ChapterⅣ:暁の結末①
【VolumeⅣー【死】をもたらすために【破壊】をChapterⅣ:暁の結末】
ぼんやりと地平線の向こうが薄い紫色に染まっていた。
月は白く浮かび、夜明けがもうまもなくであることを告げている。
俺とアーリィは首都マドリッドを見下ろせる丘にやってきていた。
人の視野では到底把握しきれないほど、目下には無数の建物が並んでいる。
きっといつもならマドリッドの中央を走る大通りには馬車は人が数多くの人が溢れかえってるのだろう。
しかし大通りに人の姿は無く、マドリッドは首都とは思えないほどの静けさに包まれている。
マドリッドの各所からは黒煙が昇り、時折銃声のような音が響き渡っていた。
「おお!ワイルド殿にアーリィ殿!ご無事でしたか!!」
多数の中央政府軍人の中で響さんがいち早く俺とアーリィに気がついた。
「ワイルド様、アーリィさん!大事はありませんでしたか!?」
響さんの近くにいたハーパーは真っ先に俺たちへ駆け寄ってくる。
「ああ、問題ない。ハーパーこそ大丈夫か?」
「はい!私は何も!お二人共良かったです、本当に……」
ハーパーは目に少し涙を溜めてそう答える。
「ふーん……」
何故か、ハーパーの隣にいたジムさんは妙な唸り声を上げながら、アーリィのことを見上げていた。
「どうかしたんですか、ジムさん?」
俺が聞くとジト目のジムさんは、
「なんか二人近くないでぇすか?」
「「えっ?」」
思わず俺とアーリィは同時に声を上げた。
お互いに視線を交わしてみれば、確かに俺とアーリィの距離は手をつないでいないにも関わらず近い。
「なんかあったでぇすかねぇ?」
「「何もありません!!」」
またまた俺とアーリィは声を重ねて、お互い顔を真っ赤にしながら離れた。
するとジムさんは、
「やれやれ、ついにアリたんやっちまったですかぁ……」
「ッ! ちょ、ちょっとジムさん!!」
何故かアーリィは俺以上に顔を真っ赤にして抗弁する。
「全く、私たちが必死にマドリッドを目指してたっていうのにアリたんは……」
「ち、違います!未だです!未だ!!そんな外なんかでしません!!」
「んー? 外でって、何がでぇすかぁ?」
「あ、あ、あ、それは!」
「そっちは未だってことは、他のことはしたでぇすかねぇ?」
「ちょっとワッド助けてぇー!」
突然、アーリィが俺へ泣きついてくる。
「バ、バカ!俺に振るな!!」
「こういう時こそ守ってよ!男でしょ!?」
「だからそういうことは!!」
「ふーん……」
ジムさんは鋭い視線で俺とアーリィを睨んでいる。背筋がゾクッとして危険を肌で感じる。
―――ヤバ、これってエビルジムさん!?
「まっ、今は追求やめとくでぇ~す。とりあえずお帰りです、ワイルド!アリたん!」
ジムさんは普通の笑顔を浮かべて、俺たちを労ってくれた。
ギリギリセーフ。
でもなんとなく後が怖い気がするのは気のせいじゃないんだろう。
―――ジムさんにもいじられるな……やれやれ。
「おい、アインザックウォルフ。あの三人は何を話しておるのじゃ?」
奥にいた竹鶴姫がそう聞き、
「さぁ?なんなのでしょうか?」
聞かれたハーパーも首を傾げる。
「「お子様にはわからなくてよろしいです」」
っと響さんとバーンハイムさんが同時に答えると、
「ふぐおっ!?」
何故かバーンハイムさんはハーパーのアッパーを喰らって吹っ飛び、
「ええい!無礼者め!お主のような輩は打ち首じゃ!山崎、構えよ!」
「ははっ!」
竹鶴姫の号令を受け山崎さんが刀剣を抜き、
「白州、桶を用意するのじゃ!」
「ははっ!」
白州さんはどこからともなく桶を取り出し、響さんの顎へ添える。
「ひ、姫様ぁ!それだけはご勘弁をぉ~!」
響さん割とマジな叫びが響き渡る。
空気はすっかりと温まっているようだった。
―――後は1人……
俺の視界は自然とみんなから外れたところにいるローゼズを捉えた。
ローゼズは相変わらず膝を抱えたまま、背中を丸めて地面に座り込んでいる。
「ちょっと、行ってくる」
「うん。頑張って!」
アーリィに応援され、俺はローゼズへと歩み寄ってゆく。
「ただいま、ローゼズ」
「……」
相変わらず俺の言葉は空気の中へ溶けてゆき、ローゼズは何も答えない。
―――このままローゼズを放っておくわけにはいかない。
深い悲しみの中にいるローゼズを救い出したい。
その願いはようやく俺に決断をさせた。
俺は懐へずっと大切にしまいこんでいた一通の手紙を取り出す。
「ローゼズ、よく聞いて欲しい。実は俺、ハミルトンから手紙を預かってるんだ」
「ッ!!」
ローゼズは驚いた様子で振り返ってくる。
「アイツ、これを俺へ託したとき言ってたんだ。もしもローゼズに何かあった時、これを渡して欲しいって」
「ハミルトンが……?」
ローゼズはかすれ声でそう言う。
「ああ。だから読んで欲しいんだ、お前に」
ローゼズはようやく立ち上がった。恐る恐るといった様子で俺から手紙を受け取り、蝋の封を着る。そしてハミルトンの手紙へ視線を落とし始めた。
静かな時間が流れてゆく。
ローゼズは一心不乱に手紙へ目を通す。
「ハミルトン……」
やがてローゼズは紅い瞳から涙を零した。
「ローゼズ?」
「ううっ……ハミルトン……ハミルトンッ!!」
ローゼズはそのまま泣き崩れた。
彼女の手からはらりとハミルトンの手紙が落ち、赤茶けた丘の大地にローゼズの涙がしみ込んでゆく。
「読んでも良いか?」
コクリ。
俺はハミルトンの手紙を拾い上げ、そして目を通し始めた。
【親愛なるフォア・ローゼズへ】
こんにちはローゼズ。
これにローゼズが目を通してるってことは何かあったってことだよね?そしてたぶん、私は既にもうローゼズの傍に居ないんだって思う。
そう考えると寂しい気持ちで筆が進まなくなっちゃうから、今は我慢して書くね。
だから途中、読みにくいところがあったらごめんなさい。
私ね、久々にローゼズに再会できて凄く嬉しかったんだ。
最初、ローゼズ達にみつけて貰った私には記憶が無かった。
でもね、なんとなくだけどローゼズのことは分かった気がしたんだ。
この子は私の大切な友達で、家族。
そう思ったんだ。
そしてそれはタリスカーとしての私が目覚めた後も変わらなかった。
ローゼズがどんな罪を犯していたとしても、貴方は私の大切な友達で家族に変わりはない。
だからこそ私は、大切な友達で家族を危険に晒す私を私自身の手でいつか殺そうと思ってる。
正直、私の中ではいろんな自分がせめぎ合ってるんだ。
みんなを殺したローゼズを殺したい私、マッカランと私を引き裂いたローゼズを殺したい私、ローゼズのことを大切な家族だと思う私……
だから私はまだ私が私でいられる内に、私自身をこの世から抹消しようって決めた。
私がどんなに抵抗をしても、いつかきっとローゼズを殺したい私達は貴方に手をかけてしまう。
でも、私自身はそうしたくないから。
大切な家族のこの手で殺すことなんてしたくないから。
死ぬのはちょっと怖いけど、でもこういう選択をしたことには後悔は無いよ。
だってたった数日間だったけど、ローゼズやアーリィ、ジムさんやハーパー、そしてワイルド君達と凄く楽しく過ごせたからね。
それでその中で楽しそうにしているローゼズを見て、もう私が居なくても大丈夫だって思った。
ローゼズ、もう貴方は一人じゃないよ。
だから私のことはもう過去の人にしてくれると凄く嬉しいな。
私は私を殺す。それは誰のせいでもないし、ましてやローゼズのせいでもない。
もしも私自身が納得して出した答えについて悲しんでいるのなら、それはもう止めて。
だってローゼズにはまだやらなきゃならないことが沢山ある筈だから。
立ち止まらないで!悲しみに負けないで!
ローゼズにはローゼズにしかできないことがきっとある筈。
貴方が色んなことに罪の意識を感じているのなら、それこそ立ち止まってちゃダメだよ?
もう私は貴方の傍に居ません。
でも心はずっと、ずっと繋がっている筈です。
だから安心して。私はずっとローゼズを見守っているからね!
心は常にローゼズと一緒にあるよ。
楽しい時間をありがとう。素敵な思い出をたくさんありがとう!
願わくばローゼズがこれからたくさんたくさん幸せでありますように!
【貴方の家族 ハミルトン=バカルディより】
ハミルトンの手紙を読み、俺も目頭が熱くなった。
でも、今は泣く訳にはいかない。
俺にはまだすべきことが残されている。
俺はローゼズへ屈みこみ、そして肩へ手を添えた。
「ローゼズ、良く聞いてほしい。今、アンダルシアンは未曽有の危機に直面しようとしているんだ」
ローゼズからの反応は無い。
でも俺は諦めず言葉を続ける。
「だからお前の力が必要なんだ。頼む、ローゼズ。もう一度俺に、俺たちに力を貸してくれて。お願いだ!」
俺の声が辺りに響き、みんなの視線が集中してくる。
するとローゼズの涙が止まった。悲痛な嗚咽がなくなる。
「……分かった!」
ローゼズは目元の涙を拭う。
そして彼女は立ち上がった。
目元は真っ赤に腫れている。
しかしローゼズの顔に曇りは無かった。
俺はハミルトンの手紙をローゼズへ返す。
それを受け取ったローゼズは、大事そうに胸元へ押し当てた。
「ハミルトンの願い分かった。ハミルトンはずっと一緒にいる。わたしの中に……」
「ローゼズ……」
「ごめんワイルド、心配かけた。でももう大丈夫!」
「一緒にやってくれるな?」
コクリ!
俺が手を差し伸べると、ローゼズは俺の手をしっかりと握り返してきてくれた。
「頼むな、ローゼズ!」
「こちらこそワイルド!」
「ローゼズ完全復活だねぇ!良かった良かった!」
アーリィが突然背中へ飛びついてきて、俺の肩へ顎を乗せて顔を覗かせた。
わざとなのか、そうでないのか心もとないけど、でも膨らみを感じる胸が俺の背中へ押し当てられ、心臓が少し鼓動を早める。
「んー……?」
するとローゼズは不思議そうに首を傾げる。
「どしたの?」
「アーリィ、なんか変」
「変?」
「なんかワイルドと近い……」
「ッ!?」
アーリィは顔を真っ赤に染めて、俺から飛び退いた。
かく言う俺も実はアーリィがぴったり体をくっつけて来たもんだから、心臓がバクバクだったり。
「そうなのです。なんかワイルドとアリたんの様子がおかしいのですよ?」
気が付くと、ローゼズの横にはジムさんがいた。
「ジムもそう思う?」
「ですでぇす」
「んー……」
ローゼズがジト目で俺を睨む。
「な、なんだよ?」
「んー……」
―――ヤバいよヤバいよ、なんかローゼズの眼が怖いよ!
「うわぁぁ~~ん、ローゼズぅ!」
その時、ハーパーが大泣きしながらローゼズへ抱き着いた。
「ハーパー?」
「バカバカバカ!心配させないでください!貴方は分かって私がどれだけ心配したか分かってますか!?」
ハーパーはまるで子供のように泣きじゃくる。
するとローゼズは柔らかな微笑みを浮かべ、ハーパーの頭を撫でた。
「ごめん、心配かけて。でも、もう大丈夫」
「本当ですか?」
「うん。心配してくれてありがとうハーパー。ハーパーがわたしの友達で凄く嬉しい」
「う、うわぁぁぁ~ん!私もですよローゼズぅ~~~!!」
とりあえずローゼズの意識はハーパーへ逸れたようだった。
「おまたせぇ!」
すると突然、ジョニーさんが巨大な木箱を引きずって現れた。
髪はぼさぼさで、目元にはくっきりとクマが浮かんでいる。
「ジョニーさん、それは?」
「おっかえりワイルド君!これか?これかい?これはねぇ!さぁッ!」
妙にテンションの高いジョニーさんが木箱の蓋を開けた。
「この天才ジョニー様が短い時間でで頑張って仕上げた武器の集大成!これで銀兵士の撃退もお茶の子さいさいよぉ!」
俺たちは揃って木箱の中を覗く。
「あっ、これ!?」
アーリィは真っ先には真新しいガトリングを木箱から取り出す。
「それはアーリィちゃんのだよぉ!脇にレバーが増設されてるでしょ?それを上げればビーンズメーカーに、下げれば実弾が発砲できるようにしたからね!これでもう、ばっちり!銀兵士なんてお茶の子さいさい!」
「ジョニーさん、私のライフルも二連装になってますですけど?」
ジムさんはウィンチェスター型のビーンズメーカー取出しジョニーさんへ聞く。
「そう、それこそウィンチェスター型の目玉!トリガーを分割したわ!右のトリガーでは実弾を、左のトリガーはビーンズメーカーとして使えるわよん!!これで銀兵士なんておちゃのこさいさい!で、ローゼズには……」
ジョニーさんは少しテンションを抑え気味にし木箱から布で丁寧に包まれた何かを取り出す。
「これって……?」
ジョニーさんがローゼズへ見せたもの、それはかつてタリスカーが、いやハミルトンが使っていたシースナイフだった。
丁寧に磨き上げられ輝きを放つ刀身。
唯一変わっているところと言えば柄に金属製のリングが付いていることだった。
「Bバレルに装着できるようマウントを付けたわ。これを銀兵士に突き刺して、ビーンズメーカーを発砲すれば奴らを破壊することができる。それにアンタの身体能力ならソイツ(ハミルトンのナイフ)で弾を切り払うことが出来るはずよ」
「ジョニー……ありがとう!大事にする!」
ローゼズはハミルトンのナイフを受け取り、大事そうに胸へ抱く。
もうローゼズは本当に大丈夫なようだ。
「で、ワイルド君にはスピードローダーをプレゼント!中折れ式のスコフィールドとの相性は抜群よ!これを使って沢山ぶっ放して銀兵士なんて倒しちゃってよ!」
「ありがとうございますジョニーさん!」
俺はジョニーさんからスピードローダーを三つ受け取る。
実銃の物ように薬莢を模した筒が金属製の楕円に備えられている。
どうやらシリンダーにこの薬莢のようなものを添え、一番手前に見えるスプリング式の棒を押し込めば一瞬でビーンズメーカーへ給弾される構造のようだ。
神速の射撃ができるようになった俺にはありがたい装備だった。
「ワクワク!ワクワク!」
ふと、気づくと俺たちの後ろではハーパーは一人目を輝かせていた。
どうやら自分にはどんなものが支給されるのか楽しみ、といった具合の表情だと思う。
「あー、ハーパーには無いわよ?」
「ええっ!?ど、どうしてですか!?」
「だってホラ、アンタは快傑ゴー……」
「わわわわ、ジョニーさんッ!!!」
ハーパーは慌てた様子でジョニーさんの口を手でふさぐ。
ジムさんやローゼズも、アーリィや俺もとっくの前からハーパーが快傑ゴールドだってのは分かっている。
でも、こうも本人がひた隠しにしているなら、それに付き合うのが当然だと思う。
他のみんなも同じな様子で誰一人突っ込まない。
「っという訳で以上!私は少し眠らせて貰うわ……」
ジョニーさんは糸が切れた人形のようにその場で崩れ、そんなジョニーさんをバーンハイムさんが素早く抱きとめた。
ジョニーさんはバーンハイムさんの腕の中で安らいだ表情を浮かべながら静かに寝息をたて始める。どうやらジョニーさんはお疲れモードのようだ。
「ありがとうございましたジョニーさん。迅速に装備を整えられる貴方様は本当に天才です。今は暫し、ごゆるりとお休み下さいませ」
バーンハイムさんは、彼の腕の中で静かな寝息を立てるジョニーさんへ礼を言った。
「案外、バーンハイムとジョニーはお似合いかもでぇすね」
ジムさんはニヤリと笑みを浮かべながらそういい、
「ジョニーさんにでしたら私は喜んでバーンハイムを差し出しますよ!」
と、ハーパーは冗談交じりに答える。
空気は既に温まり、みんなのどこにも迷いが無く、気分は最高。
だからこそその雰囲気に水を差したくない俺はみんなに問うことにした。
「みんな、少し聞いて欲しい!」
俺がそう声を上げると、みんなの視線が集中してくる。
みんなの視線を感じながら言葉を始めた。
「俺がどんな存在なの、俺はちゃんと分かっている。そしてみんなも理解していると思う。そんな俺だけど、俺の気持ちはみんなと同じだと思うから。例えプラチナが俺と同種でも、俺は奴を止めなきゃいけないって強く感じているし、アイツを倒したいって思ってる。だから、お願いだ。こんな俺だけど、戦いに加えて欲しい!プラチナからアンダルシアンを守るための戦いに!」
俺は深々とみんなの前で頭を下げた。
「今更何を……そんなこといちいち言わなくてもワイルドには働いて貰うつもりですよ?」
ジムさんが真っ先そう声をかけてくれる。
「私はワイルド様の道に従います!それこそきっとアインザックウォルフが進むべき道なのですから!」
ハーパーもまた応じてくれた。
「わたしはワイルドと一緒に戦いたい!アンダルシアンを守りたい!」
ローゼズは勇敢な答えを返してきてくれた。
「妾と共に力をプラチナとやらに思い知らせてやるのじゃ!のお? 響、山崎、白州!!」
「「「ははっ!姫様のおっしゃる通りで!!」」」
竹鶴姫達も認めてくれていた。
「ありがとう……みんな!」
再び俺は頭を下げる。そんな俺の肩をアーリィが叩いて微笑んだ。
「良かったね、みんな受け入れてくれて」
「ああ、本当に嬉しい」
「あたしも戦うよ。何があってもずっとワッドの傍にいるからね!」
アーリィの笑顔を見て、俺の戦意は益々高まる。
周囲にいる中央政府の軍人たちも戦意を高揚させ、勇ましい覚悟を叫び始める。
既に寒々しい空気はそこに無く、誰もが気持ちを高ぶらせ、そしてプラチナ打倒への決意に燃えていた。
「あいならば、早速軍議に入りましょうぞ!」
響さんは懐から巻物を取り出し、勢い良く広げる。
俺たちは一斉に響さんの広げた巻物へ視線を落とした。
巻物には黒い墨で大きな十字が書き込まれていた。
左の横線にはモルト通り、右の横線にはグレーン通りと記載されていて、縦線にはグレンモーレンジィ通りと、それに並行する細い線が書き込まれている。
十字で四分割された空間にはどのような建物があり、大凡のスケール感が丁寧に書き込まれている。そして十字の頂点には赤丸が示され、そこには【大統領官邸】と記載されていた。
「ご覧の通りこれはマドリッドの縮図でございます。現在、プラチナローゼズとその一派はこの赤丸が示します【大統領官邸】を占拠し、【大統領閣下】を人質に取り、中央政府へ降伏を勧告しております。よって、これよりマドリッドへ打ち入る拙者達の主目的は【【大統領閣下】の救出と【大統領官邸】の解放にあります」
もし中央政府がプラチナに降伏をしてしまえば、法は失われ、秩序は崩壊する。
そうなってしまっては本当にプラチナが目的とする【死】をもたらすための【破壊】が平然と横行するようになりかねない。
「拙者が率いる一軍は南のグレンモーレンジィ通りから、山崎の二軍は西のモルト通り、白州の三軍は東のグレーン通りより中央政府の武士達と一斉に攻め入り、敵をかく乱させます。その隙にワイルド殿達主軍はグレンモーレンジィ通りに並行しているこの側道をまっすぐ【大統領官邸】まで進軍して頂き【大統領閣下】の救出をお願いしたいがいかがですかな?」
「みんな、良いな?」
俺はみんなに問う。
反論は一切ない。
「わかりました。じゃあ俺たちは【大統領官邸】を目指します。攪乱を宜しくお願いします!」
「でしたらワイルド様、当家のトラックをお使いください。機動力は徒歩の五倍はありますし、荷台には防弾用の土嚢を積載しておりますのでそこへ身を隠しながら各個銀兵士の撃破をするのが良いでしょう。既に手配はすませております。もう間もなくで到着しますのでご安心ください」
ジョニーさんを抱きかかえているバーンハイムさんが言葉を挟む。
「さすがバーンハイムはできる男でぇすねぇ!ねぇ、ハーパー……?」
ジムさんがハーパーへ話題を振ろうとするが、ハーパーの姿が忽然と消えている。
どこに行ったのかとみんなで周囲を見渡していると、
「その作戦、この私も参加いたしますッ!」
俺たちの目の前へスッと一人の騎士が颯爽と降り立つ。
「グッ(G)っと踏み込みガッ(G)と快傑!人呼んでさすらいのヒィーロォー!……快傑ゴォールドゥッ!」
相変わらずの名乗りを、恥ずかしがることもなく叫ぶ快傑ゴールドだった。
「マドリッドを占拠し、あまつさえアンダルシアンへ【死】と【破壊】をもたらそうとする破壊の使徒プラチナローゼズ!奴の行いは許すまじきこと!この快傑ゴールドも皆様に協力致します!!」
「そ、そうか。なら頼む」
「はい!ワイルド様!」
俺の言葉にハーパー……基、怪傑ゴールドは元気よく答えた。
「ぬ? おい、さっきからアインザックウォルフの姿が見えんのだがどこへ行ったのじゃ?」
「「「「「「「!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
竹鶴姫の正直な疑問に俺たちは一斉に凍りつく。どうやら竹鶴姫は快傑ゴールドがハーパーであると気づいていない様子なようだ。
「ひ、姫様!ハーパー殿は……!」
響さんは大慌てで言い訳をしようとする。
「申し訳ございません皆様。大変恐縮ですが当主様には戦線から離脱をしていただきました」
すかさずバーンハイムさんがフォローへ回った。
「今回の作戦は私個人の意見としては非常に危険なものであると判断致しました。さすがにそんな危険な作戦の主軍へ我がアインザックウォルフの当主様を参加させる訳には参りません。よって当主様は使いの者と一緒にロングネックへお帰り頂きました。せっかくの所申し訳ございませんがご容赦ください」
深々とバーンハイムは頭を下げる。
「なんじゃ、アインザックウォルフというのも大したこと無いのじゃな。おい、響!妾は鳥井藩藩主最強の武士の子、鳥井 竹鶴であるぞ!妾は逃げも隠れもせんからな!」
「は、ははっ……!」
響さんは苦笑いを浮かべつつ、竹鶴姫へ頭を下げた。
―――本当は連れてきたくないんだろうな……
でもちゃんと山崎さんと白州さんは視線を響さんへ視線を送り、少し頷いてみせていたから、まぁ三人で何とかするんだろう。
俺は踵を返した。
マドリッドの街並みの遥か彼方から真っ赤な太陽が昇り始め、黒煙を上げ続ける首都を照らし出し始める。
気が付くと、俺の隣にはアーリィ、ローゼズ、ジムさん、そして快傑ゴールドが並んで、一緒にマドリッドへ視線を落としていた。
俺たちはお互いに頷きを返しあう。
――――俺たちの思いは一つ!打倒、プラチナローゼズ!
俺たちは暫くの間、マドリッドの街並みを眺め、そして決意を固めるのであった。




