64話 復讐
ルート君、今回相当ぶっ飛んでいます。
王がホルン侯爵に対して自分の治めている領地で起こっている事柄について説明を要求し、それに対して王の放った密偵の持ち帰ってきた情報とをすり合わせて説明することによって、ホルン侯爵を限りなく黒に近い立場にまで持ってゆき、そして最後の一手としてルートを召喚、柘榴石を使ってホルン侯爵のセルファ家暗殺を目論んでいた光景を集まっている貴族に対して見せ付けることにした。
そうして映像の全てが終わり、
「"停止"」
ルートがそう言って映像の再生を止めると、スクリーンがポスターのようにくるくると巻かれていって石榴石が掃除機のようにその光のポスターを吸いこんで内部に取り込んだ。
そうしてルートはその柘榴石をジャケットの内側にしまうと、王が、
「さて、ホルン侯爵よ。おぬしの答えを聞かせてもらうか」
そう言ってホルン侯爵をギロリと睨み付けた。
その視線を受けてもホルン侯爵は笑顔を崩さず、
「いやはや、あのようなものを持ってこられるとは。私の計算違いでしたね。最初に『朱月』の者たちから一人逃がしたということを聞いて、生き残りにこの世の汚さを知って貰うのも一興かと始末を頼みませんでしたが、こうして私の前に立つことになるとは」
そう言ってルートを見ながらにこやかに笑う。
ルートはそれに対して同じくにこやかに笑うと、
「所詮その程度のことも予想できなかったあなたのお陰で私は今この場にいます。一つ言わせていただけるのであれば、小物風情が粋がっていてくれてどうもありがとうございます」
そう言った。
それに対してホルン侯爵は眉を一瞬だけピクッと動かしながらも笑顔で、
「いやはや、手厳しい。まさか小物ごときに手を噛まれるとは。今後に生かすことにしましょう」
「まだ私の感謝が終わっておりませんよ?」
「そう言ってお誘いいただけるのは嬉しいのですが、私も家族を待たせておりますので」
そう言うホルン侯爵に、
「あ、家族ってこれですか?」
そう言って、ぼろぼろになった小さな髪飾りをポケットから取り出してホルン侯爵の足元に放り投げる。
ホルン侯爵は自分の足元に投げられたものを拾ってさまざまな方向から見て、それが見覚えのあるものであると気が付くと、難攻不落であった笑顔を崩して、
「…これはどういう経緯で?」
冷たい目でルートを見てそう言った。
ルートはその姿を満足そうに見ると、思いっきりホルン侯爵を見下し、嗤って、
「少しゴミ掃除をしたところでそちらがゴミに引っかかっているのを見つけまして。あ、そういえばあなたは確か4年前に結婚なさって、2年前ほどにめでたくご息女が誕生したようで。あ、王。2年前からホルン侯爵の領地で罪を犯す人の数が減っているのでしたっけ?」
「あ、ああ。発生率自体が下がっているようである」
「そうですか。あ、それでは今のお気持ちを伺ってもかまいませんか?家族を、一生懸命に働いてくれていた者たちを殺すように命じたくせに、自分の子供が出来てからはそれを失うこと自体を恐れるようになったホルン侯爵殿?」
非常に楽しそうな表情でそう言うルートを見て、王を含めてこの場にいた全員がそのルートの剣幕に、その少年が狂っているということに気が付いた。
そうしてこの場にもう一人いたはずの狂人は、ルートを血走った目で見ると、腹の底から響くような声で、
「…覚悟はいいですか?」
そう言った。
それに対してルートは王の方を見て笑顔で、
「そういえば、このホルン侯爵が起こしたことを考えれば、一家もろとも即処刑ですよね?」
「お、王国法の規定ではそうなる」
「ですよね」
ルートは楽しげな様子でその場でくるっと回って一回転して見せると、こちらを見ているホルン侯爵に、
「すみませんね。私が手を下す間もなくあなたの愛する者は、ほかならぬあなたのせいでその命を散らすことになりそうです。あ、そういえば私ってゴミ掃除をしたところでしたっけ?あはは」
声を上げて笑うルートにホルン侯爵は手に持ったぼろぼろな小さな髪飾りをギュッと強く握り締めると、
「おまえら!やってし「あ、すみません。それ借りますね。『創火』」」
ルートは"身体強化"を一瞬発動してホルン侯爵に一瞬で接近すると、手に持った髪飾りに着火する。
火がついた髪飾りは勢い良く燃え上がり、ホルン侯爵の手を炎の舌がチロっとなめて火傷を作ると、思わず手を離してしまう。
取り落とした髪飾りが小規模ながら景気良く燃えるのを見てホルン侯爵は胸ポケットから顔を出していたハンカチを取り出し、それをパンパンと叩いて炎を消そうと試みるが、ルートがホルン侯爵の腰を引っつかんでその行為を阻止する。
「は、離せ!早く消さなければ!離せぇええ!」
そう言って無我夢中でジタバタと暴れるホルン侯爵をがっしりと掴んだまま、結局その髪飾りが黒い塊と白い破片になり、炎の赤が消えるまで抑えていた。
そうしてルートはホルン侯爵の体から力が抜けてゆくのを感じると、腰を掴んでいた腕を解放する。
地面に倒れこんだホルン侯爵は泣き叫びながらその黒い塊と白い破片を自分の服が汚れてしまうのもかまわずに無様に両腕を使ってかき集める。
そうして全てをかき集めてお椀の形にした両手の上に乗せて立ち上がり、涙を流しながら歯を強くかみ締め、人を殺せそうなほどの目で鬼のような形相をルートに向ける。
その視線を受けたルートは最大限の歪んだ笑顔で、
「そう、その顔が見たかった!僕が復讐を誓った日からずっと!さて、次は何を潰そうか!そうだ、次はこのロケットなんか良さそうじゃない?ほら、こんなにも幸せそうな顔!僕から家族を奪った癖にこんなにも一点の曇りも無い笑顔!覚えも無い家族殺しの疑惑で頼るものが無くなってしまった中で3日間もこの王城で話を永遠とさせられた!セルファに帰っても僕がやった覚えも無い家族を殺したという噂で僕たちが守ってきたはずの民からすら石を投げられた!さあ!お前が侮っていた小物はこうしてお前を見下せるところまで来たぞ!そうする、小物さん?」
小躍りでもしそうな様子で歪んだ笑いを浮かべながら、しかし何処か泣きそうな様子で狂ったように叫ぶルートはホルン侯爵を見下すようにそう言った。
しかし、それを聞いていたホルン侯爵は言い終えたルートに対して研ぎ澄まされた冷たい刃のような目を向け、真剣な表情を向けると、
「なるほど、これがあなたの味わったこの世の地獄ですか。私自身、狂っているという自覚があったのに、それすら軽々と超えてくるものですね、この感情は。まったくもって度し難い。しかし、これは最後の一線をも容易に越えさせることも可能にするわけですね」
そう言うとホルン侯爵は大きく息を吸い込み、
「依頼だ!!私の護衛は要らないからこの者を殺せ!!報酬は侯爵家が持つ全ての財産だ!!」
そう叫ぶ。
すると多くの貴族の護衛が一瞬でルートの元に殺到すると、腰にぶら下げていた武器ではなく、懐に忍ばせていた何かの液体で濡れたナイフを手に持って振り回す。
いきなり襲われたルートは感情のタガが完全に壊れているという事も相まってその襲撃に驚いたものの、ルートの5年間の濃密な経験がそれらに対する最適解を導き出す。
一人目がナイフをコンパクトに横薙ぎに振るってくるのをルートはしゃがんで回避、そこにナイフを下に向けて上から降ってくるよう二人目に、小さく自分のジャケットの袖口に開けた『影部屋』を繋げて何も持たない腕を振るう瞬間に中に入っていたダダンに鍛えて貰った短剣を投擲して宙に赤い花を咲かせる。
そうして上からの攻撃が無くなった事で一瞬生まれた隙に"身体強化"を発動すると、一人目の懐に潜り込んでその腹に拳を突き出して吹き飛ばす。
そして隙間を突くように投擲されたナイフを体を捻って回避し、同じく袖口から短剣を投擲して牽制を行う。
このような動作を一秒ほどで行ったところでルートの理性が戻ってきてそのまま戦闘態勢に入る。
そうしてルートの顔から感情がスッと抜け落ちると魔力を解放する。
するとその魔力の量に飛び込むのは危険だと判断した者たちがすぐさまルートから距離を取ると、ルートは大きく腕を振って牽制しながらジャケットの下に仕込んでいる腰袋に手を伸ばし純白の槍を取り出して構える。
そして今度はルートから接近する。
神速の突きで一人仕留めると、すぐさま引き抜き隣にいた者を横薙ぎの一閃で首を切り裂く。
そうしてルートを仕留めようと懐に潜り込んできた者たちの足元の大理石の床をルートは『変形』で陥没させて体勢を崩す。
そして底を『泥沼』にしておいたお陰で身動きの出来ない者たちに止めを刺してゆく。
ルートを襲った者たちを返り討ちにしてゆく光景にこの部屋の中にいた者たちは意識を奪われていたものの、ようやくこの段階に来てから危機感が再浮上してきて、貴族たちはそれぞれ扉の方へと移動してゆき、王や宰相を囲うように宮廷魔道士長のリリーシアを始めとしたものたちが周囲を警戒する。
そうしている間にルートは全ての者に止めを刺すと、穂先に付着した赤い血を勢い良く振り下ろすことによって払う。
そして綺麗になった穂先をホルン侯爵に向けると、
「さあ、これからどうする?」
そう告げた。
それに対してブラウ侯爵は、
「まさかここまで生き残りが強くなっているとは思ってもいませんでした。確かに今のあなたには私などは木っ端以下の存在でしょう」
そう言って一度言葉を区切ると、
「ですが、いくらあなたでも神の寵児には勝てないでしょう?」
ガチン!!
ルートは槍を両手で持ってその攻撃を防ぐ。
その攻撃を放った者は次々と強力な連撃を繰り出し、ルートはそれを捌いてゆく。
ルートはその強力な連撃を捌き続け、その相手が繰り出した袈裟斬りを槍に担ぐような形で柄に滑らせると先端部分を持ってその者に向かって突き出す。
その者はルートのその一撃を後方に跳躍することによって避けるとホルン侯爵の隣に着地する。
そして、
「やっぱりこうなったわ、ルート」
「やっぱりこうなったね、エリュ」
そう言って言葉を交わす。
それを見ていたホルン侯爵は口元を大きく歪めて、
「おやあ?あなたがたはお知り合いでしたか?それは結構。楽しそうなことになりそうですねえ。お知り合いの者同士で戦う。ああ、なんという神の試練か。さてさて、セルファ家の生き残りさん?今日この日を以ってセルファの名は過去のものとなって消えるのです」
そう言うホルン侯爵に対して、ルートは、
「そうしてそっちにいるのか聞いてもいいかな、エリュ?」
「そっちこそ…ってそれは分かっているか。そうね、これは私の復讐の一環よ。ルートにだって邪魔はされたくない」
「そう言われてもね。僕としてもそいつはぜひとも確保しておきたいから容赦は出来ないよ?」
「そう言われても、私の目的の手がかりを得るまではこいつを捕まえさせるわけにはいかない」
「「はあ」」
「な!何をしているのですか!早く戦いなさい!」
死体が広がる空間で交わされているとは思えないほどにまったりとした雰囲気で、しかし中身は非常に物騒な話をしていると、ホルン侯爵がそう叫ぶ。
その叫びを聞いたエリュは杖と絶対零度の目をホルン侯爵に向けると、
「…私はあなたに忠誠を誓っているわけでもなく、縛られているわけでもない。いわば協力体制よ。なのに一方的に命令をした挙句にその態度?言っておくけどあなた以外にも情報を集めることも出来るのよ?」
「知っています。だから今この態度で言っているのですよ?その意味はお分かりでしょう?」
「なっ!?本当!?」
「ええ、これでいかがですか?」
「…嘘だったら私があなたを殺す」
「もちろんです」
エリュとホルン侯爵の間で何かしらの合意がなされると、
「…ごめんね、ルート。私もさっきの映像を見ていて協力するというのは非常に心苦しいんだけどね。私にも目的があって、それを最優先にさせてもらう」
「仕方ないね。僕も目的がもうすぐそこにあるんだ。悪いけどエリュの望みは折らせて貰うよ」
ルートとエリュはそう言ってお互いに武器を構えた。
そしてルートは、
「王、『朱月』とそこのは任せます」
そう振り返らずに言うと、
「さて、それじゃあ移動しようか。僕としてはこの王都に住む人たちに被害を出すことはしたくないからね」
「そうね。ルート、信じてくれる?」
「いいよ。それじゃあ手を握って」
「うん」
ルートはエリュの手を取ると、王やホルン侯爵の制止の声も聞かずに、
「『ウチナルセカイ』」
エリュがそう呟くと二人の姿が眩い光に包まれて、その光が消えた時には二人の姿は跡形もなく消えていた。




