59話 真実
民と共にあるというセルファ家の家訓を馬鹿にしたばかりか、死んで当然とまで言った貴族はルートによって首を軽く刺され、その貴族が倒れこんだところに腹部に一撃を加えると、最後のおまけとばかりに手に持った短剣を勢い良く振り下ろそうとしたところで、
キンッ!
赤いものがルートの視界に入り、振り下ろした短剣の行く末が貴族の男からその隣の床に変わり、深々と突き刺さる。
そして、
「弾き飛ばすつもりで剣を振るったのにも関わらず軌道を逸らすだけで精一杯であった」
ルートの短剣を逸らしたのは"身体強化"を発動した王で、どこに持っていたのかは分からないが、鞘に刀身を収めたままのショートソードの柄を握った状態でそう言った。
ルートは自分の振り下ろした短剣が床に深々と刺さっているのを力を込めて引っこ抜くと、短剣の軌道を変えた王を見て、
「どうして止めるのですか。コレにそれほどまでに価値がありますか?」
そう言って短剣の先端を床に倒れこんでいる貴族の顔に向けると、その貴族は情けない声を上げて自分を守ってくれた王に希望の眼差しを向ける。
その視線を受けた王はその貴族をゴミを見るような目を向けながら、
「それに価値はない。止めたのは汝にはそれを処理するだけの大義名分が無く、それを処理するのは余が自ら行うべきことであろう」
そう言って王は先ほどまでに鞘に納められていた剣を抜き放ち、曇り一つ無い刀身をその貴族に向けて、
「選べ。余の裁定に大人しく従うか抵抗か。二つに一つだ。他の答えは聞かぬ」
「お、王よ!その小僧と今までこの国の発展に貢献してきたこの私、考えるまでも無いでしょう!」
「お主は抵抗を選ぶというわけだな?残念だ」
そう言うと王はその貴族に向かって剣を素早く振るう。
その太刀筋は一切の歪みが無くその貴族の右腕を肩から肉も骨を綺麗に断ち斬って切り離す。
そして切り離された腕がストンと床に落ちると同時に血が吹き出て、その貴族は体内から血が勢い良く抜けていく感覚を覚え自分の右腕が切断されたということを認識すると、焼け付くような痛みのせいか気絶して床に倒れこんだ。
王はその床に倒れこんで気絶している貴族を見ながら、
「頼む」
王がそう言うとその貴族に対して一人の女性が近づき、
「『彼の者に救いの手を』」
その言葉と共に光が宙に浮かび、血が勢い良く出ている切断面に触れてその光が膨張してその傷口を覆い隠し、その光が消えるとその切断面は綺麗にふさがっていた。
その女性が続いて断面から出た血溜まりに手のひらを向けると、
「『水操作』」
血液の集合体はふわふわと宙を浮かび上がる。
突然のルートと王の行動と容赦の無さにその貴族と同じく王やルートに対して声を上げていた者たちは一斉に口を閉ざして小さく震えており、頭を下げていた者たちはその貴族に対して王と同じくゴミを見るような目を向けていたり、青筋を立てていたりとした者たちがおり、誰も言葉を発することの無い、緊張感と怒気で静寂がこの部屋の中を満たしていた。
その雰囲気の中、不意にコンコンコンと扉がノックされると「失礼します」と中に入ってきた執事服の男二人が入って来ると、一人は足音も立てずに床に横たわって気を失っている貴族の元に歩いてゆき手に持っていた木製のバケツを宙に浮かんだ血液の集合体の下に置いて、その貴族を持ち上げる。
もう一人の男は手に持った50枚ほどの紙の束を王に手渡すと一礼して下がり、その貴族の切り離された腕と彼女が宙に浮かべた血液の集合体の全てが収められたバケツを手に持つと、本体を抱えている男と並んで部屋を出て行った。
パタンと扉が閉まり、少し鉄臭い匂いが残る室内では王が先ほど渡された紙の束をぺらぺらと捲る音だけが聞こえ、そして最後まで読み終えるとその紙の束を持ったまま自分の席に戻って席に座る。
そして、
「奴のようになりたく無ければ口を出すな。丁度余の元にあ奴の正当な処分理由も届いたことだ」
そう言って紙の束を顔の高さまで上げて見せる。
その紙の束が明らかに先ほどの貴族の情報についてだけのものとは到底思えないほどに分厚いということを見ると、先ほどまでは勢いの良かった者も大人しくなって座り、額には汗がじんみりと滲んでいた。
王はやけに静かになった者たちの顔を覚えて半分以上が白紙の紙の束をテーブルの上に置いて、ルートに向かって、
「お主の家族やセルファの民を馬鹿にする者は先ほどのように処分するのでな。然るべき処理をした後に奴隷として国外追放とする」
王は紙の束とそれぞれの顔に交互に視線を向けてからルートを見てそう言うと続けて、
「それでは随分と時間が掛かってしまったが、お主の柘榴石に収められた五年前の真実を見せてくれ」
ルートはその王の言葉を一先ずは信じることにして、守られない場合は目の前の者を捻ればいいと考えると、
「はい」
ルートは懐にしまっていた柘榴石を取り出すと、
「"起動"」
その言葉を起点に内部の白い光が赤い石の内部で前号左右に揺れ動き始める。
「"再生"」
頭の中で'あの日'を演出した黒幕の存在を再生するように念じると、光が柘榴石から抜け出し、部屋の入口付近に浮いてベタリと広がって白いスクリーンが出来上がり、次々と色付いてゆき薄暗い室内かスクリーンに浮かび上がった。
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薄暗い室内を照らすのはテーブルの上に置かれた1本の蝋燭のみで、放つ光は壁にその部屋に集まっている3人のたゆたう影を映し出していた。
そして、
「よく参られた、『朱月』殿」
「…依頼は?」
一人がソファーに座り声を発し、テーブルを挟んだソファーに座っている一人がそれに答える。
「まあまあ、そう結論を急ぎなさるな。これからの我々の関係のためにも親睦を深めようではないですか」
「…先に依頼の確認を済ませておく方がいいだろう。私はここにはいないことになっているのだから」
「確かにそうですねえ」
親睦を深めようと言ったのは常に笑顔が絶えない20代後半くらいに見える男で、それに応対しているのは全身真っ黒の服装で、目元だけが出ている頭巾をかぶっている性別不詳の者であった。
そして指摘をされた笑顔の男は、「ははは」と笑うと、
「依頼は簡単、期間は無期限、セルファ家の屋敷にいる者全員の殺害です」
「…高く付くぞ?」
「ええ、構いません。それでセルファ家が潰せるのであれば問題ありません」
笑顔の男はその以来の内容に対して悦楽や憎悪といった表情も見せることなく、ただニコニコと少し楽しそうな声でそう言った。
性別不詳の者は今まで居なかったタイプの依頼人に僅かな新鮮味を感じながらも暗殺者として、
「…白金貨3枚」
「思ったよりも安いですねえ。それでは私から十分な準備が整えられるように支援させていただきましょう」
テーブルの上に置かれたのは1枚の白金貨で、性別不詳の者は準備金としては破格の金額に内心で驚いたものの、それを手に取って爪で表面を削ってみたりと確かめて全てが本物だと判断すると、それを懐にしまう。
セルファ家暗殺の報酬として提示されたのは身に余る贅沢をしなければ十分に生きていけるだけの金額が提示され、その準備金として渡された金額すらも高額であった。
「…有難く頂戴しよう」
「ええ、どうぞ。ところで」
ギンッ!
「おお、お見事です」
「…何の真似だ?」
笑顔の男の後ろに立っていた男が意識の隙間を狙って放った黒塗りのナイフを性別不詳の者が苦もなく弾き、すかさず戦闘態勢を整えて全開の殺意を笑顔の男に向けて叩きつけながら問いかける。
「これでも私の手勢の中でも随一の者なのですが、相手になりませんか。いやはや、失礼。私としても依頼を失敗して頂くわけにはいかないのでね。しかし噂に違わぬものですねえ、『朱月』殿」
「…お褒め頂き光栄だが、我々は侮られるのが嫌いでな。我々『朱月』という刃の柄を握ったつもりなられては困る」
今まで葬った者は数知れず、その経験が培った殺気を柳に風とばかりに笑みを崩さない男に、性別不詳の者は殺気を向けても無駄だと判断すると、殺気を霧散させてそう告げた。
「それは失礼しました。それではお詫びと言ってはなんですがこの者を貸しましょう」
そう言って自分の後ろにいる何も話さない男を手で示す。
「…必要ない」
「そうですか?家族構成に使用人たちの配置、大体の強さから部屋の位置まで、そういった情報は欲しくはないですか?」
「…その程度の情報など我々に掛かればすぐに集まる」
「この者は礼儀作法から炊事洗濯掃除といったあらゆる技能を収めておりまして、更にこの者がヘマをした所で、前もって働かせていた貴族家の信用が落ちるだけですし、我々との繋がりは話す前に死ぬように訓練させております。それに内通者はいるに越した事は無いでしょう?あ、そうです。心配なのであればあなた方が暗殺を実行する時に一緒に始末して頂いても構いませんよ?」
笑顔の男は後ろの男を好きに使ってもいいと許可を出す。
性別不詳の者は実際に後ろの男の腕を見て、そこまで使い勝手の良い駒なのであれば作戦に組み込むのも問題がないかと結論づけると、
「…こちらが求める実力が伴っていれば使わせてもらおう」
「使えなければ使わなくても結構ですので」
「…当然だ。足手まといに命を預けるような酔狂なマネはしない」
そう言って性別不詳の者は後ろの男に鋭い視線を向けるが一切反応せず、まるで人形のような奴だなと思いながら、
「…それでは認識の統一だ。依頼内容はセルファ家とその館で働いている者全ての殺害。期限は無く
、報酬は白金貨3枚で支度金に白金貨1枚。実力を確かめてから十分なものと認めた場合には、内偵にその後ろの男を使う可能性もある。コレでいいか?」
「ええ、問題ありません」
「…契約成立だ」
「ええ、契約成立です」
笑顔の男と性別不詳の者は契約が成立したということでお互いに手を差し出して握手を交わす。
そしてその握手も終わり、性別不詳の者が今回のターゲットのセルファ家についての話を笑顔の男から聞き、情報収集を図っていたのだが、
「…ところで一つ聞いてもいいか?」
「何でしょうか」
「…どうしてそこまでセルファ家を狙う?お前からはどうにも恨みなどの感情が感じられないのだが」
そう性別不詳の者が尋ねると、笑顔の男は、
「それですね、あの家の考え方が不愉快だからです。せっかくあれほどまでに金を生み出す土地を治めているのにも関わらず、やれ民と共にあるだとか抜かして搾り取れるものも搾り取らない。なんと嘆かわしいことでしょうか。民など適当にエサを与えておけば泣いて喜んでこちらを崇める。そしてその名声が広がってゆくとさまざまな者がやって来て、結果的にこちらの利益になる。少しくらい傷つけたところで一度広まった名声は曇らない。これほどまでに簡単な存在に対して同じ目線に立つなど」
笑顔の男はハァと深くため息をつき、そして次の瞬間、その笑顔をより一段と深いものにすると、
「そこまで民と共にありたいのであれば、その意志を尊重しましょう。民を愛するというのであれば、その意志を尊重しましょう。ならばその志を持つセルファ家を私は民と同様に扱いましょう。民であるのなら、私の気分次第でどうぞ、刈られてください。そしてその民と共にあるというセルファ家という大黒柱が倒壊したセルファ領は一体どうなるのでしょうかね?非常に楽しそうではありませんか?」
楽しそうに語る言葉に、性別不詳の者は目の前の男に対する警戒度を引き上げると、
「…そうか」
とだけ言うと、ソファーを立ち上がった。
その行動に対して笑顔の男は、
「おや、もうお帰りですか?いい酒が手に入ったのですが」
「…結構、それは私たちの報酬につけておいてくれ。そいつは連れて行ってもいいのか?」
「酒の報酬、確かに約束しましょう。ええ、この男は持って行って下さい」
「…分かった。次はその男が使えるかどうかの報告に来る。連絡は例の方法で」
「ええ、分かりました。あなた方『朱月』の腕は信じておりますよ」
笑顔の男の言葉に答えることなく後ろの男に「付いて来い」と言うと、月の光が差し込む窓を開けて外に飛び出し、それを追って後ろに控えていた男も飛び出して、すぐに姿が見えなくなった。
ただ一人、笑顔の男だけ残された室内には二人が出て行った窓から入ってくる夜風をしばらくの間感じていたが、少し体が冷えたのか立ち上がって窓を閉めて蝋燭の炎を消す直前に、その笑顔の男の視線が一点に止まり、ニヤアという効果音が似合うほどの笑みを浮かべると、次の瞬間に炎が消えた。
ちなみに王の裁定の場合は、王宮に勤め始めた所から記憶が消去され、国外追放というものでした。




