55話 証明
"悠遠亭"の食堂でクロンという行商人からこのアルヒオール王国の全ての貴族が集まるという通称高貴会のことを聞き、ルートは目的が向こうからやってきたということに千載一遇のチャンスに心がざわつき、そしてそのチャンスを逃すことが無いようにと万全の準備を整えるためにもお金の調達を行っておこうという考えの下、ルートはギルドに来たわけであるが、
「・・・すみませんがご同行願えますか?」
という女性職員の言葉にルートは一切心当たりが無く、そしてどうして自分が呼ばれたのかを聞いても応えてくれそうにないという様子を見て、これは素直についていくしかなさそうだなと結論付けると、
「問題ないよ」
と返事をしておく。
その言葉を聞いて女性職員は手元の文字のたくさん浮かんだ魔道具に触れて元の透明な状態に戻すと、ルートのギルドカードを手に持って近くにあった扉を空けてルートを招き入れる。
そしてルートが中に入るとそこにはギルドの制服を身に着けた人たちがそれぞれ自分の仕事をしていて、新たに入ってきたルートに対して一瞬だけ視線を向けるとすぐに自分の仕事に戻っていく。
そしてルートを内側に招きいれた女性職員は「こちらです」と言って先を歩き、ルートはその後ろについて歩き、そして階段を上って少ししたところにある扉の前で立ち止まると、コンコンコンと扉をゆっくりとノックした。
するとその扉の奥から「入れ」と女性の声が返ってくる。
女性職員は入室許可が下りたということでその扉を引いて開けて先にルートを中に通してから自分もその後に続いて中に入る。
その室内はおおよそ15畳程度の広さで三人掛けのソファーと二人掛けのソファーが二つ、そしてこの部屋の中でもっとも存在感のある書類が山のように乗っている机で囲うような形で長方形のテーブルが置かれていた。
そしてその存在感のある机に向かって座り、入ってきたこちらも見ずに手にペンを持って何かの作業をしている金髪の女性がそこにはいた。
そしてその女性は手元の書類にさらさらと何かを書き込んでいきながら、
「何の用かしら?」
と尋ね、それに対して女性職員はその机の前まで行くと、
「ギルドマスター、こちらを」
と言ってその机の上に置く。
その置かれたギルドカードをチラッと見て、
「これがどうかしたの?」
と問い、その女性職員は、
「・・・討伐記録に特級危険指定種がありました」
「は?」
「あっ」
その女性職員の言葉に意味が分からないというような声を上げる女性に、そんな機能があることすら忘れていたルートがしまったというような声を出す。
さすがにその言葉はその手元の書類の作業よりも重要視されたのかペンをペン立てに立てて置くと、顔を上げて、
「・・・もう一度言ってくれない?」
「そのカードに特級危険指定種の討伐記録がありました」
その言葉を聞くとその女性は頭に手を当てて記憶を辿ると、
「・・・最後に特級危険指定種が出たのって20年前くらいだったわよね。いまさら報酬を受け取りにきたの?」
「20年前の魔物は九尾です。ただこちらのカードに書かれているのは虹蛇です。」
「・・・そのカードの持ち主は?」
「連れてきました」
そう言うと女性職員は女性の正面から外れ、女性の双眸は視線を彷徨わせ、落ち着かなさそうに小刻みに動いている年端の行かぬ少年を捉えた。
それを見た女性は、
「嘘でしょ?」
とポツリと呟いて視線を報告にきた女性職員に向けると、その女性職員は嘘ではないと首を横に振る。
それを見た女性はどう見てもその目の前の少年が御伽噺に出てくるような魔物を倒せるようなものにはとてもでは信じられず、しかしそれを報告しに来た女性職員が少なくとも業務上は嘘をつくことは無いと知っている女性は机の引き出しから受付にもあった透明なクリスタルのような魔道具を取り出して、先ほど置かれたギルドカードを翳す。
そして討伐記録を確認すると、そこには確かに「特級 虹蛇×1」と記載されていた。
それを確認した女性はその魔道具に記載された内容がにわかには信じられず、その魔道具に触れて透明な状態に戻してからもう一度起動させてから先ほどと同じ手順で討伐記録を出すと、そこには相変わらず「特級 虹蛇×1」という単語が記載されていた。
女性は魔道具の故障を疑い、また違う引き出しを開けて自分の黒色のギルドカードを取り出して魔道具に読み込ませて操作すると、そこには最後に見たときに書かれていた情報と一切変わりの無い情報が書かれており、魔道具の故障という線は消えた。
すると女性は目の前にいる少年が何かを不正を働いているのではないかと疑い、ただ万が一その記載が本物だとした場合にはとてもではないが同じ部屋にいる女性職員を守れるとは思わず、
「サーラ、あなたは仕事に戻りなさい」
「ですがギルドマスター!」
「これは命令です。サーラ」
さすがにギルドマスターの命令と言われてしまっては従わないわけにはいかず、しぶしぶと女性職員-サーラは部屋を出てゆく。
そうして部屋の中に残っているのは挙動不審なルートとさまざまな疑いの目を向けている女性のみだけであった。
その女性は魔道具を操作してそのギルドカードに登録された顔写真とルートの顔を見比べて少し不健康そうに成長はしているものの確かに同一人物だと認識し、このギルドカードが目の前の少年のものであるということに確証を得る。
そしてそのギルドカードに刻まれた内容が本物であるとするならば、目の前の少年はギルドカードに記載されている情報を改竄できる方法を知っているかもしくは持っているということになり、こちらをその女性は大きく疑いつつ、その疑念のほんの片隅に目の前にいるのが本当に虹蛇を倒したという疑いも持ってルートの一挙手一投足の全てを伺っていた。
しかしそのままでいても何も始まらないと判断した女性は挙動不審なルートに対して、
「あなたにはいろいろな話を聞きたいので座ってもらえるかしら?」
と有無を言わせない声色で言ってルートに対して着席を促す。
ルートは忘れていた鮮度の高い魔石が近くにあればギルドカードの討伐した魔物が自動的に記録されるという機能に動揺していたが、今の段階で特級危険指定種を倒せるほどの戦闘者だと判断されてしまえば一躍有名人になってしまい、もしルートという名前から自分の家名が連想されてしまってしまった場合にはその貴族の警戒が最大限になってルートの思い描く絵通りにならないという可能性が出ていてしまう。
そのため、少なくとも目的を果たすまではそのことを伏せておきたいルートとしては目の前の女性を何とかして情報を漏らさないようにするしかない訳で、ルートは大人しくその言葉に従って三人掛けのソファーの端のほうに座って頭の回転数を上げてゆく。
そして挙動不審な態度から一変して真面目な態度になった少年を見て女性はルートのギルドカードを手に持って軽く顔の横で揺らして見せると、
「このギルドカードに書かれた情報は本物かしら?」
と単刀直入に言った。
それに対してルートは昔に教わった格上の貴族に対する態度を思い出しながら、
「現時点でそれについての申し上げることは出来ませんが、誓って改竄などは行っておりません」
と堂々と宣言する。
そのルートの言葉から女性は教養を感じ、そして面倒な相手だとルートに対する警戒心を引き上げると、
「あなたの事情がどうであれ、ギルドに、いいえ、この世界で生きる人たちにとって特級危険指定種というものは危険で、それの情報というものは万の金貨よりも価値のあるものです。その情報を秘匿するというのはあなたが危険因子と見做されてしまっても問題ありませんが?」
そう言ってルートに対してその記載された事柄について何か言わなければ人類の敵として扱うぞという遠まわしな言葉で情報を引き出そうとする。
ルートはそれに対して、
「そうですね。確かに取り返しのつかない事態になるまでにその情報を秘匿するのであれば私は危険因子と見做されても仕方が無いでしょう。しかし私にとってそこに書かれている情報が功績として知られてしまうと不都合があるので、今は曖昧な言葉しか述べることが出来ないということをどうかギルドマスター様には理解して欲しい」
ルートは書かれている情報が知られてしまうのは不都合があるという言葉で遠まわしに討伐の事実を肯定し、それでも一身上の都合ゆえに今は何も言うことが出来ないと言い、理解して欲しいということでこれ以上の追及を拒否した。
その頑なに何も語ろうとしないルートに女性はこれ以上の問答は時間の無駄で明言を避け続けるという不毛な展開になると読むと、
「・・・正直に言うわ、ルート。私はあなたを信用していない。だからここに書かれた情報が事実として存在したものなのか改竄されたものなのかも判断できない。あなたの口ぶりでは虹蛇を倒したのは事実であるけど、それが広まるのが嫌なので明確に断言することは出来ないと言っているように聞こえる。でもね、ギルドマスターとしても一個人としてもそれについての明言がなされないというのは非常に怖いわ。だからこそ私はあなたの事情など知ったことではなく、情報を吐き出せと言っているの」
女性はルートに対して殺気や高濃度の魔力に指向性を持たせてルートだけに当てるようにして徐々に圧力を上げていってそう言った。
ルートはそれでもなお圧力を放っている女性の顔をしっかりと見て、
「それでも私は明言することが出来ません。・・・それに私としてもギルドマスター、あなたのことを信用できませんし、信用できるだけの判断要素もありません」
そう堂々と言い放ったルートに、女性は一瞬呆気に取られたように動きを止め、そしてその言葉を飲み込むと、フフフと小さな笑い声を上げて、一瞬で身にまとう雰囲気を一変させて怖い顔でキッとルートを見ると、
「いきがるなよ少年、私はあなたの意見など聞いてもいないわ。言えと命令しているの。分かったらさっさと話なさい」
目の前の女性が放っている圧力やらが物理的な影響を及ぼし始めたのか、壁や床がミシミシと音を立て、目の前に積まれていた書類の数々が彼女を中心とした風に吹かれたようにぴらぴらと音を立てたり宙を舞い始める。
そして座っていた椅子から立ち上がると、左手をルートの方に向けて、
「最後通牒よ、少年。事実を述べなさい。もし渋るようなら今この場で私が始末する」
その言葉には一切の熱がこもっておらず、その目には冗談の色も一切無く、そしてそれらを含めた彼女の全てがこれ以上無いほどにその言葉の本気を物語っていた。
その彼女の迫力に対してルートは戦闘を行うときの意識に切り替わって空虚な目になって無表情になると、
「目的のためにこれ以上は譲れない」
そう言い放つ。
女性はルートの変化に内心で驚いたものの、
「そう、なら死になさい。『風鎌』」
無常にもその言葉と共に放たれた並みの者は気がつかない内に首が刈られてしまうであろう魔力の多く込められた不可視の鋭利な風の鎌は勢い良くルートの首へと飛来し、
「な!?」
突然現れた褐色の『岩壁』に大きく傷をつけたもののそれを切り裂くことは出来なかった。
突然現れた『岩壁』にも、そして切り裂かれること無く受け止めたことにも驚き、そして何よりも驚いたのは、
先ほどまでソファーに腰掛けていたはずなのに、自分の気がつかぬ間に後ろに回りこまれてしまっていて、今首筋に短剣を突きつけられているというこの状況そのものであった。




