュは、
「…何をしたの?」
心底気になっていたルートの気配も足音といったものも含めた存在感の全てが消えたままに行動をしていたということに驚き、質問に質問で返す。
「闇魔法だよ。こういったときにだけは役に立つんだよね」
「厄介すぎるでしょう」
目を瞑って大きくため息をつくエリュは、
「ごめんね、ここからは私も本気でいく」
そう言うとルートが止める間もなく、一瞬で彼女の体が光に包まれ、
「『ウツロウセカイ』、簡単に言うと転移魔法」
先ほどまでとは立場が逆転してエリュがルートの目の前に現れそう言うと、手に持った杖を突き出してルートの体をくの字に折って吹っ飛ばした。




