ChapterⅢ:君がいる喜び④
「ちょ、ちょっとワッド~待ってよぉ~……」
気が付くとアーリィとの距離が大分離れていた。
さすがにいつものペースじゃ、普通の人とは大分差があるらしい。
―――これからは気を付けないとな。
受け入れてしまえばなんてことはない。
確かに身体能力とクロコダイルスキンという差はある。
だけど、アーリィはそれでも俺のことを「ワイルド=ターキー」と呼んでくれているんだ。
だったら何の問題もない。
そしてこの力があるからこそ、アーリィのことをこれからも守って行けるんだと思うと、少し嬉しい気持ちになる。
「悪い悪い、まだ上手くペースが掴めないんだ」
俺はアーリィへ手を差し出す。
「ま、まぁ、慣れるまでは仕方ないよね」
息を切らせたアーリィが俺の手を握ってくるだけで俺の心臓は跳ね上がった。
俺たちは再び暗い森の中を並んで歩き続ける。
目指すはアンダルシアン中央政府のある首都マドリッド。
そこは今プラチナローゼズに占拠されている。
このまま奴を放置しちゃ、本当にアンダルシアンは、いやこの星が滅亡しかねない。
―――俺が止めないと。片割れである【白】プラチナローゼズを!
俺ははやる気持ちに突き動かされ、歩調を強める。
しかしまたアーリィとの距離が空いてしまっていた。
それでも懸命に俺の歩調に合わせようとしているが、さすがにそうは上手くいかない。
―――俺の代わりにアードベックと戦ってくれたもんな、無理ないか……
俺は歩くの止め振り返る。
「アーリィ、少し休もう!」
アーリィは言葉さえ出せないのか、指でオッケー印をみせた。
俺とアーリィは手近な巨木の下で休むことにした。
静かな森の中には微かな虫の音が聞こえ、空に浮かぶ満月は穏やかな光が降り注いでいる。
「たっはー!さすがに今日は疲れたなぁ~……」
俺の横に座るアーリィは背伸びをし、息を吐いた。
「だな。今日はとんでもない一日だったもんな」
「だねぇ~。買い物してたら銀兵士に襲われて、気づいたらプラチナに捕まってて、ワッドが情けなく凹んでて大変だったよ」
「悪かったな、本当に」
「あ、いや!別に気にしてないから!あと、さっきはごめんね」
「? 何が?」
「打った事」
「ああ……」
そういえばさっきアーリィにはっ倒されたっけ。
「でもワッドが元通りになってくれて良かったよ。一時はどうなることかと」
「全部アーリィのおかげだ。ありがとう」
「な、な、ちょっと!何、かしこまってるの!?変だよぉなんか」
「そうか?本当にアーリィには感謝してるんだけどな」
アーリィの顔がみるみる真っ赤に染まる。
アーリィは少し恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「そりゃ……どうも……」
恥ずかしいけど、嬉しそうなアーリィの横顔。
それが今の俺には眩しく見える。
見慣れている横顔の筈なのに、今は何故か新鮮に見える。
ツインテールに束ねた黄金色の髪、絹のようにきめ細やかで張りのある白い肌、青い宝石のような曇り一つない瞳。
13年間、ずっと傍で見ていて、どうして今までアーリィのこんな良いところに気が付くなかったんだろうかと思う。
「ど、どうしたのかな?そんな急に、み、見つめちゃって……?」
アーリィは顔を真っ赤に染めて聞いてくる。
そんなアーリィが可愛く、そして愛しく思った俺は、
「ッ!? ワ、ワッド!?」
気が付くと俺はアーリィの手を握り締めていた。
俺の心臓は激しく鼓動し、頭が熱を持って呆然とする。
でも心は穏やかで、幸せな気持ちが全身に行き渡っている。
「俺さ……」
口が勝手に開いた。
とめどもなくアーリィへの想いがこみ上げてくる。そして俺は……
「お前のことが好きだ」
「ッ!!!」
「アーリィ?」
「なななな、急に、どうしたの!?ホントマジで!?」
アーリィは耳まで真っ赤に染めて、凄く動揺していた。
でも俺の想いはもう止まらない。
「俺さ、ようやく気づいたんだ。いつも傍にいてくれて、時に励まし、時に叱咤してくれるアーリィのことが大切だって。勿論、今までだってそう思ってきたし、大切に思ってた。でもこれからの俺はもっと……もっとアーリィを大切にしたい。だって俺は……アーリィのことが一人の女として好きだから」
「……」
アーリィは相変わらず顔を真っ赤に染めている。
でももう動揺はしていない様子だった。
アーリィの青い瞳静かに俺の姿を映している。
―――アーリィに触れたい。もっと近くでアーリィを感じたい。
でもそれは俺の一方的な想いでしかないのは分かっている。
だからこそ俺には確認が必要だった。
「だから教えて欲しいんだ。アーリィが俺のことをどう思ってくれているかを……知っての通り俺は人間じゃない。体力だって人並みじゃないし、皮膚はクロコダイルスキンっていう変なものに変わっちまう。そんな俺をアーリィがどう思ってくれているか聞かせて欲しいんだ」
「ワッド……」
アーリィはじっと俺のことを見つめていた。
しかしそれっきりアーリィからの言葉は無い。
―――やっぱりダメなのかな……
不意に胸の辺りが暖かくなった。
アーリィの匂いを凄く近くに感じる。
気が付くとアーリィは俺の胸の中へ飛び込んでいた。
「……これが答え」
胸の中でアーリィがぼそりと呟く。
「えっ?」
「もう、分かってよ、バカ……恥ずかしいんだから……それにさっきあたし言ったよね?どんなのだってワッドはワッドだって」
「アーリィ……」
「人造生命体だろうが、そうでなかろうが関係ないよ。あたしが……あたしが昔から大好きなワイルド=ターキーは今、目の前にいるんだから……」
アーリィがそっと俺の背中へ手を回してくる。
俺もまたアーリィを強く胸の中へ抱き寄せた。
胸は相変わらず申し訳程度にしかない。
でもそれもアーリィの良いところ。
想いが繋がり、俺は幸福だった。
愛する人の熱を近くで感じ、想いを重ねられたことの幸福感が俺の心を穏やかに満たしてゆく。
「アーリィがずっと傍にいてくれたから俺はここまで来ることができたんだ。また戦う力を得ることができたんだ。ありがとう。本当にありがとう。そしてこれからもずっと俺の傍に居て欲しい……」
するとアーリィが胸の中で顔を上げた。
「勿論!ずっと一緒にいるよ!どこまでもね!」
アーリィは真っ赤な顔のまま、晴れ渡るような笑顔を浮かべた。
その笑顔は俺の心の中にある理性のタガを半分外した。
全身が更に熱を帯びて、欲が顔を出し始める。
―――もっとアーリィに触れたい。もっとアーリィを傍で感じたい。
俺の視線は瑞々しく輝くアーリィの唇へ注がれた。
「アーリィ」
「なっ!?」
俺はアーリィは木の幹まで追い詰めた。
逃がさないよう右腕をアーリィの真横へ突く。
どうしたいのか答えは決まっている。
でもそれをどうするか?
俺の頭の中に二つの選択肢が浮かんだ。
このまま勢いで行くか。
ゆっくりとアーリィの表情を確かめながら行くか?
どっちか?どっちが良いんだろうか?
そして俺の出した結論は……このまま勢いで行くだ!
意識はアーリィの唇ただ一つ。
もう細かいことなんて考えない。
俺は勢い任せにアーリィへ顔を近づける。
「ちょっと待ってぇっ!」
アーリィの悲鳴が聞こえたかと思うと、何故か顎に物凄い衝撃を感じる。
俺はそのまま吹っ飛ばされた。
「いつつ……」
顔を上げてみると、目の前には顔を真っ赤に染めたアーリィがアッパーカットの態勢を取っていた。
「あ、あ!ご、ごめん!ついうっかり!!大丈夫!?」
アーリィが慌てた様子で俺へ寄ってきた。
「なんだよ、いきなりアッパーすんなよな……」
「だ、だって!ワッドがいきなり変なことしようとしてきたんだもん!」
「変なことってなんだよ!?そのすぐ手を出すのだけはなんとかなんねんぇのか?」
「仕方ないもん!しょうがないもん!今のはいきなり迫ってくるワッドがいけないんだもん!」
「お前なぁ……人を殴っといてそりゃあんまりなんじゃないか?」
「だからワッドが悪いんだもん!」
「いいや、お前は悪い!」
「ワッドが悪い!」
「んだとぉ、この……」
突然、アーリィが俺の唇へ人差し指を当ててきた。
俺の動きがピタリと止められる。
「してくれるならさ、もっとちゃんとしたところでお願いね!あたしもワッドと同じ気持ちだからさ」
アーリィはそう言って微笑む。
その笑顔が妙に可愛くて、いじらしく思ってしまった俺はついつい、
「わ、分かった。じゃあそうする……」
「オッケーよろしく!じゃあそろそろ行きますか!」
アーリィは元気よく立ち上がる。
「だな。早く響さん達に合流しないとな!」
俺もまたアーリィに習って立ち上がる。
気が付けば月は山の向こうへ傾きかけている。
「行くぞ!」
「うん!」
俺とアーリィは再び暗い森の中を歩んでゆく。
マドリッドは目の前の山を越えればすぐ。明後日の朝には到着できそうだ。
―――アーリィは俺が絶対に守る。俺の命に代えてでも!
そう俺は強く誓を立てる。
「ねぇねぇワッド!だいたいいつぐらいかあたしのこと好きになったの?」
「なっ!?な、なんだよ、急に!?」
「えーだって知りたいんだもん。ちなみにあたしは六歳の時からなんだけさぁ」
「お前、そんな前から俺を?」
「やっぱ気づいてなかったんだ……?」
「悪い。そんな前から俺のことを……」
「そうだよぉ。もう最近はライバルがどんどん出てきて本当に不安だったんだから!」
「ライバル?」
「あはは、でも肝心のワッドがこれじゃあなぁ」
「なんだよ、人が悪いみたく」
「まぁ、良いや。結果オーライだからね。で、ワッドはいつからいつから?」
「だ、だからいつからでも良いだろうが!話蒸し返すなよ!俺だって恥ずかしんだから!!」
「またまたそんなこと言って~さっきは勢い任せに押し倒そうとしたくせに」
「だからアレは!!」
なんだかアーリィが調子づいてる気がする。
きっとしばらくはこうして俺はいじられるんだろう。
そのことを考えると、少し億劫に思う俺なのだった。
―――嬉しいけど、先は思いやられるな……
それでもこうしてアーリィと一緒にいるのは心地良いし、楽しい。
そう思う俺なのであった。




