57話 王城
王都のギルドマスターのアレンシアに虹蛇の情報とルートが起こす騒ぎの原因を説明し、ルートが取ろうとしている行動の原点を確かに知られてしまったものの、彼女に止められることは無く、ルートは少し安心した。
彼女との話に決着をつけたルートは、先ほどルートの応対をした女性職員の口を塞いでおくようにと頼むとギルドを出て行く。
そうして次に取る行動としては、ルートの目的の一段階目及び二段階目の騎士団の動員といった今後の予定を左右するこの国の王に対して面会を要求することにした。
ギルドでは2時間程度時間を使っていたようで、だいたい時間も正午ということで食べ物を売っている露店が活気に満ちているようで、ルートは先にご飯を食べてから王城へと謁見に行こうと考えた。
そこでルートは様々な露店を見て回っていた所、不意に鼻腔を刺激する匂いを感じ、足をその匂いの発生源へと誘う。
その匂いの発生源には、大きな串に香辛料が効いたスパイシーなタレに漬けた肉を層になるように重ねて刺してゆき、それを側面から熱を放つ魔道具で炙って、その肉をナンのように袋状になる薄っぺらいパンに野菜とともに挟んで提供するという、いわゆるドネルケバブのようなものを売っている露店があった。
この王国では採れない香辛料をふんだんに使っているということで銀貨1枚と下手なナイフよりも高い値を張るものの、それを押し殺して余りあるほどのえもいえぬ香りが痛烈にルートの食欲をかき立て、同じくその香りに誘われた者達がなす行列の後ろに並ぶ。
ドンドンと行列が消化されていくと共に、それを購入した者達が大きく口を開けて噛みちぎり頬をパンパンに膨らませ、満足気な表情をして咀嚼し鼻息を荒くしている様子を見てルートは一刻も早く食べたいという気持ちから少し前のめりになっていた。
そうしてついにルートの順番まで回ってくると、
「らっしゃい!オススメはコイツとコイツに合う飲み物のセットだ!」
「それじゃあオススメで」
「おう!占めて銀貨1枚と銅貨5枚だ!」
「はい」
「確かにに受け取った!先に飲み物を渡しとくぜ!コイツは少し待ってろ!」
元気の良い笑顔の兄ちゃんが計6枚の硬貨を受け取り同じく硬貨がたくさん入った箱に半ば乱暴に投げ入れて木製の白い少しだけドロっとした液体が入った500ml位のカップを手渡す。
ルートはそれを受け取ると少し口を付ける。
白い少しだけドロッとしたものの正体はヨーグルトで、ルートが感じたのはヨーグルトの酸味と僅かな塩っぱさで甘さは一切無いもので、アイランと呼ばれているトルコに古くから伝わる飲むヨーグルトに近いものであった。
ルートはこの飲み物はあまり美味しくないなと思いつつもチビチビと飲み進めていると、
「あいよお待ち!って坊主、それはコイツを食べた後に飲むんだぜ。それだけだとあんまり美味しくはないからな!んじゃ次の人!」
そう言って兄ちゃんに前に買って行った者達が手に持っていた具材が入って大きく膨らんだパンを手渡してにこやかに笑う。
ルートはそれを受け取ってその列を離れ、そして飲み物のことは一旦横に置いて、お待ちかねのドネルケバブのような物に大きく口を開けてかぶりつく。
香辛料の効いたスパイシーな香りとピリッとする軽く舌の痺れるような辛さと使われている肉が持つうまみのある肉汁、さらにその肉汁のくどさが周りの野菜のもつ水分によって打ち消されていて、さらに野菜のもつシャキシャキとした食感が楽しく、そしてそれらを包み込む薄っぺらいパンの少しモフッとした食感がすべてを受け止め、確かな幸福感が口いっぱいに広がる。
そしてルートは兄ちゃんが言っていた通りにあまりおいしくないと感じたさきほどの飲み物を口に含む。
すると口の中に残る肉のタレを程の良い酸味と塩っぱさが喉の奥へと追いやり、口の中の状態がすっきりとしたものになる。
そしてそのフラットな状態に戻されたところで再び香辛料のスパイシーな匂いがまた自身を口内へと運ばせる。
そうして次々と口の中に運んでゆき、いつの間にか手の中からそれは消え、そして残ったのは胃を膨らませているわずかな質量と十分すぎるほどの幸福感と満足感であった。
ルートはお腹が膨れたところで、『創水』で小さな水の球を作り上げて手を洗い、適当な布で水気をとったところで、そろそろ目的である王城へと向かって移動することにした。
そしてスムーズに謁見が叶うようにと腰袋から柘榴石を取り出すと懐にしまいこんだ。
王城の位置を知ることは容易く、全ての大通りは門から王城まで一直線に伸びているため、適当な大通りに出てその片側の果てを確認すれば2分の1の確率でそこに王城があり、もしそこに王城がなかったとしてもその方向を向いたままムーンウォークでもすれば辿り着く。
そして大通りを進み、ルートが純白の曲線的な外見が特徴的な広い王都の中でも一番高く広い建築物たる王城へと辿り着くと、その王城の周りには堀があって簡単には入れないようになっており、その王城と城下を繋ぐものの姿はどこにも見当たらず、違和感を覚えるのは完全武装をした兵士が三人一組になって何かを守っているように見える魔力が感じられる一角だけであった。
ルートは五年前にここを通って'あの日'についての話を強制されて王城へと召還されたことを思い出しながらその兵士たちに近づいてゆく。
向こうもこちらに堂々と迷い無く近づいてくる防具を身に纏っている小さいものの戦闘者然としているルートを見て警戒を強め、それぞれがルートに向かって槍を突き出して、
「これより先は我らがアルヒオール王国の王が住まう王城しかない。如何様か?」
そう冷静に、そして注意深くルートの様子を伺いながらルートに用事を問いかける。
そこでルートは昔の貴族然とした雰囲気を身に纏うと、
「私はルート、王への謁見を求める」
そう言うと兵士同士は目でお互いに素早く王への謁見を求めるものが来るといった情報やルートの顔と一致する貴族などがいるかどうかの確認を行い、そしてそれぞれに一致するものの覚えがないという結論に至ると、自分達の持つ槍をルートに一層近づけて、先ほどまでは一人分ほど開けていた距離を皮膚に触れるかどうかというところまで突きつけると、
「・・・残念だが王への謁見の予定は無い。事前に連絡もしていない汝が我らが王に何を以って謁見を求める?」
その返答次第ではこの場で貴様を刺し殺すという意思を込めてルートを強いまなざしで見つめる。
それ対してルートは、
「その根拠を取り出しても?」
触れるか触れないかというところに槍を突きつけられているかどうかなどまるで気にしていない様子で堂々とした様子でそう告げる。
兵士達は目の前にいる少年の胆力に、自分達の最大限の警戒を向けるべきだと人格面についてはさておき、少なくとも実力においては危険だと判断した。
それでも少年が謁見の連絡を入れることなくこうして自分達に直接伺ってきたということから、少なくともそれだけの用事があるのだろうと判断すると、
「よかろう。ただしこの状態のままだ。その根拠はどこにある?」
「私の懐にある」
「そうか、こちらでそれを探らせてもらうが問題ないな?」
有無を言わせぬその言葉にルートは一つ頷くと、代表してルートの相手をしていた男が槍の持つ位置を器用に変えてその穂先をルートに突きつけたまま懐を探る。
そうして懐を探っていた彼の手に何か硬いものの感覚が伝わり、それがルートの言う根拠なのだろうとそれを引っ張り出す。
ルートの懐から抜かれた男の手には柘榴石が握られており、それには引き抜いた男も、同じくルートに槍を突きつけながらそれを伺っていた二人の兵士達も同じく驚いていた。
そしてその男の手に握られた柘榴石の存在によって、兵士達は目の前の男が何をしに来たのかを悟るとその突きつけていた槍を引く。
そして、
「汝の用向きは理解した。しかしこれだけでは王への謁見とまでなることはないだろう。それでもいいなら王城の者に連絡を入れよう」
「なるべく位の高い者と話がしたい」
「それだけのものなのだな?」
「少なくともこの国に多少なりとも混乱は起こるだろう。これは新たな柘榴石だ」
「分かった。伝えよう」
一気に兵士達が警戒を緩めてルートに対してこういった対応になったのも、柘榴石を手に入れることが出来るほどの者、財力であったり武力とした何らかの力を持っているということが簡単に想像できるからである。
それにルートが言うとおりの新たな柘榴石を持っているとあれば、それは未攻略の迷宮を攻略したということに他ならず、王国も把握していない情報を手に入れるチャンスと言っても過言ではなく、それは身元の分からない者を王城に招き入れるというリスクを犯してでも欲するものであった。
先ほどから応対していた男は自分の胸についた王国の西洋のイメージするトカゲの進化系の竜を背景に双剣が交差している紋章に魔力を流して、その紋章が一種の連絡が取れる電話のような役割を果たす魔道具になっており、それを使って王城内のものと連絡をとる。
そしてその連絡がついて許可が下りたようで、連絡を取っていた男に「少し待っていろ」といわれ、大人しく待っていると、堀に張られた水の水面がプルプルと揺れ始め、その水面に映る何かの影がどんどん大きくなってゆき、ついにはそれが水上に姿を現す。
堀の底から現れたのは欄干には有名な彫刻家が彫ったものなのか見事な竜が設置されていたりとした石で出来た橋で、それは堀の底に沈んでいたはずなのに不思議なことにどこも濡れてはいなかった。
そしてその先の王城側から5名程度の兵士が歩いてきて、ルートの目の前までやってくると、
「あなたがルート様ですね。我々がご案内いたしますので勝手に動き回らないでください。その場合は我々としても誠に不本意ですが実力行使をせざるを得ませんので。それでは大人しく着いてきて下さい」
その兵士達は真面目な顔をしてそう言うのだが、彼らの目の奥に宿る戦闘者如きがという侮蔑や軽視といった感情はまったく隠す気もないらしく、言葉の節々に一々棘を織り交ぜてルートを取り囲むような位置取りをすると、少し早足で王城へ向けて歩き出した。
王城と城下を繋ぐ沈んでいた橋を渡ったところでルートは少し立ち止まって近くなった白亜の城を見上げてみるもののちっとも5年前から変わっておらず、復讐に狂った自分と代わり映えのない王城に自分達だけが時間に置き去りにされてしまっているのではないかという錯覚に襲われた。
そんなことを考えているとルートの先導をしていた兵士は首だけ振り返って、
「少し歩く速度が早かったですか?この程度について来れないなど本当に戦闘者というものはまったく。遅れないように着いてきて下さい」
もはや隠す気も無くなったのか、口元を少しゆがめてそう言う兵士は一々肩をすくめたりと小芝居を挟んでルートを挑発しているようで、もう一度歩き出したその速度も先ほどまで歩いていた速度と同じ速度であった。
ルートはその兵士の言葉や態度に苛立ちを覚えることも無く、ましてや希望や期待などを寄せることもなく、ただ自分の生まれたこのアルヒオール王国は自浄作用も働かない水の腐った池のようなものだと感じ、ここで生まれた国に対する義理立てといった最後の迷いを捨て去った。
自分の挑発じみた行動に乗ってこないルートに兵士は一つ舌打ちをして、一応は職務を全うしなければならないということでルートの用件を伺う者のところへと少し早歩きで案内する。
そうして王城の内部へと入り、高い天井から吊り下げられている巨大なシャンデリア、見事な初代国王の威厳に溢れる絵や精緻な細工のされている置時計などの調度品などがそこらじゅうに置かれているまさに豪華絢爛を体現したといわんばかりの広いエントランス。
そこに敷かれた真っ赤なカーペットの上を歩いて大きな階段をのぼり、一度では覚えられそうに無いほど入り組んだ廊下を歩き、ついに、
「ここがあなたの持つちっぽけな情報を聞いてくださる御方が待つ部屋だ。くれぐれも無礼な真似はしないようにな。そのときには私たちがあなたを、わかりますね?」
腰に差した剣を少しだけ鞘から抜いてそう言う兵士にルートは少したりとも反応を返さず、その様子にまた一つ舌打ちをして、目の前にある重厚な黒い扉をトントントンと叩き、
「お客人をお連れしました」
扉の奥にいる者に聞こえる程度の声でそう言うと、中から、
「入れ」
という声が聞こえ、その言葉に兵士たちは、
「「「失礼します」」」
声を揃えて、中心に据えたルートを押すように中に入る。
ルートが入れられた部屋はほとんどギルドマスターの部屋と同じような構造で、違いがあるとすれば執務机の上に置かれた書類の量がより多いのとその部屋の主が男性であったことだけであった。
そしてその部屋の主は自己紹介をしようと顔を上げたところで、兵士たちに連れられて来た人物を始めて視界に収めると、
「お、おまえは!生きておったのか!」
とカイゼル髭の50代ほどのキチッとした男がそう驚いて叫んだ。




