第三話 エンチャント
「おい、ここら一体を仕切る、テーベスタ一家のご子息にぶつかっといて、侘びの一つもできねえのか?」
さっき見かけた犬人のカップルがガタイのいい、黒毛の猪の顔をしたスーツ姿の数人に絡まれている。
地球人とかわらない体格の犬人ふたりに比べて猪人たちは、子供らしき一人を除いて2メートル近くありそうだ。
カップルの女のほうは周りに助けを求めているのだが、通行人たちは遠巻きにとりまくだけで、誰も助けに行かない。
「兄ちゃん?百万ギナードで許してやるよ?
それとも姉ちゃんを犬人専門のお風呂に沈められたいか?おおん?」
犬人の男は青くなって、パクパク開閉する口から言葉が出ていない。
「おい、待て。その人たちを放すんだ。怖がっているだろう」
山田が人垣を猛烈な勢いで掻き分け、
猪人とおびえる犬人の前に現れ、止めに入った。もちろん正義感からではない。いつもの狂ったエゴである。
「あぁん?非力なエルフ風情が、俺ら一家に喧嘩売るのか?」
「家でお勉強でもしてなー。頭でっかちなおぼっちゃーん」
「がっはっはっは」
猪人たちは、完全に体格が下の山田を見下している。一番大きな猪人は、子供の猪人の横にピッタリ張り付いて関心がなさそうに無表情だ。
「この世界にも言葉が通じない人間が居るのか……だから僕はバカの相手をするのは嫌なんだ……」
山田は下を向きブツブツと独り言を呟き始めた。彼のスイッチがサイコパスモードに切り替わる瞬間である。
次の瞬間、取り巻いている通行人の一人から長杖を奪い取り山田が猪人たちの方へと跳躍した。
猪人の子供を取り巻いているのは四人で
ボス格は一人、まずは雑魚三人を叩きのめす。頭の中で山田は瞬時に相手の戦闘能力を計算し、最弱の相手から股間、喉元、眉間などの人体の急所に長杖で舞い踊るように、正確に乱撃を加えていった。
山田の尋常でない身体能力は異星人相手にも一歩も引けをとっていない。
十数秒間、山田が一方的に猪人たちを打ち据えたころ、猪人三人は同時に白目を向き地面に倒れた。周囲の通行人たちもその棒術の鮮やかさに思わず拍手する。
汗一つかいていない山田は右手に持った長杖で残ったボス猪人を指して
「残るはお前だけだ。僕は子供は殴りたくない。その子を連れて逃げるなら今だぞ」
そう冷静に宣告する。
「……情けねえな」
右目に大きな傷跡が残る猪人は呟く。
「なんだ?逃げないのか?」
「情けねえって言ってるんだよ!!!二回の戦争でうちの一家も手練は俺だけになっちまった……」
「ヒョロヒョロのエルフに殴り倒されるガキしか残ってねえ……」
本当に悔いている表情の猪人を山田は冷徹な目で見ている。
「そうか、だが僕には関係ない。逃げないならお前も、ついでに後ろの子供も殴り倒すぞ」
猪人のボスは少し、思索してから
「おまえ……名前はなんていうんだ……」
「草輔だ」
「そうか……俺はダンマーズだ。ちょうどクソみたいなゴーレムやワイバーンでの殲滅戦には飽き飽きしていたところだ……」
「……ご子息、少し離れていてください」
そう言いながら、子供の猪人を下がらせる。
「ソウスケ、本気でこい!!!」
「"戦鬼"オラクルハイドの息子、テーベスタ一家若頭ダンマーズ、参る!!」
猪人が両手で地面を叩いた瞬間、山田の足元に無数の土できた槍が出てくる。
それを跳躍してかわすと、そのさらに頭上から土で出来た巨大な棍棒をもったダンマーズが全力でそれを振り下ろしてきた。
山田は身体をひねり、うねりを上げながら降りていく棍棒を横目に長杖でダンマーズのわき腹に数発の投打を加え、その巨体を蹴り、少し距離の離れた地面に着地する。
ここまで三秒弱。
「見事……だが、効かねぇなあ」
パンパンとスーツの棒で殴られた部分の汚れを手で払い、ダンマーズは二カッと黒く大きな口を歪め、笑う。
やはり軽かったか……。と山田は次の攻め手を考え始める。
「さあ、どうする。エルフさんよ」
ダンマーズは、何か呪文を唱えて手にもっていた土棍棒を大きな岩の塊に変化させた。
「底は見えた。悪いが終わらせてもらうぜ……"ナイブズⅢ"!!」
その岩を山田の頭上高く投げると、岩は細かく割れ散り、ナイフのような鋭利な形状になって、山田の周囲数メートルに高速で降り注いでいく。
"回避不能、大ダメージ不可避"そう頭によぎったとき、山田は無意識に長杖を両手を使い頭上で高速回転させていた。
落下スピードと強度を計算すれば、間違いなく長杖では防ぎきれず串刺しになるはずなのだが、山田の本能がそうさせたのだ。
「おおおっ」
遠巻きに見ていた野次馬達があまりに美しい光景に感嘆をあげる。
山田が頭上で回転させている杖は、真っ白な光を放ちながら降り注ぐ鋭利な土のナイフたちを砂に戻していった。
「エンチャントだと……馬鹿な……その光の色は……」
ダンマーズもその光景に呆然としている。
「ストオオオオオオオオオップ!!!」
光る燐分を飛ばしながら急いで飛んできたフェルマが、二人の間に割って入った。
「"地鳴り"ダンマーズ様とお見受けしました。
このような場所で失礼致しますが、王国から特別召喚状がでています」
フェルマは、ビシッと腰を張り、ダンマーズの顔の前に黄色に文字が発行する紙を突きつける。
長杖から放たれる真っ白な光を見て呆気にとられていたダンマーズは、それを見て正気に戻った。
「……また、強制徴兵かよ。マルスドゥ閣下に伝えてくれ。俺は戦争は嫌いだ。得意だが大嫌いだ。牢獄に送られてもいい、今回は徴兵拒否するぞ!!」
「いえ、実はこれは超短期の特別任務付きでして、このエルフの彼を副都まで無事に連れて行けとのことです」
もう一枚の命令書をフェルマはダンマーズの目の前で広げてみせる。
何かを察したらしいダンマーズは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「あんの、クソジジイ……」
「本当は明日の朝、テーベスタ一一家に伺って、事情を説明するつもりだったのですが、申し訳ありませんっ」
フェルマは必死に頭を下げている。
「おい、このヤクザをまだ殴り倒してないぞ。こういう弱いものいじめするバカが僕は一番嫌いなんだ」
不満顔の山田がフェルマの横から顔を出す。
「ああ、もう決闘は終わったんだよ。すまなかった。犬人たちには俺が侘びと迷惑料を送っておく。大事なご子息に肩が当たったとはいえ、やりすぎた。血の気の多いうちの若い衆にもよく言い聞かせておくよ」
「なんだと……」
適当に流されて怒りだした山田の、手に握り締められた長杖が鈍く光りだす。
それを見たフェルマが焦って山田の顔の前に立ちはだかり
「はいはいはい!!勇者様すいませーんっ。
この方は戦地から帰られたばかりで、まだ新顔の若い衆を上手く統率できていなかったのですっ」
身振り手振りを交えてフェルマは必死に山田に説明する。
「テーベスター一家と言えば、元々は正義を愛する立派な民兵組織ですよっ!ヤクザなんてとんでもなーい。ですよねっ。ダンマーズ・グランバーグ王国軍特務大佐?」
「……おう。だが……?勇者だと……」
ダンマーズは何かを言いかけて黙り込んだ。
「勇者様もすごかったですねー。あの流れるような棒術はどこで習ったんですか?」
「長い杖を使って闘ったのは初めてだ…全部、アドリブだ」
驚いたフェルマはその後は、テンション高く山田の棒術を褒め続けた。
上手く色々とごまかされたようで、山田はまったく納得いかなかったが、一応フェルマの言うことを聞き入れ、ダンマーズと戦うことを諦めた。とにかく家に帰る手段を手に入れなければいけない。
ふと手元を見ると、さっきまでの白い発光は止んでいた。