ChapterⅡ:決意。そして…… 【ジム=ビーム】②
ドン・ローヤル=リザーブ。
この荒くれ者の街を収めるボスの名前だ。
この街の力を借りるには、まず彼へ面会をして了承を得る必要がある。
私はローヤルの部下に連れられ、馬から下ろした大袋を引きずりながら彼の館の廊下を進んでゆく。
造りは立派な豪邸だが、廊下を飾る調度品は愚か絵画さえない。
彼は質実剛健で、無駄を嫌う性分と聞いているが、まさにその通りだと思った。
聞くところによるとこの豪邸も彼が作ったものではなく、彼の父でサント・リーの基礎を築いた先代のドン・オールド=リザーブが金持ちから奪ったものだという。
父から引き継いだこの館を中心に次代のローヤルは人を集め、辣腕を振るい現在のこの街を形作っていたと聞く。
「ボス、面会です」
「……通せ」
扉の向こうから少し高めの凛然とした声が聞こえてくる。
私の前にいる部下が扉を開けると、大きな二枚窓を背に立派な執務机で書類に向かっていた男が切れ長の目を私へ向けた。
目に掛かりそうなぐらい長い前髪。
ダークスーツに赤いネクタイを締め、書類を握る手は黒革の手袋に覆われている。
彼の切れ長の瞳は刃物のように鋭く、まるで市場で値踏みをするかのような視線で私を見ている
。一瞬、私は気後れしそうになったが、気持ちを立て直し、背筋を伸ばす。
「初めましてドン・ローヤル。私はジム=ビーム。この度は急なお願いながら面会をして下さりありがとうございましたなのです」
「構わないさ。申し訳ないがもう少し近くに来てくれないだろうか?この距離では話しづらいからね」
ローヤルに促され、私は大袋を引きずりながら彼の執務机へ近づいた。
「ありがとうジム=ビームさん。では早速話を聴こうか」
ローヤルがそう言い、私はずっと引きずっていた大袋を開いて、その名から金塊を一つ取り出した。
「これと同じものがこの袋の中には一杯です。ざっとの計算で三億ペセはあるのです」
ローヤルは指で部下へ指示を出す。
部下は私の手から金塊を取ると、ローヤルへ手渡す。ローヤルは机の引き出しからルーペを取り出して金塊の確認を始める。
本物と確認できたのか、ローヤルは机の上へ金塊を置いて、再び視線を私へ向けてきた。
「それでその三億ペセで我々に何をして欲しいと?」
「私に力を貸して欲しいのです。プラチナローゼズと銀兵士を倒す力を!」
「銀兵士……ああ、この間マドリッドを陥落させた銀色の機械のことかい?」
既にローヤルは銀兵士のことを知っている様子だった。
「そうです。その銀兵士を操っているのがプラチナローゼズという奴です。私は奴を殺したい。そのためにここへ交渉に来たです!」
「なるほど……それなら少し足りないね」
「えっ?」
「相手は正規軍をいとも簡単に跳ね除けて、数日で東海岸の主要都市を攻略した連中だ。なら幾ら我々であっても相応の被害を考えなきゃいけないよね?と、なると三億程度では少々物足りないんだよ」
「あと幾ら必要なのです?」
するとローヤルは首で部下に指示を出す。
彼の部下は静かに壁にあった扉を開く。
窓一つ無い、ロウソクの灯りだけが灯る部屋。
そこにはぼんやりと大きめのベッドが浮かんでいた。
「まぁ、とはいっても簡単に金を集めることなんてできないよね?もし、君があの部屋に踏み込んでくれるのなら、残金に関しては俺の方で工面しようじゃないか」
「……」
なんとなくローヤルが何を要求しているのかわかった気がした。
そして下衆だと思った。
きっと金が足りないわけじゃない。
でも、こっちは頼んでいる方なので、相手の言い分を聞き入れなければここで交渉は終わり。
その弱みに付け入れられている。
これが正規の商談だったら、こんな要求は跳ね除けてただろう。
純潔を捧げるなんて冗談じゃないと、文句を散々言った挙句、ここを出てゆくだろ。
―――でも、今は力がローヤル達の力が必要です。
実家の家族を守るため、ワイルドに殺しをさせないためにも、私は早く動き出す必要がある。
早くプラチナローゼズを殺さなきゃ取り返しの付かないことになってしまう。
自分の貞操と大切な人達を天秤にかけて、結果後悔することなどしたくはない。
―――たかが私の貞操。大切な家族達を守るためだったら!
私は足を踏み出し、目の前のベッドルームへ向かってゆく。
「待て」
部屋へ入る一歩手前でローヤルが呼び止めた。
「何か隠されていても困るものでね。入る前に全部脱いで貰えないか?」
「ッ!!」
「早くしてくれないか?それとも、できないのかい?」
ローヤルは蛇のような視線で私を睨む。
「……わかったです」
私はシャツのボタンへ指をかけた。
衣服と下着を脱ぎ捨て、生まれた時の姿になる。
部屋にいるローヤルの部下たちがうすら笑いを浮かべながら私を舐めるように視姦する。
恥ずかしさよりも、屈辱を私は感じる。
自分がローヤルの良いおもちゃにされているような、人間扱いされていないような感覚があった。
「お前たち、暫くの間は来客があってもここへ通すなよ」
ローヤルがそう指示を出すと、部屋にいた部下たちは全員静かに出てゆく。
「行こうか、ジム」
机から立ち上がったローヤルは私へ近づき肩を抱く。
ローヤルはそのまま私を連れてベッドルームへ入り、扉を閉めた。
そして部屋へ入って直ぐに私はベッドへ押し倒された。
「身長の割に胸は立派じゃないか、ジム」
「ッ!うくっ……」
いきなりローヤルが私の首筋に吸い付いてきた。
ぬるりとローヤルの舌が私の首を舐め、鳥肌が立つ。
覚悟は決めたつもりでいた。
大切な人達のためにも、自分の身体などどうにでもなれと思っていた。
自分がこれから、目の前の会って間もない男に何をされるのかわかっていた。
でも、実際にこうなってみると、辛くて仕方が無かった。
怖くて堪らなかった。
経験がない分、嫌悪感と未知への恐怖が否応なしに重なってしまう。
自然と私の体は強張り、目には涙が浮かび始めていた。
するとローヤルは突然、私の首筋から舌を離した。
「怖いかい?」
ローヤルが耳元でそう呟く。
正直に、首を縦に振りたい私がいた。
もうやめてほしいと、叫びだしたい私がいた。
だけどそう思う自分の中で、更にそんな自分を強く戒めようとしている自分がいることにも気づく。
―――ここで抱かれるだけで、私は力を得られるです。大切な人達を守る力を!
お父さん、お母さん、ジェイコブ、ブッカー、ディビット、ローゼズ、ハーパー……そしてワイルド……みんなの顔が次々と浮かんでくる。みんなにはこれからも笑顔でいてほしい。
早くみんなの笑顔を、安心して暮らせる世界を取り戻したい。
ここで、自らの貞操を守ることは簡単だ。
でも、そうしたらきっと私はもっと後悔をしてしまう。
私の胸の中にいる、大切な人達の笑顔がもう二度と見られなくなってしまう。
その方が怖かった。
嫌だった。
悲しかった。
もう誰にも居なくなって欲しくはない。
アーリィのように消えて欲しくはない。
そしてきっと同じ想いを抱えているワイルドの手を血で汚させたくはない。
血で汚すのは年上の私の役目。
私の責務!
意を決した私はそっと私へ覆いかぶさるドン・ローヤルを抱きしめた。
「興を冷ましてしまって申し訳なかったですドン・ローヤル。何分、経験がないためちょっと動揺しただけですが、もう大丈夫です。貴方が望むこと、私はなんでもするです。好きにして良いです……」
不思議なほど、私の中から恐怖心がなくなっていた。
だけどローヤルは一切反応を示さない。
ローヤルはゆっくりと私から離れ、そしてベッドから降りた。
「ドン・ローヤル……?」
ローヤルはクローゼットから小さめのシャツとダークスーツを取り出し、私へ向け投げた。
「着ろ。サイズは合うはずだ。そのままでは風邪を引く」
そういってローヤルは近くにあった椅子へ座り、懐から取り出した葉巻へ火を着けた。
「どういうことですか?」
訳がわからなかった。
どうして気が変わったのか理解できなかった。
ローヤルは一服し、
「実は君の覚悟を見定めるためにこうさせて貰ったんだ」
ローヤルは紫煙を燻らせながら続ける。
「これまで我々に頼ろうとする奴はたくさんいた。でもそいつらの殆どは自分の手を汚すのを嫌がって、ここへやってきていたんだ。自分の手は汚さず、金の力で我々に汚れ仕事を依頼する……でも、例え自身が手を下さなくても、手が汚れるのは違いない。だけど実際はそれを理解してない奴が大半なんだ。だから俺は誰かが仕事の依頼に来たらここに通すようにしてる。でも殆どの連中は泣き叫び、俺の許しを請う。自らが汚されることに嫌悪して泣き叫び続ける。俺たちには手を汚させて、自分は一切汚れたくないと思っている。そんなの最悪だ」
ローヤルは葉巻を揉み消し、私の方を見た。
「でもジム、君は違った。汚れ仕事頼んだ上に、自らが汚れることにも納得していた。実を言うと残金はコレ。君の覚悟を俺は知りたかったんだ」
「じゃあ……」
「良いだろう、ジム=ビーム。金と君の覚悟は確かに受け取った。我々サント・リーは君に力を貸そう」
「あ、ありがとう!ありがとうなのです、ドン・ローヤル!な、なら、尚のことこのままではダメなのです……!」
さっきまでローヤルという男に嫌悪感を抱いていた。
でも今や嫌悪感はなく、親しみに近い何を覚えている私がいた。
「このままではドン・ローヤルが生殺しなのです。もう覚悟はできてるのです。だから私を思うがまま抱いて欲しいのです!」
「……」
何故か、ドン・ローヤルは困ったような顔を浮かべた。
やがて彼はおずおずと立ち上がりジャケットを脱いで、ネクタイを外し、シャツのボタンへ指をかける。
シャツの下には彼の胸を覆うように包帯が巻かれている。
彼が包帯に指をかけると、何故か胸の谷間のようなものが見えた。
その時初めて私は気がついた。
「もしかしてドン・ローヤル貴方は……?」
「ああ。実は俺、女なんだ」
「マジでぇすかぁ!?」
うっかり大声を出してしまったが、ドン・ローヤルは笑って許してくれた。
「なにぶん荒くれ者をまとめなきゃならない身なんでな。女だと知れたら舐められると思ってね。だからこうして男と偽っているんだよ。俺が女だってことはお父さ……コホン、先代のオールド=ローヤルしか知らない……つまり、だからその、この後はしなくても大丈夫だ」
凛々しく、懐の深いドン・ローヤルが突然可愛く見えて仕方かなった。
でも、そうなると腑に落ちない点が一つだけある。
「だったら、さっきの話しがよくわかんないのです。じゃあ、この部屋でドン・ローヤルは一体何を?」
ローヤルは首で壁を指す。
ロウソクの灯りの中にぼんやりと、壁に立てかけてあった拘束具や縄、ムチ、使用前の太いロウソク、更には用途不明な先端が丸まっている棒などがあることに気がついた。
「色々とアレでね。老若男女問わず」
「なるほど……ドン・ローヤルはそういう趣味だったのですね。貴方は相当な変態なのでぇすねぇ」
試しにそう言ってみる。
やはりドン・ローヤルは笑ってくれた。
「そういう性的嗜好だ。それに俺は脱がずに済むしな」
「なるほど。確かにそうですねぇ」
「ジム、君はこういうの興味あるかい?」
私はドン・ローヤルへの問へニヤリとした笑みを返した。
「興味あるですね。どっちかといえばドン・ローヤルと同じする方ですが。なんてったって、馬の調教をしてましたですからね!」
「ほぅ……君も相当な変態だな?」
「褒め言葉です」
「じゃあ今度手解きを願おうか?」
「喜んでです、ドン・ローヤル!」
「ジム、俺たちはもう同志だ。気兼ねなくローヤルで良いよ」
「わかったですローヤル!」
その時、扉がノックをされた。
ローヤルは視線で私へ服を着るよう促し、彼女自身も素早く着衣を正した。
「問題ない。入れ」
再び、サント・リーの代表:ドン・ローヤル=リザーブの表情に戻った彼女がそういうと、血相を変えた彼女の部下が飛び込んできた。
「ボス!怪しい飛行物体と中央政府の敗残兵が街の東側で交戦してますぜぇ!」
ローヤルが視線を向けてくる。
―――おそらく接近しているのは銀兵士の筈です。
「そのまま放置をしたらきっと銀兵士はサント・リーへ攻撃をしかけてくる筈です。今すぐ打って出るのです!」
私がそう言うとローヤルは力強く頷き返してくれた。
「出られる奴全員に伝えろ!直ぐに街の東へ集合!敗残兵を救出し、飛行物体を殲滅する!」
「わかりやした!」
部下は飛び出してゆく。私とローヤルも館を出て、サント・リーの東側へ向かった。




