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赤いロープウェイにのって



 ゆらゆらと、ゴンドラが揺れる。

 全面ガラス張りの赤いゴンドラからは、周囲の山に抱かれた湖の向こうに、僕らの住む街が遠望できる。


「秋は秋で、山がとってもきれいだよね」


 向かいに座っているしのりんが、季節に合わせた濃いワインレッドのワンピースの裾をそっと触ってそう言った。いつもの長い髪のかつらをつけて、今日のしのりんはまたいちだんと可愛かった。足の怪我もすっかり治って、今日はおしゃれな長い編み上げのブーツを履いている。

 最近では、彼女はこうして僕と会うために、あの大荷物を抱えてくることはなくなっている。なぜかというと、家から直接この格好で来ることができるようになったからだ。

 いまでは僕は彼女の家までしのりんを迎えに行って、ご両親や妹さんに挨拶をしてから一緒に出かけることもできるようになったのだ。

 しのりんは確実に、ひとつの山を越えたんだと思う。

 それが僕には、自分のことのように嬉しく思えた。

 もちろん、これからまだまだ越えなくてはならない高い山がいやというほどあるにしてもだ。


 彼女の言うとおり、秋の深まったこの時期は、山の景色が一変している。

 赤やだいだい黄金色こがねいろに山吹色。たくさんの紅葉にいろどられて、山は全体がきんいろに輝くようだ。


 しのりんの足もやっと治って、僕らは久しぶりにまたこのロープウェイに乗り、山頂からつづくハーブ園に遊びに来た。これより季節がくだってしまうと、山は急に冷え込みはじめる。このタイミングが、今年はもう最後かなと思われた。

 本当はいまこの時期、例のイベント、冬の陣のための原稿の締め切りが迫っているわけなんだけれど、要するにこれは、その気晴らしの意味もあるのだ。ずっとパソコンの画面とにらめっこしているだけじゃ、頭が煮詰まってしまうからね。


「茅野とは、その後どうなの?」


 なんとなしに軽くきいたら、窓の外を見ていたしのりんがぎょっとしたようにこっちを振り返って、あっというまに真っ赤になった。


 おやおや。

 ほんと、かわいいなあ。


「ど、どうって……いや、別に――」


 いや、分かってる。

 そんなの、彼女の顔を見ていれば一目瞭然だ。

 今のところはまだ、友達として以上のことは何もないんだろうなということは。


 しのりんが、少し寂しげにうつむいた。

「どうにもならない、なんてこと……ゆのぽんだって分かってるでしょ」

「それはどうかな? いざ、しのりんが誰かと付き合うとかなんとかって話になったら、あいつ、意外と焦るかもよ?」

 微笑んだままそう言ったら、しのりんは本格的に真っ赤になった。

「そっ……、そんなわけ、ないよ……」

 ぱっと顔を両手で隠すようにして、シートに座ったままじたばたする。

 僕はくすくす笑ってさらに畳み掛けた。

「なんだったら協力しようか? ためしに『ゆのぽんと付き合います』って言ってごらん。あいつの顔、きっと見ものだと思うから」

「もう! ゆのぽんったら……。からかわないでよ」


 そこから少し、沈黙があった。

 眼下を流れてゆく紅葉もみじ絨毯じゅうたんを見つめながら、しのりんの長い睫がそっと下ろされるのを、僕は映画のワンシーンでも見ているような錯覚にとらわれながらじっと見ていた。

 ここん、ここんと軽くゴンドラが鳴いている。


「……わかってるでしょ。ボクにはそんな未来はこないよ」


 ちいさな丸い部屋の中に、しのりんがぽつんと言葉をおとす。


「そんなことないと思うけど。……でも、しのりんがそう思うんだったら、僕はそうでも構わない。しのりんがそれで本当に幸せなら、何も言うことなんてないよ」

 僕は微笑みを崩さないまま、じっとしのりんを見て言った。

「どういう未来が来るにしても、僕は君の友達でいるよ。……それでいいよね?」


 彼女は黙って僕を見返して、それからふっと、静かに笑った。

 その目には、きらきら光るものがあふれそうになっていた。


「……うん。ありがと……」


 山の頂上にある建物が少しずつ見えてきて、僕らはまた無言になった。

 最近、僕はほんのちょっとずつだけれど、自分のこともしのりんに話している。

 こんな風に男の子の格好をせずにはいられなくなってしまう、その本当の理由をだ。

 それは、しのりんとはまったく違う問題で、彼女の抱えることとは方向性も解決策も、なにもかもが違うことではあるけれど。

 それでもしのりんは一生懸命に真剣に、僕の話を聞いてくれた。

 そして、しまいにはひどく泣いてしまった。


 でも彼女は、決して「可哀想に」とは言わなかった。

 そうして、「ボクがいつでも力になるから」と、泣きながらそう言ってくれた。

 「何か行動を起こすときには、必ず相談してね」とも。


 それが、どんなに僕の心を温める言葉だったか。

 勇気をくれる言葉だったか。

 彼女がそれを、本当に理解することはないだろう。


「……あの。ボクもだよ? ゆのぽん」

「え?」


 見返せば、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、かわいい友達がこちらを見ていた。


「ボクも……ずっと君の友達でいるよ。ゆのぽんはボクの、大事な、大事な友達だから」

 僕もまた、ふわりと彼女に笑い返した。

「うん。……ありがとう」



 ゆらゆらと、ゴンドラが揺れる。

 赤いロープウェイが、僕らをゆらゆらとはこんでゆく。

 このロープウェイには終着点があるけれど、僕らの乗っているロープウェイには、果たしてそれはあるだろうか。

 いつかどこかに、きちんと安心して足を下ろせる、そんな場所が待っていてくれるだろうか。


 そんなことは、わからない。

 わからないけれど、彼女と二人、ゆらゆらと揺られてゆこう。


 ……だって、僕らは同志だから。



 彼女と、ふたり。


 この、赤いロープウェイにのって。



                        完


2017.6.8~2017.7.18

(執筆開始:2017.6.7)


明日、あとがきを更新して完結とします。

ここまでお読みいただき、まことにありがとうございました。

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