60話 疑惑
ルートの持つ柘榴石が映し出した5年前の'あの日'を作り出した者たちの密談を見終え、
「"停止"」
ルートがそう言って映像の再生を止めると、スクリーンがポスターのようにくるくると巻かれていって石榴石が掃除機のようにその光のポスターを吸いこんで内部に取り込んだ。
柘榴石が映し出したものは誰として想像していなかったのか、一同全てが驚いており、人によっては「なぜ彼が?」「あの映像は本物か?」などと無意識に呟いてしまっている者もいた。
そして王は、
「ブラウ・ホルン侯爵」
先程の映像の中に映っていた笑顔の男の名を呟く。
いくら柘榴石による情報だとしても、その男がセルファ家の壊滅を図ったなど信じられない様子で、室内がザワつく。
その中ルートは、
「私は奴及び『朱月』の壊滅に動きます。奴に関しては先ほど宰相様の取り決め通りに生きて捕縛する事を誓いますが、無傷とはいかないのでご容赦を」
冷酷に告げた。
それに対して王は、
「…許可しよう」
そう言った。
その王の言葉に先程頭を下げていた面々の中でも、王に対して先程の柘榴石が投影した情報は信じられないというような言葉を投げ掛けていたのだが、
「…そのブラウ・ホルン侯爵には前々から嫌疑がかけられていた。情報源は明かせんが確かな筋からの情報で、ホルン侯爵が治める領地では盗賊などの民を傷つける者などに一度自分の命令で兵士を放ち、その結果として捕えられて処された者がどういう訳か再び罪を犯しているという報告があった」
「?どういう事ですか?」
「ホルン侯爵は罪を犯した者を処したとしておきながら密かに釈放していたのではないかという事だ。実際にその報告を聞いて密偵を放って調査を行ったところ、兵士の格好をした者が度々処刑場から出て行くのを見たそうだ。そしてその者達を追っていたところ、実際に民を傷つけているところも発見したと」
王の言葉を疑う訳では無いが、ブラウ・ホルン侯爵は貴族や王城で務めている者たちの中でも評判がよく、決して犯罪行為を見逃すような男では無いというのが彼の印象であり、そう言った犯罪者を野に放つような男では無いと信じられていた。
だからこそ柘榴石の映像が実際のものとは違うのではないかとルートの対しての疑惑の声だった。
その中、映像の再生が終わったあたりからずっと何かを考えていたらしい宰相が、
「もしや?」
と呟き、その声を聞いた王が、
「どうした?宰相よ」
と尋ねると、宰相は王の方を向くと、
「先ほどの柘榴石のものと王の言葉を合わせて考えると、罪を犯した者を自分で兵を放って捉えておきながら、再び野に放つ理由が見えてきたかもしれませんの」
「真か?」
「説明はつくかと」
「そうか。なら聞かせてもらおう」
王の許可を得て宰相が立ち上がり「コホン」と一つ咳払いすると、
「彼が持ってきた柘榴石の情報と王の言った情報が全て正しいものであるという前提で話を進めるぞ。まず、柘榴石の情報からホルン侯爵は民を自分の気分次第で扱うことの出来るものとしているということは明らか、簡単な存在として扱っておる。次に、王の情報から自分の命令で一度捕まえた罪を犯した者をどういうわけか釈放しておる。このどういうわけかという部分が理解できないということでいいですな?」
宰相はそう言うと話を聞いている者たちに視線を向けて、それぞれが頷いているのを見て取ると、
「儂はその理由を自分の気分以外で自分の民が他の者に害されるのを嫌った、言うならば歪んだ所有欲とでもいうものが働いたのではないかの?もしこの考えが正しいとすれば、他の者が自分の所有物たる民を勝手に害したことに気分を悪くして、その盗賊などの者たちを自分の命令の元で捉えさせ、その者らを何らかの方法で自分の手駒に加えた。その結果が自分の気分次第ということで、自分の手駒が自分の所有物を傷つけるということを是としたのではないかの?」
宰相が立てた推論通りの思考を行うのであれば、ホルン侯爵は完全に頭のネジがダース単位で外れていることになり、やはり以前からホルン侯爵を知る者にとっては余りにもかけ離れた人物像に、宰相の推論に筋は通っているとは考えていながらもなかなか素直に納得することが出来ず、「いやしかし」などと言っている。
その者たちに対して宰相は、
「それではお主らはあの柘榴石のホルン侯爵は正常な状態だと?」
その問いかけに多くの者は静まるものの、一人の者が手を挙げながら、
「そもそもその少年が持ってきた柘榴石自体を信頼することは出来るのでしょうか。そもそも彼は手に入れた方法も言っておりませんが?」
ルートを見てそう指摘する。
その言葉を受けた宰相はルートに対してその柘榴石の入手方法について話して欲しいと言うと、ルートは自分の手に持った柘榴石を見せながら、
「これは私が自分で取ってきたものです。攻略した迷宮は『無限』。この攻略の事実は近いうちにギルドから正式発表があると思います」
平然とした調子で言うルートに対して、室内にいる全ての者の驚きと疑惑の声が上がる。
その中で王は、
「余もお主がこの王国の黒歴史と言っても過言ではない『無限』を攻略したということは確かに信じがたいものではあるが、その言葉の真偽はギルドに問い合わせることとして、その柘榴石がどうであれ、ホルン侯爵に関しての嫌疑が晴れることはない」
そう言った。
王の言葉に、確かにホルン侯爵の嫌疑が晴れることが無いということはこの場にいる者全員にとっての共通理解となり、納得するよりほか無かった。
そして王は続けて、
「そこでだ。丁度3日後行われる王国臣下統一会議でホルン侯爵にはこのことについて答えて貰うこととしよう。おそらく3日後となればギルドの方でもルートの持つ柘榴石が本物であるの証明もなされていよう」
そう言い切った。
先ほどまでルートに疑問の声を上げていた者やホルン侯爵の凶行を信じられない者たちも王の言うとおり、本人に確かめるのが確かかと納得して頷いた。
その全員が納得しているような様子を見て王は、
「みなの納得が得られたようなのでこの話については以上としよう。当然のことだが、この話は一切の他言を厳禁とし、これを破った者は一切の容赦なく処刑する。それでは解散だ。ただし、ルート。お主には少し話がある。余と共に来てくれ」
そう言って王は立ち上がると、唯一外と繋がる扉を開いてルートを待つ。
ルートは待っている王の下へと柘榴石を懐にしまって歩いていくと、王が再び歩き出す。
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王の後ろを付いて歩いて階段を一つ上がって直ぐの部屋に案内されて中に入ると、その部屋は宰相の部屋よりも一回り大きく、調度品が立派なこと以外はソファーの配置も執務机も上に乗った書類の量も同じであった。
そしてルートに大きなソファーを薦めて座らせて、王自身も執務机の方の椅子に天を仰ぐような形で座ると、
「・・・余を恨んでいるか?」
と静かに尋ねた。
それに対してルートは、
「恨んでいます」
と静かに答えた。
その返答に王は、
「・・・そうか」
と消え入りそうな声でそう言った。
過去のルートは恨む人物が誰か分からず、ただ自分の力の無さと'あの日'の真実を知りたいという欲求に支配されたせいもあって、王を恨むことは無かったが、その結果として手に入れた柘榴石が示す真実が示した真実は貴族が犯人の内の一人だということだった。
そのせいもあって、現在のルートはセルファ家にいた者全ての壊滅を望んだホルン侯爵に、殺した実行犯である『朱月』、そしてその貴族の悪を見抜けなかった王や宰相といったこの国の上層部を恨んでいた。
先ほどの国の上層部が集まる中でルートが暴れなかったのは、偏に宰相とのセルファを守るという誓いとより強い恨みを向けているホルン侯爵が何処にもいなかったからで、セルファの民への愛と優先順位の結果であった。
ルートは消え入りそうな声を出して天を仰いでいる王に対してフォローの言葉をかけようとするわけでもなく、ただ黙っていた。
王はしばらくそのままの体勢でいると、突然それを止めてルートの顔を見ると、
「・・・頼みがある」
真剣な顔と声色で王はそう言った。
その言葉に対してルートは、
「内容によります」
「三日後の王国臣下統一会議にお主も出てくれ」
「私はどの立場で出るのでしょうか?」
「お主が望むままでよい。迷宮攻略者としてのルートとして、お主の本名としてのルート・セルファとして、はたまた別名義の者として出ても良い」
「・・・昔の名前として出た場合には私の扱いはどうなりますか?」
「元通りに王国臣下統一会議が終わっても辺境伯として就任するも出来るし、王国臣下統一会議が終わり次第、再び眠りにつかせるということも出来る。また、我々の審査も受けてもらう必要があるが、他の者に辺境伯の地位を譲ることも出来る」
ルートは王の言葉に悩む。
ルート個人としては、自分が領主になってセルファを治めるというのは、教育を受けていないという面でも自分の得手という面でもまったく考えてはいないものの、セルファという名前に愛着があるというのも事実であった。
そんなことを考えていると、
「そういえば今の私は公的にはどういう扱いですか?それとセルファは今誰が治めているのですか?」
「お主はセルファ家が無くなったことで一般人扱いにされている。セルファに関しては半ば自治領扱いになっている。というのも今まで通りに税などはこちらに納めてくれているものの、領主などは向こうが受け入れようとはせず、強引に押し付けるようならば武力で対抗すると言って来たのでな。5年前のセルファ家を調査した者からはその道のプロが行ったという報告があって、こちらとしても貴族を送るのは躊躇われたのだ」
それを聞いてルートはセルファのおそらく話を纏めたと思われる昔からセルファにいる古参の者たちの顔を思い出して、おそらく彼らが今のセルファを運営しているのだろうと少し笑うと、決意が固まり、
「当日はルート・セルファ辺境伯として出席します。その後の辺境伯としての地位は一度セルファに持ち帰って相談してみます。今のセルファの統治方法に問題はありますか?」
「分かった。セルファの統治方法は今のままで問題ない。セルファ領の者たちには今回の件で愛想を尽かされて独立されても余は仕方の無いことだろうとも思っている」
「そうですか。話は以上ですか?」
「うむ」
「それでは私はこれで」
「ああ。・・・ルートよ、余を許してくれとは言わぬ。それでも謝罪をさせてくれ。すまなかった」
そう言って深々と頭を下げ続ける王を一瞥して、ソファーから立ち上がって扉の前まで歩いてゆくと、
「・・・許すことはしませんが、その言葉は受け取ります」
そう言って部屋を出て行った。




