17話 予想
お姉さんが声を上げるともう一つの受付口に座っていた少し歳を食った女性が振り返り「何事だい」と声をかけると、彼女は恥ずかしそうに「すみません、何でもありません」というと「そうかい。ならいいよ」と再び前を向いた。
そしてお姉さんは深呼吸をして整理をつけてから彼を見るとまだ「すみません。すみません」と謝り続けていたので、この状態じゃあ話になりそうに無いと見切りをつけると、
「すみませんが、説明していただけますか?どうにも彼はまだ戻ってきそうにないので」
と男に告げた。
すると男は、
「俺も詳しく聞いたわけじゃないが、とりあえず森で暴れていたのはこの小さいのらしい。その原因とかは聞いてない」
「そうですか。その原因は戻ってきた彼に聞くとして、今の森の様子を教えていただけますか?」
「ああ分かった。森にある『無限』の位置は想像できるか?」
そう男が聞くとお姉さんは頷いて、「ちょっと待ってくださいね」というと近くの引き出しから丸められた地図を取り出して机に広げる。
そしてお姉さんは森の一部分を指して、
「ここですよね?『無限』は」
「ああ、そうだ。あ~、っとここがこの町か。書き込んでもいいか?」
「すみません」
「そうか。まあ書き込まないでも分かるか。この町の北門からそのままでてたどり着く位置が大体このあたりだよな?」
そういって森の一角を指で指し示す男にお姉さんは頷く。
「そうしてここから一直線に『無限』まで行くルートはこうだ」
「はい」
「そしてこの一直線のルート上の木々が無くなっていた」
「ん?」
「より詳しくいうなら、木々が根元から倒れていたり、何かに抉られたような場所が幾つかあったりと随分と見通しが良くなっていたな」
「え?」
「あとそのルートの地面は子供の砂遊びみたいに地割れができていたり、陥没したり、隆起したりなかなか遊び心満載な状態になってたぜ?まあそれも小さいのが帰りに直してたがな」
「は?」
「まあ一番驚いたのはあれだな、その辺に魔物の死体が散らばってたことだ。しかも危険指定種のオンパレードときたもんだ。第三級から第一級までと豊富な品揃えってね。というかそもそもあの森って第一級住んでたんだな、しかも二匹も。多分クレイジー・ボアとクレイジー。ビーだろうな。まあ放置してきたけど」
「ッ!?」
「あとは、そうd「ちょちょちょ!!まって、待ってください!木々が無い?第一級?意味が分かりませんよ!」……まあそうだよな。俺も正直夢でも見ている気分だ。しかもとびっきりの。狂言を疑ってんなら証人はまだいるぞ」
次々と明らかにされていく事実にお姉さんの許容量を超えたのかすさまじい勢いで男の台詞を遮るが、男の許容量もすでに超えていて、もはや笑い話にしてしまうほか無かった。
「先程までの証言はすべて本当のことなのですね?」
「ああ、嘘は無い」
「そうですか。それでは単刀直入に伺います。本当の脅威は何ですか?」
「ハハッ、どうにも良く分かっているようで何よりだ」
真剣な表情で問いかけるお姉さんに対して、男は一つ笑いをこぼすと真剣な表情になって、
「第一級危険指定種のクレイジー・ボアのメスの討伐を確認、そして第二級特別危険指定種、アーミー・エイプの先遣隊と思われる個体を数匹確認した。俺の予想では旅団を超えるぞ」
「……そうですか、分かりました。それでは緊急宣言ですね」
「ああ、下手を打てばこの町どころかこの国が壊滅するぞ」
通常クレイジー・ボアは雌雄一体となって行動する魔物でありその脅威は第二級危険指定種ほどであるが、クレイジー・ボアには厄介な性質があって、オスの個体が殺されるとメスの個体は怒り狂いその脅威は第一級危険指定種の中でも中位に匹敵し、メスの個体が殺されるとオスの個体の脅威は第一級危険指定種の上位まで跳ね上がる。
したがって彼が倒したクレイジー・ボアのオスは今頃怒り狂って暴れまわっている頃だろう。
これだけならまだ事態は簡単で戦闘で高位の評価を受けている者を連れてくれば解決するのだが、アーミー・エイプという第二級特別危険指定種の存在がそれを許さない。
アーミー・エイプの脅威は第二級危険指定種並みであるとされている。
しかしこれは6匹の群れの場合のもので、アーミー・エイプは同種の群れと合流していきどんどんと大きな集団になって行き段階的に変化し、やがては軍になっていく。
軍に相当する場合、その脅威は特級危険指定種と同格であるとされる。
過去にあった最高の群れはおおよそ6万匹の軍が結成され一国を落としたという話は町の広場に行けば吟遊詩人が稀に歌っている。
その脅威が流動的に変化するという性質故に第二級特別危険指定種という分類がされている。
また旅団くらいの大きさの群れになると作戦だった行動を始めて強者を避ける行動を取るため、個の力が集団に通じにくくなる。
「……ある意味で彼が暴れてくれたお陰で早期発見ができたと考えると感謝しても仕切れませんね。普段なら大目玉ものですが」
「ああ、本当にな。その森を破壊できるほどの力を持っていると言うことも少しは安全材料になるか」
「ええ。それでは私はこれからやらなければならないことができましたのであなたが受けた依頼に関しては達成とさせていただきます。そして、あなたと彼には緊急依頼を発令しますので、私が戻るまでの30分程度で準備を済ませて置いてください」
男の台詞に同意を示し、指示を出すとお姉さんはメモをみて正式な文章を羊皮紙に記していく。
そうして5分もしないうちに書き上げるともう一人の受付の女性に簡単に事態を説明すると、近隣の"ギルド"に対して連絡をつけることを任せて、自分は早足で派出所を出て行く。
そしていまだに謝り続ける彼の頭を男はスパンと叩いて強制的に意識を戻らせると、
「……八ッ!」
「おい、戻ってきたか。緊急依頼だ。準備しろ」
「え?え?どういう…」
「お前の混乱はどうでもいいが、簡単に説明するぞ。お前が倒した魔物の中にクレイジー・ボアとアーミー・エイプが確認された。その意味は分かるか?」
「!!?本当ですか!?」
「ああ、しかもクレイジー・ボアはオスが残っていて、さらにアーミー・エイプに関しては旅団以上の集団かもしれないときたもんだ」
「そうですか。……それではこれからは戦闘準備を整える時間だと考えても?時間は?」
「ハハッ、話が早くて助かる。30分。出来るか?」
「はい、十分です」
「そうか。それじゃあ30分後にここに集合な」
「分かりました」
受付の女性はなにやら他の"ギルド"に連絡を取っているようで水晶球のようなものに対して話しかけているようで、その邪魔にならないように派出所から出て行く。
派出所の前で男と別れると、彼はとりあえず体の汚れを落とすために公衆浴場に向かう。
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公衆浴場で汚れを落とした彼は次に泊まっていた宿に向かう。
これから魔物の進行があるかもしれないという懸念さえ捨ててしまいそうになるくらい町の様子は昨日と変わりなく、平穏な時間が流れていた。
そうして宿に着き中に入ると、スキンヘッドのおっさんがこちらを一瞥してふと目をそらした。
彼はまた「素泊まり一晩」といって昨日と同じ硬貨をカウンターに置いて部屋に向かう。
彼は昨日鍵を返さなかったことで何か言われるのではないかと思ったがそんなことも無くて安心する。
部屋の前について腰袋から取り出した鍵を鍵穴に突っ込んで捻るが、鍵が空くような感触が伝わってこなくて不審に思った彼はナイフを手に隠すように持って中に入った。
中の様子は昨日と何一つ変わらず、クシャクシャになったシーツさえそのままであって、そもそも鍵を掛けた記憶が無いことに気がつき、どれだけ昨日は余裕がなかったんだろうと自虐的な笑みを浮かべた。
そうして何かのシミがついた机の上に腰袋の中のものを取り出して並べていって記憶にある中身と今の魔神が一致しているかを確認する。
そうして中身を確認していくとナイフが数本、球状の物体が二個無くなっており、それを使った記憶が一切無いことに恐怖を覚え、切り札である球状の物体を二個も使っているということでそこそこの強敵と戦ったことに気がつき、そのことにも恐怖を覚えた。
そうして一つ一つの点検と整備を終えたところでそろそろ30分が経つことに気がついて、机に広げていたものを素早く腰袋に収めると、今度こそはちゃんと鍵を掛けて降り、どうしてだか震えているおっさんに手渡しで鍵を預けて外に飛び出し、派出所に向かっていった。




