ChapterⅡ:決意。そして…… 【フォア・ローゼズ】
【VolumeⅤー再臨の黒ChapterⅡ:決意。そして……】
●フォア・ローゼズ●
アーリィが死んだ。
わたしの目の前でまた家族が一人死んだ。
もうアーリィはわたしへ話かけてくれない。
ローゼズと呼んでくれない。
お別れはハミルトンで終わりにしたかった。
もう誰も居なくなって欲しくはなかった。
でも居なくなった。
とても悲しかった。
もうアーリィと一緒にご飯を食べられないと思ったら、胸が苦しくて、涙が出た。
寂しくなった。
でも、ワイルドはもっと悲しい筈だと思った。
わたしの隣にいるワイルドはもう泣いてなかった。
ただ静かに死んでしまったアーリィを眺めているだけ。
それだけなのにわたしはワイルドの横顔が凄く怖く感じた。
ワイルドは凄く怖い目をしていた。こ
んなワイルドを見るのは二回目。
一回目は、ワイルドのお母さんが死んだ時。
氷みたいに冷たくて、鉄のように硬い顔をしたワイルドからひしひしと殺意が、はっきり感じられる。
―――きっとワイルドはプラチナローゼズを殺したいと思っている。
【殺意は殺意を呼ぶ】
一度の殺しは新しい殺しを生む。
殺しをした人を、ずっと逃れられない呪いの中へ落としてしまう。
―――ワイルドにはそうなって欲しくない。
何度もわたしを救ってくれたワイルドにはわたしと同じような思いはして欲しくない。
ワイルドはワイルドのままでいてほしい。
誰も殺さずにいてほしい。
―――ならどうする?わたしはどうしたい?
答えは決まっていた。
―――わたしが代わりにプラチナローゼズを殺す。
わたしが殺人マシーンに戻れば良いだけ。
もうわたしは【殺しの呪い】の中にいる。
ワイルドが殺すよりも、わたしが殺したほうがいい。
わたしが一人多く殺したところでなにも変わらない。
わたしを追いかける人が何人か増えるだけ。
なによりもわたしはワイルドの力になりたい。
大切な家族のワイルドにもう辛い思いはさせたくない。
だからわたしは一人で旅に出ると決めた。一人で馬に乗って、ワイルド達から離れた。
きっと、もうワイルド達と会うことない。
―――わたしは真紅の薔薇。血染めの赤い薔薇。真っ赤な薔薇は一つだけでいい。
わたしは馬を走らせ続けた。
どこにプラチナローゼズがいるか分からない。
どこへ行ったらいいかも分からない。
―――でも絶対にワイルドより先にプラチナローゼズを見つけて殺す。
手を汚すのはわたしだけでいい。
わたしが殺るのが一番良い。
わたしは早くプラチナローゼズをみつけようと夢中になって荒野を馬に乗って走って行く。
そして馬を走らせ始めて一日目の夕方、丁度岩がたくさんある山道に差し掛かった時、横から鋭い殺気を感じた。
「ッ!?」
飛び降りた馬が悲鳴を上げて白目を剥いて倒れた。
馬の胴体には猛獣の爪で引き裂いたような生々しい傷が浮かんでいる。
再び、殺気を感じてわたしはビーンズメーカーを抜いて、目の前に翳した。
虎の様な爪がビーンズメーカーにぶつかって赤い火花を散らす。
一瞬、黒い襲撃者に隙ができた。
わたしは足払いを繰り出す。
でも襲撃者は後ろへ飛んで、足払いを避けた。
「ッ!」
わたしはビーンズメーカーを襲撃者に向ける。
襲撃者もごつごつとしたオートマチックピストルの銃口を向ける。
わたしと襲撃者は同時に引き金を引いた。
空気とコーン(火薬)の炸裂音が響き、豆と鉛玉が一瞬でぶつかって砕け散る。
わたしは走り出す。
襲撃者も。
荒野にわたしと襲撃者の銃声が響き続ける。
あっちの弾が当たらなければ、わたしの弾も当たらない。それでもわたしは銃撃を続ける。
瞬間、襲撃者の銃撃が一瞬止まった。
―――予想通り弾切れ!
わたしの銃に残っていた最後の一発を襲撃者の眉間へ目がけて放つ。
すると襲撃者の姿が目の前から消えた。
背筋がぞくっとする。
わたしは咄嗟に振り返り、腕を突き出す。
「何っ!?」
わたしは背後でバグナグを構えていた襲撃者の右腕を取っていた。
「お終いッ!」
「ッ!!!」
わたしは襲撃者を後ろへ投げ飛ばした。
そして振り返り、倒れ込んだ長い赤髪の襲撃者の額へビーンズメーカーを突きつけた。
「なんで襲うのマッカラン?」
わたしを紅兵士にして、たくさんの殺人を命令してきた人。
ワイルドと一緒に倒して、永久隔離施設に入れられた筈のマッカランがそこにいた。
「腕は落ちていないようだな、ローゼズ」
銃を突きつけられているにも関わらず、マッカランは不敵な笑いを浮かべていた。
「答える!お前はプラチナローゼズの仲間!?」
「ククッ、良い目に戻ったな。それでこそ真紅の薔薇だ」
「うるさい!」
「そう怖い目をするなローゼズ。言っておくが私はプラチナローゼズの仲間ではないし、君の命を欲してなどないよ」
「……?」
自然とわたしはマッカランから銃を下げる。
今のマッカランからは殺意と敵意を感じなかった。
それでも油断はできない。
わたしは身体を緊張させたまま、
「目的は何?」
「私と手を組む気はないか?」
「手を組む?」
「共にプラチナローゼズを殺さないか?以前の主従関係ではない。あくまで対等なパートナーとして組み、奴の命を狙うのだ。どうかな?」
「マッカラン、お前の目的はプラチナと同じ。世界の破壊と否定のはず」
マッカランは自分の命を狙う世界を恐れている。
だからかつてゴールデンプロミスを組織して、私のような紅兵士を造り、バーボンで世界を焼き払おうとしていた。
「確かに昔の私はそうしようと思っていた。でも今は違うと言っておこう」
「?」
「永久隔離施設にいて気づいたのだ。あそこにいれば私は世界を否定する必要はない。誰も居ない世界、安全な世界で一生絵を描いて過ごせる。その素晴らしさに気づいたのだ……だが、プラチナがいる限り、私の、私だけの過ごしやすい空間は戻ってはこない……秩序がなければ私の様な極悪人を裁きとして隔離してくれる世界は現れてはくれないからな……」
「相変わらず身勝手」
やっぱりマッカランはマッカランだった。
傲慢で、自分の事しか考えていない。
自分のためだったら他人をあっさりと踏み台にする。
それがマッカランという人。
だけどわたしがそういうとマッカランは少し寂しそうな顔をした。
「正直に言おう。信じてはもらえないと思うが、私はこれまでのことを反省しているのだ……」
「反省?」
「ああ。永久隔離施設の穏やかな生活の中で私は自分がこれまで犯してきた非道の数々に気づいたのだ。自分自身のために他人を踏み台にし、傷つけてきたことを……特に君とハミルトンには本当に申し訳ないことをしたと思っている」
「……」
「だから少しでも良いのでこの世界へ償いがしたいのだ……」
その時、わたしの感覚が何かを捉え、空を見上げた。
マッカランも一緒なのか、空を仰ぎ見る。
橙色の空に浮かぶ五個の銀色の玉。
プラチナローゼズが操る銀兵士。
わたしとマッカランはほぼ同時に地面を蹴る。
さっきまでわたしとマッカランが居た地面へ銃弾が降り注ぎ、数えきれないほどの弾痕を付ける。
わたしは銀兵士を撃ち落とそうとビーンズメーカーの銃口を空へ向ける。そ
の時、既にマッカランは空に浮かぶ銀兵士の一体にバグナグを突き刺していた。
マッカランはバグナグで銀兵士の装甲を引きはがす。
装甲の下にある脆そうな配線や機械が良く見える。
瞬間、わたしはビーンズメーカーの引き金を引いたまま、右手の五本の指で撃鉄を素早く撫でた。
五発の弾が一斉に飛び出し、装甲が剥ぎ落された銀兵士へ吸い込まれてゆく。
銀兵士は空で花火のように爆発した。
―――残り四機!
次の銀兵士へ銃口を向ける。
すると、やはりマッカランは先回りして銀兵士の装甲をバグナグで剥いでいた。
マッカランは銀兵士の装甲を剥いでは次の銀兵士へ飛び移り、わたしは脆そうな内部を晒した銀兵士へビーンズメーカーを撃ちこんでいた。
五機すべてを撃ち落とすまで数十秒。
既に空に銀兵士の機影は無い。
マッカランは地面へ降り立った。
―――使える。
マッカランは戦う力として良いと思った。
マッカランの力は私の戦いに役立つ。
―――もしまたマッカランが妙なことをしようとしたら殺せば良いだけ。
殺す人の数が増えるても大したことじゃない。
わたしはもう殺人マシーンに戻ると決めた。ワ
イルドのために【真紅の薔薇】に戻ると決めた。
「マッカラン」
わたしはマッカランへ声を掛けた。
マッカランはゆっくりと振り返ってくる。
「プラチナローゼズを殺すまで。それが一緒に戦う条件」
わたしがそういうと、マッカランは少し笑った。
「良かろう」
マッカランは握手を求めてくる。
わたしは迷わずマッカランの手を取る。
わたしとマッカランは手を強く握りあう。
少しマッカランを頼もしく思った。
―――ワイルドに殺人は絶対にさせない。ワイルドの手を血で汚させない。プラチナローゼズを殺すのはわたし。たくさんの人を殺し続けてきた、真紅の薔薇のわたしの役目。
わたしとマッカランはアンダルシアンの荒野へ一緒に踏み出してゆく。
プラチナローゼズを殺すために……




