ChapterⅠ:それぞれの旅立ち
【VolumeⅤー再臨の黒ChapterⅠ:それぞれの旅立ち】
「アリたん、起きるです……!起きてまたみんなで旅するです……ねぇ……アリたんッ!!」
ジムさんの悲痛な叫びが廃墟と化した教会へ響く。
でもそれはあっという間に空気の中へ溶けて消えた。
ジムさんは黒い柩へ身を寄せ、何度も何度もアーリィの名前を叫ぶ。
粉々に砕けたステンドグラスの間から朝日が差込み、柩の中で綺麗な花々に囲われたアーリィの顔を明るく彩る。
だがアーリィの口と瞳は強く閉じられている。
そこがもう二度と開かないのはここにいる誰もが理解していた。
それでもジムさんは、必死にアーリィの名前を叫びながら彼女の体を揺らす。
「アーリィさん……クッ……」
ハーパーは瞳に涙を浮かべながら、棺で眠るアーリィから視線を外す。
隣にいたジョニーさんは心配そうにハーパーの肩を抱いた。
「……」
ローゼズは壁に背中を預けながら俯いていた。
テンガロンハットで顔が隠れ、表情を伺い知ることはできない。
ただ静かに時が流れ、ジムさんの嗚咽が延々と響き渡る。
俺もまたアーリィが静かに眠る柩を呆然と眺め続けていた。
胸が締め付けられるように痛い。
しかし俺の瞳から涙がこぼれ落ちることはもう無かった。
俺の涙は当の前に枯れ果てていた。
そして、今俺の胸の中にあるのは悲しみじゃない。
氷のように冷たく、でも心を荒ぶらせる感情……それは怒り。
アーリィはプラチナローゼズに殺された。
俺の腕の中でゆっくりと眠るように目を閉じて、それっきりだった。
今でも腕の中で徐々に冷たくなってゆくアーリィの感覚が忘れられない。
幼い頃からずっと一緒に居た、やかましくて、間抜けだけど、俺のことを一番よく理解してくれて、何よりも心の底から愛していたアーリィはもう俺へ声をかけてはくれなくなった。
一番失いたくない人が俺の目の前から消えた。
そして彼女はもう二度と戻らない。
俺に声をかけてくれない。
笑顔を向けてはくれない。
もう目覚めてはくれない。
ただ、黒い柩の中で花々に囲われ、静かに眠り続けるだけ。
アーリィを失った衝撃と悲しみは一時、俺からあらゆる力を奪い去った。
生きる気力を失わせた。
もう生きている意味はない。
アーリィが行ってしまったところへ俺も行きたい……だけど、深い悲しみの底にあった感情が俺を、アーリィが居なくなってしまったこの世界に辛うじてつなぎ止めていた。
深い悲しみの奥底にある、氷のように冷たく、しかし体を激しく突き動かす烈火のような感情。
アーリィを俺から奪ったアイツ(プラチナ)へ向く、純粋な感情。
それは怒り、そして憎しみ。
―――愛するアーリィは死んだ。何故だ?
プラチナローゼズが殺した。
―――ならどうする?俺から最愛の人を奪ったプラチナローゼズをどうする?
……消す。滅する。殺す―――その答えに至った。
でもプラチナを殺したところでアーリィは戻ってはこない。
それは分かっている。
きっとアーリィもそれを望んでいないのは分かっている。
でも、俺は銃を握らずにはいられない。
俺から、目の前で大切な人を奪ったアイツ(プラチナ)を許すことはできない。
決してできない。
―――俺の手で殺す。俺から大切な人を、アーリィを奪ったプラチナローゼズを……!
まだ俺はアーリィの居なくなってしまったこの世界に居なければならない。
やるべきこと、プラチナローゼズを殺すこと。
それが残っている。
「ローゼズどこへ行くのですか?」
突然、ハーパーが声を上げた。
視線を傾けてみると、隣で壁に寄りかかっていたローゼズが歩き始めていた。
ローゼズはテンガロンハットを深く被ったまま、ハーパーに答えることなく教会の入口へ向かってゆく。
彼女は静かに扉を開き、瓦礫ばかりの外へ出た。
暫くして馬の鳴き声が聞こえ、馬蹄が響き始める。
やがて馬蹄が地を蹴る音は遠ざかり、聞こえなくなってゆく。
それっきりローゼズがここへ戻ってくることは無かった。
「皆様、ここから退散してください!銀兵士が接近しております!」
ローゼズの代わりに血相を変えしたバーンハイムさんが教会の中へ飛び込んできた。
突然、ジムさんはアーリィの眠る柩から立ち上がる。
ジムさんは涙を拭い、真っ赤に腫れ上がった瞳でアーリィを一瞥する。
そしてつま先を俺へ向け、近づいてきた。
「ワイルド、申し訳ないですけど一緒にいるのはここまでです。実家が心配なので私は西海岸に帰らせて貰うのです」
「……そうですか」
止めることなどできなかった。
こんな状況だ、実家の家族を心配する気持ちは理解できる。
「ジムさんも!?待ってください!!」
ハーパーはジムさんへ声をかける。
するとジムさんは入口の前で立ち止まり、踵を返した。
「今までありがとうです、ワイルド、ハーパー……」
ジムさんは小走りで教会を出て行った。
「ワイルド様、あの……」
ハーパーは状況を受け止めきれていないのか、不安げに俺へ寄り添ってくる。
多分、ハーパーはこの状況で自分がどうしたら良いのか分からないらしい。
だが今の俺はハーパーへ答えを出してやることはできない。
余裕が無かった。
ハーパーを安心させてやる気持ちの余裕が無かった。
俺の胸の内はプラチナに対する憎しみで覆い尽くされているからだった。
「そろそろ時間ね。ワイルド君、私はアーリィちゃんをモルトタウンに送ってくけど君はどうする?」
ジョニーさんの問いに俺は首を横へ振った。
俺にはやるべきことがある。しなければならないことがある。
―――俺はアーリィの仇を打つ。プラチナローゼズをこの手で殺す。
それは一筋縄ではいかない。
奴には大量の銀兵士と三銃士がいる。
今のままではプラチナを殺す前に、俺自身が殺されてしまう。
今の俺では全く力が及んでいない。
それはマドリッドでの戦いで嫌ほど思い知らされた。
―――確実に奴を殺すためには腕を磨くしかない。もっと力をつけなければならない。
プラチナは世界を破壊する。
しかしそんなこと俺の知ったことではない。
だけど俺はプラチナを消したい。
この世界から消滅させたい。
この手で殺したい。
それが俺がまだ生きている意味。
アーリィの居ない世界に留まる唯一の理由。
生き方は決まった。
俺がこれからどう残りの命を使っていくかの。
俺は柩の中で眠りアーリィへ歩み寄ってゆく。
そして柩の前へ跪き、最愛の人の冷たくなった頬をそっと撫でた。
「今回ばかりは見逃してくれよ、アーリィ……」
俺はアーリィへそういう。
しかし彼女は何も答えず、静かに眠り続けるだけだった。




