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真実は迷宮の中  作者: Luce
第1章『無限』
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6話 戦闘


影部屋シャドウルーム』から一気に飛び出した彼は周囲を警戒し問題が無いことを悟り、早速目的の部屋の一つ手前の部屋に向かって歩く。

その部屋に続く通路の床の状態をつま先でトントンと音を鳴らしたり靴の踵で強く足元の土を踏みしめたりとさまざまな確認をし、足を滑らせたりはしなさそうだと結論付ける。


その確認を丁度終えた頃、ついに通路の果てが見えてその先の部屋の様子が少しずつ分かってきて、部屋の真ん中には遠目からでは正確なことは言えないが人影のようなものが薄暗い部屋の中にあるのが見えた。


彼は通路から完全に抜け部屋に突入してその影に近づいていく。

その影はある程度近づいてみると二十歳程度の男性のような姿をしていて服は着ていないのが分かった。

顔はなぜか下に向けられており、その表情は窺い知れない。


彼はその影と5mほどの距離の位置まで近づくとその歩みを止め、静かにその手に持ったモノを構えた。

すると、影が先程まで顔を伏せていたを上げるとそこには目や口といった顔のパーツが一つも存在しておらずのっぺらぼうであった。

その影はその空虚な顔でこちらを見るとやがて肩をすくめ落胆したような演技をすると、己の両腕を刃物に変えて構えた。


彼は"探知"を事前に行ったため最初から気がついていたが、その影の正体はクレイジー・ヒューマノイドと呼ばれる魔物でさっきのように裸で顔を下に向けていることで心配して近づいてきた人に抱きつくかのように両手を広げ飛び込み両腕を刃に変えて刺し殺すという魔物であり、その凶悪な特性ゆえに第二種危険指定種として扱われている。


普段の彼ならば『陰身ハイド』を使って気づかれないうちに首を刎ね飛ばしただろうが、今回はそうせず真正面から相対している。


『無限』において一つの部屋に最低でも一匹は確実にいるのに対して目的の大部屋には魔物の一匹も存在しておらず、彼の一ヶ月以上の経験がそれを確かに異常だと明確に告げている。

そういう理由から万が一戦闘になったときのために戦闘を一度行っておこうと考えた。


彼は『影部屋シャドウルーム』で準備した通りの格好をしているが、その手に握られているものはいつものナイフではなく、一本の槍である。

その槍は彼の髪と同じ純白で穂先には刃渡りが30cmほどの刃物が取り付けられていて、柄は1.5mほどの円柱状のもので石突の部分には透明な茶色の結晶が取り付けられている。


この槍を『無限』で取り出すのは初めてで、彼のメインウェポンを出さなければ相手にならない相手がおらずナイフで事足りたと言うことが一番の原因である。

毎日『影部屋シャドウルーム』で訓練は行っていたので扱いそのものは忘れてしまってはいないが、戦闘での使用感が鈍ってしまっていないかが少々心配であった。


クレイジー・ヒューマノイドと彼は互いに相手の様子を伺い、意図的に隙を作り出したりと一挙一動をもって牽制しあい、端から見れば停滞しているように見える状況ではあるが彼らの間ではその限りではない。


やがてこの状況に痺れを切らしたのかクレイジー・ヒューマノイドが一気に距離を詰めるためにそのまま走る。

相手よりもリーチの長い彼はそれに対して槍の長く持ち相手の腰の位置の高さを横一線の薙ぎを以って迎撃するが、相手はそれをより姿勢を屈めることによって回避、そのまま滑り込むようにして彼の胴体めがけて右手を大きく引き、突き刺そうとしている。

彼は空振った槍の持ち手を中ほどに持ち替えると手首を基点に回転、そのまま勢いを保持、いや加速させて石突き部分で相手の顔面を狙う。

相手はそれを左で防ごうと構えるが、防いだ腕からは想像していた以上の衝撃によって体が宙に浮く。

クレイジー・ヒューマノイドは無理にその衝撃に逆らうことなく従うと、彼の一閃が宙に浮いた体に追撃を加える。

相手は空中で体をよじることによってかすり傷程度で済ませるが、彼の刺突はそれでは不十分と言うように連続で相手の命を狙う。

どうにか連撃を両腕で捌ききり着地するが、彼のそれは留まることがなく相手は後退を強いられる。

彼は次々と刺突と薙ぎを繰り返し攻勢を保ち続けるが、なかなか相手の防御を突破することができずにいる。


そうして何十にも及ぶ攻撃の交差が繰り返されていたが、相手が体勢を崩しここを好機と見た彼は槍を大きく引き絞って相手の右肩に向けて放つ。

その勢い良く放たれた彼の刺突をわざと誘い出した相手は、半身になる勢いそのままに一回転して攻撃を避けると彼を抱きしめるかのように大きく刃物の両腕を広げ、すばやく近づき、その両腕の直径を狭める。

その状況にまんまと刺突を誘われたと心の中で舌打ちして無傷でこの攻撃を避けるのは不可能と判断すると、彼はいろいろと諦めた。

それは槍の技術だけで相手を圧倒しようということと魔法を使わないように戦おうとすること、そして、


相手の土俵で戦ってやるという驕りに近い何かを。


彼はこの『無限』で魔物と戦うことによってあまりの弱さに正直拍子抜けしており、メインウェポンである槍を使わずにサブウェポンであるナイフの使い勝手の良さに溺れた。

この程度の魔物しか出ない迷宮であるのならばこの程度の武装でいいといつの間にか己惚れてしまっていた。

修行をしていたときには常に弱者の立場であった彼は『無限』において強者であることに胡坐を掻いていた。

自らの本懐を忘れていた驕った自分、そのツケが今のこの状況というわけなのであろう。


だからこそ彼はここから弱者に戻らなければならない。

弱者たる己のすべてを以って、強者に牙を立てる。

そのための手段を修行で身に着けたのだから。


そうして弱者に戻った彼はこの状況になってこそ嗤う。

ここからが弱者の戦い方だと。

彼は槍に魔力を流す。そして、


「『石弾ストーンバースト』」


そういうと彼は持っていた槍を落として、魔力を右手に集めて相手に向かってかざす。魔法の存在をまったく考慮していなかった相手はその魔法をまともに腹部に食らい、勢い良く吹っ飛ぶ。

その衝撃を腹部に受けながらも着地すると奇しくもそこはクレイジー・ヒューマノイドの初期位置で、彼も自分の初期位置に戻っていた。

すると、


「僕も君も初期位置に戻ったわけだけど、これは仕切りなおしと言うことでいいよね?ま、口の無い君になにをいっても仕方が無いかな。それはそうとして僕は君にお礼を言っておくよ。ありがとう、お陰で僕は僕のあり方を思い出せたよ。気づかせてくれた君《強者》には申し訳ないけどここで僕《弱者》の糧になってもらうよ」


彼は耳も無い相手にそういうとおもむろに腰袋に手を突っ込むと数本のナイフを取り出す。

彼はそれに魔力を纏わせると、ひとりでにナイフがふわふわと宙に浮かび上がる。


磁力の手(マグネットハンド)』-魔力の性質を磁性に変化させた物体を土魔法に分類される磁力を制御し、手で操っているようにその物体を自由に動かす魔法である。


その『磁力の手(マグネットハンド)』によって周囲に浮かんだナイフに、そしてそれらを浮かせた彼に対してクレイジー・ヒューマノイドは警戒心を強め、彼は魔法を使えると言うことを改めて再認識した。

そして彼は、


「ごめんね、これからの僕は相当ひどいから」


そういうと彼の周りに浮かんでいたナイフの数々の姿が消える。

彼は『陰身ハイド』をナイフに対して使用し、その姿を隠す。

相手はその様子に驚き、見失うほどの速度を出したのかと思い周囲を警戒していると、突然顔に一筋の線が走る。

その意味の分からない状況に相手は驚きあふれ出る恐怖心を必死に押さえ込み、彼の視線を見ればその軌道が分かるのではないかと彼を見やる。

彼は初期位置から動いてはいないがその目は縦横無尽に動き回っており、その目線の先にナイフがあると仮定した。

その予想は当たったようで、彼の目が相手の一部を見据えるとその部分に線が走った。


傷を負いながらも予想が当たったことで対策が可能と考えた彼は恐怖心を心の奥に仕舞いこむとその視線から逃れるように動き回りながら、円弧を描くように彼に向かって接近する。

上下左右と三次元的な動きでその視線を掻い潜り、ついに彼の1m手前ほどまで近づいたときに彼の目が相手の右方向に向けられているのをみてふと疑問が浮かび上がった。


なぜここまで近づかれているのに私のほうを見ないのだと。

そういえばコイツの槍はどこに行ったのだと。

コイツの槍を最後に見たのは私の両腕から逃れるための魔法を発動するときだったと。


そして、コイツはその時に槍に魔力を流してはいなかったかと。


そう疑問に思ったクレイジー・ヒューマノイドに尋常ではない速度で飛んできた純白の槍が飛来し、その頭部を引き千切り部屋の壁に縫い付けた。

頭部を失ったクレイジー・ヒューマノイドの体は力を失い、薄暗い部屋の床に身を投げ出しその動きの一切をやめた。


「だから言ったでしょ?僕は相当ひどいって。あ、耳が無いから聞こえてなかったかな」


今まで使わなかった魔法を突然使うことによって相手の意表をつき、その意表を食い広げるかのように宙にナイフを浮かべその姿を消すことによって、槍の存在を極めて希薄なものにした彼はもう動かない相手に向かってそう言った。


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もう一つの連載作 テーマは独善の投影。
「辻ヒーラーさんは今日も歩く」
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