10話 回収
目を覚ますと最初に飛び込んできたのは一面の闇だった。
次に感じたのは全身のありとあらゆる場所から訴えられる鈍い痛みや刺すような痛みといったバリエーション豊かな痛みの数々で、起き上がろうにもなかなか起き上がれそうもない。
彼はなかなか思い通りに動かない体を動かすことを止め、一面の闇をぼんやりと眺めながら気を失う前のことをゆっくりと思い出す。
大部屋に入ると素晴らしい光景が広がっていたこと。
しかしそれは幻だったこと。
天井には英雄譚に出てくるような特級危険指定種の虹蛇がいて魔法を放とうとしてきたので妨害したこと。
落ちてきた虹蛇に造り出した『土人形』がバラバラになって血の気がサッと引いたこと。
ナイフを色々な方向から突き刺して注意を引き本命の『円環から逃れるもの』を準備を終え発射し、虹蛇の胴体に風穴を開けたこと。
そして、勝ったと思い込んで油断しているとぶっ飛ばされて死にかけたこと。
虹蛇の玩具にされて四肢に穴が空いたこと。
それでも何とか勝利をもぎ取ってそのまま意識を失ったこと。
頭の中で思い出したことを整理していると彼はよく死ななかったなと自嘲的に笑った。
そして動かない体はさておき体内魔力を確認すると3割ほど回復していて、大体1,2時間ほど気を失っていたことを理解する。
たまたま気絶していた間何も無かったが、これから先もそうとは限らないため『影部屋』を自分の体の下に展開、そのまま影に沈んでゆきいつもの見慣れた場所に出たところで気を抜き、魔力を供給することを止めて現世との接続を断ち切る。
いつもは帰りも出れるように穴を掘ったりするのだが、虹蛇と戦った部屋には影となる場所が大量にあるため気にせずに接続を切った。
彼は動かない体、まだまだ回復しきれない魔力などを鑑みてもうひと眠りすることにした。
なかなか痛みで眠ることが困難であったが、十分程度で眠りの世界へと旅立っていった。
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彼は目を覚ますといつもの見慣れた天井で安心する。
彼は少し体を動かすと体の節々がチクリと刺されたような感覚があるが、動かせなくはないので眠り続けたような形で固まった体をゆっくりと解していく。
魔力はすべて回復したようで恐らく眠ってから4時間以上経過しているようで、体感的には6時間ほど眠っていたように感じる。
ただ、今まで魔力を保存していた魔力の最大値を対価に造った『影箱』を全て開放したお陰で魔力の最大値は1.5倍程度に戻っていた。
「それにしても疲れたね。まさか弱い魔物ばかりだと思っていた『無限』に虹蛇がいるだなんてね、本当に冗談がきついよ」
そういって彼は体を解すと『創水』を発動して全身の汚れを流すと、血やら土やらで浮いた水の球が汚くにごっておりその色の濃さが戦闘のすさまじさを物語っている。
魔法を解除するとそのにごった水はどこかへ消えてしまったようで、綺麗な体になった彼は適当に食事を取ると一度寝転がるとグタッと全身から力を抜く。
そうすると全身の痛みを意識せざるを得なくなり、もう一度体に力を入れて起き上がる。
彼は『影部屋』と現世に魔力でつなぎ、そのまま飛び出す。
一応警戒はしていたもののやはりそこには何も居らず、すぐに警戒を解いた。
そして部屋の様子を見てみるとやはりそこは地獄絵図といったところで、もはや虹蛇の影も形もなくあちらこちらに肉片や血が散らばっているだけである。
彼はそのばらばらなものの中からなにかに使えそうなものだけを選んで『影部屋』に放り込んでいく。
大体使えそうなものを集め終えると上半身に比べて綺麗な状態で残っている尻尾部分に生えている極彩色の綺麗ながら堅牢な鱗を近くに刺さっていたナイフで下の肉ごと剥ぎ取る。
流石に尻尾部分をすべて持ち帰ろうとすると今の『影部屋』には収まりきらず、そのために新たな『影部屋』を作成すると魔力の最大値の八割が削られてしまう。
流石にこれ以上の魔物の出現はないと信じたいが物語の中に出てくるような魔物が出てきたという現実があるからこそ、そのような危険を冒すという愚行は避けたほうがよいと考えある程度の素材を回収することで妥協した。
そうして回収できる限りの素材を回収し終えると、その尻尾部分に突き刺さったナイフやらの戦闘でばら撒いたナイフを回収し始める。
どうやら尻尾部分に突き刺さったナイフのうち数本は折れたり曲がったりとして使い物にならなくなってしまっているが無事な七本は回収できた。
次に顔や上半身に刺したはずのナイフの回収を試みてみるが十分程度探してみたが、一本を除いてすべてどこかへ消えてしまったようで影も形のありはしなかった。
彼は「あのナイフは特注で結構高かったのになぁ。」などといって情けない声を上げながら『円環から逃れるもの』で全力以上の力をこめてぶっ放した純白の槍の元へと歩を進める。
槍は虹蛇の胴体を貫いた後、勢いを大きく削がれたもののそれでもなお壁に食らいつき大きな破壊痕を残して力尽きた。
おかげさまで遠くから見ても良く分かる程の大きな目印となっていて破損さえしていなければ回収は容易だとうと彼は思った。
そうしてその破壊痕の下に到達するとおおよそ3mほどの円の大きさに驚き、その中心部に破損もしていなければゆがみもせずに堂々と突き刺さった槍を見てより一層驚く。
そうしてその堂々とした槍を土魔法を使って壁や床を操り、丁寧でありながら即座に手元に持ってくると柄を握り引っこ抜くと、その純白は色褪せておらず曇り一つないそれはもう見事なものであり彼は無事に戻ったことを喜びギュウッと抱き寄せた。
一分ほど槍を抱き寄せるとある程度満足したのか左手一本で持つことにすると、この部屋の中心に向かって歩きだす。
そうして大体部屋の中心に着くと辺りを見てみると、いたるところに岩が落ちてあったり穴が開いていたりと滅茶苦茶な感じになっていて、ここに最初は幻想的な鍾乳洞が広がっていただなんて信じられない程の部屋の様子である。
まあそもそもその幻想的な光景は虹蛇が魔法で作り出した幻であったのだが。
目視による部屋の様子の確認を終えると次は"探知"による部屋の全体像の確認を始める。
"探知"によって得られた情報によると、この部屋に入る前に確認した部屋と違う点は彼と虹蛇との戦闘によって変えられら地形と見覚えの無い通路が二箇所できていると言うことだった。
それは丁度今までの部屋と同じように一つの部屋に対して四つの通路がつながっているという『無限』の基本構造と同じような配置であった。
彼はその結果に、
「やっぱり見間違えじゃ無かった」
と言った。
彼は虹蛇は天井から落ちてきた際にともに落ちてきた一部の岩石が壁の向こうに消えていったのを見た。
そういうわけで彼は自分の見たものが間違いではないことを確かめたかったのである。
そうして彼の"探知"によって確かなものとして存在を確認された隠し通路はおそらく虹蛇によって隠蔽されていたものと推論を立てた。
虹蛇はおそらく何らかの手段を用いてこの"探知"にかからない術を持っていたのだろうと考え、その術によって部屋の外から虹蛇の存在はおろか隠し通路の存在も分からなかったのではないかと考えた。
そしてその術というのは"探知"を近くで発動することによって破ることができるのではないかと実体験を例に取ることで結論付けた。
そして"探知"によってその隠し通路の先を探るとどうやら両方ともに宝箱があるようで、それぞれの隠し通路を通ってある程度の距離まで近づいて罠を警戒して『土人形』に開けさせると中にはそれぞれ大量の宝石が入った宝箱とボロボロの本が二冊と古ぼけた懐中時計が入った宝箱があり、宝箱ごと『影部屋』に仕舞いこんだ。
他の迷宮では宝箱が存在しているのは当たり前だと聞いていたが『無限』では初めてだったため、彼は貴重なものに違いないと考えて想像した買い取り価格に心を躍らせている。
そう心を躍らせることによって少しでもあの違和感のある扉の先に広がるものが悪いものではないのだと自分自身に言い聞かせる。
そして充分に「あの扉の先は安全。あの扉の先は安全。」と自己暗示を行い装備を確認したあと、その扉がある通路へと彼は向かっていった。




