4話 仕事をする違和感
久し振りにお肉をいっぱい食べて、満ち足りた気持ちになった彼は押し寄せてくる眠気に逆らうことなく眠りに就く準備を整えている。
食べられなかった残りのウサギを影の中にしまい、ロープや木の棒なども放り込む。
そうして燃やした火以外のものを影に突っ込んだ後、彼は適当に直径1mほどの穴を掘る。
そしてその穴に飛び込むと、その先には大きな部屋があった。
その部屋は丁度この『無限』の小部屋と同程度の広さで学校の教室程度であるが、それほど広く感じられないのはそこらにいろいろなものが散らかっているからだろう。
服やら硬貨、カンテラなども無造作に置かれ、よくよく観察すると先程仕舞ったウサギや木の棒などもあるのが見える。
彼はその汚い部屋の床が見えるスペースを足でそこらのものを除けて作り、そこにゴロンと寝転がる。
そしてそのまま眠気に身を任そうとしたが、この部屋と『無限』を繋ぐ道を繋げたままであったことを思い出し、それを解除するとそのまま目を閉じて眠った。
彼は一分も立たないうちに寝息を立てて眠りの世界へと旅立っていった。
この空間は便宜上『影部屋』とと呼んでいるもので、彼が魔法で創り出した拡張空間である。
これはこの世のどこにも存在してはいないが、あくまで拡張空間と言う扱いで現実空間と同じく時が流れていて、彼が魔法でこの空間と道を繋げることによって行き来が可能である。
だからこそ長期保存が出来る食品しか口にすることが出来ず、久し振りの新鮮な肉にあれほどまでに魅了されたと言う訳である。
そして、この空間こそが彼を『無限』に挑ませた理由であり、踏破するための最大の鍵である。
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彼が目を覚まして最初に見たものは見知った天井であった。
そうしていつも通りに体を起こして軽く伸びをして異常が無いことを確かめ、柔軟運動を行う。
それはここ5年で習慣になったことで、体を解しながら徐々に脳の回転数を上げていき今日のやるべきことを思い浮かべていく。
体が充分に解れ、うっすらと流した汗を魔法で創り出した水で流しさっぱりすると、昨日狩ったウサギを調理してゆっくりと味わう。
食事を済ませて朝から幸福な気分になれた彼は、防具の点検を入念に行い問題が無いことを確認して身に纏う。
愛用のナイフを鞘から抜き、あらかじめ水につけておいた砥石で砥いでおく。
刃の調子を確かめ、満足のいく出来であったのか彼の顔は少し誇らしげになっている。
その後も彼はさまざまな道具の整備や確認を充分に行う。
一時間ほどが経過したころ、彼はすぐさま戦闘を行える格好になると、その蒼眼を鋭いものに変えて戦闘を行う人の顔になると魔法を使って昨日掘った穴とこの空間を繋ぐと一気に飛び出した。
彼はナイフを右手に構えて、魔力を体に纏いすぐさま魔法が発動できる状態を維持したまま周囲をすばやく見渡し警戒する。
しかし部屋の様子は昨日と比べると、火が消えた以外の変化はないようで念のため一分ほどそのままでいたが警戒を解いた。
ナイフを鞘に戻すとふぅと息を吐き力を抜いた。
力を抜いた彼はそのまま目を閉じて自分の周りに纏った魔力を薄く、入ってきた通路以外に向かって放出した。そうして同時に魔法を展開する。
それは光が伝わるのと同等以上の速度で駆け、通路の先の部屋、そしてその部屋から伸びる通路に侵入という過程を繰り返し繰り返し踏む。
彼はそれを断続的に行うことによって、反射して運動エネルギーが減少した先に放出した魔力に新たに放った魔力を勢いよくぶつけてより遠くまでその魔力を届かせるようにする。
そうして彼を基点に葉っぱの葉脈のように隅々まで張り巡らせるように放出された魔力はありとあらゆるところと反射する。
彼はそうして反射を繰り返すことによって自分のところに帰ってきた魔力を受け取ると、頭の中にその魔力が通った経路が浮かび上がる。
彼が行っているのは"探知"と呼ばれる技術で、その原理はソナーのようなものである。
こうして魔力が次々と帰ってくることによって、彼の頭の中には通路の先に広がる景色や魔物が浮かび上がり、現時点で彼が把握しているのは『無限』を構成する部屋の数でいうと200部屋分程度である。
並みの魔術師ならばせいぜい20部屋程度だと言うのだから彼のこの"探知"に対しての非凡さを表していると言えるだろう。
これに関しては彼の魔法が関係している。
彼が使う『陰身』や『影部屋』は闇魔法というものに分類され、さまざまな応用性に富んだ属性である。
そして、『影部屋』の下位互換の魔法に『影箱』と言う魔法があり、それは一畳程度の広さの拡張空間を創る魔法である。
ここに彼は自らの放出した魔力を保存しており、それを開放することで一時的に自らの魔力量を増やすことが出来る。
この一時的に増えた魔力量を放出することで並みの魔法使いよりも広い範囲を"探知"することが可能であるという仕掛けがある。
それに加えて魔力を正確に当てて飛ばすと言う変態的な魔力操作も関係している。
閑話休題。
しばらくして把握している部屋の数が400を越えた頃、これまでに見てきた部屋や"探知"してきた部屋とはどこかが違う部屋の存在が確認された。
彼はその違和感の正体を探る。
その部屋は大部屋に分類されるほどの広い部屋で、魔力が侵入してきた通路の他に一本だけ通路が伸びており、その通路の先が途中で何かによって阻まれているようだった。
もう少しその辺りを探るように魔力の放出に工夫を加えると、その阻んでいる何かの正体が見えてきた。
その何かは木製の両開きの扉であり、魔力のそれ以上の進入を阻んでいる。
彼はその違和感の正体が木製の扉だと知ると、その扉に対して新たな違和感を覚える。
魔力は扉程度の厚さであるのであれば金属製であろうと通過してその先に進入することが可能である。
しかし金属よりも密度が薄いはずの木製の扉の先が見通せないということは、扉の分厚さが2m以上もあるか、魔力コーティングされているかのどちらかである可能性が高いと推測できる。
前者については縦横3mほどの通路の途中にあると言うことで、2mを越える分厚さだとまず開くはずがないということで否定できる。
ならば残るのは後者で、
「魔力コーティングかな」
その違和感のある部屋には『無限』に入ってから見てきた部屋とは違う点がいくつも存在している。
まず、これまでは行き止まりは存在していたが、一つの部屋に対して2つの通路がある部屋というものは存在していない。
そして、これまで見てきた大部屋にはその部屋の大きさに納得できるほどの大きな魔物が生息していたが、その部屋にはそれがいない。
そうして、これまで見たことが無い扉というものの存在とその扉にはわざわざ魔力コーティングというものが施されているという特異性。
これほどまでに違和感が満載の部屋はこれまでに存在していなかった。
そうであるのであれば目指すべき場所は、
「その違和感のある大部屋だね。ここには絶対に何かがある。48の部屋を通るルートが最短かな。となるとあと10日、いや7日でいけるかな」
そういうと彼は最短ルートに蔓延る魔物をすぐさま討伐できるように、腰からナイフを抜いて魔力を『影箱』を開放して纏い、最高速度で駆け出した。