15話 感情
鬱蒼とした森を抜けると遠くに豆粒のような大きさの石壁が見え、彼はその方向へと歩を進めていく。
見渡す限りの平原には人っ子1人おらず所々に犬のような魔物が点在しているくらいでこの程度の魔物ならば武器を持った大人が一人いれば倒せる程度のものなので放置していく。
と言うよりもそこらの魔物に構っている余裕など今の彼には存在していない。
彼は最初はいつも通りの歩調で歩いていたのだがいつの間にやら早足、小走り、全力疾走とスピードを上げて進み、あっという間に豆粒のように小さく見えた石壁の前まで到達した。
そうして彼は腰袋から"ギルド"が発行している身元証明証-通称カードを取り出し、槍をボーっと持っている気の抜けた門番に見せると、その身元証明書についてある顔写真と彼の顔を見比べて確認を終えると愛想無く親指で後ろの町中を指でさっさと入れと言わんばかりに指し示すと、もう一切関係ないというような態度でまた外を眺める。
彼はいつもならあの門番に対して不快感を覚えるが今はそれどころではなく、門番に負けず劣らずの愛想の無さで応対、町中へと入っていく。
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町中はそれほど栄えておらず大通りにさえ露店が3件しかなく、レストとは大違いな様子でありせいぜい5人程度しか歩いていない。
閑散とした通りを抜けて、迷宮に入る前に泊まっていた宿に向かう。
その宿は大通りから外れた所にあって、客商売には向かないような接客をする宿であるが彼にとっては好都合であったためそこに泊まっていた。
彼は人ひとりとしていない通りに面した"宿"といういかにもやる気の感じられない名前の宿の前にたどり着き、立て付けの悪い木製の扉を肩で押すように中に入る。
中にはカウンターに肘を付いてキセルをふかしていたスキンヘッドの厳ついオッサンが座っており、入ってきた彼を見ても見向きもしない。
彼はそのままおっさんに近づいて銅貨を3枚取り出すとカウンターの上に置いて「一泊、素泊まりで。」というと肘をついていた方の手でカウンターの下から取り出した古ぼけた鍵と01と書かれた木札が一緒についたものを彼に向かって投げると銅貨を回収して話は終わったと言わんばかりに先程の体勢に戻る。
彼は難なくその飛んできたものを掴み取ると前に泊まった時と同じ部屋に向かう。
その部屋は二階にあって01と汚い字で書かれた部屋に入ると、中途半端に綺麗にされたベットと何かを零したようなシミが大きくついた机に座るとギシギシなる椅子が二つがある。
何だか妙に清涼感のある濃い匂いが部屋に充満していて、彼は少し顔を顰めるが気にせずに柔らかいベットに寝転んだ。
ちなみこの宿はいわゆる連込み宿でありベットが綺麗なのもシミもそういう理由からであって、清涼感のある匂いは前の利用客によるアトを誤魔化すために振り撒かれたものである。
そもそも"宿"という宿屋は総じて連込み宿につける名前なのだが、彼はらしくないとはいえ立派な貴族の一員であり未成年であったためそういう知識には疎く、'あの日'以降はそういうものを知る暇さえ無く鍛練に明け暮れていた。
カウンターに厳ついオッサンがいるのも冷やかし客や間違って泊まろうとする客を威圧する目的があるのだが、彼の場合、見るからに不気味な雰囲気を放って魔物の返り血をたくさん浴びたまま来たので逆におっさんの方が威圧され、不機嫌にしたら殺されると思い防音対策が完璧に施された部屋に通した。
‥‥‥ちなみに愛想がないと思った門番の態度もオッサンの態度も彼の風貌を見てあまりかかわり合いになりたくないという消極的な気持ちの表れなのだが彼がそのことを知る由もない。
閑話休題。
彼は寝転んだ状態のまま腰袋から石榴石を取り出すと頭に流れ込んだ通りの方法を脳裏に浮かべる。
そして、
「"起動"」
そう呟くと内部の白い光が赤い石の内部で前号左右に揺れ動き始める。
「"再生"」
頭の中で再生したい'あの日'の光景を再生するように念じると、光が柘榴石から抜け出し宙に浮いてベタリと広がって白いスクリーンが出来上がる。
そのスクリーンには次第に色が現れてゆき見たことのある屋敷が浮かび上がってきた。
「あれは‥‥‥、僕の家?」
それは確かに5年前まで住んでいた今はどうなっているかも分からない生家だった。
そしてそのスクリーンはまるで誰かの視点であるかのように屋敷の中へと入ってゆき、様々な僕の知らない真実が映し出していった。
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「"停止"」
そう言って映像の再生を止めると、スクリーンがポスターのようにくるくると巻かれていって石榴石が掃除機のようにその光のポスターを吸いこんで内部に留めた。
そうして彼が外を見てみると既に日が落ち空はすっかり夜の領域内に取り込まれてしまっていて、夜空に浮かぶ星々が自分を見下ろしているようで酷く苛立ちやら嫌悪感などのあまり愉快ではない感情を覚えた。
「‥‥‥」
頭の中の冷静な部分は今得た真実の整理をつけようと微かに囁いているのだが、そんなちっぽけな声は今の彼には聞こえずただひたすらに今感じている煮えたぎって爆発を起こしそうな感情の行き先を探している。
そうして行く先の無い感情は彼の体を乗っ取り外へと導いた。
彼は部屋から出るとそのまま一階に降りて"宿"を出て行く。
扉が閉まる直前に何か後ろで物音がしたような気がしたが気にも留めず町の外を目指す。
空は部屋の中から見たとおり夜の帳が下り辺りは暗くて良く見えないが彼は迷いなく進んでいく。
大通りに出ると彼が町に入ってきたときよりも多くの酒や食べ物を売る露店がたくさんあってそれに群がるように人がいて、そこらじゅうで酒を陽気にドンドンと呷っている。
彼はその光景にも目もくれずただただ門を目指して歩いているとそこに酒を呑んで酔っ払ったらしい20代前半程度に見える男が気が大きくなったのか、
「ぉおい、坊主。こんな時間にお外に出歩いて大丈夫かぁ?ちゃんとお家に帰れるかぁ?何なら俺がッ!!」
男の前半の言葉には一切反応しなかった彼だが後半の「おうち」という言葉がでた瞬間に男のほうを勢い良く向く。
「……」
彼は無言で男を見つめる。
その目はこの世の負の感情を手当たり次第に集めて煮詰めたもののようなひどく濁った色であり、耐性の無い者が見ると即座に回れ右をして去っていくようなほどに彼自身の激情をこれほど無いという物語っている。
そんなものに一切耐性の無い男は突然その場に膝から崩れ落ち気絶した。
周りにいた人たちはまさか彼のような子供に何かされたわけではあるまいと「どうした呑みすぎか?」「おい、誰か手を貸してくれ。この酒に呑まれたバカを介抱してやんぞ」などといって周りの人たちが次々と集まってきて男を手際よく介抱していく。
彼は男が気絶したと同時にまた門のほうへと歩き出す。
その彼の目を見てしまった者は男と同じように気絶したり顔を青ざめさせて背けたりとさまざまな反応を見せたが、共通して言えるのは酔いなんてものはすでに醒めてしまったということだ。
いつもと同じなことが不思議な位にいつもと変わらない速度で歩いて5分程度歩くと門にたどりついた。
そうしてそのまま町の外へと出て行こうとすると門の内側に立っていた門番が彼を呼び止めるが、彼の目を見た門番も町の人達と同じように顔を青ざめさせると小さな声で「通ってください」というとその場にペタンと腰を落とす。どうやら腰が抜けたらしい。
彼はそのまま町の外に出ると『無限』があった森のほうへと進んでいく。
夜になると魔物は何故だか活発化し、獰猛に人を襲うようになる。
そうした性質を持った魔物は彼に近づいていくが彼の半径3mほどの距離まで近づいた瞬間に脳天を一突きされて一撃でその命を失った。
彼の手にはいつ取り出したのか純白の槍がしっかりと握られていてすでに青色の血がついて地面に滴り落ちていて、その血の持ち主の体を回収することなく進んでいく。
襲い掛かってきた魔物を返り討ちにあわせるという作業を何度も繰り返していたらいつの間にか森の中に入ってしまっていたようで魔物の出現速度が速くなっていた。
そのことに気が付いた彼は、ここが今の感情を爆発させてもいいところだと悟り彼の感情をなるべく抑えていた理性でさえも燃料にくべ、より大きく燃え上がった感情をそこらにぶつける。
出てきた魔物を狩るという先ほどまでの彼とは違い、積極的に魔物を探し出し過剰ともいえるほどの力で魔物をすべて殺し尽くさんとばかりに次々と殲滅していく。
地面が割れ、魔物が闇に呑まれ、脳天を貫かれ、全身にナイフを生やしたり、人型の土くれに殴りつぶされたり、木々を根元の土を操作することで倒して押しつぶしたりとありとあらゆる手を使って魔物を蹂躙していく。
そうしてしばらくドンドンドンドンと魔物を蹴散らして十分ほどが経つと彼の口から言葉が漏れ始めた。
「ぼ、僕の家族は!てめえらのくだらない都合で殺されたっていうのか!!」
「うちに勤めてくれていた使用人達はそのくだらない都合に付き合わされて!殺されたって!!そういうのか!」
「父様は!何とかセルファ領の領民の為に朝早くから夜遅くまでずっと仕事をしていたんだ!睡眠時間だって3時間もあれば十分だと!みんなの笑顔が見れるならそれでいいと笑って言っていたんだ!」
「母様は!そんな父様を支えようと最初はできなかった算術を身に着けて!今では誰よりも計算が速くなったわと微笑んでいた!そしてなかなか父様と遊ぶことができない僕達に!愛情を持って接してくれたんだ!」
「兄様はッ!そんな父様を見て!!領主になることの辛さをしんどさを見ながらも!私が領主になるんだってさまざまな本を読んで一杯勉強をしていた!」
「兄上は兄貴が頭を使ってこの領に支えるというなら俺は体でこの領を支えようって!そうして今ではセルファ随一の剣の腕を持つまで!体に残る傷跡だって十や二十程度じゃないほどありながらも!これが俺の勲章だと力強ぐッ!いっでいたんだ!」
「姉上だっで!魔法を!何とか役に立ちたいっで!ッッぞういって魔法の腕を!!すごぐ!!」
「ァァァアアアアア!!!!!!」
そうして彼は一晩中泣き叫びながら八つ当たりを行った。




