第九話 無属性魔法と地球人と魔染
「"無属性魔法"とひとくくりにされている魔法群はな。
基本六属性の火水風土闇光に属さぬ、はみだした魔法達のことでな。
ひとくくりにされてはいるが、実際はそれぞれまったく別のものじゃ」
「勇者殿の使うエンチャントと言う魔法は
本来は、本人の武器や防具などに特殊な属性を付与して
反属性から身を守ったり、反属性との相殺効果を狙う魔法なのじゃ
水属性のブルーエンチャントは火属性の魔法に効果があるし
闇属性のダークエンチャントは光属性に効果がある。と言った感じにな」
ここでマルスドゥは、ドワイドを一度見て説明を始める同意をとる。
ドワイドは恐々と頷いた。
「我々の世界には"魔染"という言葉がある。簡単に言うと
魔法による環境汚染状態を、略して魔染という」
「魔染は軽度のものなら、数時間空気が多少悪くなるくらいですむが
重度状態になると人が数百年住めないくらい酷くなる」
地球で言う大気汚染みたいなもんかな?と山田はふと思った。
「そしてな。無属性魔法の中で"ゴールド"、"シルバー"と名の付くものは
全て非常に強い魔染を引き起こすのじゃ」
「つまり、僕の魔法は環境汚染を引き起こすかもしれないというわけか?」
「それもかなり深刻なやつじゃな。
例えば"ゴールドフレア・バースト"という人類史上
もっとも魔染を引き起こした攻撃系無属性魔法があるのじゃが」
「というか三十五年前の戦争で我が国がくらったのじゃが……」
「城塞のあった地域の二十数キロ四方を消滅させて、なおかつ未だにその一体は植物が生えない灰色の魔染地帯になっています」
固い表情のドワイドが補足する。
「あのときは、さすがのわしも極楽隠遁生活を解いて、術者のドラゴンを殺しに行ったわい。
どうやって使えるようになったか知らんが、二度とあんなものを撃たせてたまるか」
「私はまだ生まれていませんでしたが、同時にかけつけたオブディアン様との共闘は今も伝説になっていますね」
ドワイドが表情を緩めて微笑んだ。
「……あやつもたまには良いことするみたいじゃなっ」
プイッと横を向いてマルスドゥは口を閉じる。よほど嫌いらしい。
「それがきっかけで我が国の閣僚になられたわけですから
禍福はあざなえる縄の如しと申しますか……多くの犠牲者に言葉はありませんが……」
ドワイドが話を立て直そうともちあげる。
「泣いて手を取り頼み込んでくる、憔悴した様子のナルム王がかわいそうでなぁ。
つい情に絆され今や首相よ……思い返すと、先代の王はやり手じゃったわ」
「で、僕の"シルバーエンチャント"はどのくらい危険なんだ?」
話が脇にそれすぎてじれったくなった山田が尋ねる。
「おーおー。また反れたな、すまんかった。そうじゃなあ……
これからどれだけその魔法が育つかにもよるが、この間の感じじゃと
例えば、その剣にエンチャントした状態で生物を切りつけると
切りつけられた傷口が魔染で治らずに腐るくらいは危険じゃな」
「さらに衣服にエンチャントした場合、どんな属性でも通しにくくなるじゃろう。
わしの"キリングフィールド"を耐え抜いたようにな」
少し肩透かしだった山田が不満を漏らす。
「そのゴールドフレアなんとかっていう魔法と比べると大したことなさそうなんだが」
「最終的にどのくらいの規模になるか、我々には予測がつかないが怖いのじゃよ。
さっき言ったように魔法にはランクⅠ~Ⅶまであってな。
今の勇者殿の"シルバーエンチャント"がどのランクなのかすら我々には分からぬ」
「どうしてだ?」
「正確な記録がないのじゃよ。シルバーエンチャントだと分かったのも
古代の文献に似たような魔法が出てくるのと、
わしの知っている"シルバー"と名の付く無属性魔法と発光色に共通点が
あったから気付いたに過ぎぬ」
「別々の魔法群なのに色が似ているのか?」
「うむ、よいところに気付いた。効果はそれぞれにまったく違うのじゃが、
なぜか無属性魔法の発光色は銀と金色のものが多い。その理由はただいま絶賛研究中じゃ」
すぅーっとマルスドゥは深呼吸をしてから言った。
「そして、我々ステラスターの現地人は無属性魔法にあまり縁がない。
基本六属性から成り立ちが離れているのでノウハウが少なく習得が難しいわけじゃな。
二千年生きる大賢者のオブディアンですら"シールド"のランクⅣがやっとじゃ」
「だが地球人は、どうやらここステラスターに召喚された時点で
多少の修練程度で"その個人の特性に合った無属性魔法"を使えるようなのじゃ。
勇者殿のシルバーエンチャントは、特性に合致した結果じゃろう」
「つまりな勇者殿。長々と話してきたがまとめるとこういうことじゃ」
「ステラスターに現れた地球人は、特性に応じた無属性魔法を使える。
そしてそれらの無属性魔法は凄まじい威力を誇り、
時に世界のパワーバランスすら変えてしまうが、同時に酷い魔染も引き起こす」
「なので地球人はステラスターに召喚するととても危険である」
山田は話が変なのに気が付く。
「……?おかしくないか?僕をここに呼んだのはあんただろ?
なぜそんな危険な地球人をわざわざ召喚したんだ?」
「それは、我々にどうしても勇者殿が必要じゃからじゃよ」
マルスドゥは肝心なところで言葉を濁した。
「……?」
山田はわけが分からない。
「あと、フェルマが地球に行けて、君が還れない訳じゃが」
ごまかすようにマルスドゥが切り出す。
「それだ、僕はそれが聞きたかったんだ!」
ようやく聞きたかったことに話が辿り着き、死にかけていた山田の目が蘇った。
「実はわしとドワイド君の研究技術で出来た装置で
超々高コストじゃが、地球との行き来はある程度可能になっておった」
ただし、とマルスドゥは付け足していう。
「普段はオブディアンが、膨大な魔力を使い惑星全体の"ゲート"を完全に閉じておる。
よほど千数百年前の失敗が堪えているとみえる。
よって、たまたま奴がエリスとストームの諍いに首を突っ込んだ隙に
素早くフェルマを地球に送り込み、君を連れて来た」
「ちなみに召喚に使った巨大魔法装置は二日前に落雷により炎上消失しました」
ドワイドがいかにも残念そうにうな垂れる。
「え……壊れたのか?」
「落雷跡に若干の魔染を感知したことじゃし、たぶんオブディアンの風魔法じゃ!!
あやつめ、それほどわしが信じられんか!!」
マルスドゥは怒りで顔が真っ赤になっている。
「装置は直せないのか?」
「都合よく設計図ごとその雷に焼き払われたわ!!再建には3年ほどかかるじゃろう……うぬぅ」
マルスドゥも本気で落胆しているようだ。
「というわけでして、勇者様には3年ほど御猶予を頂いてもよろしいでしょうか?」
ドワイドが申し訳なさそうに述べる。
「友達が学校卒業しちゃうな……お母さんも心配しないかな」
ふいに山田は普通の十代のような心細さを見せる。
「そこんとこは安心せい。しっかり君を連れて来た日に合わせて帰らせるわい」
「どういうことなんだ?」
「地球とステラスターは同じ時間軸上には存在していないようなのです。
我々の装置が再建されれば、勇者様が地球を発たれた日に送り返すことができると思います」
「2~3日の誤差はでるかもじゃが、それくらいならかまわんじゃろ?」
山田は少しホッとした。とは言えさすがに三年は長い。ため息が出そうだ。
「心配せんでもこれから忙しくなるわい」
心を読んだようにマルスドゥがその冷たい手で、山田の肩を温かく叩く。
山田が研究室を出たとき、あたりは真っ暗だった。
魔法で光っているらしき多様な色の街灯を辿り、アラマスクアカデミーの構内を出る。
乗り物に乗るお金はもらっているが、
延々とわけのわからない話を延々聞かされたので
少し夜風に当たりながら、土地勘も付けつつ
宿泊先のミーディアンホテルまで帰ることにした。
重い剣を背負いながら、
アカデミーに通う学生たちの石造りのアパートが立ち並んでいる学生街を歩き
魔法のネオンのようなものが光り輝いて、ポン引きが煩い歓楽街を通り過ぎ
あまり、治安の良さそうではない貧民街にたどり着く。
汚いバラックが延々と立ち並び、遠くで犬らしき生物が「アオーン」と月夜に吼えている。
「道を間違ったかな……」
と山田がジャーディーの地図を広げていると、
前の薄暗がりから薄汚れたボロを着た女の子がフラフラと左右に揺れながら歩いてきて
バタッと山田の数メートル前で倒れこむ。
山田の利他行為スイッチが入り、すぐに駆け寄る。
「食べ物……何か、食べ物を……」
その子はお腹がとてもすいているようだ。
ポケットに入っていた乾パンを数枚渡すと
貪るように食べてむせ、口の中の水分を吸われたのかケホケホッとかわいらしく咳をする。
「はーっ、はーっ……あ、ありがとうございます」
その子の顔を月明かりでよく見ると、十五、六歳のエルフのようで
茶色のショートヘアに、白い肌とサイドの髪から少し突き出た尖った耳をもっている。
その零れそうな大きな瞳の色は澄んだエメラルドである。
ジッと山田を直視している。
「よかった。歩けるか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
大丈夫そうなので、山田が貧民街から出るために
先ほど来た道を戻ろうとすると
十数メートル後ろを助けた女の子がついてくる。
行く場所が同じなのだろうと、
無視して山田が十分ほど考え事をしながらそのまま歩き、
ふと、振り返るとまだ後ろにその子がいた。
たまらずに山田は話しかける。
「僕についてきているのか?」
「……はい」
「君は帰るところがないのか?」
「……はい」
「ほんとに無いのか?心配かける相手もいない?」
「……はい」
「ふーん、一緒にくるか?」
山田は気付くとなぜか、そう言っていた。
先ほど研究室でふと見せた心細さからかもしれない。
「……はい!」
大きな返事をして、駆け寄ってきた女の子は山田の左手をギュッと握り締め
山田も軽く握り返した。
肌寒くなってきたので、山田は着ていた薄紫のコロポッカスを
女の子に着せてあげて、ホテルへの道を歩く。
手を繋いで歩く山田と女の子の脇を魔法車が何台も通り抜け
街灯が何本も照らしては遠くに消えた。
女性にはまったく興味の無い山田であるが
さすがに名前くらいは聞かないと失礼だろうということで
「君、名は?」
「ニィナ……です」
頬を赤らめながら答えるニィナの手を引く山田に
巨大なミィーディアンホテルの
夜空を照らす明かりが見えてきた。