ChapterⅢ:君がいる喜び②
「なら……【黒】ってのはなんなんですか……?」
自然と俺の唇が動いた。
顔を背けてはいるが、ジョニーさんの視線が俺へ注がれているのが分かる。
俺に遠慮をしているのかジョニーさんはなかなか口を開かない。
「頼みます、ジョニーさん……答えて下さい……」
「……【黒】ブラックローゼズのことで良いのよね?」
「その名前……?たしか別荘を襲ってきた黒衣の女も同じ名前を名乗ってたですね?あいつがそのワイルドが言った【黒】という奴なのですか?」
ジムさんの問う。
俺はジョニーさんの顔を盗み見る。
ジョニーさんは少しホッとした表情を浮かべていた。
「【黒】ブラックローゼズはローゼズ計画のセミファイナルプロジェクトとして生み出された存在よ。優秀な兵士ばかりの細胞を集めて生み出された生まれながらの戦闘用人造生命体。紅兵士に単を発する強化兵士の最終型。単なる過程であった兵士の呼称から、集大成として計画自体の暗号を与えられた存在がブラックローゼズ。その特殊能力は二つ。まず一つは圧倒的な身体能力。ブラックローゼズの身体能力の高さは紅兵士の比じゃないわ。そしてもう一つ……それはクロコダイルスキン」
「クロコダイルスキンですか?」
ジムさんがオウム返しをした。
「意図的に皮膚細胞の情報を瞬時に組み替えて黄金兵士と同じゴールドクロス化させ、敵の銃弾を弾き返す絶対防壁のことよ。驚異的な身体能力に由来する戦闘能力、そしてあらゆる攻撃を寄せ付けない絶対防壁クロコダイルスキン。そんな完全無欠の奴の目的は【白】すなわち、ローゼズ計画の集大成であり銀兵士の統括システムである【白】を外敵から防……」
その時だった。
俺の感覚が急激に張り詰める。俺は咄嗟に立ち上がった。
「ワッド……?」
ずっと俺の隣にいたアーリィが首を傾げる。
―――きっと普通の人間のアーリィには分からない。
そして他の皆にも……でも、俺には分かる。
「奴らが……来るッ!」
皆の顔へ急激に緊張が走る。刹那、漆黒の空に無数の赤い輝きが見えた。
降り注ぐ銃弾と上空に見える十字のマズルフラッシュ。
俺たちは一斉に闇夜へ散った。
「ワッド、こっち!」
俺もまたアーリィに手を引かれて走り出す。
「どぉぉりゃぁ!」
「はぁっ!」
響さんとハーパーは互いに剣を振り銃弾を弾く。
「行くよ、白州!」
「承知しました山崎兄者!」
山崎さんと白州さんも続く。
「皆散れぇい!今は散るのだ!」
響さんが叫び、俺達はそれぞれ森の中へと飛び込んでゆく。
「明後日の卯の刻、我らはマドリッド奪還の作戦を決行する!だから今はこの場から引き、一人でも無事に逃げ果せるのだ!」
「卯の刻とは06:00辺りのことじゃあ!」
響さんの言葉に竹鶴姫の補足をしていた。
「集結場所はマドリッド南門前の丘陵地!引けぇ!今は一人でも多く引くのだぁッ!」
響さんの大音声が辺りへ響き渡り、中央政府の軍人たちは一斉に散ってゆく。
「竹鶴姫こっちです!」
「うむ!妾の背、任せるぞちっさいの!」
ジムさんは苦笑いを浮かべながら竹鶴姫を森の奥へと連れてゆく。
皆は空から降り注ぐ銀兵士の銃弾を避けつつ、バラバラに散ってゆく。
ローゼズもまたジョニーさんに付き添われて、森の奥へと消えて行った。
「行くよ!」
「……」
俺はアーリィに手を引かれ、森の奥へと分け入って行く。
そんな俺たちの目の前へ一機の銀兵士が急降下をしてきて、道を塞ぐ。
銀兵士の紅い双眸が真っ赤な光を放ち、内蔵されている無数の銃口を俺とアーリィへ突きつけた。
銀兵士から僅かに給弾の駆動音が聞こえている。
アーリィは咄嗟にマグナムをホルスターから抜こうとするが、間に合わない。
刹那、銀兵士は容赦なく俺たちへ銃弾を発射した。
「はぁっ!」
だが、間に快傑ゴールドが割って入り、レイピアで全ての銃弾を撃ち落とした。
ゴールドが鮮やかにレイピアを振り、銀兵士を一瞬で引き裂き、スクラップに変える。
「ここは私とバーンハイムが引き受けます!アーリィさん達は早く!」
ゴールドは飛び、既にこちらへ接近してきていた銀兵士をレイピアで切り裂く。
バーンハイムさんもまた、手甲を付けた拳で銀兵士を叩きのめしていた。
「ありがとうゴールド!気をつけて!」
アーリィは俺の手を引き走りながらそう叫ぶ。
「ありがとうございます!アーリィさんも、ワイルド様をお願い致します!ゴォールドゥッ!」
ゴールドはそう答えると、バーンハイムさんと共に銀兵士の中へ飛び込んでいった。
ゴールドとバーンハイムさんが銃弾を弾く音が次第に遠くなり始めて行く。
しかし俺の胸の中相変わらず晴れず、足取りは重い。
―――俺は化け物、人間じゃない存在……
ジョニーさんの話を聞き、俺は益々自分が人間ではない化け物であるという認識を強く意識していた。
―――様々な人の細胞?驚異的な身体能力?絶対防壁のクロコダイルスキン?こんなものが備わっている奴が人間だなんて言えやしない。
俺はプラチナと同じ、人へ災厄を招く化け物。
かつてはジョニーさんやお袋親父が殺そうとした存在……。
―――いっそのこと人の形さえしていなければこんなに悩むことは無かったのに……
そうだ。
人の形ではない、銀兵士のような機械ならばいっそ良かった。
そして人として生きることもなく、アーリィたちとも出会うことなく過ごせていたらどんなに心が楽だったろうか……。
そんなことを考えている俺の耳へ、小川のせせらぎが聞こえた。
目の前の森の木々の間に渓流と岸の砂利が見える。
小川は静かに流れているが、俺の耳はその中に微かな人の息遣いを感じる。
すると木々の間から三人の人影が砂利を蹴り飛ばしなら走っているのが見えた。
成人の男女とその間には小さな子供がいる。恐らく彼らは親子なんだろう。
親子は互い手を取り合いながら、渓流の岸を懸命に走っている。
彼らは衣服をどろどろに汚し、手足に擦り傷や切り傷を浮かべながらも、懸命に何かから逃げているように見えた。
「イーッヒッヒッヒ!ほれほれ、はよう逃げんと捕まえてしまうぞぃ」
相変わらず不快な笑い声を上げているボウモワの姿が木々の向こうに見えた。
奴の周囲には三機の銀兵士が漂っていて、内蔵銃を単発で撃ちながら逃げ惑う親子を威嚇している。
更にボウモワの隣には無数の黄金のラインが浮かぶ漆黒の鎧を身に付けた、見覚えのある隻眼の大男が居た。
「そろそろ飽きたのぉ。アードベック、あの小さいのを捕まえるのじゃ」
ボウモワの指示を受け、鎧を身に付けたアードベック=アイラモルトは硬い表情のまま右腕を目前で逃げ惑う人々へ向けた。
次の瞬間、漆黒の鎧に覆われているアードベックの腕から勢いよく銀色の縄が数本放たれた。
縄は逃げ惑う人々の中で、一際小さい男の子供の四肢に巻きつく。
「ジャック!」
男児がアードベックの縄に囚われ、父親らしき成人男性が叫びを上げる。
しかし彼の叫びも空しく、アードベックは機械の駆動音のような音を響かせながら縄を巻き取り、捉えた男児を一瞬で引き付けた。
アードベックの下まで引きずられた子供へボウモワはしゃがみこみ、彼の小さな顎を水分を萎びた左手で乱暴に掴んだ。
「子供の実験体は初めてじゃ。子供にわしの薬を打てばどうなるのかのぉ……これは興味深いわい、イーッヒッヒッヒ!」
ボウモワは右腕の義手を振りかざした。
「止めろッ!やめてくれぇっ!」
「いやぁぁぁぁ~!!」
彼の両親の悲痛な叫びが森中に木魂する。
「アイツまた! 行くよワッド!」
アーリィは俺から手を離し、ボウモワの所へ飛び出そうとする。
しかしすぐに足を止めて、俺の方を振り返ってきた。
「どうしたの……?」
アーリィがそう聞いてくる。
しかし俺はその場に佇んだまま動けない。
いや、動く気が無かった。
体が全身へ鉛を流し込まれたかのように動かず、気持ちには渓流へ飛び出そうと言う余裕がない。
すると、アーリィは眉間に皺を寄せ、俺へ近づいた。
「ッ!?」
鋭い破裂音のようなものが辺りへ響く。
頬に熱を帯びた痛みを感じる。
目の前には平手を振り切り、鋭い眼差し俺を睨むアーリィの姿があった。
「アーリィ……?」
「こんなのワッドじゃない……」
「えっ?」
アーリィは拳を振わせながら、マグナムをホルスターから抜いた。
「こんなに腑抜けてて、情けないワッドはワッドじゃない!もう、良いあたし一人で行くから!」
「アーリィッ!!」
しかしアーリィは俺の静止を聞かず、銃を片手に目の前の渓流へ飛び出していった。
「なんじゃ?」
森から飛び出したアーリィへボウモワは首を傾げる
。アーリィは飛び出し様に、ボウモワの義手へ向けて、乾いた炸裂音を響かせながら発砲した。
だがアードベックは鈍重そうな見た目から想像できないほどの素早さでアードベックの前へ立ち、巨腕を横へ凪いだ。
アードベックの腕はアーリィの放った銃弾を弾く。
そして次の瞬間にはアーリィの懐へはアードベックが潜りこんでた。
「うくっ!?」
アードベックの重く鋭い拳がアーリィの腹を穿った。
アーリィは思いきり突き飛ばされ渓流へ落ちる。
しかしすぐさま立ち上がり、銃を構えた。
「イーッヒッヒッヒ!これは僥倖!まさか逃げた実験体がわざわざわしの前に現れてくれるとはのぉ!」
ボウモワは嬉嬉とした表情を浮かべる。
「ふざけんな!あたしはアンタの実験体じゃない!」
アーリィは叫びながら発砲する。
だがボウモワの前に素早くアードベックが入り、腕を凪いで再び銃弾を弾いた。
「無駄じゃ無駄!わしが丹精込めて作った黄金兵士アードベックに鉛弾など効かんよ、イーッヒッヒッヒ!」
「こ、このぉ!」
アーリィはスピードローダーで素早く弾を交換し、再びアードベックへの発泡を開始する。
が、アードベックの全身を包むゴールドクロスには火花が散るだけで傷一つ浮かばない。
「アードベックよ、あの娘も捕らえるのじゃぁ!」
「!」
アードベックはアーリィへ向け右腕を翳し、銀色の縄を射出する。
アーリィはタイミングを見計らって、縄を避けた。
しかし次の瞬間にはもう、アードベックは左腕からも縄を発射していた。
「あっ!?」
銀の縄がアーリィの手からマグナムを弾く。
そして次の瞬間にはもう、アーリィの腕はもう一方の銀の縄に捕らわれていた。
アードベックから駆動音のような音が聞こえ、縄を巻き取り、アーリィの身体を引きずり寄せた。
無防備を晒しているアーリィの体へアードベックは素早く拳と膝を叩き込み、穿つ。
アーリィは腹を抱えながら、地面に落ちる。
「あまりやり過ぎるでないぞアードベック。わしは健全な身体で実験をしたいのでな」
「だ、だからあたしはアンタの実験体にな……うっ!」
起き上がろうとしたアーリィをアードベックは黒光りするつま先で蹴った。
再びアーリィの体が紙切れのように転がり、川の浅瀬へ落ちる。
アードベックは跳躍し、一瞬でアーリィの下へ飛ぶ。咄嗟にアーリィは身体を横へ回転させる。
アードベックの拳が川を打ち、盛大な水柱があがる。
「せいっ!」
その隙に起き上がったアーリィはアードベックの顎へ膝蹴りを見舞った。
だがアードベックの首はアーリィの膝蹴りをまともに受けたにも関わらず、置物のように微塵も動かない。
逆にアードベックはアーリィの太ももを両腕掴んだ。
アーリィはそのまま横へ投げ飛ばされ、再び川の浅瀬を落とされる。
「く、くそぉ……負けない……あたしはこれでもみんなを守る保安官候補なんだからぁ!!」
ボロボロのアーリィは叫びながらアードベックへ殴りかかる。
アードベックはアーリィの正拳突きを軽々と片手で掴み、再び投げ飛ばした。
それでも立ち上がったアーリィは果敢にもアードベックへ挑み続ける。
しかしアーリィは次第に身体を震えさせていた。
動きからはキレが無くなり、息遣いも荒い。何よりも時間を追うごとに傷が増えている。
ボロボロなアーリィを見ていると、俺の胸が激しく痛み出した。
苦しく、熱い感覚。
頭の中と胸の内は何故かアーリィ一色で染まり始める。
いつも笑いかけてくれるアーリィ、時に強く叱りつけてくれるアーリィ、いつも側にいて支えてくれるアーリィ=タイムズという存在。
五歳の時、初めて出会ってから今日まで俺とアーリィは常に苦楽を共にしてきた。
いつも離れずにいた。
そして俺はこれからもアーリィはそうありたい。
離れたくはない。
ここでただ指を加えて見ていれば、その願いは露と消える。
―――それは嫌だ!
明確な現状の否定が浮かび上がる。
それは、さっきまで俺の心を黒く染め上げていた、自分が人間ではないという絶望感を一瞬で吹き飛ばす。
黒い絶望が吹き飛んだ後に感じたのは、色で言うならば赤。
赤く、そして燃えるような気持ちは全身の筋肉へ一瞬で広がって、俺へ激しい活力をもたらす。
その気持ちの中心にはやはりアーリィの姿があった。
アーリィの存在を俺自身が強く欲していることに気が付く。
―――アーリィを失いたく無い!
どんな時でも俺の傍にいて、時に励まし、時に叱ってくれたアーリィ。
―――これからもずっとアーリィには傍にいて欲しい!
そして分かった。
俺の中のアーリィの存在がはっきりと明確に位置づけられる。
―――アーリィを失いたくはない!ずっと傍に居て欲しい!そして俺はそんな彼女を守りたい!これからもずっと!!
「うおぉぉぉッ!」
熱を帯びた俺の体が勝手に動き出し、森を飛び抜ける。




