35話 歌
い、意外と二日目が長引いた・・・。
ルートとエリュはしばらくの間お互いに見合って笑いあった。
久しぶりに心の底から笑ったルートはすがすがしい気分になり、一つ手と手を組んでググッと伸ばして、土魔法で地面に干渉し、ニョキと煙突が生えたぽっかりと真ん中と一方の側面に穴が空いた竈のような台を作りだし、腰袋の中に『影部屋』を展開して使い慣れているソフトボール大の大きさの鉄の塊を2球ほど取り出して土魔法を使って合成、穴よりも一回り大きい鍋の形状に変形させてその穴を塞ぐように嵌める。
その中に『無限』で死闘を演じた虹蛇の肉と乾燥野菜を適当に放り込み、『創水』を使って水を張って台の内側に薪を取り出して放り入れると『創火』で着火する。
そしてある程度鍋が温まり始め、野菜からも肉からも旨味が出てきたところで味を確かめ、丁度良い塩梅に仕上げる。
そして後は煮えるのを待つだけというところまで調理を進めると隣にいるエリュに、
「僕の作ったものでよかったら食べる?」
そう聞くと最初は彼女も遠慮していたものの、ふと鍋の中からふと漏れ出したにおいが彼女の鼻を刺激し、くぅ~っと可愛らしい音を立てた。
カーッと彼女の紅い緋色の瞳に負けないほど顔を赤く染め、サッと顔を伏せると小さくこくんと頷いた。
ルートはそれを見て小さく笑って「了解」というと適当な器を二枚取り出して同じくスプーンも二本取り出す。
なかなか顔を上げてくれず黙りこくってしまった彼女だが意外とそんな時間も悪くないと思ってしまっている自分に気がついて驚いた。
そんな彼の内心の動揺を他所にいつの間にかスープが出来上がり、とりあえず彼はひとまずその感情は置いておき器にスープをよそい、腰袋から取り出した黒パンを浸して彼女の前に置く。
すると彼女が小さな声で「ありがとう。いただきます」と呟いてスープを口に運ぶと、
「あ、美味しい」
と言って一口、また一口と口に運んでいく姿を見て、なんだかくすぐったく思った彼も照れを隠すように素早く自分の器によそうと口に運んでいく。
虹蛇の肉は噛むたびににじみ出てくる独特の旨みと食感が楽しく、野菜は肉とは違った風味と食感でいいアクセントとなっており、食事の本来の楽しみというものを思い出させてくれたようだった。
そうして気がつけばなくなっていた。
彼女の方を見てみると同じように手に持っている器は空っぽで、その器を見つめていた。
「えっと、エリュ?まだスープも残ってるけど食べる?」
「食べ、あ、いえ、結構です!」
「遠慮しなくていいよ。まだその肉も野菜も残っているからね」
「ほ、ほんとにいただいても?」
「うん。ほら、器貸して」
口調も元に戻って遠慮していた彼女が食欲に負ける形で折れ、ルートは器を受け取りよそって彼女に渡すと凄くうれしそうな表情になって次はゆっくりと味わおうとするように食べ始めていった。
ルートも同じように器に盛ると今度は意識してゆっくりと噛み締める。
最後の一滴まで飲み干して鍋の中が空になったところでルートは鍋と器とスプーンを水で洗って鉄の塊を元々の形に戻すと腰袋にしまって、台も土魔法で元に戻す。
ルートは満足げな声を漏らしているとエリュが、「ご馳走様でした。ルート、美味しかったよ」とにっこりと微笑むので、照れくさくなって「お粗末さまでした」と背中越しに言うとクレイジー・ボアと戦うときに使ったナイフの手入れを始め、エリュはそれを見て小さく笑うと隣に置いていた杖を持って立ち上がる。
そしてエリュは燃え盛る炎を背後に背負い、突き、払い、打ちとそれらの動作を動と静の差をつけて舞うように行い、彼女の翡翠色の短い髪の中で炎よりも透明度の高い緋色の目が揺れルートにはそれが幻想的な光景に見えた。
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日が地平線から顔を出し少しずつ平原を明るく照らし始め、平原に生える草の朝露が光を反射してキラキラと煌き清々しい朝を演出する。
その日が昇る前に自分が寝ていたテントから抜け出し、いつもの日課の柔軟運動や魔操作の訓練などを行って自分の体の調子を見て調整する。
そしてテントの方を見ながら自分の体で隠すように背中側に手を回し、虹蛇との戦いですべて使い切ってしまった『影箱』を新しく作成してそこに少しずつ魔力を流し込んでいく。
そしてルートの無尽蔵ともいえるほどの大量の魔力の五割程度を消費して十分に充填すると『影箱』を消した。
「ふう」
今までに溜めてきたすべてを開放して『影箱』は一つ残らずなくなってしまったが、今作成したものでやっと1つのストックが出来る。
ルートはいつの間にか額に浮かんだ汗を拭い、腰袋から槍を取り出して昨日シンに言われたことを思い出して魔力を流し込んでいく。
改めてその槍を眺めてみると、無茶な使い方をしているのにも関わらず曲がり一つ、欠け一つないことを確認すると自分が思っていた以上に凄い武器だったということに気がついた。
同時に魔力の通りの良さを実感しながら石突に取り付けられた結晶で増幅して土魔法を発動して『土人形』を作成して、おおよそ使用感を確かめるとすぐに崩壊させた。
「何してるの?」
ルートは声を掛けられるまで気がつかなかったことに驚き、ばっとその声の主のほうを向くと、
「ピナさん?」
そこには眠たそうな顔でこちらを見ているピナが立っていた。
「そう、ピナ。で、何してるの?」
「準備運動かな。ピナさんは何を?」
「ピナは練習」
「練習?」
「そう」
ピナは短く返事をするとお腹に両手を重ねて置いて大きく息を吸い込んで音階を辿るように綺麗に澄んだ声を出し始める。
ルートは呆気にとられ、ただの発声練習でしかないはずなのに気持ちが高揚するという稀有な体験の真っ只中にいて、槍をその場に置いて腰袋の中からまた鉄の塊を一つ取り出し横笛の形に成型して吹いてみる。
その音にピナは発声をやめてルートの方を向くと、ルートは音のズレなどを吹きながら調節してチューニングを終えてから、セルファの広場で住人が歌って弾いていた曲を思い出して演奏し始めた。
昔その広場で吹いていた青年に可愛がられながら教えてもらった遠い昔の記憶、そしてその青年がルートが領主の息子だと知って慌てて慣れない敬語を使い始めて周りの人が一斉に笑い出した楽しい記憶。
そんなことを思い出しながら、酒場で一緒になってセルファの戦う人たちを応援する歌詞の曲を思い出して歌う。
そして一通り演奏し終えたルートは少ししんみりとした気持ちになりながらも満足していると、ピナがこちらをじっと見ていたのでルートは焦って、
「あ、邪魔しちゃったよね!ごめんね!」
「そうじゃない。ルート、音痴?」
「うっ」
「でも良い曲、もう一回」
「えぇ、音痴だからもう一回って言われても・・・」
「大丈夫、歌わなくて良い。ピナが歌う」
「え、歌詞は?」
「覚えた」
「ほんとに?」
「いいから吹く」
歌が下手だとはっきり言われて恥ずかしくなったルートはその恥ずかしさを紛らわすように再び演奏を始めると、ピナはルートの演奏に合わせて一度聞いただけの歌詞を覚えて歌うという言葉に半信半疑だったルートも演奏を続けていくうちに本当のことだと分かって気分があがってくる。
凶悪な魔物にも屈せずに戦うものを称え、そしてぼろぼろになりながらも笑顔で帰ってきた人を暖かく迎え、帰りを待つ人を泣かせない、そしてまた次の日も必ず戻ると約束をして町を出る勇敢な者の歌、危険がすぐ後ろで口を開けて待っているようなセルファだからこそ出来た歌なのだろうか、その歌は今でもルートの胸の中に刻まれており、ルートも、そして死んでしまった家族も愛したそんな歌。
気がつけば演奏が終わっておりピナの歌声も止まっていて、いつの間にか周りを取り囲むように人がたくさんいてそれぞれが拍手をしているという状況にルートは驚いてしまった。
そして集まった者たちが「良い曲じゃねーか!また聞かせてくれ!」とか「良い目覚めになったわ!」とかいう感想を残して去っていく。
「お疲れ。ルート」
「え、あ、はい。お疲れ様です?」
「良い演奏だった」
「あ、ありがとう」
「また演奏してね」
それだけいうとピナもどこかへ去って行ってしまった。
ルートはどこかへ意識が飛んで行って演奏をしていたせいでよく分からないままに状況が変化し、置いてけぼりになっていた。
そしてそのまま何がなんだかという調子で立っていると、後ろからガッと肩に手を回されて、
「ルート、お前の演奏はすばらしかった。だがピナと一緒に楽しくやっていたことだけは許せん」
ルートの肩の肉が千切れそうになるほどに置いた手に力をぐっと込められる。
「いたたたたっ!」と言いながら肩を掴んでいる相手の顔を見ると、額に青筋を浮かべて怖い笑顔のレンだった。
「ちょ!千切れる千切れるって!レンさん!?」
「うらやましい、うらやましい。非常にうらやましい!!」
「力がもっとつよ!ちょ!駄目だって!ぎ、ぎゃああああ!」
ルートの抗議の声は虚ろな目をしたレンには届かず、ルートは魔物と戦う前にすでに負傷することとなった。
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「『彼の者を癒せ』」
「ありがとう、エリュ」
「どういたしまして」
淡い光の球がルートの肩に集まり、赤く腫れ上がった部分の色がスーッと消え、元の肌の色に戻る。
そして肩に異常が無いかどうか確かめるようにぐるぐると回し、問題が無いことを確認すると直してくれたエリュにお礼を言った。
そして大分と離れたところで正座をさせられてルナから説教をされ、虎耳と頭を垂らしているレンがいた。
「聞いてるかニャ!?」
「は、はい!」
「そもそも、あニャたはいつまでもいつまでもうじうじうじうじと!そろそろハッキリとすると良いニャ!」
キャラが完全に崩壊したルナの説教を他所にマインは戦闘者と群青騎士団の全員が集まったことを確認すると、
「戦闘者と騎士団のどちらが先に樹海の見回りをするかを決める前に、昨日俺が言ったことを思い出してくれ」
マインは真剣な顔でそういうと、それぞれが記憶を辿り思い出したことによって自然と真剣な空気が漂い始める。
「昨日俺はこの戦いに関わるか決めろと言った。そしていまこの場に残っているということは関わり続けるという選択をしたということで良いな?その気が無いなら今すぐ荷物をまとめて出て行け」
マインの言葉で意思が揺らぐものはおらず、全員、その中には昨日失敗をしたパーティーもおり、その者たちはより一段と強い意思が篭った強い目をしてマインを見返す。
それを見てマインは満足そうに笑顔で頷くと、
「お前らの意思は良く分かった。そんなら後はそれを貫くだけだ!無事に帰って勝利の美酒って奴をを浴びるほど呑んでやろうぜ!」
「「「おおおお!!!」」」
まるで地鳴りのように地面を揺らすほどの鬨の声が上がる。
「よし、んじゃ順番を決めるか!その前にやりたいことはあるか?俺としては樹海の中にも罠を仕掛けれそうな地点を探っておきたい。騎士団としてはどうだ?」
「私達には樹海の中で戦うことは難しそうです。そこで平原まで誘い出すという方法を取りたいので作戦を練る時間が欲しいですね」
「なら俺たちが先に樹海の様子を探るということでよさそうだな。それでいいか?」
「問題ありません。よろしくお願いします」
「おう。誘い出す作戦は頼んだぜ」
マインとシュルツがそう言って互いに握手を交わしたことによって順番の件についての決着がついた。
そして群青騎士団はキラの町へと帰っていき、戦闘者は軽く事前に打ち合わせを済ませるとまたそれぞれで分かれて班行動を取ることになった。
ただ昨日のようなことにならないためにも大群を見守るのは『万色の集い』のメンバーという事になり、万が一という事を考えて今後は指示は同じ"紫"のブラハに任せることになった。




