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空の高みへ



「ねえねえ、ゆのぽん! 見て見て! あんなに街が小さくなったよ」


 しのりんがはしゃいだ声を出して下界を指さすのを、僕はにっこり笑って見つめている。

 彼女が着ているピンクのワンピースの裾が、いつもみたいにひらひらしてかわいかった。


「うん。ここまで来ると、空気までだいぶ違うみたいに思えるね」


 全体が赤く塗られた丸っこい形のロープウェイが、僕らをゆらゆらと山の上へと連れてゆく。

 僕はTシャツの上にジャケット、ジーンズにハーフブーツのいでたちだ。


 しのりんと僕は、いわゆる「腐仲間」。

 だから別に、お付き合いをしてるとかそういうんじゃない。

 ちょっと前にあった大きなイベントで、たまたまスペースが隣になって、同じジャンルの同じCPカップリングで萌えドコロなんかも似通ってて、つい話が弾んでお友達になった、つまりはそういう間柄だ。

 二人とも、文章も書くけど絵もちょっと描くという同人誌かきで、話をするうちに住んでる場所も近いことがわかってからは、こうやってこっそり会うことが増えてしまった。

 こういうロープウェイの中だとか、カラオケボックスの個室だとかなら、存分に()()()()話に花を咲かせることもできる。もちろんそういうこともあるけど、ここまで仲良くするようになったのは、僕らは実は、お互いによく似た秘密を持っていたということが大きいのかもしれなかった。



 一概に「腐女子」とか「腐男子」とか言うけれど、人の好みは千差万別だ。

 とくに「腐」と名のつく人種は、こだわりの強い人が多いから――って、もちろん僕だってその一人なわけだけど――たとえ同じ「腐」だからといって、無条件に誰とでも仲良くなれるなんてことはまずない。

 というよりも、むしろ同じ作品のファンであってもカップリングの如何いかんによっては犬猿の仲というにもあまりある、それは恐ろしい事態を招くことさえあるのだ。

 だから、互いの距離感がつかめるまではじっと様子見をしなければならない。

 それがこの世界の基本スキルであり、仁義みたいなもんだと思う。


 昔、どのイベントのことだかは知らないけれど、自分の好きなジャンルのキャラクターで腐る系の本(とはいっても同人誌だ)を並べていたスペースにやってきて、いきなりその本たちの上にコカコーラを撒き散らした女がいるなんて噂も聞いたことがあるぐらいだ。

 要するにその女は、自分の好きなキャラクターでそういう本を作る奴が許せなかったってことだろう。

 一応、器物損壊だと思うんだけど、その後どうなったのかは僕も知らない。


「お天気よくて、良かったね。テストもやっと終わったし、しばらくはがんがん書かなくっちゃ。ああ、書きたいことが山ほどたまってる――!」

「そうだね。なんだかんだ、もう次のイベの申し込み締め切り、近づいてるんだもんなあ。急がないと間に合わなさそう」

「そうそう! 息つくヒマもない感じ?」

「でも、それが楽しいんだけどね」

「あはっ。そうだよね!」


 ちょっと鼻歌なんか出てしまいながら、しのりんがうきうきとそう言ってこちらをちらりと見た。

 しのりんは、本気で可愛い。

 細身で小柄で、でも顔も小さいから頭身はしっかりあって、だからどんな可愛い洋服でもばっちり似合う。ゴスロリが好きみたいだけど、真っ黒なのはあまり好きじゃなくて、今日みたいなふんわりしたピンクだとかシャンパンカラーだとかいうのが好みみたいだ。

 街歩き用だからか、今日はイベントのときみたいに派手なデザインのものじゃなくて、普通にワンピースとして通るようなものだった。

 色味のうすい長い髪の毛はゆるくウェーブしていて綺麗だけど、でもそれは、本当は自毛じゃない。うっすら化粧はしてるみたいだけど、それもそんなに濃くはなかった。「あとで取るのが大変だから」って、しのりんは恥ずかしそうな顔でいつも笑う。

 僕がしのりんを「今日もかわいいね」なんてつい褒めると、ぱあっと頬を薔薇色にしてくれるのがまた、とんでもなく可愛いんだけど。


「そんなこと言うけど、ボクなんかよりずうっと、ゆのぽんのほうがかっこいいんだからね。もう、ほんと信じられない。ゆのぽんが本物の――」

「こら。それ言うの、なしにしようねって約束したでしょ」


 そう言ったら、しのりんがはっとして口をつぐんだ。

 小さな声で「ごめんね、そうだった」と聞こえてきて、僕は「いいよ」ってちょっと笑った。


 そう。

 僕らはこのあと、この山の上にあるハーブ園をひと通り見て遊んだら、また薄汚れた下界に戻る。

 そうして、待ち合わせ場所にしていた駅のコインロッカーから大きな荷物をひっぱりだす。制服から鞄から、何から何までみんな入った、やたらと大きな荷物を。

 知らない人が見たら、なんだか二人で家出するみたいに見えるかも。


 そうして僕らは、「いつもの偽りの自分」にもどる。


 僕はジャージの短パンの上からスカートをはき、「柚木美優ゆのきみゆう」という名前に。

 彼女はスラックスにネクタイをしめてジャケットを着て、「篠原和馬」という名前に。


 ……そう。

 つまりは、そういうことなのだ。



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