56話 秘匿事項
ギルドマスターの髪の色を緑から金に変更。
特に大きな意味はありません。
ルートのギルドカードに記載されていた特級危険指定種についての話を聞きたがったギルドマスターはルートにその情報の開示を求めるものの、目的が復讐のため相手に警戒されてはならないために少なくとも目的を果たすまでは情報を開示できないと拒否するルートに実力行使に出たギルドマスターはというと、ルートに背後に回りこまれて首筋に鍛冶屋で貰ったダダン特製の短剣の先を突きつけていた。
ギルドマスターは自分の首筋に冷たいものが押し付けられている感覚を味わいながらも、それを行ったルートの見た目と実力の乖離に素直に驚いていた。
そして少し悔しげに、
「・・・随分と実力を隠すのが上手ね。幾ら私が魔法使いだったとはいえ捉えられないとはね。さっきの動きのタネを是非とも教えてもらいたいところだわ」
と呟いた。
実際のところルートが行ったのは、彼女の立ち上がってルートに手を向けた所で秘密裏にギルドの壁の素材として使われていたレンガに土魔法で干渉して足元まで引き寄せた。
そして彼女の魔法の着弾直前に『岩壁』を展開してその影に隠れて魔力だけでなく存在感まで操って気配のほとんどを消してから体内の魔力を操作して身体機能に1.2倍程度の補正をかけると、自分の魔法が防がれたと驚いている彼女の背中側に回り込んで腰袋から取り出した短剣を突きつけたというわけである。
しかし今の戦闘時の意識のルートは彼女の言葉に答えることなくただ黙って首に短剣を突きつける。
その様子に今のままではルートと会話が成り立たないことに悟ると、
「・・・少なくともあなたの実力の一端は理解できたわ。いくら今のものが見せ札だったとしてそれでも虹蛇を倒せるとは思わないけどね。それでもあなたが少なくともすぐにでも昇格できる実力があるうちはギルドカードの改竄なんてしないだろうからね。その部分だけは信じようと思う」
彼女のその言葉にもピクリとも動かないルートの拘束は続き、その様子にまだ警戒されているなと感じると次に、
「・・・ねえ、私と取引しない?」
その言葉に自分の後ろでルートの体が少しだけピクリと震えたのを感じると畳み掛けるように、
「私はエルフよ。もしあなたがその話を他の人たちに聞かれたくないというのであれば宣誓をしてもいいわ。もちろん虹蛇が出てきたということで報告しなければならないから、その宣誓の内容も少し考えなければならないけどね。もし私の話を聞く気があるのなら席に戻りなさい」
エルフの言うところの宣誓とは世界樹というエルフにとっての絶対の信仰の対象に誓う、エルフにとってはその宣誓の内容は長い生涯のその果てまで決して破ることの出来ない最上級の誓いである。
この女性にとって虹蛇の情報というものはそこまでしても欲しいものであるようだった。
ルートはその宣誓の意味を昔に聞いた覚えがあって、
「『変形』『土人形』」
先ほど使った『岩壁』に土魔法で干渉して『土人形』に作り変え、ルートの隣に来させると短剣を渡して彼女の動きにいつでも対処できるように待機させ、自分は戦闘時の意識から取り繕った先ほどのような貴族然とした態度から普段の態度に切り替えると、ルートは先ほどの席に座った。
それを確認した彼女は、自分の後ろに立っている『土人形』に苦笑して自分も席に座って腰を落ち着けると、無理だと分かっていながらも、
「後ろのコレ、消してくれたらありがたいのだけど?」
と手を自分の後ろにいる『土人形』に向けてルートに対して言ってみた。
それにルートは、
「僕の身の安全のためにも外せないかな」
「はあ。その態度については先ほどの私の対応と相殺しておきましょう。それではここからは交渉といきましょうか」
彼女は自分の命を握っている相手に対しての態度とは思えないような余裕の表情を浮かべてそう言った。
続けて、
「私の要求は虹蛇の討伐証明、あなたの要求は証明してしまうことによって少なくともあなたの言う目的が終わるまでは自分の名前が広がってしまうのは避けたいということかしら?」
お互いの要求を確認する。
それにルートは頷いて答えると彼女は、
「あなたの目的が終わるのはいつかしら?」
「一段階目は3日後、二段階目は王都全体の都合次第かな」
「・・・それはこの王都で騒ぎを起こすということかしら?」
彼女はまた殺気や魔力でルートに圧力をかける。
それに対してルートは、
「少なくともこのギルドも巻き込んだものになるとは思うよ。それだけじゃなくって騎士団も動くことになるかもしれないね。相手の出方次第では住民に対して被害が出るかもしれないね」
彼女はルートのその王都中を巻き込んだ戦いが起きると確信しているような口ぶりに、少し額に汗を浮かべて、
「あなたは何を知っているというのですか・・・」
そう呟いてしまった。
そんな彼女に対してルートはにこっと笑って、
「それは宣誓をしてからの話になるね。ただ今の段階で言えることは僕は容赦なんてしないということ位だよ」
その笑顔で言った言葉と先ほどルートが見せた実力の一端に、彼女は目の前にいる少年は何かが狂っているということに気がつき内心で、
(人の形をした狂気)
ルートのことをそう称した。
そして内心のルートに対して恐れを感じていながらも表面上は冷静を取り繕いつつ、
「・・・それじゃあその二段階目が終われば公表してもいいのかしら?」
と問いかける。
それに対してルートは、
「今のところはね」
「分かったわ。じゃああなたが提示する条件は何?」
彼女がそう聞くと、
「この部屋で話したこと全てを僕の許可無く口外すること。そしてあなたが知りたいと思う虹蛇の討伐証明と王都で起こるかもしれないこと以外の質問に答えるかどうかは僕のさじ加減ということでどうかな?」
ルートの出した条件に不備や抜け道が無いかどうかを吟味して、ルートの方が有利な条件となっているがこれくらいなら許容範囲だということで納得すると、
「仕方が無いわね。ただ、私からも条件があるわ。私が宣誓をしたら『土人形』を解除して頂戴」
彼女がそう言うとルートは苦笑して、
「条件成立ということで」
とその条件を呑んだ。
ということで、彼女は真面目な顔になると目を瞑って胸の前で手と手を組み合わせると、
「私、アレンシア・フォル・ツィーナは我らが絶対の世界樹に対して宣言する。私はこの者、ルートの話の内容の一切を彼の許可無く口外しないことをここに誓う。・・・これでいかがかしら?」
そう片目だけを開いて悪戯っぽく言う彼女、アレンシアにルートは『土人形』を解除してレンガを元々の場所に戻す。
そしてルートは、
「盗聴対策は?」
「分かっているわ。『消音』 それじゃあまずは虹蛇の討伐を証明してもらおうかしら」
アレンシアの発動した風魔法が部屋をすっぽりと覆うように一番外側の空気を風魔法で擬似的な真空状態に変えてその状態で固定する。
ちなみにこの魔法の難点は定期的に中の空気を入れ替えないと酸欠状態になってしまうということである。
『消音』にはそういった欠点があるものの今の状態のように秘密の話をするときには使える魔法である。
そしてその魔法が正しく発動していることを肌で感じ、さらに"探知"を使うことによって周りに人が居ないことを確認し、問題が無いことを確認すると、ルートは腰袋の内部に『影部屋』を展開して虹蛇の体の一部である骨の破片を取り出してテーブルの上に置く。
テーブルの上に置かれた骨の破片に含まれた死んでもなお残る独特の魔力の残滓を見たアレンシアはごくりと唾を飲み込む。
そして椅子から立てあがるとテーブルの上に置かれた骨の破片を手に取ると、
「さすがにこれだけじゃ虹蛇のものとは断言しづらいけれど、これに込められている魔力とギルドカードの討伐証明があれば結びつけるのはそこまで難しくは無いわ」
そして骨の破片を手にとってあらゆる方向から観察しながら、
「これ貰ってもいいかしら?いつか公表できるときになったらこれを証明にするから。」
ルートはそれに対してルートの魔力のほんの一部を一瞬だけアレンシアにぶつけ、即座に反応して攻撃態勢を整えた彼女が持っている骨の破片を指で差すと、
「それから面倒事に発展したときはそれ相応の対応をさせてもらうけどいい?」
ほんの一部とは言え無尽蔵な魔力を持つルートの魔力に焦らされた彼女は、
「か、構わないわ」
震える声を必死に抑えてそう言った。
そしてすぐさま自分の動揺を押し殺すと続けて、
「討伐方法は・・・・・・聞かないほうがよさそうね」
討伐方法と口に出した途端に一層笑顔になったルートを見て、ここが踏み込んではいけない線かと把握して、
「それじゃあギルドも巻き込まれるかもしれないという王都で起こるかも知れないことっていうのは?」
次の話題に移った。
そしてその話題についてルートは、
「『朱月』については?」
「あの暗殺者集団?」
「そう。それと僕、戦うから」
「は?」
「それにその本拠地この王都にあるらしいし」
「え?」
「ついでにこの情報源は迷宮核からだから信頼できるよ」
「ん?」
「更にもう一つ、午後にはこの国の王に会いに行くつもりだから」
「ちょっと待ちなさい!?最初から説明しなさい!」
アレンシアは手に持っていた骨の破片を自分の執務机に置くと金切り声を上げてルートに詰め寄る。
そうして勢い余ってルートの肩を掴んでガタガタと揺らすアレンシアに腰袋から取り出した柘榴石を見せる。
それを見たアレンシアはピタリと動きを止めて、
「も、もしかして虹蛇と戦ったのもそういうこと?」
「その通りだよ」
平然とそう言うルートにアレンシアはルートの底知れなさに正直引いていた。
そして、
「どこの迷宮よ!」
「『無限』」
「・・・あなた本当に何しているのよ!」
王国史にも残るこの国最大級の汚点の原因である『無限』を攻略したという言葉をにわかには信じがたいことを言うルートにアレンシアの感情が振り切れてしまう。
「僕に攻略できそうな迷宮はそこしかなかったからね」
「あなたの討伐記録に馬鹿みたいなアーミー・エイプの討伐数って『無限』の攻略が終わってからっていうこと?」
「正直僕も『無限』の攻略が終わったらあの事態に遭遇したわけだから自分の間の悪さというものが嫌になるよ」
「はあ、もうすぐキラの樹海のアーミー・エイプの異常発生の経緯を探るための調査団が派遣されるって言うからおそらく『無限』の簡単な調査も平行して行われるだろうから誰かが攻略したということは時期に知れ渡ることになるでしょうね」
「もし自分が『無限』を攻略したという嘘を言ってくる奴がいれば偽者だってすぐ分かっていいでしょ」
そう言うルートの顔を恨めしそうにアレンシアは見ると、
「それも証明のしようが無いでしょう!ここで得た情報は少なくとも表には出せないんだから!逆にそれが偽者だって分かっている分、私の立場としてはいちいちその者の嘘を暴かなくてはならないのよ!?」
「それはごめんなさい」
「・・・はあ。まあ最初から偽者だって分かっているだけで十分だと思うことにするわ」
アレンシアはそう言ってため息をつく。
ルートはそれを見て申し訳なさそうな顔をしながらも、
「話を戻すよ。この柘榴石には『朱月』の情報が入ってて、奴らの壊滅が僕が望んでいる二段階目ということ。それが終わったらこの部屋で話した内容について話してもらってもいいよ。あとどうしてその情報が手に入ったのかは想像にお任せするよ」
「・・・そう」
アレンシアはルートの目的の詳細は知らないものの、少なくとも暗殺者集団の名前が挙がり、そしてそれの壊滅を望むということからルートの目的はおそらく復讐であるということは容易に想像できた。
それに気がついたアレンシアはルートの肩を掴んでいた手を離して自分も少し距離を開け、戦闘者としては幼いルートが力をつけた理由も、そして自分が人の形をした狂気と呼ぶ少年の原点を知った気がした。
一気に静かになったアレンシアを見て、ルートは彼女が自分の目的を察したが特に止める素振りも見せないところに少し安心すると、
「ほかに質問は?」
そう尋ねた。
それに対してアレンシアは、
「あなたは王都の住民に対してその力を向けるつもりはあるのかしら?正直に答えて」
曖昧な回答も偽りの回答も認めないという真摯な目でルートの目を見る。
その視線にルートは自信を持って、
「僕の目的は『朱月』だけです。他の住民には被害を加えることはありませんよ」
そう答え、アレンシアは、
「あなたを一応は信じる。裏切らないようにして頂戴」
そう言うと少し微笑んだ。




