ChapterⅡ:プラチナローゼズ④
「キャァァァァァッ!!」
突然、雑踏の中から悲鳴が聞こえた。
一瞬、辺りがしんと静まり返る。
静寂の中から微かに聞こえる馬蹄の音と銃声。
それに交じるように動物のような奇声が聞こえる。
「ワッド、あれなに……?」
アーリィが空を指差す。
青々とした空の下、鈍色に輝く球体が無数浮かんでいた。
無数の球体全てが一瞬きらめく。
刹那、空より無数の弾丸がヒースの街へ降りそそぎ始めた。
「アーリィ!」
「きゃっ!」
俺はアーリィへ覆いかぶさった。
俺はアーリィを抱いたまま、ベンチの下へ身体を滑りませる。
それが奏功し、幸いにも銃弾は俺たちの脇を霞めるだけ。
しかし、降り注ぐ銃弾の雨は容赦なく建物を破壊し、周囲の居た人々を次々と撃ち殺してゆく。
やがて球体の気配が消えた。
火薬と血が混じった嫌な匂いが俺の鼻孔を霞める。
「ひ、酷い……」
ベンチの下から這い出たアーリィは言葉を失っていた。
俺もまた、目の前の惨状から思わず目を逸らしたくなる。
さっきまで穏やかなに水を噴きだしていた立派な噴水は無残にも砕かれていた。
撃ち殺された無数の人が噴水の池へ倒れ込み、清水を真っ赤に染めている。
多くの人が血を流して倒れ、中には未だ苦しそうに呻きを上げている人もいた。
無事な人も、突然訪れた大虐殺に放心し、その場から動けずにいる。
助けたい気持ちはある。
しかしあまりにもけが人の数が多すぎて、途方に暮れてしまう。
その時、再び銃声と悲鳴が聞こえ始めた。
東の方向の空には無数の銀色の球体が浮かんでいて、真っ赤なマズルフラッシュを伴わせながらヒースの街へ目がけて銃弾の雨を降らせていた。
―――このまま銀色の球体を放置する訳には行かない!
「アーリィ、行くぞッ!」
「うん!」
アーリィは幸いにも木箱で守られ無事だったガトリングを抱える。
俺とアーリィは東の空から移動をし始めた銀色の球体を追って走り始めた。
ヒースのどこもかしこもが阿鼻叫喚に包まれていた。
立派な白壁の建物はその殆どが弾痕を刻まれ崩れ落ちている。
周囲に充満する生々しい血の匂い。
そんな中、正面から懸命に走ってくる女性の姿が見えた。
「ひゃっはぁ!逃げろ逃げろ!」
彼女を追っていたのは馬にまたがった無法者だった。
奴は時々、逃げ惑う女性の足元へ銃を撃ちこみ威嚇し、不快な笑い声をあげている。
俺はすかさずホルスターからビーンズメーカーを抜いた。
不思議と照準はぶれず、視野は一瞬で無法者を捉える。
俺はそのまま引き金を引くと、発射された弾は見事に無法者を馬の上から落とした。
やはり何かがおかしかった。
狙いが一瞬で定まり、ビーンズメーカーをもつ腕は一切ぶれない。
いままでこんなにまで正確な射撃が出来てはいなかった
―――でも今はそんなこと気にしてる場合じゃない!
更に大勢の馬に乗った無法者が迫ってきている。
先行する俺は次々と正面の無法者を撃ち倒し、倒しそこねた連中をアーリィのガトリングが迫撃する。
俺とアーリィはどんどん道を切り開き、そしてヒースの中でも一際黒煙に巻かれている街の中心部へ飛び込んでいった。
街の中心部は既に殆ど原型をとどめていないほど、破壊し尽くされていた。
白壁の建物は煤と真っ赤な血で染まり、撃ち殺された町民の死体が燃え、焦げた肉の嫌な匂いが充満している。
無法者は我が物顔で建物を壊して、中の物を強奪している。
生き残った町民は銃を片手に無法者へ立ち向かっている。
だが突然、空中から六つの銀色の球体が地表近くまで降りてきた。
まるで風船のように地表スレスレに浮かんでいる銀色の球体は、近くでみると人ほどの大きさだった。
全体が金属に覆われていて、その銀色の装甲はヒースの街を燃やし尽くす赤い炎を浴びて、冷たい輝きを放っていた。
突然、銀色の球体の上部が左右に開いた。
そこには真っ赤なの双眸を輝かせる顔のような構造物があった。
球体の赤い目から真っ赤な光の線が照射され、それは屈折することなく、無法者へ立ち向かっている町民をマーキングする。
刹那、球体の下半分が扉のように開き、無数の銃身が見えたかと思うと、一斉にマズルフラッシュが光る。
球体は赤い光線で照準をつけた町民たちへガトリングガンのように無数の鉛弾を放って、町民を撃ち殺す。
無数の弾丸は一瞬で町民を引き裂き、バラバラにして、人の原型を止めさせない。
球体は次々と狙いを変え、町民を撃ち殺してゆく。
目を覆いたくなるような凄惨な光景に、俺は激しい怒りを覚えた。
―――銀色の球体をなんとかしないと!!
「やるぞ!」
「うん!」
「ははっ!いやぁ、まさかこんなところで会えるなんて嬉しいなぁ!」
俺とアーリィが銀色の球体へ立ち向かおうとした時、聞き覚えのある不愉快な声が俺の耳朶をついた。
踵を返すと、そこには、
「どうしてお前がここにいるんだ!?」
俺はブラックローゼズへ向け、銃口を突きつける。
しかし奴はそうされても軽薄な笑みを浮かべていた。
「ワッド、こいつは!?」
アーリィもまたガトリングをブラックローゼズへ突きつけている。
「あいつはブラックローゼズ」
「ブラックローゼズ!?あいつも紅兵士なの!?」
「いや、わからない。でもあいつはローゼズとハミルトンを引き裂いた張本人だ」
「こいつがローゼズとハミルトンを……!」
アーリィもまた珍しく怒りに満ちた視線をブラックローゼズへ向ける。
「ははっ!アーリィ=タイムズ!保安官候補の君がそんな怖い目しちゃダメだなぁ~。その目、まるで今すぐにでも僕を殺そうとしている目じゃないか!」
しかしブラックローゼズは軽薄な笑みを決して崩さない。
「答えろ、お前はここで何をしてるんだ!」
俺がそう叫ぶと、ブラックローゼズはやれやれといった風に首を横へ振った。
「何って、見れば分かるだろ?【死】をもたらすために【破壊】を行っているのさ!」
「【死】をもたらすために【破壊】をだと?」
「そうさ!【死】はどんな人間にも必ず与えられる平等なこと!だから僕は、いや僕たちプラチナの使徒は【破壊】を行うんだ!みんなを平等にするために!世界を真っ黒に染める為に!」
ブラックローゼズの言っている意味が俺には理解できなかった。
―――でも理解する必要なんてない。こいつはこんな惨事でも平然と笑っているような悪魔、いやそれ以下の最低な存在だ!
俺はビーンズメーカーのハンマーへ親指を添える。
するとブラックローゼズもまたゆっくりと右のホルスターへ手を伸ばしてゆく。
「ははっ!良いねぇ、その目!さぁ、掛かってきなよ!今この場でどっちが本当の【黒】か決めようよワイルド=ターキー!」
「待って、ブラック」
突然、幼い子供のような声が辺りに響き渡った。
すると、それまで闘争心をむき出しにしていたブラックローゼズがゆるりと身体を解き、ホルスターへ伸ばしていた手をゆっくりと引いてゆく。
もくもくとブラックローゼズの背後に充満している黒煙。
そこに小さな影が浮かぶ。
そしてソイツは左右に銀色の球体を従えて、姿を現した。
踵まである長い銀髪。
青白い肌に、意志をまるで感じさせないような冷たい銀色の瞳。
首からは紐で括られた白銀のSAAをぶら下げている。背は子供のように小さく、その小さな身体を真っ白な布切れローブのようにして覆っている。
見た目は明らかに五歳程度の子供。
だが、俺の体から緊張が抜けることはない。
それは銀色の少女が放っている雰囲気にあった。
凍えるような空気感と、意図せず沸き起こる恐怖心。
自然と心臓が嫌な鼓動を放ち、圧倒的なプレッシャーは、気を許してしまえば一瞬で俺は恐怖心のあまり卒倒してしまと思った。。
―――こいつはマズイやつだ。絶対に……!
俺の心は自然と警鐘を鳴らす。
「初めましてワイルドさん、アーリィさん。わたしはプラチナローゼズ」
無機質に銀色の少女プラチナローゼズは自ら名乗った。
プラチナローゼズは彼女の隣に浮かぶ銀色の球体をそっと撫でる。
「そしてこの子達は銀兵士」
プラチナローゼズは再び俺とアーリィへ向き直るとすっと腕を上げ、俺たちを指した。
「To launch this in the name of God.No ye sin.(神の名においてこれを起動する。汝ら罪なし)ターゲット、ワイルド=ターキー、アーリィ=タイムズ」
プラチナローゼズが呟く。
奴の左右にある球体の上部が開いて、顔のような構造体が現れ、赤い双眸を一際強く輝かせる。
俺は考えるよりも先に、アーリィを抱き、そして飛んだ。
俺の体はアーリィを抱えているにも関わらず、周囲の建物よりも高く飛んでいた。
目下では銀色の球体―――銀兵士―――の射撃を浴びて、アーリィのガトリング型ビーンズメーカーが吹き飛んでいた。
俺はプラチナローゼズから少し距離を置いたところへ着地する。
「今のは……?」
アーリィは明らかな動揺の視線を俺へ送っていた。
刹那、再び殺気を感じた俺はアーリィを下ろし、咄嗟に右腕を構える。
俺の右腕が一瞬で黒色化し、皮膚が黒光りする硬いワニのウロコのように変化する。
俺は素早くクロコダイルスキンを発動させた腕を振るう。
銀兵士が放った鉛弾は全て俺のクロコダイルスキンに弾かれ、跳弾した。
「ワ、ワッド?これって……?」
アーリィの不思議なものをみるような視線に心が痛む。
俺はアーリィのことを直視できない。
すると、目の前に佇んでいるプラチナローゼズが無機質な表情を崩し、頬を緩ませた。
「やっぱりそうだったんだ……ワイルドさんが、わたしの……」
プラチナローゼズは笑みを浮かべ、
「ようやく会えたね、お兄ちゃん!」
プラチナローゼズの【お兄ちゃん】という言葉が何故か、頭の中で響き渡る。
自然と懐かしいような、温かい気持ちが沸き起こり、戦意がどんどん俺の中から抜け落ちて行く。
「ブラック、お願い」
プラチナは表情を再び無機質に戻して、隣にいるブラックへ命じる。
「チッ!」
何故かブラックは舌打ちをし、不快そうに顔を歪め、姿を消した。
そして気がついた時にはもう、ブラックは俺の隣にいたアーリィの懐へ潜り込んでいた。
「あっ!」
ブラックが素早くアーリィの腹を拳で穿つ。
アーリィの体が一瞬くの字に折れ曲がり、そのまま前のめりにブラックへ倒れこむ。
「アーリィッ!」
俺はアーリィを抱えたブラックへ飛びかかろうとする。
すると、上空から音もなく三機の銀兵士が降りてきて、俺の周囲を取り囲んだ。
「お兄ちゃん、少し痛いけど我慢してね」
プラチナがそう言うと、俺を取り囲む三機の銀兵士が青白い光に包まれた。
「ああぁぁぁぁぁッ!!!!」
銀兵士から青白い電流が俺へ向かって放たれる。
激しい電流が俺の全身をくまなく蹂躙し、筋肉から力を奪い去ってゆく。
意識は急速に掠れてゆき、次の瞬間にはもう俺の意識は暗闇に閉ざされたのだった。




