ChapterⅢ:黒の真実①
【VolumeⅣー【死】をもたらすために【破壊】をChapterⅢ:黒の真実】
目が覚め、見たことのない天井が見えた。
真紅の天井までの距離は高く、視界の右隅には立派なシャンデリアが見えた。
背中に柔らかい感触を感じる。
どうやら俺はベッドに仰向けに横たえられているようだった。
自然と肌寒さを感じ、身を震わせる。
次第に意識が鮮明になって、自分の今の姿があられもないことを理解する。
―――全裸?どうして……?
俺はベッドから起き上がってみた。
真っ赤な絨毯が敷き詰められ、立派な家具が並ぶ部屋が俺の目の前に広がっていた。
周囲を見渡しても俺の衣服は見つからない。
そもそもここがどこなのか分からない。
次第に意識がはっきりとし始め、こうなるまでのことが思い出される。
―――俺はヒースでプラチナローゼズと名乗る少女と出会った。俺は銀兵士に電流を流され、アーリィはブラックローゼズに……!
俺は慌てて周囲へ視線を飛ばす。
しかしアーリィの姿どころか、気配さえ感じられない。その時だった。
真っ赤な高い天井の一部が開いた。
そこから音もなく銀色の球体―――プラチナローゼズが使役する銀兵士―――がゆっくりと降りてくる。
俺の目の前に現れた銀兵士は妙にボロボロだった。
鈍色の装甲はところどころ凹み、白いサビが無数に浮かんでいる。
するとボロボロの銀兵士が上部を開いて、顔のような構造体を見せる。
少しひび割れた銀兵士の赤い双眸が光を放ち、正面の装甲を開く。
俺は咄嗟に腕をかざして身構えたが……なにもやってこない。
恐る恐る翳した腕を下げてみる。銀兵士はハッチを開き、中から綺麗に畳まれた俺の衣服を差し出していた。
汚れやシワ等は全くなく、まるで新品のようになっている。
俺はそっと、綺麗に畳まれている服へ手を伸ばす。
―――敵意はないってことか?
俺は奪うように銀兵士から服を取る。
しかし銀兵士は全く反応を示さなかった。
どうやら、服を着るのを待っているんだろう、と俺は判断し、服を着る。
丁寧にもジャケットの内ポケットにはハミルトンの手紙も入っていた。
シミや破れなど一つもない。
俺の服をわざわざ洗濯した誰かは、相当俺へ気を使っているらしい。
―――流石にホルスターと銃は無いか……
俺が服を着終えると、銀兵士は突然俺へ背面を向けた。
そのままゆらゆらと浮かびながら扉の方へと進んでゆく。
どういう原理かは分からないが銀兵士は扉を開けた。
しかし部屋からは出ずに、真っ赤な双眸を再び俺へ向ける。
―――付いてこいってことか?
銀兵士は扉の前でずっと俺のことを待ち続けている。
ここにいても埓が明かないと思った俺はベッドの脇に丁寧に揃えられていたブーツを履き、ベッドから降りると、部屋を出てゆくのだった。
俺はボロの銀兵士の後に続き赤絨毯が敷かれた長い廊下を歩いていた。
右側の窓には広大な森とその先にある海が見えた。
海は沈みかけている夕日の光を浴びて僅かに赤く燃えている。
どうやらここは未だ東海岸のどこかのようだ。
銀兵士は音もなく進み、やがて俺を廊下の突き当たりにある立派な細工がされている二枚扉の前まで導いた。
立派な二枚扉がソプラノのような軋みを立てながら内側へ開いてゆく。
その先にはあったのは立派な食堂だった。
食堂もまた圧巻されるほど立派だった。
右側では暖炉が赤い炎を燃やしている。
天井にシャンデリアはあるが、光は点っていない。
その代わりに白いクロスがかけられた部屋を縦断する長机の上にある蝋燭が仄かだけど温かそうな輝きをぼんやりと放っていた。
そしてその机の手前にはステーキやスープといった料理がほのかな湯気を立てながら置かれていた。
「おはよう、お兄ちゃん。服はピカピカに洗濯しておいたからね」
部屋の奥から聞き覚えのある少女の声が聞こえる。
俺が身構えると、闇の向こうから小さな影が姿を現す。
シワ一つ無い、純白のドレスをまとった銀髪の少女プラチナローゼズと彼女の横にぴったりとくっついている黒衣の女ブラックローゼズ。
俺は更に身体を強ばらせる。
「おいおい、いきなりそんな態度はあんまりなんじゃ無いかワイルド=ターキー?」
ブラックローゼズは至極不機嫌そうな顔でそういう。
「いきなり訳の分からないところに連れてこられて、しかもお前たちを前にしたんだ。当然だろうが!」
「てめぇ、せっかくのプラチナの行為を……!」
「待って、ブラック。良いの」
銃のグリップに手を掛けようとしたブラックを無表情のプラチナは止める。
ブラックは不愉快そうなな顔をしたまま、渋々といった様子で銃のグリップから手を離す。
「ありがとうブラック。ここまでで良いよ。貴方は貴方の仕事に戻って」
「……分かった。プラチナがそういうなら」
「仕事の成果期待してるよ」
プラチナは事務的な口調でそういう。
しかしブラックは嬉々とした笑みを浮かべ、
「分かった!絶対にプラチナの期待に答えて見せるからね!」
ブラックは一瞬、笑みを崩し、俺へ敵意の眼差しを送る。
そして颯爽と闇の中へと消えていった。
「ごめんなさい。あの子はちょっと心に傷を負っていて、不安定なの。だから気にしないで?」
突然、それまで無表情だったプラチナが俺へ微笑みかけながら謝罪をした。
「さっ、食事にしましょ?どうぞ座って?」
プラチナは笑顔のまま俺へ食事が置かれている席へ座るよう促す。
しかし俺の体が動くことはない。
「あれ? もしかしてお肉は嫌いだった?」
プラチナは少し困ったような表情を浮かべる。
だが俺は構わず、
「これはなんの真似だ!?ここはどこなんだ!?お前は何者なんだ!?俺のことをどうして兄って呼ぶんだ!?アーリィはどこにいるんだ!?」
俺はありったけの疑問をプラチナへぶつける。
するとそれまで柔らかな表情を浮かべていたプラチナが無表情へ戻った。
「……プランA失敗……プランBへ移行。各員、配置開始……」
プラチナはそうボソボソ呟くと、右腕を天井へ翳した。
すると、音もなく天井から新しい銀兵士が降りて来た。
降り立った銀兵士は上部を開いて顔のような構造体を見せる。
真っ赤な双眸が青白く輝いたかと思うと、その光は食堂の真っ平らな白壁へ照射された。
白壁に長方形の輝きが浮かび、その中に絵が投影される。
「アーリィ!?」
輝きの中には十字架のようなものに張り付けにされ、項垂れているボロボロのアーリィの姿が映った。
その横には何故かローブの間から銀色に輝く義手をちらつかせる背筋が曲がった老人ボウモワ=ラーガンがいた。
「どうしてボウモワが……?」
「ボウモワ先生はわたしの恩人なんだ。今はわたしの目的を達成するために三銃士の一人として協力してくれてるの」
俺の呟きを拾ったプラチナが答えた。
「三銃士とはブラックローゼズ、ボウモワ先生、そしてバーレイの首領だったアードベック=アイラモルトさんを指し、わたしのシステムを人の身として補助してくれるの。最も、アードベックさんは既に三銃士ではないんだけどね……先生、お待たせしました。準備をお願いします」
「イーッヒッヒッヒ!待ちくたびれたぞい」
プラチナがそう言うと、絵の中のボウモワは不快な高笑いを上げた。
そして真新しい光沢を放つ義手の中指へ、赤い液体の入った先が尖っている小瓶を突き立てる。
中指の横の装甲が開いて、小瓶からボウモワの中指へゆっくりと赤い液体が充填されて行くのがみえた。
「今、先生が中指に充填しているのは先生特製の即席紅兵士を生み出すための薬品。アーリィさんにはこれからボウモワ先生の実験材料になって貰うね」
「ッ!?」
プラチナの説明を聞き、俺の心臓が大きく跳ねた。
脳裏にこの間、あの薬品を打ち込まれ、無残にも死んでいったシーバス一家の姿が浮かび上がる。
「やめろ!」
俺は思わず叫んだ。するとプラチナはゆらりと無表情を俺へ向けてくる。
「だったら暫くわたしの話を大人しく聞いてもらえるかな?」
「のぉ、プラチナ、あとでこいつも調べても良いかね?」
絵の中のボウモワは懐から俺のスコフィールド型ビーンズメーカーを取り出してみせた。
「元第二助手がどこまで遺跡技術を扱えるようになったから確認したくてのぉ」
「構いません。先生のお好きになさってください。それはわたしとお兄ちゃんには不要のものです」
「ジジイのわがままを聞いてくれてありがとう。プラチナはやはり優しい子じゃ……イーッヒッヒッヒ、では始めるぞい!」
ボウモワの義手の注射器へ薬品の充填が完了する。
ボウモワが狂気を孕んだ笑みを浮かべ、義手の中指から注射針を伸ばす。
「分かった!話を聞くから!だからボウモワを止めてくれ、お願いだ!」
俺はプラチナへ叫んだ。
「嘘付いていない?」
「本当だ!嘘はつかない!だからやめさせてくれ!お願いだッ!!」
俺は力の限り声を張り、プラチナへ願う。
無表情なプラチナの銀の瞳が俺をじっと見据えるが、やがて、
「……先生、すみません。実験は中止です」
「なんじゃ、良い素材になると思ったんだがのぉ……」
ボウモワは至極残念そうに肩を落とし、アーリィからゆっくりと離れていった。
「じゃあ、お兄ちゃん約束。まずはこれを見て」
プラチナは、俺の前にいたボロの銀兵士を右腕で指す。
するとボロの銀兵士は俺から少し離れると反対側の白壁へ青白い光を照射し、長方形の輝きを浮かび上がらせる。
そこにはまた別の絵が浮かび始めた。




