36話 馬鹿
群青騎士団と分かれ、そしてアーミー・エイプの監視をすることになった『万色の集い』のリーダーであるマインは今後の指揮権をブラハに完全に移譲して面倒事が解決したとでも思っているのか笑顔で樹海の中を歩いている。
「ルート、どうだ?」
「移動はしてないみたい」
「それは好都合だな。というわけでこの辺を拠点にでもしようか。まあこのまま地上に滞在し続けるもの危ねえから穴でも掘ってその中に隠れようぜ。タタラ、リズ、頼む」
「任せとけい」
タタラは肩に手を当てて腕を回した後両手を地面につけて、リズは静かに頷くとどう収納していたのか目深に被ったフードつきのローブから分厚い本を取り出して魔力を注ぐと、
「「『変形』」」
その言葉を起点にしばらく地面が小さく揺れ動いていると、目の前の地面に穴がぽっかりと空いた。
マインはその穴に何の躊躇も無く飛び込んで行き、その後ろに続々と『万色の集い』のメンバーが続いて飛び込んでゆく。
そしてその後ろにイーサが続き、エリュが飛び降りていく。
そしてルートは自分の前で立ち止まっている者たちに向けて、
「君たちも先に入って。僕は最後まで確認しなければならないんだから」
そう言って急かすのは昨日散々な騒ぎを起こしてくれたパーティーである。
マインは結局あの場にいたパーティーを自分たちが引き取るといって一緒に行動することになり、ここまで連れてきた次第というわけである。
そしていまだに自分たちをどうして連れてこられたのかが分かっていない彼らは戸惑うばかりでどうにも指示がなければ動けなくなっており、今ルートに言われたとおりに一人ずつ穴に飛び込んでいく。
ルートは"探知"を発動して周りに障害になりそうなものが無いことを確認すると自分もそのぽっかりと空いた穴に飛び込む。
飛び降りた先には簡素な拠点の自分たちに与えられた部屋の二部屋分程度の空間が確保されており、それぞれ適当に自分なりに気に入る位置を陣取って、ルートよりも先に入った彼らはというと、空間の端の方を確保して固まって座っていた。
ルートはとりあえず土魔法で地面に見えるように偽装した蓋を作成してはめ込んで外から見ても穴がばれないようにすると"探知"が出来るように出口の近くに立って魔力の回復を待っていた。
ある程度自分の領域が定まった頃、マインが口を開いて、
「そんじゃここからはそれぞれ分かれて行動するぞ。その前にルートはここで待機、シークは調査に出て欲しいんだがいいか?」
その言葉に逆らう理由も無い二人はそれぞれ頷くと、マインは続けて、
「んじゃ待機と監視、調査の班にそれぞれ分かれてくれ。そんで待機の奴らはあの連中に森の歩き方とか気配の消し方とか教える担当な。その辺が見て分かるほど未熟だからな」
それぞれが自分の希望の班を宣言して、結果的に待機班がマイン、ルート、ピナ、リズ、監視班がルナ、シン、ギルバートで、調査班がシーク、レン、ルイ、ライ、ミツナ、タタラ、イーサ、エリュに分かれることになった。
シークが地上の魔物の気配を探り問題ないと判断したところで、ルートが蓋を内側から外して外に出ると"探知"を発動して探知範囲内の反応を探る。
幸いアーミー・エイプの大群は移動をしていなかったようで監視班にはそれを伝え、調査班には魔物と遭遇する確率の低い道順を教えるとそれぞれの班は各自の方向へと進んでいく。
ルートは全員の姿が見えなくなったところで穴の中に戻ると、ピナとリズはそれぞれどこかで見たことのある様子で睡眠と読書に励んでおり、マインはというとあのパーティーの話を聞いているようだ。
手持ち無沙汰なルートはとりあえず魔力の回復を待ちながらその話に耳を傾けていると、どうやらあのパーティーは『熊樫の森』という名前らしく男と女が3:4の合計7名で構成されているらしく、戦闘者として活動を始めたときからすでに戦闘能力は十分にあったらしく、それ一本で成り上がってきたらしくそれ以外の能力に関しては身に着けてこなかったのだとか。
実のところそんな事情に興味のひとかけらも無いルートは良くそれであれだけあの大群に近づこうと思ったなと皮肉成分大目の感想を持っていると不意にマインが、
「んじゃその辺の未熟なところは俺とルートで教えてやる」
「はへ?」
ルートは間抜けな声を出したもののマインはその言葉を撤回する気も無いようで、「早速始めるぞ。ルートもこっち来い」とだけいうと軽く全身の柔軟を始めたので、これは何を言ってもどうにもならないやつだと諦めため息を一つ吐くとトボトボとそちらの方へと歩いていった。
マインは一通り受難が終わったのか『熊樫の森』のメンバーを横一列に並ばせると、
「そんじゃあ一番簡単で上の方のランクの戦闘者なら誰でも見につけている気配の消し方だ。原理はいたって簡単だが実行は難しいが自分自身が無意識に体外に放出している魔力を制御して身に纏うようにするという方法だ。魔物は魔力に敏感だからな。これを応用して派手に魔力を放出することで自分に魔物の注意を引くことができる。これは魔法使いが魔法を使おうとするときに魔物がそいつを狙うのと同じ仕組みだ。ちなみにこれ以上の気配の消し方もあるが、これが出来るのは一流の斥候とか凄腕の狩人とかだな。・・・そういやルート、お前これやってなかったか?」
「必要だったからね。いつの間にか身に付いてたよ」
「お前、あれが身に付くって相当だぞ。いったい何してたんだか」
「あ、あはは」
「まあ聞かねえけどさ。そんじゃあお前らやってみろ」
「ちなみにこれが出来てたら僕は君たちが襲われる間に合流できてたと思うよ」
ルートのその言葉に『熊樫の森』のメンバーの目の色が変わり、全員が無意識に放出していた魔力が徐々に収まり、そして感知できなくなった。
マインとルートはその様子を見てお互いに顔を見合わせて、「「は?」」と声を揃えて言って固まってしまい、その二人を他所に『熊樫の森』のメンバーはお互いに顔を見合わせて、
「「「これ日課だ」」」
そう声を揃えて言っているのを見て、マインとルートは一つの結論に至り、
「「あ、こいつらバカだ」」
飾りっ気無しの言葉を放った。
どうやら話を聞いていくうちに判明したのだが、何の奇跡か全員が武術や魔法の修行を一通り受けていたそうなので、その基本となる魔力操作は身に染み付いていたということだった。
つまり、
「お前らはこれが気配の消し方に繋がるってことは知らずに今まで戦闘者をやってきたということか」
マインがこめかみをグリグリとしながらそう言うと一斉に頭を上下に振って肯定し、それを見てマインがハァーとため息を吐いた。
「んじゃなんだ?お前ら浮き身とかの歩行術とか出来るわけ?」
「「「出来ますけど?」」」
あっけらかんと言う彼らを見てマインはいっそ清々しい顔になって、
「うん、やっぱお前らバカだ」
ばっさり切り捨てる。
マインがどうしてその技術を生かさないのかとあきれた様子で聞くと彼らはハッとして今まで気がつかなかったというような表情になり、さらにそれを見てマインがあきれ果てるという一幕もあり、結果、彼らは自分達の出来ることを述べてマインがそれらの活用方法を教えるという形になった。
そしていろいろマインに聞いてその方法を試すように目の前でなにやら動き出した彼らを見てルートはスッとマインに水を差し出すと「おう」とか細い声を出して受け取ってゆっくりと飲む。
ルートはそんな声を出すマインの顔が見れず目を逸らしてしまう。
ただ隣にいるおかげで声だけは聞こえてきて、「あいつら馬鹿すぎねえ?」「うちのレンよりも酷いって相当だぜ?」「馬鹿だ、あいつら正真正銘の馬鹿だ」「それに何が一番悲しいかって見たところ援軍の中でも5本の指に入るくらいに強いんだ」とぶつぶつと呟くのが妙に涙を誘う。
ピナは最初からぐっすりと眠っていて、リズは我関せずという様子でずっと本を読んでおり、『熊樫の森』のメンバーは今まで学んできたことを復習するように動き、マインはそれはもう悲しそうな顔で見ていて、ルートはそろそろ監視、調査班が帰ってくるねと現実逃避をしていた。
そして、
「これはどういう状況だい?」
帰ってきたミツナが困惑した声でそう言った。
そして外に出ていた面々が続々と入ってきて、今まで見たことの無いほどに落ち込んでいる『万色の集い』のリーダーの姿を見て驚き駆け寄って声を掛けるものの帰ってきたことに気がつかない様子で「馬鹿だ、馬鹿だ。」と呟き続けるマインを何があったのか分からず、ピナ、リズ、『熊樫の森』のメンバーを順に見るものの早々に話になりそうにないと判断して妙に目線を逸らしているルートに視線が集まった。
「なあルート、マインの奴どうしたんだ?」
代表してギルバートが尋ね、そしてルートは観念したように口を開き、
「・・・した。僕達の想定以上に彼らは馬鹿でした」
搾り出すようにそう言って間を少し空けるとポツポツと先ほどまで出来事を順に話し始めた。
そして話を全部聞き終えた面々がみな一様にマインの心中を察すると同時にいまだに動作の確認を続ける彼らに正気を疑うような目や珍妙なものを見たというような目やあきれ果てるような目などを向け、あるものはツボに入ったようで笑い転げるものもおり、ただ全員に言えることは彼らは馬鹿という事で共通の認識となった。
「しかしレンよりも馬鹿とは・・・珍しいですね」
「おいシン、何が言いたい?」
「先ほどの言葉通りですが?」
「よし喧嘩だオラ!」
じゃれ合っているレンとシンを見ながら内心ではシンの言葉に同意していた『万色の集い』のメンバーは情報交換になだれ込み、監視班のアーミー・エイプの今後の動向、調査班のこのあたりで罠の仕掛けれそうな地点と効果的な罠の選別を話し合っていた。
そして話し合っている間に良い時間になったので昼食の用意を始める。
ルナが持っている収納袋の中には新鮮な大量の食料が入っているそうで、調査中に美味しい魔物も狩れたようなのでご馳走してくれることになった。
『万色の集い』では調理はルナとギルバートとシンが担当しているらしく、ギルバートが土魔法を使って調理に必要な調理台を作成すると、ルナがその上に必要な食材を置き、それをシンが水魔法を使って綺麗に洗って切って、取り出し終わったルナがそれを風魔法を使って切って行き、本を読んでいたリズに火をつけてもらって調理していくというような流れるような連携が出来ていてあっという間に出来上がり、これくらいはと思ってルートが作り出した大きな中華テーブルに置かれる。
そして部屋の中に良いにおいが充満すると『熊樫の森』のメンバーも動きを止めて腹を鳴らし、ピナも目を覚まし、リズも本を閉じて、ハッと意識が帰ってきたマインは匂いを嗅いでご飯の時間だということに気がつくとそそくさとルナの隣にルートが作っていた椅子に座り咳払いをすると、
「ハハッ、全員席に着け」
そう偉そうに言うマインの足をテーブルの下でルナが踏みつけ、「ッ!」と声にならない叫びを上げるがそんなことが起こっていることなど知らない者たちは首を捻るばかりでそれはさておきそれぞれ席に座る。
そして全員が席に座るとマインの「いただきます」の音頭に合わせて食べ始める。
三人が作った料理は塩加減も丁度良く、美味でどこかで食べた覚えのある『無限』で狩った角付きのウサギをメインに使ってサイコロ大に切って野菜と共に香ばしく炒めたものやシンプルに200g程度のステーキ肉に塩だけで味付けをしたものやただ単に野菜を生で食べやすいように切ったものなど様々な趣向を凝らしたものでパーティーメンバーの好みなどを反映したものなのだろうということが容易に想像できるものであった。
『万色の集い』の面々はそれぞれ自分の好きなものを自由に食べて、イーサなどはサラダを多く食べていて、ルートとエリュと『熊樫の森』の面々は様々なものを少しずつ食べていた。
そうして程なくしてすべての料理が無くなり食後のお茶を飲んで寛いでいるとマインが全員の顔を見て、
「これからの予定だが、3時間後にここに再集合して全員で調査班が見つけた良い条件の場所を見て帰るぞ。それで樹海の外側から出てくるものがいないか見張りを続けて朝を迎えれば群青騎士団の面々と交代してキラの町に帰るということで行こう。各自町に帰るまで気を抜くな」
その声にみんな強く頷くと再び自分に割り当てられた仕事に戻っていった。




