ChapterⅡ:決意。そして…… 【ジム=ビーム】①
●ジム=ビーム●
悲しかった、辛かった。
ずっと一緒に旅をしてきた、アリたんが居なくなった。
殺されてしまった。
もう一緒にふざけられない。
話しをすることもできない。
もうアリたんはこの世に居ない。
どんなに呼びかけてもアリたんは戻ってこない。
そしてアリたんの死は、私にまた別の恐怖を抱かせた。
プラチナローゼズは世界を破壊する。
その世界には実家の家族と牧場も含まれている。
―――お父さん、お母さん、みんな、無事でいてくださいです!
昼も夜も関係なかった。
早く、家族の下に駆けつけて安否を確認したかった。
私は馬を限界まで走らせ、実家のハイボール牧場を目指す。
そして五日目の朝、周りは見知った風景に変わっていた。
テラロッサの上にあるまっすぐな並木道。
ここを越えた先がハイボール牧場。
私ははやる気持ちに押され、馬へ更に拍車をかける。
「なんです……これ……?」
しかし並木道の先にはなにもなかった。
いや、正しくはハイボール牧場がなくなっていた。
ご先祖様からずっと引き継いていた母屋は煤けた骨組みだけになっていた。
馬屋や牛舎も一緒だった。
放牧地帯の青々とした芝生は全て焼き払われ、そこに転がっている数え切れない程の家畜の死骸に猛禽類が群がっている。
誰もいなかった。
なにもなかった。
あるのは破壊の後と無数の家畜の死骸だけ。
胸が突然痛みだし、頭の中が滅茶苦茶に混乱する。
目の前の光景が夢ではないか、幻ではないかと勝手に思い出す。
「嘘……です……こんな……!」
私は馬から降り、牧場へ走った。
「嘘です!嘘ッ!こんなの信じないのですッ!!」
信じたくなかった。
こんなのありえないと思った。
実家が、ハイボール牧場が消えるはずない。
だから私は必死になってガレキの山をひっくり返し始める。
―――ここは私の実家じゃないです!どこか別の、違う牧場に違いないのです!
その時、私の手に布の切れ端のようなものが引っかかった。
「これって……?」
端々が焼け焦げた赤いチェックの布の切れ端。見覚えがあった。
あれは去年の冬、三つ子の弟たちが喧嘩しないようにと私はお揃いのシャツを贈った。
お店でどれが似合うのか散々悩んだ挙句みつけたソレの生地の記憶は私の頭の中にはっきりとある。
今、私の手の中にある焼け焦げた生地と記憶の中にある生地が否応なしにぴったりと重なる。
「嘘です……誰か嘘と言ってくださいです……」
しかし誰も嘘とは言ってくれるはずもない。
既にここには誰も居ない。
胸の痛みがより一層強まり、気分が悪かった。
自然と目から涙がこぼれ落ちて、手の上のある赤いチェックの生地へ落ちて行く。
やっぱり目の前の惨状は現実。
ガレキばかりが横たわるここはハイボール牧場。
もはや誰もいない私の実家。
「どうしてです……どうしてこんなことに……」
「姉ちゃん……?」
後ろから聞こえた声に、私の心臓は一瞬高鳴った。
ゆっくりと声がした方へ視線を移す。
木々が犇めく牧場脇の森の前。
そこに黒い煤で顔や手足を汚した三人の小さな男の子達がいた。
「ジェイコブ!ブッカー!ディビット!」
私は急いで駆け寄り、森の前にいた三つ子の弟たちを強く抱きしめた。
「やっぱ姉ちゃんだぁ!」
「姉ちゃんお土産は!?」
「そんなに泣いてどうしたの?どこか痛くしたの?」
弟たちはそれぞれ元気そうな声を私に聞かせてくれる。
それが嬉しくて堪らなかった。
「お帰りジム」
お母さんの声が聞こえた。
顔を上げると目の前には弟たちと同じく服をドロドロに汚しているけど、でも元気そうなお母さんとお父さんの姿があった。
「お母さん……お父さん、無事だったんですね……?」
「お父さんがみんなを助けてくれたの。森の中に逃げ込んだおかげで難は逃れたわ」
お父さんは少し恥ずかしそうに俯く。
いつもはお母さんの尻に敷かれているけど、でも肝心な時に頼りになる。
いざという時に頼りがいがあって、尊敬できる人。
やっぱり私のお父さんは素晴らしくて、凄い人なんだと私は改めて思った。
「何があったですか?」
気持ちが落ち着き、私は当然の問いをお父さんへ投げかける。
「分からんでやす。急に奇妙な銀色のまんまるいのが飛んできたかと思えば、突然牧場を攻撃し始めたでやす」
「そう!あのまんまるいのお家焼いた!」
「馬や牛をたくさん殺した!」
「姉ちゃん、これから金儲けどうしよう?」
お父さんに続き、三つ子の弟達が私の胸の中で叫んだ。
―――きっとプラチナローゼズの銀兵士がハイボール牧場を焼いたです。
私の家族をまた危険に晒したです。
許せなかった。
そしてこのままプラチナローゼズを放置してはいけないと思った。
―――あいつがいる限り、アンダルシアンにはどこにも安全なところはないです。
あいつは消すべきです。この世から抹消すべき存在です。
そしてそれはきっとワイルドも同じことを思っているはず。
アリたんの……アーリィの前で別れた時、彼は冷たい光を瞳に宿していた。
まるで出会った時の、マッカランの命を狙っていた時のような殺意に満ちた目。
―――ワイルドはきっとその手でプラチナローゼズを殺す気でいるです。
アーリィの仇を討つために……
ワイルドの気持ちは理解できる。
私だってアーリィを殺したプラチナローゼズが憎い。
実家の家族を危険に晒した奴が憎い。
―――私もプラチナローゼズを殺したい。
奴を殺してアーリィの仇を討ち、実家の家族が安心して暮らせるアンダルシアンに戻したい。
これは私がやるべきことだと思った。
ワイルドよりも年上の私こそが背負うことだと思った。
年下の男の子がその手を血で汚そうとしているのを見過ごせない。
―――プラチナローゼズを殺るのは私の役目!
決意は固まった。
「姉ちゃん……?」
私は三つ子の弟達を離し、馬へと向かってゆく。
そして馬に括りつけていた、どっしりと重い袋を一つ外して、弟達の前へ置いた。
袋を開き、中に入っている無数の金塊を家族へ見せる。
家族たちはみんな袋の中に入っている金塊に目を丸くしていた。
「約5000万ペセの価値があるです。これで暫くはなんとかなるのです」
私は金塊を前にきょとんとする三つ子の弟たちを再び抱きしめた。
「ジェイコブ、ブッカー、ディビット、良く聞くのです。お姉ちゃんはまた旅に出るのです。今度はお前たちがお父さんとお母さんをしっかりと守るのです。これはお姉ちゃんとしての最後の命令です。しっかりとこの言葉を胸に刻むのです」
私はそう弟たちへ語りかけると、立ち上がり迷うことなく家族たちへ背を向けた。
「ジム、どこへいくでやす!?」
「ジムッ!!」
お父さとお母さんの声が背中へ響く。
―――きっとこれが実家の家族とのお別れです。
もう二度とここへ戻ってくることはないのです。
振り返ってしまえば決意が揺らいでしまう。
せっかく固めた決意が崩れてしまう。
実家の家族たちは口々に私の名前を呼ぶ。
でも私は一切振り返ることなく、馬へ跨り、拍車を掛けた。
馬は叫びを上げ、走り始める。
―――さよならですお父さん、お母さん、ジェイコブ、ブッカー、ディビット……
私は荒野を馬で走りながら一人で泣いた。
●●●
私は荒野を馬で駆け抜けて、再び東海岸の方角を目指す。
目的地は東海岸と内陸部の境の荒野にある街。
中央政府に認可されていない【非合法の街:サント・リー】
そこで暮らしているのは世間から阻害された荒くれ者か、無法者しかいない。
金が全てで、しかし金さえあればどんな荒事でも引き受けてくれる街。
私はそこを目指して荒野を馬で駆け抜けて行く。
やがて荒野の果てに統一感のない街が見え始めた。
バラック、石造り、レンガ造り、木造といった様々な材質の家が立ち並び、自然と道を形作っている異様な街。
奇妙な街の間にある道へ飛び込めば、耳へすぐさま威勢の良い罵声や怒号が否応なしに飛び込んでくる。道ですれ違う人々の殆どの人相は悪い。
颯爽と馬で駆け抜ける私へ何人もの柄が悪そうな人たちが罵声を浴びせかけてくる。
だけど私は構わず馬をまっすぐと進ませ、真正面に見える一際門扉と本館が立派な邸宅の前へ向け馬を走らせる。
そして立派な門扉の前で馬を止めた。
「おめぇなんだ!!」
門番だろう、柄の悪そうな男がいきなり罵声を浴びせかけてくる。
私は馬から飛び降り、そして馬に括りつけていた小袋を外して、乱暴に中身の金塊を取り出して門番へ見せつける。
「ドン・ローヤルとの交渉に来たです!金はあるからさっさと面会させるです!」
門番の男は目の前に金塊に一瞬目を丸くすると、慌てた様子で門扉の中へ駆け込んでいったのだった。




