第二話 惑星ステラスター
山田は気付くと、真夜中の荒野のど真ん中に立っていた。雲ひとつない月明かりの空が照らす砂原には岩山やサボテンの様な植物が点在している。
「というわけでー。ようこそ惑星ステラスターへ!」
フェルマはキョトンとしている山田の前で両手を広げて歓迎のポーズをとる。
「あ、先ほど自己紹介は致しましたが、もう一度。わたくし、大賢者マルスドゥ様の使いでフェルマと申します」
光る鱗粉を撒き散らしながら、フェルマは甲高い声で喋りつつ、山田の周りをクルクル回る。
「なんだ……ここは……」
「ここはこの惑星の西の大陸である。ラー・マルケスです」
「あ、東の大陸ロー・セミアスは現在銀龍ストーム、腐死者エリスが勢力争いをしているので、こちらの方が平和ですよー。勇者様よかったですねー」
「そうそうエリスがですねー。ストームのフィアンセをゾンビ化しちゃったんですよ。そのメスのブラックドラゴンを殺した末にですね。酷いでしょ?で、今大人しいストームが大激怒中なんです」
「もちろん戦闘地帯では大破壊が行われているのですが、我らが大賢者オブディアンが"シールドⅣ"の魔法で紛争の隔離を敢行しています」
「Ⅳですよ!Ⅳ!歴史上初めてですよ!!無属性の防御魔法Ⅳは!!!私……ご主人様からとめられなければ、絶対見に行きたいです!!」
そこまでフェルマはまくし立てて、口に手を当てて、しまった。という顔をした。
「すいません……喋りすぎるのが悪い癖です……」
山田は何を話しているのか、まったく分からない
「なんかのテレビゲームの話か?すまないんだが僕は、お母さんのお夕飯を食べに帰らないと行けないんだ」
フェルマは少し困った顔をして、すまなそうに
「それはできないんです……本当にすみません。頭の悪い私では上手く説明できなくて……
とにかくご主人様に会ってもらえますか?」
怒りが沸いてきたが、周りの砂漠はどこだか分からないし、目の前の小さな妖精を締め上げてもしかたないな。と山田は判断した。
「わかった。お前のご主人に会おう。お夕飯の楽しい時間を諦めた代償は、そいつに払ってもらうぞ」
「……ありがとうございます。まずはここから2~30分ほど北に歩くとですね、バグディコという中規模の町があります。そこで一晩過ごしましょう」
「それから、そこから乗り合い馬車便に乗って半日くらいいけば、ご主人様が住む副都ジャーディーにつけると思います」
「明日には僕の家に帰れるのか?」
フェルマは困った顔した。
「そうですよね……私も元々住んでいた村や家が無くなって、ずいぶん経ちますが……家族って素敵ですよね……」
目の中が涙で一杯になっているフェルマを見て山田は「そういうことじゃないんだが……」
と言おうとした口を噤んだ。
とりあえずは、このよく分からない生物の言う通りにして家まで帰してもらう手段を手に入れないといけない。
寒い砂漠を30分ほど歩くと、広大なオアシスの中に立てられた集落が見えてきた。
大きな湖を中心に草原地帯の平地に建てられた商店街と、背後の高い山の岸壁に通じるなだらかな斜面にそって建てられた住宅地が
四メートルほどの木柵に囲われている。
人口は数千人~一万人くらいだろうか、外から見る感じだと、住宅や商店は木や石を中心にして出来ているようだ。
街の門にたどり着くと、胸の部分に大きな牙に削られた跡がついた鉄の鎧を着込み、長い槍を持った、185センチほどの屈強な守衛に止められた。
「おい、夜間は街への出入りは禁止だ」
「……!!」
鎧の兜の中の顔は豚だった。ピンクのリアルな豚の顔である。
「ん?俺の顔に何かついているか?」
言葉が出ない山田の代わりに、フェルマが豚の守衛の顔の前に飛んできて答える。
「大賢者マルスドゥの従者フェルマと申します。守衛さん、王国発行の自由通行証を見てもらえますか?」
そういいながら紫色に文字が発光している紙を渡した。
「マルスドゥ閣下のか……ん、本物だな。通ってよし!」
守衛が手をあげると、重そうな木の門は中から開けられた。
門をくぐり街中へと入っていく。
「おい、フェルマ。何だあれ。豚だったぞ……」
「あー、地球の方には珍しかったですか。この世界は様々な生物が二足歩行のヒューマノイドに進化しています」
「つまり、いろんな姿や顔の人間がいるということですよっ。姿が違うだけでみなさんただの人間ですし、気にせずにいきましょ」
ウインクして、ニコッと笑うフェルマに山田は絶句するしかなかった。
その後、街の大通りに入るとキリンの顔をし、タキシードを着込んだ背の高く首の長い紳士とすれ違い、犬の顔をしたカップルが尻尾を振りながら路地裏でディープキスしているところなども見た。
もちろん普通の人間ぽい人たちも沢山いるのだが、よく見ると背中から薄い羽根が生えていたり、目が金色だったり耳が尖っていたりする。
山田がクラクラした顔をしながら綺麗な三階建ての宿屋にたどり着くと、宿の受付はシャムネコの顔をしていた。メスのようだ。
「ミィーディアンホテル、バグディコ支店にようこそ。お客様二名様でございますね」
「はいっ。一晩お願いします。夕食と朝食もよろしくです。部屋は一緒でかまいません」
「では、丸耳のエルフ様とフェアリー様、二名様のご案内ー」
フェルマが書類にサインをし、料金を支払うと三階の見晴らしの良い部屋に通された。
山田とフェルマは街が一望できる窓際に腰掛けて、一息をつく。
フェルマは備えつけられていたお茶を両手でトポトポとティーカップに注いだ。
フェルマは小人用であるらしい小さな椅子に腰掛けて
「ふー疲れましたねー」とくつろぎ始めた。
「さっき受け付けのネコ人間が言っていたんだが……」
「ああ、エルフのことですね」
山田はうなづく。
「ええ、この惑星には地球にいる種族と同じ人間はおそらく居ません。断言はできないのですが……勇者様おひとりだと思います。エルフということにしておいた方が安全です」
「どういうことなんだ?」
フェルマは少し考え込んでから話し出す。
「わたしが、マルスドゥ様から聞き及んでいる限りでは、地球の人間は猿から進化したんですよね」
「おおざっぱだが大体そうだ」
「この惑星にもかつて猿人たちは沢山居たそうです。彼らは利益をめぐって猿人同士で内戦を繰り広げ、そして滅びました」
「そうか……一人も残らなかったのか?」
「生き残った数名の強力な個体は"デビル"に転生したという古代の文献があります」
「悪魔?」
フェルマは窓から見える街を指差しながら言った。
「ですね。彼らは不死に近く快楽に従って生きるので、もしかしたら、この街にも居るかもしれませんね」
「"ゲート"によるエネルギーの大量照射に耐え切ることでどんな生命体でもデビルになれるとは言われています。ただし儀式のやりかたは歴史の闇の中だし、おそらく耐え切れる個体は極少ないしで……。しかも、その狭い関門を抜けて、成りあがった個体は大抵知能が高いはずなので、そのまま雲隠れしますから、現在もその詳細な生態は謎のままです」
「わけがわからないな……」
こいつ人が全然聞いていないことまで、勝手によくしゃべるな……。と思いながら山田はお茶をすすった。
「ま、私も詳しくは知らないんですけどねっ」
「マルスドゥ様がおっしゃるには照射により百パーセントの遺伝子変異を起こす類人猿は
この惑星には生まれないとかなんとか……さっぱりです」
山田もフェルマの言っていることがさっぱりわからないので、興が乗ってきて一人で喋り続けるフェルマにそっぽを向いて、街の景色をぼーっと見ていた。
夜も深くなるというのに、街の大通りは明かりと人通りが絶えない。
「きゃあああああ助けてえええええ!!!!」
甲高い若い女性の声が大通りのほうから響いたのと同時に山田は部屋から走り出て、そこに向かっていった。